冒険者達の記録書
Reg
ロンドに言われ、俺は手帳片手にルギとギーバの町をうろついていた。目的はギーバの現状及び光の樹についての把握。町の人に挨拶しつつ、それについて話を聞いているのだ。ロンド曰く、俺がここを離れてから1年ほど経っていたらしい。1年ぶりのギーバの町並みはだいぶ変わっていた。だが、活気は失われずむしろ増している。1年前にあった事を考えれば、自然と頬が緩む。
1年前、「月の宝玉」を狙って賊が攻めてきたのだ。俺の両親は奴らに殺され、町には火も放たれ壊滅状態となった。賊は返り討ちにしたが、焼けた町は戻らない。それだけが気がかりだった。町は復興はしたが今度は別の理由で人々に不安が広がっている。光の樹のことはもちろん、ロンドのことも噂になっていたようだ。ロンドがいる屋敷は少し前から「幽霊屋敷」となっていたらしい。幽霊が出た、屋敷の者はみな悪夢を見るようになった、使用人が消えるようになった……辞めた使用人もいたようで、屋敷にはロンド以外いなかったそうだ。ローディンの仕業としか考えられないが、町の人らには「屋敷に潜入していた者の仕業だ。そいつは取り逃したが、ロンドは救出した。行方不明者は今捜している」と伝えておいた。
光の樹の様子は相変わらずだった。それにも関わらず光の樹に近付き体調を崩した者もいるらしい。死者こそ出ていないがこの対策もするべきだろう。俺はこの事も手帳に書き加えた。
「なぁなぁ!あれなんだ?」
「蜜団子だ。蜜が入っていてとにかく甘い。」
「へー、じゃああれは?」
「魔除けのお守りだ。ほら、あそこに青い花が括りつけてあるだろ。あれが厄を遠ざけると言われていてな……」
ルギはきょろきょろと辺りを見回し、これ何だあれ何だと俺に訊いてくる。観光案内も悪くないなと思いながら、俺はルギを追う。
「お、レグ様じゃないか」
声がして振り返ると、大きな荷物を持った男がいた。彼は確か、この町によく来ていた行商人だったな。外国の事もよく知っている彼に聞けばさらに情報が得られるはずだ。俺はルギを捕まえて、行商人の男に返事した。
「久しぶりだな。」
「そうだねぇ。いやぁ、レグ様が戻ってきてくれてよかったよ。他の国もなんだか最近怪しくてな。特にルフェリアなんか……」
「……詳しく教えてくれ」
俺は行商人の男の話に耳を傾けた。
ここ、俺がいる国はグレディ王国と呼ばれている。隣にはメディステール帝国があり、さらにその北にはルフェリア帝国がある。この3国がある地方は「メディリア地方」と呼ばれている。
俺がいるグレディ王国、その首都では最近不審火が相次いでいる。隣のメディステール帝国では奇怪な事が起きているそうだ。まず、近郊にいつの間にか不気味な黒い塔が建っていた。塔の周囲は黒い霧が漂い、調査はもちろん塔にたどり着く事もできないらしい。次に、謎の病気が流行っているようだ。茨とイモムシに寄生される病で、「黒薔薇病」と呼ばれているようだが……。その北のルフェリア帝国は数年前からトイフェル族の迫害・投獄を強制する「悪魔狩り令」を出している。トイフェル族が捕まっていた牢獄の1つで、とある事件が起こったそうだ。牢獄が建物ごと凍りついたらしい。生存者を探すのも難しいだろう、とのことだ。「凍りついた」……氷の力を持つテノールは何か関係しているのだろうか?いや、まさか。俺は首を振った。
「ま、それくらいだな。どうだ、役に立ったか?」
「ああ。悪いな」
「レグ様が戻ってきてくれてよかったよ。あんた、町が燃えてから物資の手配だけしてどっかに行っちゃったんだって?」
それにはうまく答えられず、曖昧に返した。
「レグ様そんなに肌真っ白になって、それなのに前より筋肉も傷も増えちゃって。炭鉱にでも駆り出されてたか?なんてな!ははは」
場所としてはあながち間違ってはいないなと思いながら、適当に返事しておく。
「うん!それじゃあ俺は行くね。じゃあね~」
去る男を見送り、俺はまた、走り出すルギを追いかけた。
