『A』
D
『ぼくたちは悪い大人にさらわれた。暗いどうくつの中で、黒いかみのけのお姉ちゃんがぼくの頭をなでてくれている。「だいじょうぶ、きっと助けがくるよ」って言って、ぎゅってしながらずっとずっとなでてくれる。「コノヤロー!そいつに何すんだ!!」青いかみのけのお兄ちゃんが大人に噛みついた。さらわれた他の子たち……ぼくたちを守ってくれてるのだ。大人はお兄ちゃんを押さえつけて、そのまま連れていった。』
眩しい朝日で目が覚める。ちょっと寝坊しちゃったかな。ベッドから降りて急いで支度をする。服を着替えて、「普通に見えるように」髪の毛を整える。僕の頭には犬のような垂れ耳がある。お母さん譲りの耳だ。この耳があるせいでいじめられたり誘拐されたりと色々とひどい目にあったのだ。だから、ちゃんと隠さなきゃ。耳を金髪で隠したら準備は完璧。僕は急いで部屋を出た。
階段を降りると、ゼノンがご飯を作っていた。
「あ、ゼノン。おはよう。ニールとアルバは?」
「アルバは……ええと、少し体調を崩したようだ。今はニールが面倒を見ている。」
「アルバが?」
それは心配だ。最近のアルバは見た感じ元気そうだったけど、彼女から何か「悪いもの」を感じていたのだ。もしかして、平気なフリしてずっと無理してたのかな。
「だいぶぐったりしていたな。今日は安静にしてくれているといいのだが。」
様子を見に行こうかと思っていたら部屋の外から足音が聞こえた。ニールだろうか?いや、ニールにしては軽い足音だ。
「おはよう。」
アルバが部屋に入ってきた。水浴びをしてきたらしく、濡れた髪をタオルで拭いていた。ぐったりしていたはずの彼女がここにいる。ゼノンと顔を見合わせた。
「お前、体は大丈夫なのか?」
「もう何ともない。世話かけたな。」
彼女は屈託のない笑顔を向ける。だけど、「悪いもの」はまだ消えていないように感じた。
「ホントに?無理してない?」
「本当だって。何で疑うかな。」
「だって、アルバ……ええと、何か変なんだもん。ねぇ、僕達に隠し事なんてしてないよね?ホントのホントに無理してないんだよね?」
「そうだそうだ、言ってやれよディー。」
ニールも入ってきた。ニールは眉間に皺を寄せてアルバに詰め寄る。
「アルバ、飯食ったら部屋に戻って休みなさい。」
「……どうしても?」
「ああ。明日は一緒に詰め所に行くから、それまでに回復させるんだ、いいな?」
彼女は「休んでも休まなくても変わらないのに」とぼやきながらしぶしぶ頷いた。
朝食を摂る。食卓は静かで、ゼノン達の視線はアルバに向いていた。彼女は青い顔をして、ちびちびと麦粥を口に運んでいた。
「アルバ?」
「……悪い、ちょっと席外す」
アルバは席を立ち、急いで部屋を出る。部屋を出る直前、口を押さえたように見えた。
「……あいつ、やっぱりだいぶ無理してるな。様子見てくる。お前達は飯食ってろ。」
ニールも出ていく。残ったのは僕とゼノンだけ。ご飯を食べようにも、アルバが心配で仕方がない。
「ディー、アルバが来てから……その、仲良くやれているか?」
ゼノンからの問いに僕は頷く。
「そうか。お前、人見知りだからな。ストレスを溜めたりしていないかとニールが心配していたぞ。」
「そんな事ないよ。確かに知らない人は苦手だけど、アルバは好きだよ。初めて会った感じがしないっていうのかな?頭撫でられると安心するし、ぎゅってされるのも悪くはないかな。……恥ずかしいけど。」
「頭を?お前の?あいつのこと、かなり信じているようだな。俺やニールにだって触らせないのに。」
ゼノンはわざとらしく唇を尖らせる。僕は「ごめんって」と笑った。
「……アルバ」
やっぱり気になってしまう。
