『A』
Alba
「誰かいるか?」
次の朝。掃除をしていると鎧の男が訪ねてきた。この声はゼノンだ。
「ゼノン、おはよう。悪いが今ここには私しかいないんだ。」
「そうか、やはり……」
ゼノンはううむと唸る。兜で見えないが、間違いなく眉間の皺が増えているだろう。
「仕事に行くって聞いたんだが、ゼノンは何も聞いていないのか?」
「ああ。……恐らく新しい団長に連れて行かれたのだろう。まったく、自分であいつを謹慎処分にしたくせに……身勝手な男だ」
「新しい」を強調してゼノンは言う。
「何か大きな事件でもあったのか?それで人手が足りてないとか……。」
「事件」と自分で言って思い出した。そういえば昨日、巨大なストレンが出たんだったな。
「お前の言う通りだ。居住区で巨大な人型のストレンが出たらしくてな。救助やら調査やらで人手不足なのだ。ニール達も今頃こき使われているだろうな。……ところで、アルバ。」
ゼノンの視線は私の腕を捉えていた。昨日ストレンに噛まれた右腕だ。
「余計な世話かもしれんが……お前、腕を怪我しているのではないか?」
「!」
どうしてバレたんだ?包帯も巻いて、袖できちんと隠したはずなのに。……かなり私は狼狽えていたのだろう、ゼノンは「そう慌てるな」と言って大きな溜め息を吐いた。
「先程から右腕をかばっているように見えたからな。処置はしたか?」
「あ、ああ、一応。」
「どれ、見せてみろ」
「……」
もし噛み傷を見られたら、ストレンと戦ったことがバレてしまう。出来ることなら隠したいが、そうもいかないだろう。私は袖をまくって包帯を外した。
「……もう治っているようだな」
「いやあこれは昨日野良犬に噛まれた傷で、けっして……えっ?治ってる?」
そんなわけがない。あの傷は結構深かったし、痛みだってまだ残っている。
「見てみろ。」
「はは、そんなバカな……」
自分の腕を見る。深かったはずの噛み傷はきれいさっぱり消えていた。
「!?」
ありえない。だって、あんなに深く噛まれたのに。それに、まだ痛いのに。傷だけ消えているなんて、そんな。
「……」
ゼノンは腕をじっと見ている。多分、彼も信じられないとでも思っているのだろう。……今なら誤魔化せる。私は声をあげて笑った。
「あはは。すまない。あまりにもあなたが真面目そうに言うから、少し冗談を言ってみただけなんだ。心配かけて悪かったな。見ての通り、私は元気だから心配無用だ。……ふふふ、さっきのゼノンの顔といったら……。」
「俺をからかっていたのか?」
彼は「何という女だ」と呆れたように呟く。うまく誤魔化せたようだ。ふふ、我ながら素晴らしい演技力だ。もしかして、記憶を失う前の私は詐欺師か女優だったんじゃないか?……いや、女優はないな。
「ほら、ゼノン。そろそろ行かないとまずいんじゃないか?調査や救助活動があるんだろう?」
「そうだな。俺も行かなければ。……邪魔したな。」
彼は玄関のドアを開けて、家を出ていった。馬の蹄の音が遠ざかっていくのを聞きながら、私はある事を確かめるためにキッチンへ向かった。
キッチンの戸棚を開ける。確かアレはここにあったはず……。
「あった」
切れ味の良さそうなナイフ。これがあれば、あの事を確かめられる。
「……」
自分の腕をナイフで軽く切る。血の筋がぷくりと膨れたが、それだけだった。血はすぐに固まり、傷はみるみるうちに塞がった。そこにあるはずの傷は、痕すら残さずに消えていた。私の腕には、ただ、皮膚が裂けた痛みだけが残っていた。
「誰かいるか?」
次の朝。掃除をしていると鎧の男が訪ねてきた。この声はゼノンだ。
「ゼノン、おはよう。悪いが今ここには私しかいないんだ。」
「そうか、やはり……」
ゼノンはううむと唸る。兜で見えないが、間違いなく眉間の皺が増えているだろう。
「仕事に行くって聞いたんだが、ゼノンは何も聞いていないのか?」
「ああ。……恐らく新しい団長に連れて行かれたのだろう。まったく、自分であいつを謹慎処分にしたくせに……身勝手な男だ」
「新しい」を強調してゼノンは言う。
「何か大きな事件でもあったのか?それで人手が足りてないとか……。」
「事件」と自分で言って思い出した。そういえば昨日、巨大なストレンが出たんだったな。
「お前の言う通りだ。居住区で巨大な人型のストレンが出たらしくてな。救助やら調査やらで人手不足なのだ。ニール達も今頃こき使われているだろうな。……ところで、アルバ。」
ゼノンの視線は私の腕を捉えていた。昨日ストレンに噛まれた右腕だ。
「余計な世話かもしれんが……お前、腕を怪我しているのではないか?」
「!」
どうしてバレたんだ?包帯も巻いて、袖できちんと隠したはずなのに。……かなり私は狼狽えていたのだろう、ゼノンは「そう慌てるな」と言って大きな溜め息を吐いた。
「先程から右腕をかばっているように見えたからな。処置はしたか?」
「あ、ああ、一応。」
「どれ、見せてみろ」
「……」
もし噛み傷を見られたら、ストレンと戦ったことがバレてしまう。出来ることなら隠したいが、そうもいかないだろう。私は袖をまくって包帯を外した。
「……もう治っているようだな」
「いやあこれは昨日野良犬に噛まれた傷で、けっして……えっ?治ってる?」
そんなわけがない。あの傷は結構深かったし、痛みだってまだ残っている。
「見てみろ。」
「はは、そんなバカな……」
自分の腕を見る。深かったはずの噛み傷はきれいさっぱり消えていた。
「!?」
ありえない。だって、あんなに深く噛まれたのに。それに、まだ痛いのに。傷だけ消えているなんて、そんな。
「……」
ゼノンは腕をじっと見ている。多分、彼も信じられないとでも思っているのだろう。……今なら誤魔化せる。私は声をあげて笑った。
「あはは。すまない。あまりにもあなたが真面目そうに言うから、少し冗談を言ってみただけなんだ。心配かけて悪かったな。見ての通り、私は元気だから心配無用だ。……ふふふ、さっきのゼノンの顔といったら……。」
「俺をからかっていたのか?」
彼は「何という女だ」と呆れたように呟く。うまく誤魔化せたようだ。ふふ、我ながら素晴らしい演技力だ。もしかして、記憶を失う前の私は詐欺師か女優だったんじゃないか?……いや、女優はないな。
「ほら、ゼノン。そろそろ行かないとまずいんじゃないか?調査や救助活動があるんだろう?」
「そうだな。俺も行かなければ。……邪魔したな。」
彼は玄関のドアを開けて、家を出ていった。馬の蹄の音が遠ざかっていくのを聞きながら、私はある事を確かめるためにキッチンへ向かった。
キッチンの戸棚を開ける。確かアレはここにあったはず……。
「あった」
切れ味の良さそうなナイフ。これがあれば、あの事を確かめられる。
「……」
自分の腕をナイフで軽く切る。血の筋がぷくりと膨れたが、それだけだった。血はすぐに固まり、傷はみるみるうちに塞がった。そこにあるはずの傷は、痕すら残さずに消えていた。私の腕には、ただ、皮膚が裂けた痛みだけが残っていた。