『A』
Alba
ディーはおろおろしながらこちらを見ている。ニールとゼノンは静かだが、目はしっかりと私を捉えている。「心配ないよ」と伝えたくて、手をひらひら振った。
ここは騎士団の訓練場。目の前には髭を生やした偉そうな男。大きな腕で大きな斧を持っている。対して私が持っているのは、訓練用の刃の無い剣。
「団長自らが出てくるとはね。私もずいぶん注目されたものだな。しかもこんなに良い武器までくれるとは。感激したよ。」
「今回は特別だ。本来はいくつもの試験に受からないと入れないんだぞ。」
皮肉が通じてないのか、彼はふふんと鼻を鳴らす。今朝のこと。私はニールに連れられて騎士団の詰所に向かった。話は付けてもらっていたはずなのだが、団長が「やはり認められない」というので、彼と戦うことになってしまったのだ。入団試験のような事はやらされるだろうとは思っていたが、決闘なんて聞いていないぞ。対峙している男がさらに醜悪に見えてきた。頭に血が上るのを抑えながら、しっかり前を見据える。武器に差があるのも、勝つ自信が無いからだ。私があんな奴に負けるはずがない。
団長が動き出す。彼は私の頭に狙いを定め、物凄い勢いで斧を振り下ろした。私が避けていなければ、斧は首まで裂いていただろう。
「こ、殺す気か!?」
「これで死ぬような団員などいらんわ!」
パワーは強く、しかし、動きは速くない。防ぐ事より避ける事を考えた方が良さそうだ。私は肩の力を抜いた。ぶんっと音を立てて振り下ろされる斧。下に、横に、上に。その軌道は確実に私の命を奪おうとしている。団長は攻撃の手を緩めない。間合いを詰めようにも、タイミングを誤れば薪のように真っ二つになってしまう。私の体なら何をされてもすぐに治る。わざと喰らって反撃しようか……そういう考え方もできるだろう。しかし、ここには大勢の団員がいる。彼らはじっと我らの行く末を見守っている。この身体のことを知られない為にも、一撃でも喰らうわけにはいかない。
「ええい、ちょこまかと動きおって!」
私は飛び退く。すぐ目の前で風が唸った。一つも傷を追うこと無く勝つ。さもないと、そこに待っているのは破滅。騎士道精神なんてものは私には無い。つまり勝つためなら何でも有り。何としてでも、この暴れる斧を止めるのだ。
……頭の中が「白」く冴えていくのを感じる。
団長は斧を上げる。この時、ほんの少しだけ隙が生まれることに気付いた。今だ。私は地面の砂を掴み、団長の顔へと撒く。彼が怯んだ隙に、私は飛びかかった。しかし、それでも彼は斧を振り下ろした。柄が私の左肩に当たるがそんな事はどうでもいい。斧の刃も届かないほど近い距離。ここまで来たら何も怖くない。私は剣を彼の顔面に叩きつけた。骨が折れる音。白く小さい塊が落ちてきた。目の前の頭は大きく吹っ飛び、それを支えていた身体も倒れた。
「痛っ」
左肩がじんじんと痛む。服の中をこっそり覗くと、大きな黒い痣が消えかかっているところだった。これくらいだったら別にどうって事ない。上出来だ。これで団長も私を認めてくれるだろう。私は彼に背を向け、伸びをした。
「アルバ!」
ニールが叫ぶ。背後に気配を感じる。団長が起き上がったのだ。彼は斧を私に向かって投げた。直線上には他の団員がいる。もし私が避ければ、彼らに当たってしまう……私は避けずにそれを受け止めた。ゴリッ、骨がえぐれる音がする。気付いた時には斧はすでに私の左肩を折っていた。鋭い痛み。何かが落ちる音。無くなった左腕の感覚。左腕が、落ちた。
「……え?」
左肩からは血が吹き出す。鮮やかな赤色と墨のような黒色が混ざった血。それも束の間。血はすぐに止まり、肩から骨と肉が植物みたいに伸びてきた。骨と肉は腕と手の形になり、最後に皮膚がこれらを覆う。
