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秘めし想いは優しい嘘で包んで




四月一日、一年に一度だけ嘘をついても良い日、世間ではエイプリルフールと言う。
木ノ葉でも四月馬鹿と言って昔から親しまれるイベントの一つである。

今日は久々にクシナとデートの予定。
せっかくのエイプリルフールなのだ。どうせならクシナを驚かせたい。
いつも俺に驚きをくれるクシナに今日くらい嘘をついたってバチは当たらないだろう。


「クシナ、大事な話があるんだ」
「なんだってばね?」


悪戯を仕掛けるのにドキドキしながら、緊張感のある声で静かにクシナに告げる。
真面目な雰囲気が伝わったのかクシナは顔を引き締めて俺を見上げた。

「俺、自来也先生と一緒に、修行の旅に行くことを決めたよ」
「修行……」

クシナはポカンとした表情で俺の言葉を反復し、ポツリとつぶやいた。


「いつまで?」
「ん、短くても3年かな」
「さんねん……」


予想していたよりも長い年月に驚いたのかクシナはまたしても独り言のように呟く。

これはかなり驚いていると見て良い。
クシナに嘘をつくのは少しだけ罪悪感はあるけれど、それよりも驚いたクシナが面白くて、何より可愛くて、ついつい虐めたくなってしまう衝動に駆られてしまう。


「いつ出発するの?」
「明日の朝には」
「あした……」


クシナはどんな反応をするだろう?
『急すぎるってばね!!』って怒るかな?
それとも『ズルい!私も修行の旅に出たいってばね!!』って羨ましがるかな。

クシナの反応が気になって様子を伺うが、クシナは怒ることも羨ましがることもせず、ただボーっと突っ立ているだけであった。
何かを考えているのか、はたまた思考が停止しているのか。

あまりのクシナの反応の無さに流石に意地悪な悪戯だったかもしれないと焦る。
早くネタバラシをした方が良さそうだ。


「……そっか、修行じゃ仕方ないってばね!頑張って来るのよ!」


「嘘だよ」と言うよりも早くクシナが口を開いた。
クシナは先程の沈黙が嘘だったかのように、笑顔で答える。

考えていたよりあっさりした答えが返ってきて少しだけ拍子抜けした。

俺が自分で決めて修行に行きたいといえばきっとクシナは反対しないだろう。
こう見えてクシナは物分かりが良いのだ。

いつだってクシナは俺の事を考えてくれている。一番に応援してくれる。クシナのそういう所がとても好ましく思う。だけど同時に俺にくらい我が儘言っても良いのにとも思う。
矛盾しているけど、どれも俺の本音。


「うん。きっと強くなって帰ってくるよ」
「おみやげ待ってるからね!」
「うん。たくさん買ってくるね」
「定期連絡は小まめにする事!!」
「ん、気をつける」
「あと自来也先生に連れられて変なお店にかないでよ!!!」
「行かないよッ!!」

「あと、それからそれから、なんだっけ、えっとえっと、……あれっ?」


堰を切ったように話し出したクシナは突然エンジンが切れたように話さなくなると、瞳からボロボロと涙を流した。


「クシナッ!?」
「ち、違うってばね…!!こ、これは水だってばね!!」


ゴシゴシと服の袖で涙を拭いながらクシナは無理矢理笑顔を作る。
まさかクシナが泣いてしまうとは思わず俺は困惑した。


「クシナ」
「別に泣いてなんかないんだから!」
「でも、」
「水だって言ってるでしょ!!」


強がって水だと言い張るクシナはキッと俺を睨み返す。そんな可愛い威嚇なんて俺にはこれっぽっちも効きめはないのに。

俺はそっとクシナの涙を拭った。





———俺がいなくなると思って泣いたの?