「後で様子を見に行こう。今俺達が出来ることは無い。アルバだって弱っている姿を見せたくないだろう。」
「そうだけど……」
その時、足音が聞こえた。扉を開けると、ニールがアルバを抱え階段を上ろうとしているのが見えた。アルバは眠っていて、口の端からは何か黒いものが垂れていた。ニールは僕に気付くと、大きな声でこう言った。
「アルバが倒れた。オレはこいつの手当てをしなきゃいけないから、悪いが先に行っててくれ。」
Zeno
今日は団で会議がある。この前俺達がストレンの巣に行った事を覚えているだろうか?他の兵士が詳しい調査に行ったところいくつか見つかったものがあるそうだ。
「……」
ドーバッツァは何故か機嫌が悪そうだ。髭であまり分からないが、顔が青ざめているようにも見える。
「えー、我々が巣の奥を調査したところ、近くの洞に何やら隠し部屋のようなものがありまして……この木箱と、瓶。そしてこの……何だかよく分からないものが落ちていました。」
木箱にも瓶にも黒い墨のようなものが付いていた。そして、「よく分からないもの」。見た感じ何かの装置のようだ。扉の付いた四角い箱の上に、花を思わせるような円盤が繋がっている。円盤には小さな穴がいくつも開いていた。
「ただのゴミではないか!こんな物が何の役に立つと……」
「ゴミ?とんでもねぇよ。」
声がした方を振り返ると、ニールがいた。急いで来たといった様子で、髪も服装も乱れていた。
「遅れてすみませんね。居候の看病をしてたもので。」
ニールは服を整えながら頭を下げる。ドーバッツァは何か言いたげだったが、その前に俺が声を発した。
「ニール、これについて何か知っているのか?」
「ああ。兄貴がそれについて話してたな。ジェイドラ王国が妙な物を開発しているそうだ。一度それを描いた絵を見たが、この装置にそっくりだったよ。ちょっと見せてくれ。確かこの円盤の穴が霧吹きみたいになっていて、この容器に入っている液体を散布する仕組み……何だこれ」
ニールは器用に装置から小さな瓶を外す。瓶には黒い液体が入っていた。光に透かすと紫色にも見える。
「紫、黒……あ~、嫌な予感がするねぇ。」
ニールは小さく「これ絶対アレじゃねぇか」と呟く。紫と黒。まさか、紫の森の霧に関係あるものなのだろうか?
「とにかく、こいつは重要な証拠だ。これを見つけたのは誰だ?お前か!……そうか!大手柄だな!」
ニールは先程まで報告をしていた兵士の肩を叩く。しばらくニコニコしながら兵士を褒めていたが、急に真顔になってドーバッツァを見た。
「で、こいつの詳しい解析をする許可が欲しい。いいな、団長?」
「良い訳がないだろう!こんなもの、調べる価値も無い!」
「価値が無い?お前こんな貴重な情報握り潰すつもりか?ストレンについて調べるの放棄するのと一緒じゃねぇか?あ?」
2人の間に火花が散る。俺はその間に入った。
「やめろやめろ。こんな所で喧嘩をするんじゃない。……ニール。解析、とは具体的に何をするつもりだ?」
「まずはこれについて知っている兄貴に手紙。可能なら彼の立ち会いのもとこいつを分解したい。……それと、団長に許可を取るのはやめだ。もっと上の人に申し出る事にするよ。ちょっと行ってくる。」
ニールは装置を持って部屋をあとにする。ドーバッツァがそれを追おうとするが、俺はそれを止めた。
「本当にあれに価値が無ければニールの申請は取り下げられるだろう。だがもしあれが重要な物だとすれば、ニールの言う通りだ。お前も馬鹿でなければ分かるはずだ。な?」
彼は悔しそうに呻く。気に入らない彼をやりこめても気分は晴れない。それどころか「何故こいつはそんなに調査を止めさせようとするか?」という考えが頭から離れなかった。