しんと静まる訓練場。周りの視線が、全て、全て全て私に刺さる。
「あはっ」
私が異常であることがバレてしまった。見ろよ、誰もが唖然としてこちらを見てる。もう私はおしまいだ。これからずっと化け物として見られていくしかないんだ!しばらく笑いが止まらなかった。
ふと、 団長の姿が目に入る。こいつが私に斧なんか投げるからこうなったんだ。怒りがふつふつと沸いてくる。少しでも仕返ししてやらないと気が済まない。
「なぁ。もう決着、ついたんだろう?」
私は彼のもとへと歩いた。
「そりゃあ私も甘かったよ。最後の最後まで気を抜くべきでなかった。もしここが戦場だったら死んでたものな。」
甘かった。その通り。本当に私は何もかもを忘れているのだなと実感する。奴らに一瞬たりとも隙を見せてはならない。情も手加減もいらない。そんな事は基本中の基本だというのに。
「あなた、私を殺そうとしていたよなァ?隠したってすぐに分かるんだよ。試験なんかただの口実だろ?」
私は彼の傍に座る。抵抗など無かった。目の前の大男は目を見開き、せわしなく視線を動かしこちらを窺う。身の危険を前にした、怯えきった間抜け面にイラついた。
「答えろよ。何故私を殺そうとした?」
「だ、黙れ!……ギャッ」
片手で彼の右目をこじ開け、もう片方の手で砂を掴んで団長の顔にふりかける。
「答えろと言っているのだが。次は鼻に詰めるぞ。」
「ひっ!……お、お前が!お前が化け物だからだ!」
「……ふーん」
予想はしていた答えだったが、気に入らないので砂を鼻に詰めた。信じてないとでも思われたのか、聞いてもいないのに彼はベラベラと話し始めた。
「ば、バレていないとでも思ったか!ゴホ、お前があのトカゲ共の親玉なんだろう!?」
親玉?気になる言葉だ。そういえばあの商人がくれた書の中にもそのような言葉があった気がする。
「詳しく説明しろ」
もう一度砂を掴んで見せる。その時、後ろから誰かに両腕を掴まれた。
「アルバ、もうやめなさい。」
ニールの声だ。彼はひょいと私の両脇を掴む。
「離せ」
「駄目だ。」
猫か犬のように持ち上げ、彼はそのまま団長に背を向ける。何故ニールは私をあいつから遠ざけるのか。だんだんと怒りが込み上げてきた。
「あいつは私を殺そうとしたんだぞ!?絶対にあいつは何か知ってるんだ!」
「とりあえず落ち着けよ。団長が何か知っていたとしても、それを聞き出すのはオレの仕事だ。頭冷やしたらちゃんと手当てしてもらってこい。」
ニールは私の身体を揺らす。まるで幼子をあやすようだ。ニールがここまで言っているのだ、とりあえずは団長のことはニールに任せておいた方がいいのかもしれない。
「……分かった」
「よしよし、良い子だ。」
オジサンは嬉しいぞー、と彼は私を抱く力を強めた。彼の手は震えていたが、どうしてなのかは私には分からなかった。
Neal
「紫の森から出てきたストレンには親玉がいて、そいつがストレンに町を襲わせている。その親玉がアルバである。……か。」
団長を問い詰めたが、どれも噂の域を出ないものばかりであった。しかし団長は本気でこの噂話を信じているようで、この「決闘」が無ければアルバを暗殺させるつもりだったらしい。こんな事であいつが殺されてたまるか。しかし、火のないところに煙は立たない。この「噂」には何かが隠れているように感じるのだ。アルバの正体に関わる、何かが。
「無事でいてくれ」
そう呟いて、扉を開ける。目の前には、医者の所に行ったはずのアルバがいた。彼女がここにいるってことは……
「お前、何でここにいるんだよ。ちゃんと医者に診てもらったのか?」
「必要無い。あなただって見ただろ、私の腕が元通りになったのをさ。」
