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泡沫の夢で君と




柔らかな太陽の光がカーテンの隙間から差し込み、明るくなった部屋の眩しさで私は目が覚めた。どうやら珍しく目覚ましよりもは早く起床してしまったらしい。
身体をグ〜っと伸ばして頭を覚醒させる。
視界の端にチラリとニゲラが目に入り、花束に目を向ける。ポトリと一輪だけ花が落ちていた。


———やっぱり一輪だけ落ちてるってばね。




ニゲラの花束をもらって四日が経った。
奇跡的にミナトの夢を見る事が出来た2日目の後、聞いて驚け!まさかまさかの3日目、4日目と連続してミナトの夢を見る事が出来たのだ。正直、奇跡なんて言葉では片付けられない。
一度見れても二度目、三度目がなかなか見れないと言っていたヨシノの言葉を疑ってしまうくらいには私は恵まれていた。
一体どういう事なのだろうか?何か法則があるのかもしれないと考えてみたが何も思いつかなかった。
分かっていることは夢を見たら必ず一輪だけ花が落ちているということ。
もしかしたら夢の通行料か何かなのかもしれない。なんて考えてみたりもした。

今朝でニゲラの花は全部萎んでしまい、咲いている花は無くなってしまった。
もし、花が夢への通行料だとしたのなら今夜は夢を見ることはできないかもしれない。そう思うと残念な気持ちが押し寄せる。
あんなに素敵な夢を4日も見れたのだ。今日だって見たいだなんて思うのは当然のことで。



———今日、花屋さんを覗いてみよう。

 

ニゲラを探し歩いたあの日から4日は経っている。もしかしたら入荷しているかもしれない。
確かめに行かなくては。そうと決まれば行動あるのみ!
私はベットから飛び起きて朝の支度を始めた。







天気は晴れ。澄み渡る青空に雲はひとつもない。
朝の清々しい空気を吸い込み、太陽の光を体いっぱいに浴びる。
休日に朝早くから支度をして出掛けるなんて普段なら考えられないけれど、こんなにも晴れやかな気持ちになるのなら早起きもたまにはいいかもしれない。
いや、気分がいいのはきっと昨日の夢のせいだろう。
2日の夜に自分の気持ちを伝えてからというもの、夢の中でミナトと恋人同士のように過ごしている。自分で言うのもなんだけど、ものすごくバカップルだ。恥ずかしくて口には出せないけれど、イチャイチャチュッチュッキャピキャピラブラブスリスリドキドキな夢を満喫している。
今日の夢は未来の約束をした。
私が本当は四代目火影の妻になりたいのと言ったら、「じゃあ俺は頑張って四代目になれるように頑張るね」なんて言ってくれて……。
夢の中で夢を語り合うなんて変気持ち。……だけど、凄くすごく、嬉しかった。

むふふ、と思い出し笑いをしていると花屋の看板が目に入る。そこの角を右に曲がれば目的地の山中花店だ。
店番のいのいちと鉢合わせてしまうかもしれないけれど八時半に開店するのは近くの花屋では山中花店だけだ。見つかったら間違いなくからかわれるだろう。だけどそんなことより花を手に入れられる方がずっとずっと大事だった。

もうすぐ開店時間になる頃だろうか。はやる気持ちが私を少しだけ早足にさせる。
最後の角を右に曲がろうとした時、誰かが飛び出して来て危うくぶつかりそうになった。お互いにギリギリのところで避けることが出来たので衝突せずに済んだ。そこはやはり忍という職業柄のおかげだろう。日々鍛え上げられた反射神経の賜物だ。

「急いでて、ごめんなさいってばねッ!」
「こちらこそ前を見ていなくてすみません……って、あれ?、クシナ?」
「ミナト……!」


角から飛び出して来たのはミナトだった。


「久しぶりだね。元気にしてた?」
「うん、元気よ!ミナトも元気そうでよかったってばね!」


ニコニコと微笑むミナトの顔を見ると、毎日夢で逢っているとはいえやはり本物は別格だと思い知る。

ミナトと直接会話をするのは三ヶ月ぶりくらいだろうか?
久々に見たミナトは前より身長が伸びているように感じた。

特徴的なツンツン頭もキラキラとした青い瞳も以前と何一つ変わらないのに、こんなにもドキドキするのはどうしてだろう?
ミナトの身長が伸びて少しだけ向けられる視線が変わったからなのか、それとも———




