キミ想イ
瀬田と微妙な距離ですれ違う。そんな日が続いた。
いつもの、当たり前の会話がよそよそしいものに変わる。
互いに、互いの距離を測っているような。
そんな感じ。
この前までは、こんなじゃ無かった。
ダベって笑って。バカやって。「あの女がカワイー」「ありえねー」とか、自分騙して普通のフリ。
それを、どうして今はできないんだろう。他の奴に対しては簡単にできるのに。どうして瀬田にはできないんだろう。
ぎこちなくなる。態度も言葉も、全部。そのせいで、全てを見破られる気がして。
俺は瀬田の傍にいられなくなった。
「斯波、今日一緒に帰んぞ」
帰りのホームルームが終わった直後、有無を言わせないといった口振りで、瀬田は言った。
教室の騒がしさが遠くに聞こえる。逆に、自分の心臓の音がやたらと大きい。
目の前にいる瀬田にも聞こえてしまいそうな気がして、俺は目を逸らした。
「あ、でも……」
言い淀む俺の腕を、瀬田はグッと掴んだ。そして、見上げる俺をねめつけて乱暴に言った。
「用なんか、ぶっちぎれ。話があるんだよ」
既に喧嘩腰だ。
俺はそのあまりの迫力に負けて、気がつくと頷いていた。
放課後の校庭に出ると、気楽で解放された気分になる。
俺の腕を掴んだままズンズンと歩いて行く、この親友の意図がわからない……そんな時でも。
「瀬田。話って……?」
尋ねても答えは返って来なかった。
校門を抜け、いつもの帰り道とは真逆の方向を突き進む。この先には並木道と少し大きめの公園があるはず。そこへ行くつもりなのか。
俺は尋ねるのをやめて、黙って瀬田について行くことにした。何にしても、この手を振りほどくことはできない。
チラリとその背中を見やる。見慣れた、真っ直ぐな背中だ。
いつも俯きがちな俺とは違う、真っ直ぐな。
あまりにも眩しくて、こんな自分がなんだか惨めで、俺はそっと目を逸らした。
並木道に入ってしばらく歩くと、瀬田はようやく手を離した。そして、おもむろに側の木に背中を預け、小さく息を吐いた。
しばしの沈黙。
その後で、瀬田は溜め息混じりに切り出した。
「お前さぁ、彼女とかできた?」
「は? 何それ」
俺の受け答えが悪かったのか、瀬田はますます苛立って舌打ちをした。
「とぼけんなよ」
「いや、そんなのいないから。ホントに!」
「じゃぁ、いつもどこ行ってんの」
瀬田の追求に、俺は言葉に詰まった。
「それは……」
「言えねーんだろ」
「…………」
俺は俯くしか無かった。
心臓が飛び出しそうな程バクバクいってる。
「……俺は、お前を親友だって。勝手にそう思ってさ。何でも話してきたよ。家のこととか好きな女のこと、将来とかさ。……でも、お前はいつも大事なこと、はぐらかすよな」
寂しげな、低い声。
瀬田の顔が見れない。全身から汗が吹き出してくるようだ。体が震える。
「それは……」
「俺、お前の何? いっつもキツそうな顔してるくせに、何も言わねーでさ! ……なんなんだよ。俺、そんなに信用できねーかな」
額を押さえて、呻くように瀬田は言った。その泣き出しそうな声に胸が締め付けられる。
好きなんだ。
「か、考え過ぎだってー。俺だって、お前のこと……親友だって思……」
「ヘラヘラ笑ってんじゃねーよ!! じゃぁ、なんで何も言わないんだ!? お前がなんか悩んでいることぐらい、わかってんだよ。こっちは!!」
その自分の感情に素直な所も。
それを後先考えずに、ストレートにぶつけてくる所も。
少し思い込みが激しい所も。
変に鋭い所も。
眩しいくらい真っ直ぐな所も。
全部。
好きなんだ。
「瀬田……」
瞳が揺らぐ。
心臓が張り裂けそうだ。涙が滲んでくる。
ダメだ。こんな時に泣いたら。
「……何、言ってんの? 悩みなんか、無いよ。全然。瀬田ってば、心配性ー」
無理矢理笑顔を作って、おどける。
そうしないと、涙が溢れてしまいそうだったから。
そのふざけた態度が瀬田を怒らせるってわかっていても。
そうするしか無かった。
「お前、こんな時にも……そうやって」
瀬田の落胆が手にとるようにわかる。
だって、言える訳無い。
お前のことが好きだなんて。
いつもいつも、ずっと想っていたなんて。
キスやそれ以上のこと。お前が女に対して抱く感情を。ケダモノじみた欲望を。
俺は、お前に抱いているなんて。
瀬田は思っていることがすぐ顔に出るから。言ってしまった後、どうなるか簡単に想像できる。
……怖いんだ。
笑うことしかできないくらい。
耳の奥で、いつかの嘲笑が響いた。
「もー、いい」
深い溜め息をついて、瀬田は苛立ちを押さえ込んだ低い声で言った。
「え?」
嗤う声がする。
「もーいいよ、お前」
自分達とは違うものを嘲る声が。
「……い、やだなぁ。瀬田。怖い顔すんなよ。俺、本当に」
「もーいいっつってんだよ!! 俺には言えないんだろ。それでいいよ、もう。……悪いな。時間取らせた。行くとこ、あるんだろ? 行けよ」
