『A』
Alba
料理を机に並べ、席に着く。3人で朝ご飯を食べるのは久しぶりだ。
「今日からディーは仕事だったか。」
「うん!ゼノンと一緒にあのストレンの事件の調査をするんだ!」
ディーは私に眩しい笑顔を向ける。
「アルバも行く?街の中を歩いて色々見れば、もしかしたら何か思い出せるかもしれないよ!」
「……」
何か思い出せる、か。正直、今は何も思い出したくない。思い出すのが怖いのだ。どうやら私は傷の治りが早いらしい。どんな傷でも瞬時に治るのだ。傷がすぐに治る人間だなんて、普通の人間であるはずがない。それに……私は恐ろしいことに気づいてしまったのだ。傷が癒えても痛みは消えない。それはつまり、記憶を失う前に私が負った傷を、痛みとして体が覚えているということ。実際、背中や腕の傷以外にも痛む場所はたくさんある。たとえば、歯が折れたような痛み。たとえば、腹を殴られたような痛み……まるで、何者かに何度も暴行された後のようだ。誰に、どのようにして傷付けられたのか。それを想像しようとしてもその時に限って頭が働かなくなる。その事について考えるのを拒否しているのだろうか。
それでも、いつか……いや、できるだけ早く思い出さなければいけないのだろう。いつまでもここに厄介になるわけにはいかない。ニールたちも、知らない人間が家に転がり込んできてさぞかし迷惑していることだろう。自分はどうしてここに来たのか、自分はこれから何をするべきなのかを早く思い出して、ここから離れないと。
「アルバ?」
ディーとニールは私の顔を見つめていた。しまった、考えていることが顔に出ていたか。
「うん?どうした?」
できるだけ明るく。できるだけ笑って。私は返事をした。
「大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ。すまない、まだ眠くてぼうっとしていたみたいだ。」
おどけたようにそう言うと、ディーは安心したような表情を浮かべた。が、ニールは眉間に皺を寄せたままだった。
結局、ディーと調査に行くのは断った。
今は昼。掃除も洗濯も終え、私はニールと茶を飲んでいる。
「こうやってゆっくりするのも飽きたなぁ~。オレも早く復帰したいもんだ。」
ニールは欠伸をしながら、茶を飲んでいた。
「ニールも仕事を休んでいるのだったな。」
「ああ。謹慎処分食らってんだよ。」
彼は気だるげに答えた。
「謹慎になるだなんて、あなたは一体何をしたんだ?」
「何をしたって……まあ、簡単に言えば食糧支援だな。」
食糧支援をしてどうして謹慎処分になるのだろうか。むしろ褒められるべきではないか?
「去年は凶作でさ。その上数少ない食料を貴族たちが独占してたもんだから、食べるものも無くなって庶民はみんな飢えていたんだ。そこで、オレは数ヶ月前、実家に食糧支援を頼んだのさ。オレの実家はちょっと大きい土地の領主の家でな。そこ自体は大した力は持っていないが、人脈がとにかく広いんだ。そのツテを辿って、最終的には外国の資産家に援助をしてもらったんだ。」
「それの何が問題なんだ?」
「ここの大臣や貴族に無許可でやったんだよ。支援された食糧まで独り占めされちゃかなわねぇからな。その後貴族たちにそれがバレて、オレは騎士団長を辞めさせられ、ディーも謹慎処分となったんだ。」
「どうしてディーまで?」
「アイツも食糧支援の件に関わってるんじゃないかって疑われてな。ディーはオレの兄貴の息子……つまり甥っ子だから。大臣の奴ら、結構怒ってたからなぁ。面子がどうのこうのって。そんなちっちゃいプライドなんざ知るかよう。だいたいお前らのせいじゃねぇか。」
ニールは大きく伸びをする。
「まぁ、ディーは今日で復帰できたからいいんだけどよ。ゼノンも一緒だから団長にいじめられる心配もないし。だけどなぁ……オレは復帰したとしてもまた下っ端兵士からやり直しか~。アルバ、オレちょっと泣きそう。このオジサンを慰めてくれぇ。」
ニールは顔を覆うふりをする。私は「よしよし」と彼の頭を撫でた。
「……あ、そろそろ買い物に行かないと。昼ご飯の材料がもうないからな。昼はディーはどこかで食べるだろうか?」
「おう。ゼノンと食べてくるってさ。」
なら、2人分作られれば十分か。私は立ち上がった。ドアに手をかけようとした時、私の頭に何かが乗った。……ニールの手だ。
「アルバ、ありがとうな。」
彼は私の頭を撫でる。私の勘違いかもしれないが、彼は娘を見るような優しい目で私を見ていた。