あの時、確かに彼女の腕は団長の投げた斧に切り落とされた。それなのに、今は元通り。袖がちぎれて剥き出しになった腕だけが、その事を示していた。
「医者や科学者なんか嫌いだ。あいつらに身体を好き勝手に弄られるなんて耐えられない。」
今までで1番ぎこちない笑顔。本気で怖がっているのは誰の目にも明らかだ。
「分かった、オレもついて行くよ。オレが見張ってりゃ医者も下手な真似は出来ないだろ?」
ありがとう、と彼女は笑った。そういえば、ディーも医者は嫌いだった。昔は医者どころか白い服を着た人間を見ただけで泣いていた。そうなったのは、カラニヒュ事件の後……。
「ところで、団長は何て言ってた?」
「あー、何ていうかな、町の奴らが噂してる事とそう大して変わらなかったよ。ストレンには親玉がいて、そいつがストレンを操ってるとか何とか。」
「うーん、そうか。」
彼女は残念そうに唸る。
「オレからも聞いていいか?お前、切れた腕が元通りになっただろ。あれ、何だったんだ?」
アルバは少し考え込み、「そういう体質みたいなものだよ」と返した。「体質」で片付けてすむものではないと思うが。そういえば、アルバの部屋にあった書物に何か書いてなかったか?この「体質」に関係する何かが。
「それ以外に言いようがない。今、詳しく調べている途中だ。」
「何でもっと早く言わなかったんだ。言ってくれたらオレ達だって協力したのに……」
「協力とか、そういうの嫌いなんだよ」
彼女から全ての表情が消える。
しばらく歩いていると、目の前には医務室の扉。目的地に着いたようだ。扉をノックして開ける。そして、躊躇っているアルバに入室を促す。彼女が入ったのを確認すると、オレも部屋に入った。
「アルバをよろしく頼む。こいつ、医者が怖いらしいからあんまり強引な事はしないであげてくれ。じゃあ、ドアの前で待ってるからな。」
それだけ言って部屋を出て、扉の側で待機した。
Alba
ニールに見守られながら、医務室へ入る。彼が出ていった後は椅子に座らされ、いくつかの質問に答える。シャツを脱ぎ、身体を調べられる。他人に身体をジロジロと見られるのは落ち着かない。今すぐにでも逃げ出したくなる。私は普段からただでさえ無い胸を布で潰しているのだが、それも取っていいか尋ねられた。当然、拒否だ。
「いたっ」
首の後ろ。針で刺されたようなわずかな痛みを感じた。気のせいだろうか?
「ああ、すみません。爪が当たってしまったようです。」
嘘だ。医者の手にキラリと光る何かが見えた時、私は思わず立ち上がってしまった。
「……何だよ、それ」
それは小さな刃物だった。ただの診察で刃物なんか使うか?こいつらは私の体に何をしているんだ。
「これは必要な作業でして……」
「何が必要だって!?人の体を切り刻む事か!?」
医者達は黙る。ただならぬ雰囲気を察したのか、ニールが入ってきた。
「どうしたんだ。」
ニールは医者達を見て、「なるほど」と呟いて頭を掻いた。
「強引な事はするなって言った筈なんだがな。もう、診察は済んだのか?」
「え、ええ。傷が瞬時に直るという驚異的な回復力は確認できました。それと、大変申し上げにくいのですが……アルバさんはトカゲ病の可能性があります。検査のため、しばらくはここに通う必要があります。」
「冗談じゃない!お前らはただ人体実験がしたいだけじゃないのか!?」
「アルバ、落ち着け。仕方ないだろ。」
ニールは私の頭を撫でる。
「今日の所はこれでいいんだよな?」
医者が頷くと、私は脱いでいた服をさっさと着て部屋を出た。
「アルバ、明日も医務室に行けそうか?」
「……」
嫌だ。あんなに怪しい奴らに自分の体を預けたくない。もうあんな事は繰り返したくない。繰り返す?何を?