———きっと、もっともっと、前より私がミナトを好きになったから。





私は恥ずかしくなり思わずミナトから視線を逸らした。

ドキドキと鳴り止まない鼓動がミナトに聞こえているのではないかと不安になっている私とは裏腹に、ミナトはニコニコと呑気に微笑んでいる。


「……」
「……」


久々に会ったからだろうか、ミナトも私も挨拶の次に続ける会話が出てこない。
次にミナトにかける言葉を探しながら私の視線は宙に彷徨う。
なんとも言えない微妙な空気が流れる。


夢の中ではあんなにたくさん話をしてイチャイチャしてたのに〜〜!!と思ったが、あれはおまじないのお陰であり、尚且つ私の妄想だったとふと我に帰る。
冷静になって自己分析してしまうと、途端に恥ずかしくなって顔から火を吹き出しそうになった。

あわあわと百面相をしている私はミナトからどんなふうに見えているのだろう。
優しいミナトの事だ。きっと何も聞かず、「それじゃあまたね」なんて颯爽と去っていくに違いない。

せっかく偶然会えたのに。
次にいつミナトと顔を合わせられるかわからない。何か、何か話さなくてはと焦る。

ふと ミナトが持っている紙袋に目がいく。
紙袋には山中花店と文字が書いてあった。
中にはどうやら花束が入っているようだ。

「それ、花?」
「ああ、うん……」
「へぇ、なんの?」

「……ニゲラの花だよ」

ミナトは少し言い淀むと、頬を染めて告げた。
その顔を見た瞬間、頭を鈍器で殴られたような衝撃が走った。




大事なことを忘れていた。





私がニゲラの花でミナトの夢を見ていたように、
ミナトだって好きな人と夢を見ている可能性だって充分あったのだ。




気がついてしまったら最後、私はグルグルとネガティヴの渦に巻き込まれて行く。



「へ、へぇ……今人気だもんね。ニゲラ」


私は動揺しているのを悟られないよう、咄嗟に愛想笑いを貼り付ける。

もうやめて。これ以上口を開けば、聞きたくない事をきっと耳にしてしまう。
そんな簡単な事、自分が一番わかっているのに質問をやめられない。傷つくと分かっているのに、聞かずにはいられない……。


「夢は……見れたってばね……?」
「……うん、」



照れているのに、こんなにも幸せそうに笑うミナトを私は知らない。






———夢の中で愛してる、なんて他の女に囁くの?






私はいつのまにか大きな勘違いをしていた。
おまじないは所詮、おまじないでしかないのだ。
あれは全部、私の妄想だ。泡沫のゆめなのだ。




一人で浮かれて、勘違いして……私はなんて馬鹿なのだろう。
溢れそうになる涙を必死に堪えた。


「クシナ?どうかしたの?」
「……何でもないってばね」


ミナトは私の様子がおかしいのに気が付いたのか心配そうに眉を下げる。



「やっぱり、今日のクシナは変だよ!なんだかいつもより落ち着きがないし……何かあった?俺に出来ることなら「私のことなんかほっといてよ!」


ミナトが言葉を言い終わる前に私は声を荒げて遮った。
違う。こんなこと言いたいわけじゃない。
ミナトは気を遣ってくれたのに、こんな返答しか出来ない自分が不甲斐ない。

久々に会えたのにこんな事になるなんて最悪だ。





「なーにしとるんだオマエたちは」


暗い空気を醸し始めた私たちの頭上から、呑気な声が聞こえた。


「自来也先生!」
「こんな道端で夫婦喧嘩か?」

自来也様はニヤリと笑いながら私達の目の前に現れた。

あまり自来也様は得意じゃないけれど、今日ばかりはミナトとの会話に入ってくれて助かった。
これ以上ミナトと二人っきりだと、思ってもない酷いことを言ってしまいそうで。私は第三者の介入にホッと胸を撫で下ろす。


自来也様はミナトの持っている花に気がついたのか、何かを閃いてふむと顎に手を当てた。

「その花はクロタネソウだな」
「クロタネソウ?」
「ああ、ニゲラの別名じゃ」

懐かしいのぅと自来也様は昔を思い出しているのか目を細める。
綱手様のことでも思い出しているのだろうか、はたまた、お決まりのエロいことでも考えているのか。

「ワシがお前たちくらいの頃にもクロタネソウが流行ってなぁ。町中の花屋からクロタネソウが無くなったもんだ」
「へぇ、いつの時代もみんな考えることは一緒なんですね」
「そうだのぅ」

ミナトと自来也はお互いに顔を見合わせてクスリと笑う。
先程の険悪ムードは自来也様の登場によって瞬く間に消えてしまったようだ。さすが三忍の力……?何はともあれよかった。


