泡沫の夢で君と
就寝前、花瓶に生け直したニゲラの花をベットの横に置き直す。
見れば見るほどニゲラは幻想的な花だ。
———青色の花がミナトの瞳みたいに綺麗だってばね。
なんだか恥ずかしくなった私は急いで電気を消して布団に潜り込んだ。
確かこのおまじないには呪文があったはず。
好きな人の名前を逆から3回唱えると良いってミコトは言ってたよね。
「…となみぜかみな、となみぜかみな、となみぜかみな、夢で逢えますように……なーんて」
———夢でミナトに逢えたなら、何の話をしよう———
私はゆっくりと瞳を閉じた。
なんだか体がふわふわする。
ほんのりと漂う甘い匂いで私は目を開ける。
『えっ!?』
目を開けると私はニゲラの花畑にいた。あたり一面に咲く色とりどりのニゲラは昼間見た花束よりもより一層幻想的な世界を創り出している。
不思議と自分がなぜこんな所にいるのかと言う恐怖や焦りは感じなかった。
周りを見渡すと見覚えのある人影が見えた。馴染みのある黄色いツンツン頭が見える。
────もしかして。
ドキドキと胸が高鳴る。
黄色い髪の少年はこちらに気が付いたのか、少しだけ驚いた顔をした後にニコリと微笑んだ。
『クシナ、やっときてくれた』
『ミナト……!』
———やっぱり噂は本当だったってばね!ミナトに逢えた…!!
夢でも逢えて嬉しい。私は感激して立ち尽くす。
ミナトは私に駆け寄ると、そのままギュッと抱きついてきた。
『ふぎゃっ!?』
ミナトの予想外な行動に思わず変な声が出た。
『ちょ、ちょっとミナト!』
私が動揺している事はお構いなしにミナトは抱擁を続ける。
『俺、ずっとクシナの事、待ってたんだよ?』
『えっ、、ご、ごめん…?』
つい反射的に謝ってしまった。
『ん、でも来てくれたから、いいよ』
そう言うとミナトは私の額にキスをした。
『!?』
『やっぱりクシナは可愛いね』
ニコニコと余裕なミナトとは反対に、私は既にキャパオーバーである。
ミナトってこんなに積極的だったかしら!?
『ミナト、なんかいつもと違…』
違うと言いかけて私はハッとした。忘れていた。これは私の夢だ。ミナトは出会い頭に抱擁してきたり、額にキスをしてくる軽い男などではない。
———これは私が無意識に望んでいる事が夢になってるだけだってばね!!!?
そう認識してしまうと、急に恥ずかしくなった。
それってなんだか私が欲求不満みたいじゃない!!
『ねぇ、クシナ』
『な、なに?』
『俺、クシナのことが大好きだよ』
ミナトは恥ずかしげもなく愛の告白を口にすると、熱い眼差しで私を見つめきた。
『わ、私も……私もミナトが大好きだってばね!!!』
ずっとずっとあなたに言いたかった言葉。
夢の中なら普段恥ずかしくて言えない気持ちだって、素直に言葉にできる。
『そっかじゃあ俺たち両思いなんだね』
『……うん』
『クシナと両思いだなんて、夢みたいだ!』
いや、めちゃくちゃ夢だけどね!しかも私の!と思ったが、流石に言わなかった。
『クシナ、キスしてもいい?』
『えっ!?』
『やっぱり、ダメ?』
上目遣いで首を傾げるミナトはまるで自分の可愛さを自覚している子犬のようだ。普段のミナトなら絶対こんなこと言わないのに。
でもそんな姿すらも愛しいと思ってしまう私は相当ミナトに惚れ込んでいるようだ。
『だ、ダメじゃ、な、い……』
『ん、クシナ目を閉じて』
ミナトは私の頬に手を添えると、ゆっくりと顔を寄せてきた。
思わずギュッと目を閉じる。
あと数センチ。ミナトの吐息を近くで感じた。
唇に柔らかな感触が———
———ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ……
私は目覚まし時計の音で目が覚めた。
勢いよくベットから起き上がり素早くアラームを止める。
「……目覚まし時計のバカァァアア!!」
朝から大声を上げた私はきっとご近所迷惑だったに違いない。
「〜〜あと少しでミナトと!!キスを…!!」
思い出すと急に恥ずかしさが込み上げてきて、思わず顔を手で覆った。
「落ち着くのよクシナ、コレは全部夢だってばね…!!」
———そうよ、夢…。全部私の、妄想……。
……なんかそれはそれで、虚しいってばね。
ふとベットの横に置いてあるニゲラを見ると、カーテンから漏れた朝日がキラキラと当たっており、より一層青が眩しく感じた。
「ニゲラの花のおかげでミナトに会えたってばね。素敵な夢をありがとう」
そう呟いてもニゲラは言葉を返すことはない。
そんなことはわかっているけれどお礼を言わずにはいられなかったのだ。
「さて、今日も1日任務頑張るぞー!」
そう言って私はベットから出て朝の支度を始める。
朝から最高のスタートを切った!きっと今日はいい日になるってばね!
ポトリ、
静かにニゲラの花束から一輪だけ花が落ちた。