逃げないと。どうせ助けなんて来ない。自分で何とかしなければ。邪魔する奴は皆殺せばいい。今度こそ、破滅が待つ運命から逃れるのだ。「今度こそ」って何の事だ?ああもう、頭が爆発しそうだ。
「アルバ」
「何だ」
「これからのお前の仕事は、オレの補佐だ。お前の立場はディーと同じ『見習い兵士』って事になっている。言い換えれば……ま、団員の助手ってとこだな。ちなみにディーは副団長ゼノンの助手だ。」
つまり、これからは助手としてニールを手伝えばいいのか。
「見習い兵士は団員とペアで動かないといけない。その代わり、オレがお前を守る。今の団長からも医者からも、だ。」
「守る?」
思わず自嘲的な笑いが出る。
「私が化け物でも?どんな悪人だったとしても?」
「関係ない。アルバ、お前も大事な……」
「嘘をつくなよ。きっと私を許さないだろ。」
あなたは正義感が強いから、と付け足す。
「怖いと思わないのか?私が人を襲ったりするかもしれないんだぞ?」
「もちろん怖いさ。だが、一番怖がってるのはお前だろう。本当に怖くなきゃそんな事思いもしないさ。」
彼は私の頭を撫でる。一番怖がっているのは私……本当にそうなのだろうか?
「さて、さっそく仕事だ。……その前に。袖がちぎれた服じゃ変だよな。」
ニールは自分の着ていた上着を脱ぎ、私に着せる。なかなかボロ、いや、年季の入った服だ。
「これで隠れるか!いいだろその上着。行商人にぼったくられてから意地でも着続けてるんだ。よし、行くぞ。」
ニールは眩しい笑顔を見せる。多少空元気にも見える彼の後に続いた。
ディーはおろおろしながらこちらを見ている。ニールとゼノンは静かだが、目はしっかりと私を捉えている。「心配ないよ」と伝えたくて、手をひらひら振った。
ここは騎士団の訓練場。目の前には髭を生やした偉そうな男。大きな腕で大きな斧を持っている。対して私が持っているのは、訓練用の刃の無い剣。
「団長自らが出てくるとはね。私もずいぶん注目されたものだな。しかもこんなに良い武器までくれるとは。感激したよ。」
「今回は特別だ。本来はいくつもの試験に受からないと入れないんだぞ。」
皮肉が通じてないのか、彼はふふんと鼻を鳴らす。今朝のこと。私はニールに連れられて騎士団の詰所に向かった。話は付けてもらっていたはずなのだが、団長が「やはり認められない」というので、彼と戦うことになってしまったのだ。入団試験のような事はやらされるだろうとは思っていたが、決闘なんて聞いていないぞ。対峙している男がさらに醜悪に見えてきた。頭に血が上るのを抑えながら、しっかり前を見据える。武器に差があるのも、勝つ自信が無いからだ。私があんな奴に負けるはずがない。
団長が動き出す。彼は私の頭に狙いを定め、物凄い勢いで斧を振り下ろした。私が避けていなければ、斧は首まで裂いていただろう。
「こ、殺す気か!?」
「これで死ぬような団員などいらんわ!」
パワーは強く、しかし、動きは速くない。防ぐ事より避ける事を考えた方が良さそうだ。私は肩の力を抜いた。ぶんっと音を立てて振り下ろされる斧。下に、横に、上に。その軌道は確実に私の命を奪おうとしている。団長は攻撃の手を緩めない。間合いを詰めようにも、タイミングを誤れば薪のように真っ二つになってしまう。私の体なら何をされてもすぐに治る。わざと喰らって反撃しようか……そういう考え方もできるだろう。しかし、ここには大勢の団員がいる。彼らはじっと我らの行く末を見守っている。この身体のことを知られない為にも、一撃でも喰らうわけにはいかない。
「ええい、ちょこまかと動きおって!」
私は飛び退く。すぐ目の前で風が唸った。一つも傷を追うこと無く勝つ。さもないと、そこに待っているのは破滅。騎士道精神なんてものは私には無い。つまり勝つためなら何でも有り。何としてでも、この暴れる斧を止めるのだ。