料理を机に並べ、席に着く。3人で朝ご飯を食べるのは久しぶりだ。
「今日からディーは仕事だったか。」
「うん!ゼノンと一緒にあのストレンの事件の調査をするんだ!」
ディーは私に眩しい笑顔を向ける。
「アルバも行く?街の中を歩いて色々見れば、もしかしたら何か思い出せるかもしれないよ!」
「……」
何か思い出せる、か。正直、今は何も思い出したくない。思い出すのが怖いのだ。どうやら私は傷の治りが早いらしい。どんな傷でも瞬時に治るのだ。傷がすぐに治る人間だなんて、普通の人間であるはずがない。それに……私は恐ろしいことに気づいてしまったのだ。傷が癒えても痛みは消えない。それはつまり、記憶を失う前に私が負った傷を、痛みとして体が覚えているということ。実際、背中や腕の傷以外にも痛む場所はたくさんある。たとえば、歯が折れたような痛み。たとえば、腹を殴られたような痛み……まるで、何者かに何度も暴行された後のようだ。誰に、どのようにして傷付けられたのか。それを想像しようとしてもその時に限って頭が働かなくなる。その事について考えるのを拒否しているのだろうか。
それでも、いつか……いや、できるだけ早く思い出さなければいけないのだろう。いつまでもここに厄介になるわけにはいかない。ニールたちも、知らない人間が家に転がり込んできてさぞかし迷惑していることだろう。自分はどうしてここに来たのか、自分はこれから何をするべきなのかを早く思い出して、ここから離れないと。
「アルバ?」
ディーとニールは私の顔を見つめていた。しまった、考えていることが顔に出ていたか。
「うん?どうした?」
できるだけ明るく。できるだけ笑って。私は返事をした。
「大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ。すまない、まだ眠くてぼうっとしていたみたいだ。」
おどけたようにそう言うと、ディーは安心したような表情を浮かべた。が、ニールは眉間に皺を寄せたままだった。
結局、ディーと調査に行くのは断った。
今は昼。掃除も洗濯も終え、私はニールと茶を飲んでいる。
「こうやってゆっくりするのも飽きたなぁ~。オレも早く復帰したいもんだ。」
ニールは欠伸をしながら、茶を飲んでいた。
「ニールも仕事を休んでいるのだったな。」
「ああ。謹慎処分食らってんだよ。」
彼は気だるげに答えた。
「謹慎になるだなんて、あなたは一体何をしたんだ?」
「何をしたって……まあ、簡単に言えば食糧支援だな。」
食糧支援をしてどうして謹慎処分になるのだろうか。むしろ褒められるべきではないか?
「去年は凶作でさ。その上数少ない食料を貴族たちが独占してたもんだから、食べるものも無くなって庶民はみんな飢えていたんだ。そこで、オレは数ヶ月前、実家に食糧支援を頼んだのさ。オレの実家はちょっと大きい土地の領主の家でな。そこ自体は大した力は持っていないが、人脈がとにかく広いんだ。そのツテを辿って、最終的には外国の資産家に援助をしてもらったんだ。」
「それの何が問題なんだ?」
「ここの大臣や貴族に無許可でやったんだよ。支援された食糧まで独り占めされちゃかなわねぇからな。その後貴族たちにそれがバレて、オレは騎士団長を辞めさせられ、ディーも謹慎処分となったんだ。」
「どうしてディーまで?」
「アイツも食糧支援の件に関わってるんじゃないかって疑われてな。ディーはオレの兄貴の息子……つまり甥っ子だから。大臣の奴ら、結構怒ってたからなぁ。面子がどうのこうのって。そんなちっちゃいプライドなんざ知るかよう。だいたいお前らのせいじゃねぇか。」
ニールは大きく伸びをする。
「まぁ、ディーは今日で復帰できたからいいんだけどよ。ゼノンも一緒だから団長にいじめられる心配もないし。だけどなぁ……オレは復帰したとしてもまた下っ端兵士からやり直しか~。アルバ、オレちょっと泣きそう。このオジサンを慰めてくれぇ。」
ニールは顔を覆うふりをする。私は「よしよし」と彼の頭を撫でた。
「……あ、そろそろ買い物に行かないと。昼ご飯の材料がもうないからな。昼はディーはどこかで食べるだろうか?」
「おう。ゼノンと食べてくるってさ。」
なら、2人分作られれば十分か。私は立ち上がった。ドアに手をかけようとした時、私の頭に何かが乗った。……ニールの手だ。
「アルバ、ありがとうな。」
彼は私の頭を撫でる。私の勘違いかもしれないが、彼は娘を見るような優しい目で私を見ていた。