着いた先はフロー村。
「へへ、ここにミク達がいるんだよな!」
俺は頷く。ここでも情報は集めなければならないが、それとは別にロンドからおつかいを頼まれているのだ。ミクの家まで行って蜜団子を買ってこい、との事だ。あそこの菓子は絶品だ、特に蜜団子は外側が焼いてあってちょっとしょっぱくて香ばしいとか甘じょっぱいタレがかかってるのもいいとか噛むと溢れる蜜がたまらないとか昨日も延々と聞かされたのを覚えている。
「あれ?なぁなぁレグ!あそこ……」
ルギが指さした方向には、数人の娘が。彼女らは集まって談笑していた。その中には見覚えのある黒髪の2つ結びがいた。ミクだ。ミクは俺に気付くと手を振ってくれた。他の娘も俺に気づいたようで、きゃあきゃあと声を潜めて話していた。怖がっているのか喜んでいるのかよく分からない。
「あーその、調子はどうだ。」
俺はその場にいた全員に話しかける。彼女らの邪魔をしてまでミクだけと話をするべきではないのだ。ここは情報を集めつつ世間話でもして……
「ようミク!元気か?」
ルギは遠慮せず彼女らに混ざっていく。余計な事をと怒りそうになったが、案外打ち解けているようだ。
「ミク、だぁれこの子?」
「ルギっていうの。レグ……様と一緒にいるのよ。」
「あら、この子が?髪の毛ふわふわしててかわいい~」
「そ、そうかな?へへへ……」
金髪をいじられたじたじになっているルギを見て、思わず頬が緩んだ。
「何笑ってんだよレグ、お前もこうしてやろーか!」
ルギは俺に飛びつき、髪をわしゃわしゃと撫でる。みるみるうちに俺の頭はボサボサになってしまった。
「ははは!ボッサボサだ!おもしれー!」
ゲラゲラと笑いながらルギは逃げようとする。すかさず俺は彼の首根っこを引っ掴んでやった。
「ルギ~、お前なぁ~?」
「ごめんって!いひひひ……」
ふと顔を上げると、娘らも笑っていた。
「ふふふ!レグ様って面白いのね!もっと怖いお方かと思っていたわ!」
それを見てミクも笑う。
「うん!それに見かけによらずすっごく優しいのよ!」
顔が熱い。恥ずかしくて首の後ろを掻いているとルギがニヤニヤしているのが目に入った。恥ずかしいのを誤魔化すかのように俺は彼女らに背を向けた。
「ルギ!蜜団子買いに行くぞ!」
「それロンドのおつかいだろ?ミクんとこの店行くんだからミクに連れてってもらえばいいじゃん?」
「……」
その通りだ。正論すぎて一瞬動けなかった。ゆっくり後ろを振り返ると娘達は笑いを堪えていた。
「ふふふ、ミクのお店に行くの?それじゃあお邪魔しちゃ悪いわね~。じゃあね、ミク。またレグ様のお話聞かせてね!」
「任せといて!じゃあねー!」
娘達は去っていく。ミクとルギは彼女らに手を振る。俺も少しだけ振っておいた。
「さて!行こうか!」
彼女らの姿が見えなくなると、ミクは歩き出した。
「レグ、からかわれちゃったね。」
「すごい笑われてたぞ!」
「それを言うのはやめてくれ……」
再び顔が熱くなる。
「いいじゃない。ここの人達ね、皆レグのこと『赤い青鬼』なんて言って怖がってるんだよ。悪い事すると血まみれの青鬼が来るぞーって。だからね、レグがここの人と仲良くしてるの見ると嬉しくって。これからもみんなと仲良くしてね?」
「……ああ」
1年も人との関わりを絶っていたせいでここの人々との繋がりもだいぶ薄くなってしまったが、少しずつでもまた仲良くしていきたい。からかわれるのは慣れないが。
「あ、そうだ!テノールにも会ってあげてよ!だいぶ元気になってきたんだよ!」
俺は頷く。ちょうどテノールのことが気になっていたところだ。
「なーなーレグ、オレ気になってたんだけどさ。」
ルギは「その後どうすんの?」と俺の目を覗き込む。
「その後?」
「テノールが治った後だよ!どうすんの?元いたとこに帰すとかできないだろ?なんか面倒くさそうってオレでも分かるぞ!」