ごめんね、意地悪して。
だけど、俺のために涙を流すクシナが愛おしくて、かわいいなんて思ってしまうんだ。
クシナに言ったら殴られるね。

幼少期、クシナを虐めて気を引こうとしていた少年達もきっとこんな気持ちだったのかもしれない。今なら彼らの気持ちが少しだけ理解できた。


クシナは俺に抱きつくと、泣き顔を見せないように顔を胸に押し付ける。
俺はクシナの背中にそっと腕を回した。


「……来週、お花見しようって言った」
「ごめん」
「……重箱だって買ったのに」
「ごめん、」
「みなと……」






———行かないで。





クシナは言いかけた言葉を飲み込んだ。

彼女の震える声と抱きしめる強さで、クシナが何を言いたいのか痛いほどわかった。

〝行かないで〟なんて無責任な言葉、きっとクシナは言えない。
色々なモノに縛られているクシナだから、自分のせいで俺を縛りたく無いのだ。



これがきっと彼女の精一杯の我が儘。
俺だけに見せる、クシナの本当のきもち。



それだけで充分だ。




自分の胸の中で弱々しく泣いている姿見も可愛いけれど、やはりクシナには笑顔が一番似合う。
そろそろネタバラシをしよう。


「ごめん、クシナ」
「嫌だ。聞きたく無い」
「違うんだ、クシナ聞いて」
「私、ずっと待ってるわ。だから、だから!!」
「クシナ」



クシナは俺の胸からゆっくりと顔を上げると、次に紡がれる言葉に怯えているのかポロポロと涙を溢す。

きっと別れ話を切り出されると思っているのだ。

クシナは俺のこと3年離れるくらいで別れようだなんて言い出す男だと思っていたの?心外だなぁ。

俺はクシナの頭を優しく撫でる。


「嘘、なんだ」
「……うそ?」
「ん、エイプリルフール……だから今のは全部嘘だよ」


なんちゃって、笑って戯けてみた。
怒って殴られるかなって身構えたけど、待てども待てども衝撃が来ない。

クシナは殴るどころか号泣した。










「嘘つくなんて酷いってばね!!」
「ん、ごめんね」


クシナは目を真っ赤に腫らした顔のまま、大好物である一楽の塩ラーメンを啜る。

あの後、一向に泣き止まないクシナを宥めるのには大変苦労した。
泣く女と謝りまくる男。道ゆく人に冷ややかな視線を向けられたのは言うまでも無い。

「泣いたらお腹減ったってばね!ミナトのせいだから奢りなさい!」なんて言われて一楽に居るわけだが、正直ラーメンを奢るだけで許しを得る事が出来るなんて奇跡だと思う。
こんな事を言ったらクシナに絶対殴られるな。


「そういえば、えいぷりんプール?……って何だってばね?」


何となく思っていたのだけれど、やはりクシナは
エイプリルフールのことを知らなかったらしい。
どおりでエイプリルフールでした〜なんて言っても通じないはずだ。

俺は完結に四月一日について説明する。



「嘘をついてもいい日!?」
「ん、クシナも木ノ葉に来て随分経つし、流石に知ってるかと思ってから。ごめんね」
「通りでね。昔この時期によく苛めっ子達に嘘告白されてたってばね」
「どう言うことかな?クシナ、詳しく聞かせてくれる?」


嘘告白。きっと苛めっ子達はエイプリルフールに乗っかって告白をして、あわよくばクシナと付き合えたらなんて思っていたんだろう。もしフラれたとしても嘘だって言えるしね。
まぁそんな繊細な男心なんて、クシナは微塵も気が付いていないようだけど。


「クシナが他の男に取られないか心配になる」なんて言ったらきっと君は笑って「そんなのあり得ないってばね」って言うんだろうね。
俺がヒヤヒヤしてることなんてお構いなしに、いつも呑気に笑ってるんだ。


ラーメンを食べ終えたクシナは何か思い付いたのか、悪い顔をしてニヤリと笑った。
これは何か企んでいる顔だ。


「あーあ、ミナトがこんな意地悪だったなんて思わなかったなぁ」
「う、ごめん」

クシナはシクシクと泣いているジェスチャーをしている。
ああ、なんとなくだけどこの状況が読めてきたぞ。
きっとこの後クシナはこう言う———




「私、ミナトと別れるってばね!」



ほらね、やっぱりそんな事だろうなと思ったよ。



「残念だけど今はもう昼だよ。嘘を付くのは午前中だけって決まりなんだ」

「むぅ」


俺は平然を装ってクールに受け答えたが内心はバクバクだ。
嘘だと分かっていても別れようだなんて言われたら結構凹む。

クシナは思い通りにならなくてそっぽを向いて拗ねた。

「来年こそは絶対成功させてやるってばね」とクシナはブツブツと独り言を呟いている。


そんなクシナを見て俺は思わずクスリと笑った。

「な、なんで笑うってばね!?」

「ううん、何でもないよ」







クシナ知ってる?エイプリルフールでついた嘘は叶わないジンクスがあるんだよ。



まだもう少しだけクシナにだけは内緒。



Fin
2021/04/04
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