泡沫の夢で君と
いい夢が見れたおかげか今日のクシナの動きは絶好調で、スムーズに任務を終わらせる事ができた。
そうだ、今日はご褒美に一楽に行こう。きっと今日の塩ラーメンの味は格別に違いない。そう思い、少しばかり夕飯には早い時間であったがクシナは一楽を目指して足を進めた。
一楽の暖簾を潜り、座っている先客に目をやるとその中に見知った顔がいた。
「ヨシノ!」
「あら!クシナじゃない久しぶり」
クシナに気がつくとヨシノは笑顔で声を掛けた。
ヨシノは3人で食事に来ていたようで、残りの2人がこちらに気づき会釈をする。どうやらヨシノの友人らしい。
クシナはヨシノの隣のカウンター席に座りメニュー表も見ずに目的であった塩ラーメンを頼む。
「ヨシノが一楽に来るなんて珍しいわね」
「うん、今日はちょっとね、女子会なの」
ね、とヨシノは一緒にいた友人に声を掛け、二人はうんと頷く。クシナは釣られてヨシノの友人二人に視線を向けるが女子会にしては少し暗い雰囲気が流れているように感じた。
ヨシノの友人の一人がため息をついて、クシナが来る前に話していたであろう会話を続ける。
「はぁ、なかなか思い通りに上手くいかないもんだね……」
「まぁまぁ、あんまり落ち込まないの。明日には会えるかもしれないじゃない」
「そうよそうよ。諦めるのはまだ早いわ」
でも…、と答えるヨシノの友人は泣きそうな弱々しい声だ。
ヨシノは慰めるように声を掛ける。
「所詮はおまじないなんだから気楽に考えなさい」
「おまじない?」
クシナは思わずその言葉に反応してしまい、つい口に出してしまった。
「ほら、あれよ。最近流行ってるニゲラのおまじないのこと」
「あ、あ〜。あの夢に出てくるおまじないね…」
クシナはミナトとの逢瀬の夢を思い出してしまい言い知れない羞恥に一人駆られた。
あの夢でミナトに抱きしめられた瞬間、あり得ないはずなのにミナトの体温を感じたような錯覚に陥った。
———もしもあの時キスをしてしまっていたら——
そんな事ばかり悶々と考えてしまい、そっけない言葉しか返せない。
「せっかく頑張ってニゲラを手に入れたのに〜!おまじないはデマだったの……?」
「でもコムギやキナコは会えたって言ってたわよ?」
「おまじないにも何かしらの発動条件があるっていうことなのかしら?」
「どうして私の夢には出てこないの……」
おまじない、デマ、会えない、発動条件。
ヨシノ達の会話を聞いてクシナは嫌な予感がした。
ついヨシノ達の会話に口を出してしまう。
「会えないって、どういうことだってばね!?」
「うーん、私も理由はわからないけれどニゲラのおまじないが叶った人と、叶ってない人がいるみたいなの。それに一度見れても二度目、三度目がなかなか見れない子が多いみたいで……私も二回目がなかなか見れないの」
「え、、」
「見れただけでもラッキーって思うべきなのかしらね」
ヨシノは頬を染めながらも、少しだけ残念そうな笑みを浮かべる。
どうやらあの甘い甘い夢は、幸運な者だけにしか見られない泡沫の幻のようなものだったらしい。
昨日見れたなら明日もみれるだろうと思っていただけにクシナのショックは大きい。
やはり夢ですら好きな人に会うことは難しい。そんな厳しい現実を目の当たりにして少女達はシュンと落ち込んだ。
コトリとクシナの目の前に出来立ての塩ラーメンが置かれ「はいお待ち。塩ラーメン一丁!」と元気なテウチの声だけが一楽に響く。
今日の塩ラーメンは、いつもより少しだけしょっぱい味がしたような気がした。