……頭の中が「白」く冴えていくのを感じる。
団長は斧を上げる。この時、ほんの少しだけ隙が生まれることに気付いた。今だ。私は地面の砂を掴み、団長の顔へと撒く。彼が怯んだ隙に、私は飛びかかった。しかし、それでも彼は斧を振り下ろした。柄が私の左肩に当たるがそんな事はどうでもいい。斧の刃も届かないほど近い距離。ここまで来たら何も怖くない。私は剣を彼の顔面に叩きつけた。骨が折れる音。白く小さい塊が落ちてきた。目の前の頭は大きく吹っ飛び、それを支えていた身体も倒れた。
「痛っ」
左肩がじんじんと痛む。服の中をこっそり覗くと、大きな黒い痣が消えかかっているところだった。これくらいだったら別にどうって事ない。上出来だ。これで団長も私を認めてくれるだろう。私は彼に背を向け、伸びをした。
「アルバ!」
ニールが叫ぶ。背後に気配を感じる。団長が起き上がったのだ。彼は斧を私に向かって投げた。直線上には他の団員がいる。もし私が避ければ、彼らに当たってしまう……私は避けずにそれを受け止めた。ゴリッ、骨がえぐれる音がする。気付いた時には斧はすでに私の左肩を折っていた。鋭い痛み。何かが落ちる音。無くなった左腕の感覚。左腕が、落ちた。
「……え?」
左肩からは血が吹き出す。鮮やかな赤色と墨のような黒色が混ざった血。それも束の間。血はすぐに止まり、肩から骨と肉が植物みたいに伸びてきた。骨と肉は腕と手の形になり、最後に皮膚がこれらを覆う。
しんと静まる訓練場。周りの視線が、全て、全て全て私に刺さる。
「あはっ」
私が異常であることがバレてしまった。見ろよ、誰もが唖然としてこちらを見てる。もう私はおしまいだ。これからずっと化け物として見られていくしかないんだ!しばらく笑いが止まらなかった。
ふと、 団長の姿が目に入る。こいつが私に斧なんか投げるからこうなったんだ。怒りがふつふつと沸いてくる。少しでも仕返ししてやらないと気が済まない。
「なぁ。もう決着、ついたんだろう?」
私は彼のもとへと歩いた。
「そりゃあ私も甘かったよ。最後の最後まで気を抜くべきでなかった。もしここが戦場だったら死んでたものな。」
甘かった。その通り。本当に私は何もかもを忘れているのだなと実感する。奴らに一瞬たりとも隙を見せてはならない。情も手加減もいらない。そんな事は基本中の基本だというのに。
「あなた、私を殺そうとしていたよなァ?隠したってすぐに分かるんだよ。試験なんかただの口実だろ?」
私は彼の傍に座る。抵抗など無かった。目の前の大男は目を見開き、せわしなく視線を動かしこちらを窺う。身の危険を前にした、怯えきった間抜け面にイラついた。
「答えろよ。何故私を殺そうとした?」
「だ、黙れ!……ギャッ」
片手で彼の右目をこじ開け、もう片方の手で砂を掴んで団長の顔にふりかける。
「答えろと言っているのだが。次は鼻に詰めるぞ。」
「ひっ!……お、お前が!お前が化け物だからだ!」
「……ふーん」
予想はしていた答えだったが、気に入らないので砂を鼻に詰めた。信じてないとでも思われたのか、聞いてもいないのに彼はベラベラと話し始めた。
「ば、バレていないとでも思ったか!ゴホ、お前があのトカゲ共の親玉なんだろう!?」
親玉?気になる言葉だ。そういえばあの商人がくれた書の中にもそのような言葉があった気がする。
「詳しく説明しろ」
もう一度砂を掴んで見せる。その時、後ろから誰かに両腕を掴まれた。
「アルバ、もうやめなさい。」
ニールの声だ。彼はひょいと私の両脇を掴む。
「離せ」
「駄目だ。」
猫か犬のように持ち上げ、彼はそのまま団長に背を向ける。何故ニールは私をあいつから遠ざけるのか。だんだんと怒りが込み上げてきた。
「あいつは私を殺そうとしたんだぞ!?絶対にあいつは何か知ってるんだ!」
