冒険者達の記録書
Reg
ここはフロー村。テノールをどこに連れて行けばいいか悩んでいたら、ミクが「わたしの家に連れて行こう」と言ったのだ。彼女の家は旅館をやっているそうで、3人泊める事ぐらいの余裕もあるらしい。その言葉に甘えて俺達は今日はここで泊まることにした。
「こっちだよー」
ミクは走り出す。走り出した先には1軒の家があった。
「もう辺りも暗いし、早く入ろう!」
「おう!お邪魔しまーす!」
「ただいまー」
「お邪魔します」
「おかえりなさい。あら、お客様?」
家にいたのは、黒髪の女性だった。その女性には見覚えがある。
「あらあら、レグ様。」
「ああ、ランさんか。久しぶりだな。」
その女性、ランは手を口に当てて笑う。思い出した、ここは薬膳料理と甘味で有名な旅館なのだ。弟がここの菓子を気に入っていたのでちょくちょく俺が買いに行っていたのだ。
「娘さんがいるとは聞いていたが、ミク、お前だったとは。」
「ミクは裏でお手伝いしてたものねぇ。レグ様とお会いした事はまだなかったわね。……それで、そこのお2人は?」
ランはルギとテノールを見る。そうだ、とミクはランに駆け寄る。
「この子怪我してるの!早く手当てしなくちゃ!」
玄関に上がり、奥にある部屋にテノールを運んだ。
とりあえず応急処置を施し、清潔な服に着替えさせる。薬は傷にしみただろうが、彼女の目は覚める事はなかった。布団を敷いてもらい、そこにテノールを寝かせる。
「ゆっくり休めよ」
なんとなく、そう呟く。痩せこけた傷だらけの体。死人のように白く冷たい肌。まともな生活をしていないのは明らかだ。できるだけ休んで元気になってくれ。そう思った。
「…う…」
テノールの体が動く。目が開き、ルビーのような瞳が現れた。虚ろな目はゆっくりと俺を見る。かなり衰弱しているようだ。暴れる元気もないのだろう、先程のように取り乱しもせず、俺をじっと見ていた。間違いなく彼女は俺を恐れている。いくら俺が目つきの悪い大男でも、この怯え方は異常だ。そういえば、彼女の傷には不自然なものがいくつもあった。身体のあちこちにあった、太い針で刺されたような痕。腕には「15」と書かれた焼き印。刃物で切断されたであろう右足の小指。首には縄の痕がくっきりとついていた。どう見ても自然に出来たものじゃない。人の手で傷つけられたのだ。しかもずいぶんと前にできたであろう傷もある。きっと彼女は誰かに長い間傷付けられていたのだ。それが原因で今、彼女はこんなに怯えているのではないだろうか。
「……」
俺はテノールの頭上に手をかざす。彼女はぴくりと震える。俺はそのまま頭を撫でた。
「……?……??」
テノールは困惑しているようだ。顔をこわばらせたまま、大きい目で俺の手を見ようとしている。
「傷の具合は?」
「痛い」
「だろうな。これは痛くないか?」
俺は彼女の頭を撫で続ける。彼女は「痛くない」と返した。そのままずっと撫でていると、少しだけ彼女の表情は和らいでいった。
「ああ、名乗るのを忘れていたな。俺はレグだ。」
「れぐ?」
彼女は俺の名前を口にする。そうだ、と俺は頷いた。
「……」
彼女の目が閉じていく。もう起きてもいられないのだろう。俺は彼女が眠るまで、ずっと頭を撫でていた。
Tenore
目を開けたら、部屋には誰もいなかった。明るくて、きれいな部屋。視線を動かすと大きな窓があって、逃げようと思えばすぐに逃げられる。早くここから逃げたい。さっきからわけが分からないのだ。私はさっき、レグとかいう男とその仲間に捕まったはず。なのに、彼らが私にしたのはどれも意味が分からないような事ばかりだった。白い布を私の体に巻いて、頭を触って、こんなところに寝かせて……こんなところに……
