『A』 小話
Neal
アルバの後を追ってみると、彼女は廊下の端でうずくまっていた。
「こぽっ、ぶぇ、ぁ、はーっ……ぅぶっ」
苦しそうな声とともにびちゃびちゃと水音が聞こえる。何事かと近付いてみると、彼女は床に向かって嘔吐していた。
「っ、ん」
必死に口を押さえているが、効果は全くない。指の間から真っ黒な液体が漏れて床に落ちる。それでも彼女は口から手を離そうとしない。まだ我慢をするつもりなのか。オレは背後からアルバに寄り、彼女の名前を呼んだ。
「ひっ!?」
彼女の身体が跳ねる。酷く震え、申し訳ありません申し訳ありませんとえずきながら繰り返す。
「申し訳……ごほ、申し訳ありませ、う、」
手をゆっくりと下ろさせ、背中をさする。
「……様、……さ……」
黒い液体を吐きながら、誰かの名前を呼ぶ。誰の名前だ?オレは耳をすませた。
「さ……でぃ、さま、もうしわけ、ありませ、」
サディか。どこかで聞いた事のある名前だ。確かあの名前は……いや、今はそんな事を考えている暇はない。目の前にいる彼女は苦しそうに喉を押さえている。力を込めすぎて絞めているようにも見える。
俺は彼女の手を握った。指先がとても冷たい。顔も青ざめている。息がうまく吸えていないのか。
「もうし、わけ」
「アルバ、落ち着け。」
手をおろさせ、強めに彼女の背中を叩く。咳き込む音と共に彼女の口から黒い塊が飛び出した。
そこでオレはようやく彼女の顔を見た。アルバは黒い涙を流し、眼球や肌に黒に近い紫色の斑点ができていた。
オレは驚いて尻もちをつく。アルバはようやくオレに気付いたようで、ゆっくりとこちらを向いた。
「……あれ、にー、る?」
苦悶の表情が焦りへと変わる。毒々しい色の目を見開き、吐瀉物まみれの手でオレの襟を掴む。
「みたな?」
地獄から響くような低音。次の瞬間、オレは思わず彼女を突き飛ばしてしまった。アルバは壁に頭をぶつけ、そのまま動かなくなった。
あの後、気絶してしまったアルバをオレの部屋に運んで手当てをした。特に目立った怪我もなく、あの紫色の斑点もいつの間にか消えていた。
「……」
アルバは昨夜とは比べ物にならないくらいぐっすりと眠っている。気になる事といえば時折顔を掻きむしることか。彼女が眠っている間、オレは彼女の部屋にあった書物を読んでいた。トカゲ病について書かれたものらしい。誰が書いたものかは分からないため根拠としては全く使えないが、この書から新たな事実も見つかった。アルバはなぜ、どうやってこの書を手に入れたのか……
「……ん」
目の前の女はゆっくりと目を開ける。オレはこっそり書物を見つからない所に隠した。
「おはよう、アルバ。気分はどうだ?」
「何で私、ここで寝てるんだ?確か飯食ってた時に気分が悪くなって、それから……うん、吐きまくってた事しか覚えてないや。床、だいぶ汚しただろ。ごめんな。」
「気にする事はねぇよ。うちの団員が酔っ払った時よりずっとマシだ。」
どうやら、気分が悪かった事くらいしか覚えていないようだ。良かったと考えるべきか、否か。
「とにかく、今日は寝てなさい。部屋から1歩も出るんじゃないぞ。」
「嫌って言ったら?」
アルバはうんざりとしたような口調で言い放つ。「そんなにここが嫌か?」と尋ねると、「じっとしているのが嫌なんだ」と答えられた。
「何も考えたくないや。ただただ動いていたい。それが1番楽だ。……ごめん、逃げてるだけだよな。分かってる。いくらだって軽蔑してくれて構わない。」
「軽蔑なんかしないさ。だけど、自分の事を何も分からないってのは駄目だ。その身体の事も知っていかなきゃいけない、そうだろう?オレ達も助けになるから……」
「なぁ」
男性と間違うほどに低い声。アルバは深い沼のような緑色の目でオレを見た。
「頭、痛かったよ」
アルバの後を追ってみると、彼女は廊下の端でうずくまっていた。