「とりあえず落ち着けよ。団長が何か知っていたとしても、それを聞き出すのはオレの仕事だ。頭冷やしたらちゃんと手当てしてもらってこい。」
ニールは私の身体を揺らす。まるで幼子をあやすようだ。ニールがここまで言っているのだ、とりあえずは団長のことはニールに任せておいた方がいいのかもしれない。
「……分かった」
「よしよし、良い子だ。」
オジサンは嬉しいぞー、と彼は私を抱く力を強めた。彼の手は震えていたが、どうしてなのかは私には分からなかった。
Neal
「紫の森から出てきたストレンには親玉がいて、そいつがストレンに町を襲わせている。その親玉がアルバである。……か。」
団長を問い詰めたが、どれも噂の域を出ないものばかりであった。しかし団長は本気でこの噂話を信じているようで、この「決闘」が無ければアルバを暗殺させるつもりだったらしい。こんな事であいつが殺されてたまるか。しかし、火のないところに煙は立たない。この「噂」には何かが隠れているように感じるのだ。アルバの正体に関わる、何かが。
「無事でいてくれ」
そう呟いて、扉を開ける。目の前には、医者の所に行ったはずのアルバがいた。彼女がここにいるってことは……
「お前、何でここにいるんだよ。ちゃんと医者に診てもらったのか?」
「必要無い。あなただって見ただろ、私の腕が元通りになったのをさ。」
あの時、確かに彼女の腕は団長の投げた斧に切り落とされた。それなのに、今は元通り。袖がちぎれて剥き出しになった腕だけが、その事を示していた。
「医者や科学者なんか嫌いだ。あいつらに身体を好き勝手に弄られるなんて耐えられない。」
今までで1番ぎこちない笑顔。本気で怖がっているのは誰の目にも明らかだ。
「分かった、オレもついて行くよ。オレが見張ってりゃ医者も下手な真似は出来ないだろ?」
ありがとう、と彼女は笑った。そういえば、ディーも医者は嫌いだった。昔は医者どころか白い服を着た人間を見ただけで泣いていた。そうなったのは、カラニヒュ事件の後……。
「ところで、団長は何て言ってた?」
「あー、何ていうかな、町の奴らが噂してる事とそう大して変わらなかったよ。ストレンには親玉がいて、そいつがストレンを操ってるとか何とか。」
「うーん、そうか。」
彼女は残念そうに唸る。
「オレからも聞いていいか?お前、切れた腕が元通りになっただろ。あれ、何だったんだ?」
アルバは少し考え込み、「そういう体質みたいなものだよ」と返した。「体質」で片付けてすむものではないと思うが。そういえば、アルバの部屋にあった書物に何か書いてなかったか?この「体質」に関係する何かが。
「それ以外に言いようがない。今、詳しく調べている途中だ。」
「何でもっと早く言わなかったんだ。言ってくれたらオレ達だって協力したのに……」
「協力とか、そういうの嫌いなんだよ」
彼女から全ての表情が消える。
しばらく歩いていると、目の前には医務室の扉。目的地に着いたようだ。扉をノックして開ける。そして、躊躇っているアルバに入室を促す。彼女が入ったのを確認すると、オレも部屋に入った。
「アルバをよろしく頼む。こいつ、医者が怖いらしいからあんまり強引な事はしないであげてくれ。じゃあ、ドアの前で待ってるからな。」
それだけ言って部屋を出て、扉の側で待機した。
Alba
ニールに見守られながら、医務室へ入る。彼が出ていった後は椅子に座らされ、いくつかの質問に答える。シャツを脱ぎ、身体を調べられる。他人に身体をジロジロと見られるのは落ち着かない。今すぐにでも逃げ出したくなる。私は普段からただでさえ無い胸を布で潰しているのだが、それも取っていいか尋ねられた。当然、拒否だ。
「いたっ」
首の後ろ。針で刺されたようなわずかな痛みを感じた。気のせいだろうか?
