ファーストキスの行方
「アンタたち、覚悟しなさい!! 」
クシナはそう叫ぶと長く赤い髪を振り回しながら自分を取り囲んでいる少年を引っ掴み、勢いよく地面へ投げ飛ばした。
少年達は一人、また一人とクシナに投げ飛ばされていき、六人程いた少年たちは気がつけば全員地面に這いつくばっていた。
「ゔッ……」
「ち、畜生……」
「ふん。私に勝とうなんて一万年はやいってばね! 」
倒れた少年達の真ん中にドンと腕を組んで立ちつくすクシナの姿は、まるで数多の戦場を駆け抜けた戦士のような貫禄すら感じられた。
うずまきクシナ。赤い血潮のハバネロという異名を持つ彼女は、今日も揶揄ってくる少年達を半殺しにし潰れたトマトのようにしていた。
長い髪を靡かせながら繰り出す体術はどれも木ノ葉には馴染みがないものばかりで、木ノ葉の者からすれば彼女が渦の国で育ったのだということを改めて実感することだろう。
そんなクシナの様子を木陰からバレないようにこっそりと覗き見る一人の少年がいた。
名は波風ミナト。
初めはクシナに複数で喧嘩を仕掛ける同期の少年達を見かけ、クシナが危なくなったら止めに入ろうと思い見守っていた。
しかしそんなミナトの心配とは裏腹に、クシナはバッタバッタと少年達を投げては飛ばし投げては飛ばし、連戦連勝の日々を重ねていくこととなる。
つまり、クシナにミナトの助けなど不要だった。
クシナは少年達に何かを言っているようだ。読唇術で読み取ると『アンタ達、女相手に複数で挑んでくるなんて木ノ葉の男は意気地なしね!』と文句を吐いていた。
だってばね!と最後にクシナの口癖を読み取るとミナトの口元は自然と緩む。
自分の助けなど要らない事などミナトはとうに分かりきっている。なのにこうしてこっそりとクシナの喧嘩を覗き見るのがいつの間にかミナトの習慣となってしまった。
クシナの長くて赤い髪がふわりと風に遊ばれるように揺れる。
クシナの赤い髪をみんなはトマトやハバネロと言うが、ミナトには太陽のように燦々と燃えるような赤色に見えた。
エネルギーを秘めたその赤色に、どうしてだが酷く心を揺さぶられるのだ。
未だ口を尖らせながらブーブーと文句を言うクシナの唇はふっくらと厚みがあり紅を塗ったように赤い。
色白のクシナに赤い髪と唇は一等よく映える。
ザワリと胸が騒ぐ。
その赤に触れると一体どうなってしまうのか。
太陽と同じで、触れると溶けてしまうのだろうか。
少しの恐怖心、だけどそれ以上に好奇心の方が遥かにミナトの心を占めていた。
ミナトは揺れるクシナの髪を木の上から食い入るように見つめる。否、見つめることしかできない。
それが今のミナトとクシナの距離なのだ。今の2人には接触など間違っても起こりはしない。
その距離感に安心しつつも、少しだけ残念だと思っている。
ミナトは自分が隠れていることを忘れて身を乗り出しすぎてしまった。バランスを崩して木から落ちそうになるが近くにある枝に右足を乗せて落下を防ぐ。しかし枝に足を乗せた瞬間、ミナトの体重に耐え切らずパキリと音が鳴った。
「誰!?」
しまった。そう思ってももう遅い。
ハッとクシナへと顔を向けると、彼女は勿論こちらに気がついておりバチリと視線がかち合った。
「なに見てるってばね!あんたも私に何か文句あるの!?」
喧嘩なら買うわよ?と言いながらクシナはミナトにどんどん近づいてくる。どうやら少年達の仲間だと思われたようだ。
「そこから降りてきなさい。相手になってやるってばね」
「え、いや。僕は……」
「言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ!」
木から渋々と降りたミナトは、クシナが目の前に来たことに驚いてミナトは歯切れの悪い返事しかできない。
クシナは相当イライラしているようで、キュッと唇をへの字に結んで腹の前で腕を組んでいる。
先程まで魅入っていた唇は近くで見るとさくらんぼのようにぷるりとしている。ミナトは思わず視線を逸らした。
口籠もり目線を逸らしたミナトの態度に益々カチンと来たクシナは何か言ってやろうと口を開く。
「スキありっ!」
「「!?」」
その時クシナの背後から刺客が現れた。先程蹴散らしていた少年の一人が最後の力を振り絞り背後から攻撃してきたのだ。
不意打ちにクシナは避けきれずそのまま攻撃を喰らう。勢いよく蹴られたキックは背中にモロにヒットしクシナはそのまま前にのめりに倒れこむ。
人は危険な状況に陥った際、事態がスローモーションのように展開するように感じるという。
クシナがゆっくりと倒れ込んでくる。ミナトは咄嗟にクシナの両肩を掴み支えようとするも勢いは止まらず二人もろとも地面に倒れていく。
ミナトはどさりと背中から倒れると、その上からクシナが覆い被さった。
———フニ
唇に当たる柔らかい感触。
柔らかいもの同士が触れた感触に気がついて、クシナはガバリと状態を起こす。
クシナを蹴り飛ばした少年はミナトの存在に気がつき流石にマズイと思ったのか、「俺は悪くねぇからな!」と捨て台詞を吐いて逃げてしまった。
その場に残されたのは倒れたミナトとその上に乗っかるクシナの二人だけ。
この状態を見たものがいるならクシナがミナトを押し倒しているようにしか見えないだろう。
(今、クシナとキス……しちゃった!?)
避けきれずミナトとクシナはキスをしてしまった。いわゆる事故チューというやつだ。
思わずミナトは自分の口元に手を伸ばす。
勢いよくぶつかってしまったからか、口内が少しだけ切れてしまったのだろう。だんだんと血の味が広がっていく。
ミナトは少しだけ安心した。先程まで考えていた予想はハズレ。クシナに触れても溶けはしない。ホッと安堵する反面、そんなの考えなくても当たり前だろう。こんな異常事態に何を考えているんだ。と冷静になる自分もいる。
余韻に浸っている場合ではない。
事故とはいえキスをしてしまったのだ。彼女は怒り狂い、
「あ、あの。クシナ……」
まずは謝ろう。話はそれからだ。
ミナトは恐る恐るクシナの顔見る。
自分の上に跨るクシナは口を押さえて顔を完熟トマトのように赤く染めていた。辛うじて涙は流してはいないが、瑠璃色の瞳は潤んでおり今にも涙が溢れてしまいそうだった。
ミナトが驚いて目を見開いている間に、彼女はスッと立ち上がると何も言わずに足早に立ち去った。
残されたのは寝転がるミナトだけ。
初めて見た彼女の泣き顔に、ドキドキと胸が高鳴り、顔からジワジワと熱を上げていく。
空には眩しい太陽。陽光は容赦なくミナトを照りつける。
そうか、太陽に触れたら溶けるのではない。燃える上がるのか。
ぼんやりと太陽を眺めるミナトは、消えることのない炎がついたことに気づかない。
1/3ページ