いつもの、当たり前の会話がよそよそしいものに変わる。
互いに、互いの距離を測っているような。
そんな感じ。
この前までは、こんなじゃ無かった。
ダベって笑って。バカやって。「あの女がカワイー」「ありえねー」とか、自分騙して普通のフリ。
それを、どうして今はできないんだろう。他の奴に対しては簡単にできるのに。どうして瀬田にはできないんだろう。
ぎこちなくなる。態度も言葉も、全部。そのせいで、全てを見破られる気がして。
俺は瀬田の傍にいられなくなった。
「斯波、今日一緒に帰んぞ」
帰りのホームルームが終わった直後、有無を言わせないといった口振りで、瀬田は言った。
教室の騒がしさが遠くに聞こえる。逆に、自分の心臓の音がやたらと大きい。
目の前にいる瀬田にも聞こえてしまいそうな気がして、俺は目を逸らした。
「あ、でも……」
言い淀む俺の腕を、瀬田はグッと掴んだ。そして、見上げる俺をねめつけて乱暴に言った。
「用なんか、ぶっちぎれ。話があるんだよ」
既に喧嘩腰だ。
俺はそのあまりの迫力に負けて、気がつくと頷いていた。
放課後の校庭に出ると、気楽で解放された気分になる。
俺の腕を掴んだままズンズンと歩いて行く、この親友の意図がわからない……そんな時でも。
「瀬田。話って……?」
尋ねても答えは返って来なかった。
校門を抜け、いつもの帰り道とは真逆の方向を突き進む。この先には並木道と少し大きめの公園があるはず。そこへ行くつもりなのか。
俺は尋ねるのをやめて、黙って瀬田について行くことにした。何にしても、この手を振りほどくことはできない。
チラリとその背中を見やる。見慣れた、真っ直ぐな背中だ。
いつも俯きがちな俺とは違う、真っ直ぐな。
あまりにも眩しくて、こんな自分がなんだか惨めで、俺はそっと目を逸らした。
並木道に入ってしばらく歩くと、瀬田はようやく手を離した。そして、おもむろに側の木に背中を預け、小さく息を吐いた。
しばしの沈黙。
その後で、瀬田は溜め息混じりに切り出した。
「お前さぁ、彼女とかできた?」
「は? 何それ」
俺の受け答えが悪かったのか、瀬田はますます苛立って舌打ちをした。
「とぼけんなよ」
「いや、そんなのいないから。ホントに!」
「じゃぁ、いつもどこ行ってんの」
瀬田の追求に、俺は言葉に詰まった。
「それは……」
「言えねーんだろ」
「…………」
俺は俯くしか無かった。
心臓が飛び出しそうな程バクバクいってる。
「……俺は、お前を親友だって。勝手にそう思ってさ。何でも話してきたよ。家のこととか好きな女のこと、将来とかさ。……でも、お前はいつも大事なこと、はぐらかすよな」
寂しげな、低い声。
瀬田の顔が見れない。全身から汗が吹き出してくるようだ。体が震える。
「それは……」
「俺、お前の何? いっつもキツそうな顔してるくせに、何も言わねーでさ! ……なんなんだよ。俺、そんなに信用できねーかな」
額を押さえて、呻くように瀬田は言った。その泣き出しそうな声に胸が締め付けられる。
好きなんだ。
「か、考え過ぎだってー。俺だって、お前のこと……親友だって思……」
「ヘラヘラ笑ってんじゃねーよ!! じゃぁ、なんで何も言わないんだ!? お前がなんか悩んでいることぐらい、わかってんだよ。こっちは!!」
その自分の感情に素直な所も。
それを後先考えずに、ストレートにぶつけてくる所も。
少し思い込みが激しい所も。
変に鋭い所も。
眩しいくらい真っ直ぐな所も。
全部。
好きなんだ。
「瀬田……」
瞳が揺らぐ。
心臓が張り裂けそうだ。涙が滲んでくる。
ダメだ。こんな時に泣いたら。
「……何、言ってんの? 悩みなんか、無いよ。全然。瀬田ってば、心配性ー」
無理矢理笑顔を作って、おどける。
そうしないと、涙が溢れてしまいそうだったから。
そのふざけた態度が瀬田を怒らせるってわかっていても。
そうするしか無かった。
「お前、こんな時にも……そうやって」
瀬田の落胆が手にとるようにわかる。
だって、言える訳無い。
お前のことが好きだなんて。
いつもいつも、ずっと想っていたなんて。
キスやそれ以上のこと。お前が女に対して抱く感情を。ケダモノじみた欲望を。
俺は、お前に抱いているなんて。
瀬田は思っていることがすぐ顔に出るから。言ってしまった後、どうなるか簡単に想像できる。
……怖いんだ。
笑うことしかできないくらい。
耳の奥で、いつかの嘲笑が響いた。
「もー、いい」
深い溜め息をついて、瀬田は苛立ちを押さえ込んだ低い声で言った。
「え?」
嗤う声がする。
「もーいいよ、お前」
自分達とは違うものを嘲る声が。
「……い、やだなぁ。瀬田。怖い顔すんなよ。俺、本当に」
「もーいいっつってんだよ!! 俺には言えないんだろ。それでいいよ、もう。……悪いな。時間取らせた。行くとこ、あるんだろ? 行けよ」