それを聞いて、俺は首の後ろを掻いた。彼女がどこにいたのか分からないし、もし分かったとしてもあの傷だらけの状態を見ながらそこに帰すほど鬼畜じゃない。
「そうだな……行くところもないようだし、うちで保護するか?うちに住ませてロンドのメイドとでもしておけば何とか身分もごまかせるかもしれない。」
「そうだね。そこら辺はわたしもよく分からないし、もしかしたらレグやロンド様に任せたほうがいいかもね。でも、もうちょっとテノールと一緒にいてもいいかな?」
「ああ。その方があいつも安心するだろう。」
そう言っているうちにミクの家に着いた。菓子を買う前にテノールの様子を見ていこう。俺は扉の内にに1歩踏み入れた。
ミクの家。旅館の客室の中。彼女はその隅にいた。長い黒髪はつやを取り戻し、体には肉がついてきている。体調はかなり良くなっているようだ。「体調は」だが。部屋の隅に隠れるように座り、微動だにしない。俺が彼女に近寄ると息を呑む音が聞こえた。まだ怯えているのだろうか。
「具合はどうだ?」
彼女は黙ったままだ。
「ずっとこんな感じか?」
俺はミクに耳打ちする。そんな事はないのよとミクは首を振った。
「あっ、もしかしてレグの顔が怖いからじゃない?」
「ははは、誰が人殺してそうな強面の鬼顔だって?」
「そこまで言ってないでしょ!」
ミクと言い合っている間にも、テノールは俺を睨んでいる。
「何しに、きた」
ようやく彼女の声が聞けた。
「近くに来たから寄っただけだ。そう怖がるな。それとも、俺の顔なんてもう忘れたか?」
「そんな青いの、忘れるわけない。」
彼女はそっぽを向く。青い髪でよかったと少しだけ安心したが、その気持ちも徐々に冷めていった。互いに口は開かず、髪一本動かず。時が止まったような空間に耐えられず、俺は口を開いた。
「お前、傷が治ったらどうするつもりだ」
「……」
ピクリと彼女の顔が動く。今後のことを考えているのだろうか?それとも決まっているが話さないだけなのか?俺は彼女の言葉を待つ。
「……お前は、私をつかまえない?」
「ああ」
即答していた。その質問の真意はまだ分からないが、彼女に危害を加えるつもりはさらさらない。
「お前は、私をどうしたい?」
テノールはカタコトの拙い口調で話す。
「もしお前に何か目的があるのなら、喜んで協力しよう。だがそうでなければ……行くアテがないのなら、お前を保護しようと思っている。」
「ほご?」
ああ、と俺は頷いた。
「……つかまえないって言ったのに」
「無理強いはしない。お前が出ていきたいならば出ていけばいい。だが、俺としてはお前が心配でな。」
改めて彼女を見る。まだ傷が残る、小さく細くひ弱な身体。拙い口調。今ここを出ていってもすぐ野垂れ死にそうだ……そこまで考えて、俺はふと彼女をここに運んだ日の夜の事を思い出した。あの日の夜、テノールの様子を見に行った俺は逃げようとしている彼女を見つけた。俺が連れ戻そうとするとパニックを起こし、呼吸もままならないような口で「ころして」と紡いだのだ。
あの言葉の意味は……いや考えなくても分かる。それを思い出した今、頭が冷えた。野垂れ死ぬどころか自ら死を選びかねない。俺は彼女の手を取った。
「前言撤回、強制だ。お前を独りにはしておけない。ここにいろ。いやいてくれ。もちろん悪いようにはしないさ。そりゃあちょっと力を借りることはあるかもしれないが酷使するつもりなんかないし暴力なんて論外だ。だから頼む、ここにいてくれ。」
俺は顔を真っ青にして彼女に懇願する。
「ミクとだっていい具合にやれてるだろ、ここにいたって何の問題もないはずだ。問題があっても俺がなんとかするから。だから、な?な?な??」
「……?……??」
彼女は明らかに困惑していた。そりゃあそうだろう、目の前の男がいきなり「ここにいてくれ」と懇願するのだから。それでも俺は彼女を引き止めないといけないのだ。こんな今にも死んでしまいそうな子を独りで放っておくわけにはいかない。
