泡沫の夢で君と
クシナはそっと布団に入るとベットの横の棚に置かれたニゲラの花を心配そうに見つめる。
帰宅後、ニゲラの花束から一輪だけ花が落ちているのを見つけてクシナは慌てふためいた。もしかしたらニゲラのおまじないの効果が切れたのではないのかと一瞬頭によぎる。ヨシノの言っていた通り二回目の夢を見るのは難しいのかもしれない。
それでも、それでも一縷の望みを信じて呪文を唱えてしまうのだ。
「となみぜかみな、となみぜかみな、となみぜかみな、今日も夢で逢えますように」
———どうか……今日も、今日も夢でミナトに逢えますように———
甘い匂いを感じてゆっくりと目を開けると、視界いっぱいにニゲラの花が咲いていた。
昨夜もここでミナトも会えたのだ。それなら今晩も会える可能性はかなり高いと言えるだろう。
クシナはさっと立ち上がると、淡い期待を膨らませながら黄色いツンツン頭の彼を探す。
辺りを一周見渡し、少しばかり移動してみたものの人影すら見つけることが出来ずクシナはシュンと落ち込んだ。
「いない、か……そうだよね」
クシナは花畑に腰を落としニゲラを見つめる。
見晴らしの良い花畑でポツリと一人でいるのはひどく寂しいように感じた。
昨晩の夢でミナトに会えただけでもよしとするべきなのかもしれない。
クシナはゴロンと花畑に寝転がり空を見上げる。
空は雲ひとつなく青空が澄み渡っている。
真っ青な青空を見て、思い出すのは青い瞳をもつ彼のことばかり。
「やっぱり会いたかったなぁ……」
「誰に会いたかったの?」
掛けられた声に驚き閉じていた目開けると、ミナトが覗き込むようにこちらを見ていた。
「ミナトッ!?どうしてここに!?」
思わずガバッと上半身を起こす。
「うーん、どうしてだろう…?クシナに会いたかったからかな」
なーんて、とミナトは少し恥ずかしそうに笑う。
運が良い者だけしか見ることの出来ない泡沫の夢。それが二日連続して見ることができるなんて。なんてツイてる日だろう。
「私もまたミナトに会えてよかったってばね!!」
嬉しさのあまりクシナは勢いよくミナトに抱きついた。ミナトはクシナを受け止めたものの、あまりの勢いにバランスを崩して花畑に倒れる。
側から見るとミナトを押し倒しているように見える体勢にクシナは少しだけ恥ずかしさを感じつつも、ミナトを抱きしめる力をギュッと強める。それに答えるかのようにミナトもクシナの背に腕を回し抱きこむ。
———ほら、やっぱり。暖かい。
絶対に感じることのないミナトの体温が昨夜よりも一層リアルに感じられた。まるで生身のように。
ああ、だからこそ特別な〝おまじない〟なのか。そうクシナは思った。
三度目はもう無いかもしれない。
ミナトに私の思いを伝えたい。聞いて欲しい。
例えそれが泡沫の幻だったとしても。
二人は花畑から上半身を起こして向き合う。
クシナの真剣な表情に思わずミナトは身構えた。
「ミナト、あのね……私の髪を褒めてくれた男にだけ、私から贈る大切な言葉があるの。ミナト、受け取ってくれる?」
「うん」
「アナタを愛してる」
ずっと、伝えたかった。
あの時から少しずつ少しずつ私の内側で募っていく好きは大きく大きくなって、そしていつのまにか、愛に変わった。
ミナトは驚いたのか、数回瞬きをした後に顔を掌で顔を覆った。
「ちょ、ミナトなんで顔隠すってばね!」
「だって……!」
顔を隠してどんどん縮こまっていくミナトを見て、やはり愛してるは重かっただろうか?と内心クシナは焦った。
「だって……」
「だって?」
「だって嬉しくて……。こんな緩んだ顔、クシナには恥ずかしくて絶対見せられないよ!」
「っ、!」
掌の隙間から見えたミナトの顔は完熟トマトのように真っ赤で、掌で隠しきれていない耳までも赤く染まっていた。思わずクシナもミナトに釣られて顔が紅潮する。
暫しの沈黙の後、少し落ち着いたのかミナトは顔を上げて少し照れ臭そうにクシナを見つめた。
「クシナ、俺も愛してるよ」
ミナトはそっとクシナの頬に手を這わせると、ゆっくりと顔を寄せる。クシナは思わず固く目を閉じた。
そっと重なったミナトの唇は優しく柔らかく、そして何より暖かかった。