『ぼくたちは悪い大人にさらわれた。暗いどうくつの中で、黒いかみのけのお姉ちゃんがぼくの頭をなでてくれている。「だいじょうぶ、きっと助けがくるよ」って言って、ぎゅってしながらずっとずっとなでてくれる。「コノヤロー!そいつに何すんだ!!」青いかみのけのお兄ちゃんが大人に噛みついた。さらわれた他の子たち……ぼくたちを守ってくれてるのだ。大人はお兄ちゃんを押さえつけて、そのまま連れていった。』
眩しい朝日で目が覚める。ちょっと寝坊しちゃったかな。ベッドから降りて急いで支度をする。服を着替えて、「普通に見えるように」髪の毛を整える。僕の頭には犬のような垂れ耳がある。お母さん譲りの耳だ。この耳があるせいでいじめられたり誘拐されたりと色々とひどい目にあったのだ。だから、ちゃんと隠さなきゃ。耳を金髪で隠したら準備は完璧。僕は急いで部屋を出た。
階段を降りると、ゼノンがご飯を作っていた。
「あ、ゼノン。おはよう。ニールとアルバは?」
「アルバは……ええと、少し体調を崩したようだ。今はニールが面倒を見ている。」
「アルバが?」
それは心配だ。最近のアルバは見た感じ元気そうだったけど、彼女から何か「悪いもの」を感じていたのだ。もしかして、平気なフリしてずっと無理してたのかな。
「だいぶぐったりしていたな。今日は安静にしてくれているといいのだが。」
様子を見に行こうかと思っていたら部屋の外から足音が聞こえた。ニールだろうか?いや、ニールにしては軽い足音だ。
「おはよう。」
アルバが部屋に入ってきた。水浴びをしてきたらしく、濡れた髪をタオルで拭いていた。ぐったりしていたはずの彼女がここにいる。ゼノンと顔を見合わせた。
「お前、体は大丈夫なのか?」
「もう何ともない。世話かけたな。」
彼女は屈託のない笑顔を向ける。だけど、「悪いもの」はまだ消えていないように感じた。
「ホントに?無理してない?」
「本当だって。何で疑うかな。」
「だって、アルバ……ええと、何か変なんだもん。ねぇ、僕達に隠し事なんてしてないよね?ホントのホントに無理してないんだよね?」
「そうだそうだ、言ってやれよディー。」
ニールも入ってきた。ニールは眉間に皺を寄せてアルバに詰め寄る。
「アルバ、飯食ったら部屋に戻って休みなさい。」
「……どうしても?」
「ああ。明日は一緒に詰め所に行くから、それまでに回復させるんだ、いいな?」
彼女は「休んでも休まなくても変わらないのに」とぼやきながらしぶしぶ頷いた。
朝食を摂る。食卓は静かで、ゼノン達の視線はアルバに向いていた。彼女は青い顔をして、ちびちびと麦粥を口に運んでいた。
「アルバ?」
「……悪い、ちょっと席外す」
アルバは席を立ち、急いで部屋を出る。部屋を出る直前、口を押さえたように見えた。
「……あいつ、やっぱりだいぶ無理してるな。様子見てくる。お前達は飯食ってろ。」
ニールも出ていく。残ったのは僕とゼノンだけ。ご飯を食べようにも、アルバが心配で仕方がない。
「ディー、アルバが来てから……その、仲良くやれているか?」
ゼノンからの問いに僕は頷く。
「そうか。お前、人見知りだからな。ストレスを溜めたりしていないかとニールが心配していたぞ。」
「そんな事ないよ。確かに知らない人は苦手だけど、アルバは好きだよ。初めて会った感じがしないっていうのかな?頭撫でられると安心するし、ぎゅってされるのも悪くはないかな。……恥ずかしいけど。」
「頭を?お前の?あいつのこと、かなり信じているようだな。俺やニールにだって触らせないのに。」
ゼノンはわざとらしく唇を尖らせる。僕は「ごめんって」と笑った。
「……アルバ」
やっぱり気になってしまう。