「……頼む。怪しいとは思うだろうが俺達を信じてくれ。」
「……」
彼女はしばし黙ったあと、口を開く。
「私にむかついても、私が悪い事しても殴らない?」
「殴らない」
「ご飯、毎日くれる?」
「もちろん。一緒に食べよう。」
「疲れたら休んでもいい?夜、寝てもいい?」
「いつだって休んでいいさ。」
「薬うったり、人殺したり、男の人の相手もしなくていい?」
「しなくていい。いや、そんな事はさせない。」
「……独りに、ならなくていい?」
俺は頷く。
「今はずっとそばにはいてやれないが、それでもミクがいる。今やってる事が一段落ついたら迎えに行くからな。」
彼女は黙ったままだ。本当はもっと彼女と話したかったが、外が赤くなっているのが見えた。そろそろ土産を買って帰らなければ。俺は立ち上がった。
「今の話、よく考えておいてくれ。」
俺は彼女の目を見る。目を合わせまいとしたのか、彼女は目を逸らした。
俺達は屋敷へ帰る。書斎へ行くとロンドは書類を整頓していた。彼は俺を見ると少し視線を上げておかえりと呟いた。
「ただいま。ほら、土産だ。」
土産の団子を渡す。彼は目を輝かせ、黒く汚れた手で包みを開けた。
「ありがとう、レグ。えへへへ、これ食べるの久しぶりだなぁ」
彼は団子をひょいと口に入れ、幸せそうな顔をしてゆっくり噛む。1つ食べ終わるともう1つと手を伸ばしかけたが、俺がいることを思い出したのか咳払いをした。
「それで……どうだった?」
「色々と大変な事になってるみたいだな。ほら」
俺は手帳をロンドを渡す。彼はページをめくると興味深そうにじっくりと見始めた。
「へぇ、そんな事になってるのか。」
彼は手帳をペラペラとめくる。彼の机の上には綺麗に整頓された書類と開封済みの封筒の山があった。見たところ、手紙のようだが。
「まだお前レージェと文通してたのか。」
「……へへ。今は届いてた分を読んでるだけなんだけどね。」
彼は恥ずかしそうに笑う。メディステールの女王レージェシアン。彼女は俺達の姉弟子である。昔は俺と何度か稽古を共にしており、今はロンドと手紙を交わしている。互いの「相談役」となる事も少なくないようだ。
「どうだ、あっちは。やっぱり『黒薔薇病』とやらに悩まされてるのか。」
茨とイモムシに寄生されるという謎の病気、『黒薔薇病』。そして突如現れたという黒い塔。俺は先程聞いた話を思い出していた。
「それもあるね。あとは政治関係かな。レージェったらちょっとした改革を考えてるみたいでね。『ただ従うだけじゃない強い国民をつくりたい』だって。……さて、レグが来てくれたおかげでやっと作業が進むよ。話を聞かせてくれるかい?」
「ああ。まずは……」
「へぇ、そうか。それでそれで?」
彼は相槌がうまい。相手の話を引き出すのが得意なのだ。元々口は軽い方ではないが、ロンドの前だとどうしても喋りすぎてしまう。
「……あとは、そうだな。これは俺からの頼みなんだが……ここで保護してやりたい子がいるんだ。」
「昨日言ってた子かな?」
俺は頷く。名前はまだ出してはいなかったが、光の樹で怪しい動きをしていた少女がいたという話はしていたのだ。
「そうだ。テノール・リーディットというのだが、行くアテが無いようでな。うちのメイドということにでもして保護しようかと思っているのだが。」
「ふむ、テノール……ん?テノール・リーディットだって?」
彼は意外なところに食いついた。その名前に何か思うところでもあるのだろうか。
「君、聞き間違ってなんかないよね?本当に彼女、そうやって名乗ったの?」
「あ、ああ。確かにテノールと。」
ふむ、とロンドは考え込む。その表情からして何か疑っているのだろうか。
「……君、今すぐその子を連れてこられるかい?」
「無茶言うなよ、まだ傷も治ってないんだ。」
そうか、とロンドは残念そうに頷いた。
「変な事を言って悪かったね。さあ、続きを聞こうか。あとはどんな事があったのかな?」