「ああ、すみません。爪が当たってしまったようです。」
嘘だ。医者の手にキラリと光る何かが見えた時、私は思わず立ち上がってしまった。
「……何だよ、それ」
それは小さな刃物だった。ただの診察で刃物なんか使うか?こいつらは私の体に何をしているんだ。
「これは必要な作業でして……」
「何が必要だって!?人の体を切り刻む事か!?」
医者達は黙る。ただならぬ雰囲気を察したのか、ニールが入ってきた。
「どうしたんだ。」
ニールは医者達を見て、「なるほど」と呟いて頭を掻いた。
「強引な事はするなって言った筈なんだがな。もう、診察は済んだのか?」
「え、ええ。傷が瞬時に直るという驚異的な回復力は確認できました。それと、大変申し上げにくいのですが……アルバさんはトカゲ病の可能性があります。検査のため、しばらくはここに通う必要があります。」
「冗談じゃない!お前らはただ人体実験がしたいだけじゃないのか!?」
「アルバ、落ち着け。仕方ないだろ。」
ニールは私の頭を撫でる。
「今日の所はこれでいいんだよな?」
医者が頷くと、私は脱いでいた服をさっさと着て部屋を出た。
「アルバ、明日も医務室に行けそうか?」
「……」
嫌だ。あんなに怪しい奴らに自分の体を預けたくない。もうあんな事は繰り返したくない。繰り返す?何を?
逃げないと。どうせ助けなんて来ない。自分で何とかしなければ。邪魔する奴は皆殺せばいい。今度こそ、破滅が待つ運命から逃れるのだ。「今度こそ」って何の事だ?ああもう、頭が爆発しそうだ。
「アルバ」
「何だ」
「これからのお前の仕事は、オレの補佐だ。お前の立場はディーと同じ『見習い兵士』って事になっている。言い換えれば……ま、団員の助手ってとこだな。ちなみにディーは副団長ゼノンの助手だ。」
つまり、これからは助手としてニールを手伝えばいいのか。
「見習い兵士は団員とペアで動かないといけない。その代わり、オレがお前を守る。今の団長からも医者からも、だ。」
「守る?」
思わず自嘲的な笑いが出る。
「私が化け物でも?どんな悪人だったとしても?」
「関係ない。アルバ、お前も大事な……」
「嘘をつくなよ。きっと私を許さないだろ。」
あなたは正義感が強いから、と付け足す。
「怖いと思わないのか?私が人を襲ったりするかもしれないんだぞ?」
「もちろん怖いさ。だが、一番怖がってるのはお前だろう。本当に怖くなきゃそんな事思いもしないさ。」
彼は私の頭を撫でる。一番怖がっているのは私……本当にそうなのだろうか?
「さて、さっそく仕事だ。……その前に。袖がちぎれた服じゃ変だよな。」
ニールは自分の着ていた上着を脱ぎ、私に着せる。なかなかボロ、いや、年季の入った服だ。
「これで隠れるか!いいだろその上着。行商人にぼったくられてから意地でも着続けてるんだ。よし、行くぞ。」
ニールは眩しい笑顔を見せる。多少空元気にも見える彼の後に続いた。
