薄情と慕情
「目を、患ったそうだね」
火皿に灯った仄かに揺れる炎を瞳に映しながら半兵衛は言った。
「……左様にございます」
呟くように返し、吉継は灯台から離れて半兵衛の向かい側に腰を下ろした。そして、姿勢を正して続ける。
「とはいえ、完全に光を失ったわけではございませぬ」
「医者からは体中が痛むとも聞いているが?」
「僅かに疼く程度にございます」とりなすように笑って、「医者は何でも大袈裟に申すもの。我はまだまだ充分戦えますゆえ」
すると、半兵衛は小さく溜め息をつき、沈黙した。
庭先から吹き込んでくる夜風が日中の暑気をゆっくりと押し流してゆく。季節は少しずつ、だが確実に夏から秋へと変わりつつある。徳川が豊臣の傘下となり、秀吉はその強大な軍事力を持って国々を制圧していった。未だに恭順の意を表さない国も幾つかあるが、それらもおそらくは時間の問題、と吉継は見ている。既に諸国の村々に至るまで天下人は豊臣秀吉であるという認識があり、この空気の高まりが、覇道を突き進まんとする彼の後押しをしていると言っても過言ではなかった。
「太閤殿は、何と申されておりましたか」
静かに吉継は問う。
「三成君の補佐につき、しばらくは内政を務めよ、と」
「……承知致しました」
「秀吉は君の力を買っている。勿論、僕もね。今は養生することだよ。……なんて、僕が言えたことではないのだけれど」
と、半兵衛は自嘲気味に笑った。青白く、血の気の引いた頬は病人のそれだが、目だけは一向に光を失わない。むしろ時が経てば経つほど爛々とし、見る者を圧倒することもある。その光は生への執着か。それとも――。
「そういえば、三成君が心配していたよ」
「三成が?」
ハッと我に返り、吉継は目を上げた。
「『必ず治ると言え』なんて言って、医者に凄んでいた」
情景がありありと目に浮かぶ。若干目眩を覚えて、吉継は額を押さえた。
「彼らしいよね。明日には朝一番にここへ迎えに来るかもしれない」
「まったく、馬鹿な奴よ」
溜め息混じりに吉継がそう呟くと、半兵衛はくすりと笑って、
「君は良い友を持った。三成君にとっても、そうだろう」
「…………」
「この戦国の世にあって、友誼など取るに足りぬものと謗る者がいるのは確かだ。だが、僕はこんな時代だからこそ尊ぶべきものなのだと思うよ」
言いながら、半兵衛は庭に目をやった。外では星々が互いを呼び合うように瞬きを繰り返している。すると、一羽の蛾が灯台の光に引き寄せられてひらひらと迷い込んできた。火皿の縁にとまり、ゆったりと翅を休める。それをどこか遠い目で眺め、半兵衛は小さく続けた。
「血で血を洗い、骨肉の争いを繰り返す、そんな時代だからこそ……」
「竹中殿は」
「え?」
「いや……」と僅かに逡巡した後、「竹中殿は、何故に戦われるのですか?」
半兵衛の表情が静かなものに変わる。やや、沈黙が流れた。吉継は彼の瞳から目を離さず、真っ直ぐ見返したまま再び口を開いた。
「恐れながら、竹中殿の病状は我らも聞き及んでおります。先陣に立つことが無くなったとはいえ、病をおして戦に出ることがどれだけお体に負担をかけるかわからぬ我らではありませぬ。……何故、そこまでして」
すると、突然半兵衛がふっと頬を弛めた。思わず吉継は言葉を失う。
「そこまでして、か。何ていうことはない。笑ってしまうくらい、単純な理由だよ」
「太閤殿のため?」
「それもある。が、それだけではない」
「では」
急かすように吉継が詰め寄ると、半兵衛は薄く笑った。夜風が灯台の火を揺らし、同時に蛾が羽ばたく。
そして、彼はおもむろに口を開いた。
「君にだってわかるはずだよ。僕はね――」