ロンドに言われ、俺は手帳片手にルギとギーバの町をうろついていた。目的はギーバの現状及び光の樹についての把握。町の人に挨拶しつつ、それについて話を聞いているのだ。ロンド曰く、俺がここを離れてから1年ほど経っていたらしい。1年ぶりのギーバの町並みはだいぶ変わっていた。だが、活気は失われずむしろ増している。1年前にあった事を考えれば、自然と頬が緩む。
1年前、「月の宝玉」を狙って賊が攻めてきたのだ。俺の両親は奴らに殺され、町には火も放たれ壊滅状態となった。賊は返り討ちにしたが、焼けた町は戻らない。それだけが気がかりだった。町は復興はしたが今度は別の理由で人々に不安が広がっている。光の樹のことはもちろん、ロンドのことも噂になっていたようだ。ロンドがいる屋敷は少し前から「幽霊屋敷」となっていたらしい。幽霊が出た、屋敷の者はみな悪夢を見るようになった、使用人が消えるようになった……辞めた使用人もいたようで、屋敷にはロンド以外いなかったそうだ。ローディンの仕業としか考えられないが、町の人らには「屋敷に潜入していた者の仕業だ。そいつは取り逃したが、ロンドは救出した。行方不明者は今捜している」と伝えておいた。
光の樹の様子は相変わらずだった。それにも関わらず光の樹に近付き体調を崩した者もいるらしい。死者こそ出ていないがこの対策もするべきだろう。俺はこの事も手帳に書き加えた。
「なぁなぁ!あれなんだ?」
「蜜団子だ。蜜が入っていてとにかく甘い。」
「へー、じゃああれは?」
「魔除けのお守りだ。ほら、あそこに青い花が括りつけてあるだろ。あれが厄を遠ざけると言われていてな……」
ルギはきょろきょろと辺りを見回し、これ何だあれ何だと俺に訊いてくる。観光案内も悪くないなと思いながら、俺はルギを追う。
「お、レグ様じゃないか」
声がして振り返ると、大きな荷物を持った男がいた。彼は確か、この町によく来ていた行商人だったな。外国の事もよく知っている彼に聞けばさらに情報が得られるはずだ。俺はルギを捕まえて、行商人の男に返事した。
「久しぶりだな。」
「そうだねぇ。いやぁ、レグ様が戻ってきてくれてよかったよ。他の国もなんだか最近怪しくてな。特にルフェリアなんか……」
「……詳しく教えてくれ」
俺は行商人の男の話に耳を傾けた。
ここ、俺がいる国はグレディ王国と呼ばれている。隣にはメディステール帝国があり、さらにその北にはルフェリア帝国がある。この3国がある地方は「メディリア地方」と呼ばれている。
俺がいるグレディ王国、その首都では最近不審火が相次いでいる。隣のメディステール帝国では奇怪な事が起きているそうだ。まず、近郊にいつの間にか不気味な黒い塔が建っていた。塔の周囲は黒い霧が漂い、調査はもちろん塔にたどり着く事もできないらしい。次に、謎の病気が流行っているようだ。茨とイモムシに寄生される病で、「黒薔薇病」と呼ばれているようだが……。その北のルフェリア帝国は数年前からトイフェル族の迫害・投獄を強制する「悪魔狩り令」を出している。トイフェル族が捕まっていた牢獄の1つで、とある事件が起こったそうだ。牢獄が建物ごと凍りついたらしい。生存者を探すのも難しいだろう、とのことだ。「凍りついた」……氷の力を持つテノールは何か関係しているのだろうか?いや、まさか。俺は首を振った。
「ま、それくらいだな。どうだ、役に立ったか?」
「ああ。悪いな」
「レグ様が戻ってきてくれてよかったよ。あんた、町が燃えてから物資の手配だけしてどっかに行っちゃったんだって?」
それにはうまく答えられず、曖昧に返した。
「レグ様そんなに肌真っ白になって、それなのに前より筋肉も傷も増えちゃって。炭鉱にでも駆り出されてたか?なんてな!ははは」
場所としてはあながち間違ってはいないなと思いながら、適当に返事しておく。
「うん!それじゃあ俺は行くね。じゃあね~」
去る男を見送り、俺はまた、走り出すルギを追いかけた。