「後で様子を見に行こう。今俺達が出来ることは無い。アルバだって弱っている姿を見せたくないだろう。」
「そうだけど……」
その時、足音が聞こえた。扉を開けると、ニールがアルバを抱え階段を上ろうとしているのが見えた。アルバは眠っていて、口の端からは何か黒いものが垂れていた。ニールは僕に気付くと、大きな声でこう言った。
「アルバが倒れた。オレはこいつの手当てをしなきゃいけないから、悪いが先に行っててくれ。」
Zeno
今日は団で会議がある。この前俺達がストレンの巣に行った事を覚えているだろうか?他の兵士が詳しい調査に行ったところいくつか見つかったものがあるそうだ。
「……」
ドーバッツァは何故か機嫌が悪そうだ。髭であまり分からないが、顔が青ざめているようにも見える。
「えー、我々が巣の奥を調査したところ、近くの洞に何やら隠し部屋のようなものがありまして……この木箱と、瓶。そしてこの……何だかよく分からないものが落ちていました。」
木箱にも瓶にも黒い墨のようなものが付いていた。そして、「よく分からないもの」。見た感じ何かの装置のようだ。扉の付いた四角い箱の上に、花を思わせるような円盤が繋がっている。円盤には小さな穴がいくつも開いていた。
「ただのゴミではないか!こんな物が何の役に立つと……」
「ゴミ?とんでもねぇよ。」
声がした方を振り返ると、ニールがいた。急いで来たといった様子で、髪も服装も乱れていた。
「遅れてすみませんね。居候の看病をしてたもので。」
ニールは服を整えながら頭を下げる。ドーバッツァは何か言いたげだったが、その前に俺が声を発した。
「ニール、これについて何か知っているのか?」
「ああ。兄貴がそれについて話してたな。ジェイドラ王国が妙な物を開発しているそうだ。一度それを描いた絵を見たが、この装置にそっくりだったよ。ちょっと見せてくれ。確かこの円盤の穴が霧吹きみたいになっていて、この容器に入っている液体を散布する仕組み……何だこれ」
ニールは器用に装置から小さな瓶を外す。瓶には黒い液体が入っていた。光に透かすと紫色にも見える。
「紫、黒……あ~、嫌な予感がするねぇ。」
ニールは小さく「これ絶対アレじゃねぇか」と呟く。紫と黒。まさか、紫の森の霧に関係あるものなのだろうか?
「とにかく、こいつは重要な証拠だ。これを見つけたのは誰だ?お前か!……そうか!大手柄だな!」
ニールは先程まで報告をしていた兵士の肩を叩く。しばらくニコニコしながら兵士を褒めていたが、急に真顔になってドーバッツァを見た。
「で、こいつの詳しい解析をする許可が欲しい。いいな、団長?」
「良い訳がないだろう!こんなもの、調べる価値も無い!」
「価値が無い?お前こんな貴重な情報握り潰すつもりか?ストレンについて調べるの放棄するのと一緒じゃねぇか?あ?」
2人の間に火花が散る。俺はその間に入った。
「やめろやめろ。こんな所で喧嘩をするんじゃない。……ニール。解析、とは具体的に何をするつもりだ?」
「まずはこれについて知っている兄貴に手紙。可能なら彼の立ち会いのもとこいつを分解したい。……それと、団長に許可を取るのはやめだ。もっと上の人に申し出る事にするよ。ちょっと行ってくる。」
ニールは装置を持って部屋をあとにする。ドーバッツァがそれを追おうとするが、俺はそれを止めた。
「本当にあれに価値が無ければニールの申請は取り下げられるだろう。だがもしあれが重要な物だとすれば、ニールの言う通りだ。お前も馬鹿でなければ分かるはずだ。な?」
彼は悔しそうに呻く。気に入らない彼をやりこめても気分は晴れない。それどころか「何故こいつはそんなに調査を止めさせようとするか?」という考えが頭から離れなかった。