火皿に灯った仄かに揺れる炎を瞳に映しながら半兵衛は言った。
「……左様にございます」
呟くように返し、吉継は灯台から離れて半兵衛の向かい側に腰を下ろした。そして、姿勢を正して続ける。
「とはいえ、完全に光を失ったわけではございませぬ」
「医者からは体中が痛むとも聞いているが?」
「僅かに疼く程度にございます」とりなすように笑って、「医者は何でも大袈裟に申すもの。我はまだまだ充分戦えますゆえ」
すると、半兵衛は小さく溜め息をつき、沈黙した。
庭先から吹き込んでくる夜風が日中の暑気をゆっくりと押し流してゆく。季節は少しずつ、だが確実に夏から秋へと変わりつつある。徳川が豊臣の傘下となり、秀吉はその強大な軍事力を持って国々を制圧していった。未だに恭順の意を表さない国も幾つかあるが、それらもおそらくは時間の問題、と吉継は見ている。既に諸国の村々に至るまで天下人は豊臣秀吉であるという認識があり、この空気の高まりが、覇道を突き進まんとする彼の後押しをしていると言っても過言ではなかった。
「太閤殿は、何と申されておりましたか」
静かに吉継は問う。
「三成君の補佐につき、しばらくは内政を務めよ、と」
「……承知致しました」
「秀吉は君の力を買っている。勿論、僕もね。今は養生することだよ。……なんて、僕が言えたことではないのだけれど」
と、半兵衛は自嘲気味に笑った。青白く、血の気の引いた頬は病人のそれだが、目だけは一向に光を失わない。むしろ時が経てば経つほど爛々とし、見る者を圧倒することもある。その光は生への執着か。それとも――。
「そういえば、三成君が心配していたよ」
「三成が?」
ハッと我に返り、吉継は目を上げた。
「『必ず治ると言え』なんて言って、医者に凄んでいた」
情景がありありと目に浮かぶ。若干目眩を覚えて、吉継は額を押さえた。
「彼らしいよね。明日には朝一番にここへ迎えに来るかもしれない」
「まったく、馬鹿な奴よ」
溜め息混じりに吉継がそう呟くと、半兵衛はくすりと笑って、
「君は良い友を持った。三成君にとっても、そうだろう」
「…………」
「この戦国の世にあって、友誼など取るに足りぬものと謗る者がいるのは確かだ。だが、僕はこんな時代だからこそ尊ぶべきものなのだと思うよ」
言いながら、半兵衛は庭に目をやった。外では星々が互いを呼び合うように瞬きを繰り返している。すると、一羽の蛾が灯台の光に引き寄せられてひらひらと迷い込んできた。火皿の縁にとまり、ゆったりと翅を休める。それをどこか遠い目で眺め、半兵衛は小さく続けた。
「血で血を洗い、骨肉の争いを繰り返す、そんな時代だからこそ……」
「竹中殿は」
「え?」
「いや……」と僅かに逡巡した後、「竹中殿は、何故に戦われるのですか?」
半兵衛の表情が静かなものに変わる。やや、沈黙が流れた。吉継は彼の瞳から目を離さず、真っ直ぐ見返したまま再び口を開いた。
「恐れながら、竹中殿の病状は我らも聞き及んでおります。先陣に立つことが無くなったとはいえ、病をおして戦に出ることがどれだけお体に負担をかけるかわからぬ我らではありませぬ。……何故、そこまでして」
すると、突然半兵衛がふっと頬を弛めた。思わず吉継は言葉を失う。
「そこまでして、か。何ていうことはない。笑ってしまうくらい、単純な理由だよ」
「太閤殿のため?」
「それもある。が、それだけではない」
「では」
急かすように吉継が詰め寄ると、半兵衛は薄く笑った。夜風が灯台の火を揺らし、同時に蛾が羽ばたく。
そして、彼はおもむろに口を開いた。
「君にだってわかるはずだよ。僕はね――」