着いた先はフロー村。
「へへ、ここにミク達がいるんだよな!」
俺は頷く。ここでも情報は集めなければならないが、それとは別にロンドからおつかいを頼まれているのだ。ミクの家まで行って蜜団子を買ってこい、との事だ。あそこの菓子は絶品だ、特に蜜団子は外側が焼いてあってちょっとしょっぱくて香ばしいとか甘じょっぱいタレがかかってるのもいいとか噛むと溢れる蜜がたまらないとか昨日も延々と聞かされたのを覚えている。
「あれ?なぁなぁレグ!あそこ……」
ルギが指さした方向には、数人の娘が。彼女らは集まって談笑していた。その中には見覚えのある黒髪の2つ結びがいた。ミクだ。ミクは俺に気付くと手を振ってくれた。他の娘も俺に気づいたようで、きゃあきゃあと声を潜めて話していた。怖がっているのか喜んでいるのかよく分からない。
「あーその、調子はどうだ。」
俺はその場にいた全員に話しかける。彼女らの邪魔をしてまでミクだけと話をするべきではないのだ。ここは情報を集めつつ世間話でもして……
「ようミク!元気か?」
ルギは遠慮せず彼女らに混ざっていく。余計な事をと怒りそうになったが、案外打ち解けているようだ。
「ミク、だぁれこの子?」
「ルギっていうの。レグ……様と一緒にいるのよ。」
「あら、この子が?髪の毛ふわふわしててかわいい~」
「そ、そうかな?へへへ……」
金髪をいじられたじたじになっているルギを見て、思わず頬が緩んだ。
「何笑ってんだよレグ、お前もこうしてやろーか!」
ルギは俺に飛びつき、髪をわしゃわしゃと撫でる。みるみるうちに俺の頭はボサボサになってしまった。
「ははは!ボッサボサだ!おもしれー!」
ゲラゲラと笑いながらルギは逃げようとする。すかさず俺は彼の首根っこを引っ掴んでやった。
「ルギ~、お前なぁ~?」
「ごめんって!いひひひ……」
ふと顔を上げると、娘らも笑っていた。
「ふふふ!レグ様って面白いのね!もっと怖いお方かと思っていたわ!」
それを見てミクも笑う。
「うん!それに見かけによらずすっごく優しいのよ!」
顔が熱い。恥ずかしくて首の後ろを掻いているとルギがニヤニヤしているのが目に入った。恥ずかしいのを誤魔化すかのように俺は彼女らに背を向けた。
「ルギ!蜜団子買いに行くぞ!」
「それロンドのおつかいだろ?ミクんとこの店行くんだからミクに連れてってもらえばいいじゃん?」
「……」
その通りだ。正論すぎて一瞬動けなかった。ゆっくり後ろを振り返ると娘達は笑いを堪えていた。
「ふふふ、ミクのお店に行くの?それじゃあお邪魔しちゃ悪いわね~。じゃあね、ミク。またレグ様のお話聞かせてね!」
「任せといて!じゃあねー!」
娘達は去っていく。ミクとルギは彼女らに手を振る。俺も少しだけ振っておいた。
「さて!行こうか!」
彼女らの姿が見えなくなると、ミクは歩き出した。
「レグ、からかわれちゃったね。」
「すごい笑われてたぞ!」
「それを言うのはやめてくれ……」
再び顔が熱くなる。
「いいじゃない。ここの人達ね、皆レグのこと『赤い青鬼』なんて言って怖がってるんだよ。悪い事すると血まみれの青鬼が来るぞーって。だからね、レグがここの人と仲良くしてるの見ると嬉しくって。これからもみんなと仲良くしてね?」
「……ああ」
1年も人との関わりを絶っていたせいでここの人々との繋がりもだいぶ薄くなってしまったが、少しずつでもまた仲良くしていきたい。からかわれるのは慣れないが。
「あ、そうだ!テノールにも会ってあげてよ!だいぶ元気になってきたんだよ!」
俺は頷く。ちょうどテノールのことが気になっていたところだ。
「なーなーレグ、オレ気になってたんだけどさ。」
ルギは「その後どうすんの?」と俺の目を覗き込む。
「その後?」
「テノールが治った後だよ!どうすんの?元いたとこに帰すとかできないだろ?なんか面倒くさそうってオレでも分かるぞ!」