「こぽっ、ぶぇ、ぁ、はーっ……ぅぶっ」
苦しそうな声とともにびちゃびちゃと水音が聞こえる。何事かと近付いてみると、彼女は床に向かって嘔吐していた。
「っ、ん」
必死に口を押さえているが、効果は全くない。指の間から真っ黒な液体が漏れて床に落ちる。それでも彼女は口から手を離そうとしない。まだ我慢をするつもりなのか。オレは背後からアルバに寄り、彼女の名前を呼んだ。
「ひっ!?」
彼女の身体が跳ねる。酷く震え、申し訳ありません申し訳ありませんとえずきながら繰り返す。
「申し訳……ごほ、申し訳ありませ、う、」
手をゆっくりと下ろさせ、背中をさする。
「……様、……さ……」
黒い液体を吐きながら、誰かの名前を呼ぶ。誰の名前だ?オレは耳をすませた。
「さ……でぃ、さま、もうしわけ、ありませ、」
サディか。どこかで聞いた事のある名前だ。確かあの名前は……いや、今はそんな事を考えている暇はない。目の前にいる彼女は苦しそうに喉を押さえている。力を込めすぎて絞めているようにも見える。
俺は彼女の手を握った。指先がとても冷たい。顔も青ざめている。息がうまく吸えていないのか。
「もうし、わけ」
「アルバ、落ち着け。」
手をおろさせ、強めに彼女の背中を叩く。咳き込む音と共に彼女の口から黒い塊が飛び出した。
そこでオレはようやく彼女の顔を見た。アルバは黒い涙を流し、眼球や肌に黒に近い紫色の斑点ができていた。
オレは驚いて尻もちをつく。アルバはようやくオレに気付いたようで、ゆっくりとこちらを向いた。
「……あれ、にー、る?」
苦悶の表情が焦りへと変わる。毒々しい色の目を見開き、吐瀉物まみれの手でオレの襟を掴む。
「みたな?」
地獄から響くような低音。次の瞬間、オレは思わず彼女を突き飛ばしてしまった。アルバは壁に頭をぶつけ、そのまま動かなくなった。
あの後、気絶してしまったアルバをオレの部屋に運んで手当てをした。特に目立った怪我もなく、あの紫色の斑点もいつの間にか消えていた。
「……」
アルバは昨夜とは比べ物にならないくらいぐっすりと眠っている。気になる事といえば時折顔を掻きむしることか。彼女が眠っている間、オレは彼女の部屋にあった書物を読んでいた。トカゲ病について書かれたものらしい。誰が書いたものかは分からないため根拠としては全く使えないが、この書から新たな事実も見つかった。アルバはなぜ、どうやってこの書を手に入れたのか……
「……ん」
目の前の女はゆっくりと目を開ける。オレはこっそり書物を見つからない所に隠した。
「おはよう、アルバ。気分はどうだ?」
「何で私、ここで寝てるんだ?確か飯食ってた時に気分が悪くなって、それから……うん、吐きまくってた事しか覚えてないや。床、だいぶ汚しただろ。ごめんな。」
「気にする事はねぇよ。うちの団員が酔っ払った時よりずっとマシだ。」
どうやら、気分が悪かった事くらいしか覚えていないようだ。良かったと考えるべきか、否か。
「とにかく、今日は寝てなさい。部屋から1歩も出るんじゃないぞ。」
「嫌って言ったら?」
アルバはうんざりとしたような口調で言い放つ。「そんなにここが嫌か?」と尋ねると、「じっとしているのが嫌なんだ」と答えられた。
「何も考えたくないや。ただただ動いていたい。それが1番楽だ。……ごめん、逃げてるだけだよな。分かってる。いくらだって軽蔑してくれて構わない。」
「軽蔑なんかしないさ。だけど、自分の事を何も分からないってのは駄目だ。その身体の事も知っていかなきゃいけない、そうだろう?オレ達も助けになるから……」
「なぁ」
男性と間違うほどに低い声。アルバは深い沼のような緑色の目でオレを見た。
「頭、痛かったよ」
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