「そんなことより!こんなのに頼るなんてミナト、お主もまだまだだな。男ならガツンと告白せんか!ガツンとッ!!」

バシンと自来也様に背中を叩かれて、ミナトはハハハと苦笑いをして頭をかいた。
思い人を想像しているのかミナトの頬はみるみるうちに赤く染まる。

ああ、せっかく忘れていたのに。
ミナトが誰かを思っておまじないの呪文を唱える想像をするだけで、心が引き裂かれるしまいそうだ。行き場のない憎悪と羨望と嫉妬に満ちた感情を、私はこれからどう消化すればいいのだろう。




「しかし、あのまじないはダメだ。ぜーんぜん、夢を見る事ができん」
「「え?」」


私とミナトは揃ってマヌケな声を出した。
それはおかしい。だって私は四日間もミナトの夢を見ることが出来たのだ。それにミナトだってさっき夢を見れたと言っていた。

自来也様は気にせず続ける。


「なんたってありゃ、両思いのやつにしか効果はないからのぅ。しかもお互いがニゲラのまじないをかけて夢を見なけりゃ発動しないから、確率的に実用的じゃ無いのぅ」


まったく、片思いの醍醐味をなんだと思ってんだ、とブツブツと自来也様は言い続けている。






え、?




いまなんて?





「自来也先生!?今なんておっしゃいました!?」
「んあ??片想いの醍醐味ってーのは……」
「違います!その前ですッ!!」
「だーかーらー!両想いのやつだけしか夢見れないんだってぇの!何回も言わせるな!虚しくなるだろがッ!」




その瞬間、ミナトと視線がぶつかった。




———両思いのやつにしか効果はないからのぅ———




途端に四日間の夢が走馬灯のように思い出される。



私は恥ずかしくなってその場から逃げ出した。


「待ってよ!クシナッ!」



ミナトは脱兎の如く飛び出した私を追いかける。


「うーん、青春だのぅ……。しかし、ミナトは本当にイチャパラのネタには不向きじゃな……」


これだから正統派のイケメンってのは……と、ぶつくさいいながら自来也はドロンと消えた。











走る。


走る。


私は夢中で走った。



しかし疾風のように駆けるミナトから逃げ切るなんて絶対に不可能で。
私はいとも簡単にミナトに捕まってしまった。


ミナトから掴まれた左手首が火傷をしてしまいそうなほど熱い。


「クシナ、」



「クシナ、こっちを向いて」
「む、むり……」


精一杯絞り出した私の声は掠れていた。
きっと今の私の顔はトマトのように真っ赤に染まっているだろう。
初めてつけられたあだ名がこんなにも似合う日は無いかもしれない。


頑なに振り向こうとしない私をミナトは後ろからギュッと抱きしめる。
ミナトの突然の抱擁に驚いて私の体は強張った。



「嬉しい……」



何の脈絡もなくミナトは呟いた。



「クシナも、俺と一緒の気持ちだったんだね」
「わ、わたし……」


「俺、クシナが大好きだよ」


耳元で囁く声は、夢の中で聴いたどの言葉より甘くて優しくて、私の心に溶けていく。





「わ、私も……!」



「ミナトを愛してるわ……!」


振り向いて見たミナトの顔は夢の時と同じように真っ赤に染まっていたけれど、しっかりと私の目を見て、決して逸らすことはなかった。


「俺も愛してる」


ふにゃりと笑うとミナトは私にキスをした。





初キスはレモン味だなんて嘘ね。だってこんなにも甘くて蕩けそうなんだもの。


 






「こ、これって初キスなのかな……?」
「う、うーん、どうだろう。だって俺たちは夢の中ではもっと……」


夢の中ではもっと、……その続きを思い出して私たち二人はボフンと湯気を出した。







それから何度ニゲラの花のおまじないを試しても、夢を見る事は一切無かった。

「なんだか、ちょっと残念だってばね」
「ん、そうだね」

せっかくミナトと恋人同士になれたのに。
現実でも夢でもイチャイチャしたいじゃない!
恋する乙女はいつだって強欲なのだ。


「……でも、これからはいつでも逢いたい時に会える」


ポツリとミナトが零す。



理由なんかいらない。逢いたいという理由だけで君と会える。



「……うん、そうだね。逢いたいときに会えるもんね」


「クシナに会いに行くよ」
「私もミナトに会いに行くわ。大人しく待ってるなんて性に合わないもの」
「ん、クシナらしいや。いつでも待ってる」

そっとミナトの手を握る。
自分より低いミナトの体温。
修行でタコばかり出来た硬い指先。
私より少しだけ大きな掌が優しく握り返す。

夢で感じた感触よりも、もっともっと、ミナトの温もりを感じた。




———明日もまた、君と会えますように———





おまじないの代わりに唱えるのは二人の願い。






Fin
2021/06/12
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