それを聞いて、俺は首の後ろを掻いた。彼女がどこにいたのか分からないし、もし分かったとしてもあの傷だらけの状態を見ながらそこに帰すほど鬼畜じゃない。
「そうだな……行くところもないようだし、うちで保護するか?うちに住ませてロンドのメイドとでもしておけば何とか身分もごまかせるかもしれない。」
「そうだね。そこら辺はわたしもよく分からないし、もしかしたらレグやロンド様に任せたほうがいいかもね。でも、もうちょっとテノールと一緒にいてもいいかな?」
「ああ。その方があいつも安心するだろう。」
そう言っているうちにミクの家に着いた。菓子を買う前にテノールの様子を見ていこう。俺は扉の内にに1歩踏み入れた。
ミクの家。旅館の客室の中。彼女はその隅にいた。長い黒髪はつやを取り戻し、体には肉がついてきている。体調はかなり良くなっているようだ。「体調は」だが。部屋の隅に隠れるように座り、微動だにしない。俺が彼女に近寄ると息を呑む音が聞こえた。まだ怯えているのだろうか。
「具合はどうだ?」
彼女は黙ったままだ。
「ずっとこんな感じか?」
俺はミクに耳打ちする。そんな事はないのよとミクは首を振った。
「あっ、もしかしてレグの顔が怖いからじゃない?」
「ははは、誰が人殺してそうな強面の鬼顔だって?」
「そこまで言ってないでしょ!」
ミクと言い合っている間にも、テノールは俺を睨んでいる。
「何しに、きた」
ようやく彼女の声が聞けた。
「近くに来たから寄っただけだ。そう怖がるな。それとも、俺の顔なんてもう忘れたか?」
「そんな青いの、忘れるわけない。」
彼女はそっぽを向く。青い髪でよかったと少しだけ安心したが、その気持ちも徐々に冷めていった。互いに口は開かず、髪一本動かず。時が止まったような空間に耐えられず、俺は口を開いた。
「お前、傷が治ったらどうするつもりだ」
「……」
ピクリと彼女の顔が動く。今後のことを考えているのだろうか?それとも決まっているが話さないだけなのか?俺は彼女の言葉を待つ。
「……お前は、私をつかまえない?」
「ああ」
即答していた。その質問の真意はまだ分からないが、彼女に危害を加えるつもりはさらさらない。
「お前は、私をどうしたい?」
テノールはカタコトの拙い口調で話す。
「もしお前に何か目的があるのなら、喜んで協力しよう。だがそうでなければ……行くアテがないのなら、お前を保護しようと思っている。」
「ほご?」
ああ、と俺は頷いた。
「……つかまえないって言ったのに」
「無理強いはしない。お前が出ていきたいならば出ていけばいい。だが、俺としてはお前が心配でな。」
改めて彼女を見る。まだ傷が残る、小さく細くひ弱な身体。拙い口調。今ここを出ていってもすぐ野垂れ死にそうだ……そこまで考えて、俺はふと彼女をここに運んだ日の夜の事を思い出した。あの日の夜、テノールの様子を見に行った俺は逃げようとしている彼女を見つけた。俺が連れ戻そうとするとパニックを起こし、呼吸もままならないような口で「ころして」と紡いだのだ。
あの言葉の意味は……いや考えなくても分かる。それを思い出した今、頭が冷えた。野垂れ死ぬどころか自ら死を選びかねない。俺は彼女の手を取った。
「前言撤回、強制だ。お前を独りにはしておけない。ここにいろ。いやいてくれ。もちろん悪いようにはしないさ。そりゃあちょっと力を借りることはあるかもしれないが酷使するつもりなんかないし暴力なんて論外だ。だから頼む、ここにいてくれ。」
俺は顔を真っ青にして彼女に懇願する。
「ミクとだっていい具合にやれてるだろ、ここにいたって何の問題もないはずだ。問題があっても俺がなんとかするから。だから、な?な?な??」
「……?……??」
彼女は明らかに困惑していた。そりゃあそうだろう、目の前の男がいきなり「ここにいてくれ」と懇願するのだから。それでも俺は彼女を引き止めないといけないのだ。こんな今にも死んでしまいそうな子を独りで放っておくわけにはいかない。
「……頼む。怪しいとは思うだろうが俺達を信じてくれ。」
「……」
彼女はしばし黙ったあと、口を開く。
「私にむかついても、私が悪い事しても殴らない?」
「殴らない」
「ご飯、毎日くれる?」
「もちろん。一緒に食べよう。」
「疲れたら休んでもいい?夜、寝てもいい?」
「いつだって休んでいいさ。」
「薬うったり、人殺したり、男の人の相手もしなくていい?」
「しなくていい。いや、そんな事はさせない。」
「……独りに、ならなくていい?」
俺は頷く。
「今はずっとそばにはいてやれないが、それでもミクがいる。今やってる事が一段落ついたら迎えに行くからな。」
彼女は黙ったままだ。本当はもっと彼女と話したかったが、外が赤くなっているのが見えた。そろそろ土産を買って帰らなければ。俺は立ち上がった。
「今の話、よく考えておいてくれ。」
俺は彼女の目を見る。目を合わせまいとしたのか、彼女は目を逸らした。
俺達は屋敷へ帰る。書斎へ行くとロンドは書類を整頓していた。彼は俺を見ると少し視線を上げておかえりと呟いた。
「ただいま。ほら、土産だ。」
土産の団子を渡す。彼は目を輝かせ、黒く汚れた手で包みを開けた。
「ありがとう、レグ。えへへへ、これ食べるの久しぶりだなぁ」
彼は団子をひょいと口に入れ、幸せそうな顔をしてゆっくり噛む。1つ食べ終わるともう1つと手を伸ばしかけたが、俺がいることを思い出したのか咳払いをした。
「それで……どうだった?」
「色々と大変な事になってるみたいだな。ほら」
俺は手帳をロンドを渡す。彼はページをめくると興味深そうにじっくりと見始めた。
「へぇ、そんな事になってるのか。」
彼は手帳をペラペラとめくる。彼の机の上には綺麗に整頓された書類と開封済みの封筒の山があった。見たところ、手紙のようだが。
「まだお前レージェと文通してたのか。」
「……へへ。今は届いてた分を読んでるだけなんだけどね。」
彼は恥ずかしそうに笑う。メディステールの女王レージェシアン。彼女は俺達の姉弟子である。昔は俺と何度か稽古を共にしており、今はロンドと手紙を交わしている。互いの「相談役」となる事も少なくないようだ。
「どうだ、あっちは。やっぱり『黒薔薇病』とやらに悩まされてるのか。」
茨とイモムシに寄生されるという謎の病気、『黒薔薇病』。そして突如現れたという黒い塔。俺は先程聞いた話を思い出していた。
「それもあるね。あとは政治関係かな。レージェったらちょっとした改革を考えてるみたいでね。『ただ従うだけじゃない強い国民をつくりたい』だって。……さて、レグが来てくれたおかげでやっと作業が進むよ。話を聞かせてくれるかい?」
「ああ。まずは……」
「へぇ、そうか。それでそれで?」
彼は相槌がうまい。相手の話を引き出すのが得意なのだ。元々口は軽い方ではないが、ロンドの前だとどうしても喋りすぎてしまう。
「……あとは、そうだな。これは俺からの頼みなんだが……ここで保護してやりたい子がいるんだ。」
「昨日言ってた子かな?」
俺は頷く。名前はまだ出してはいなかったが、光の樹で怪しい動きをしていた少女がいたという話はしていたのだ。
「そうだ。テノール・リーディットというのだが、行くアテが無いようでな。うちのメイドということにでもして保護しようかと思っているのだが。」
「ふむ、テノール……ん?テノール・リーディットだって?」
彼は意外なところに食いついた。その名前に何か思うところでもあるのだろうか。
「君、聞き間違ってなんかないよね?本当に彼女、そうやって名乗ったの?」
「あ、ああ。確かにテノールと。」
ふむ、とロンドは考え込む。その表情からして何か疑っているのだろうか。
「……君、今すぐその子を連れてこられるかい?」
「無茶言うなよ、まだ傷も治ってないんだ。」
そうか、とロンドは残念そうに頷いた。
「変な事を言って悪かったね。さあ、続きを聞こうか。あとはどんな事があったのかな?」