「……」
……あったかい。柔らかい布の塊に包まれて、ずっとここにいたくなる。
だめ。ここにいてはいけない。レグもあいつらと同じ。私を傷つけるつもりなんだ。死んでもいい、もう痛いのは嫌だ。楽になりたい。私は布の塊から這い出て、窓へと手を伸ばした。
「テノール」
後ろから声がする。レグの声だ。ああ、見つかった。逃げやがったなと言って叩かれるんだ。叩かれるなら手がいい。トゲつきの棒なんかで殴られたらもう耐えられない。
「何をしている」
「ぁ、ひっ、」
口がうまく動かない。息が吸えない。いやだいやだいやだ、いたいのは、もう、いや。
「……」
レグは私を抱えて、布の塊の中に戻す。
「やら、も、ころして、」
もう殺してほしい。これから痛い目に遭うのなら。怖い思いをするのなら。
「悪いがその頼みは聞けないな。」
レグは私の横に座る。
「飯を持ってきた。一緒に食おうか。」
そう言ってレグは木の器を出す。中には白くどろどろとしたものが入っていた。
「なに、これ?」
こんなもの見たことない。何が入ってるのだろう。
「ランさんが作ってくれた粥だ。一口だけでいい、食え。……起きられるか?」
「……」
起きろ、と言われているのだ。従わないとひどいことをされる。私は起き上がった。器を渡される。器からは今まで嗅いだことのない匂いが漂っていた。これを食べたらどうなるのだろう。体が痛くなるのだろうか。気持ち悪くなるのだろうか。……怖い。
「心配するな。変な物は何も入っていない。俺も同じやつを食べるから、な?」
レグを見ると、彼も同じ物を持っていた。彼は先に「かゆ」を口に入れた。
「……うん、うまい。」
苦しむ様子もない。本当にこれは安全なものなのだろうか。そう思っていると、私のお腹が鳴った。……お腹が空いた。私はレグと同じように「かゆ」を口に入れた。
「……!」
温かくて、少し甘い。おいしい。
「うまいだろ」
レグの言葉に私は頷いた。だけど、それを食べているうちに気分が悪くなってきた。もうお腹に入らない。器にまだたっぷり「かゆ」があるのに、私は食べられないと言ってしまった。
「そうか」
レグは私に食えと言った。私はそれを出来なかった。
「ご、ごめんなさ……」
「それだけ食えれば上出来だ。」
彼は私の頭を触る。何をしているのかは分からないけれど、彼に触られると力が抜ける。どうしてだろう。もしかして、本当に彼は私にひどいことをするつもりは無いのだろうか。それどころか、私に優しくしてくれるんじゃないか……。だめだ。騙されちゃだめだ。そんな人がいるわけがない。
「……」
なんだか、眠くなってきた。レグはそれに気づいたのか、私の頭を触って「おやすみ」と言った。
Reg
夕食を終えて風呂からあがり、俺達は寝る支度をしていた。
「あ~ご飯うまかった!お風呂も気持ち良かったし!オレ、満足!」
「まさか浴槽で泳ぐとは。ルギ、お前もう少し落ち着いて風呂に入れよ。あのスペースで何故泳ごうと思った?」
「泳ぎたくなったから!足とかぶつけたけどな!」
今、俺達はランに用意してもらった部屋の中にいる。テノールは今、ミクが看ていてくれている。さっきのように逃げようとしなければいいのだが。
「おぉ、すごい雨!雷落ちるかな!?落ちるかな!!」
外は大雨。さっきまで晴れていたのが嘘のようだ。この様子だと、しばらく止みそうにない。
「これだけすごいとさ、逆に外に出てみたくないか!?絶対楽しいと思うんだよなー!」
「風邪ひくから絶対やるなよ」
ルギは「えー?楽しいのにー」と不満そうに言う。
「なぁ、ルギ。」
「ん?」と返事をして、ルギは振り返る。
「何か思い出せたか?」
「何も分からない!」
「……そ、そうか」
こいつ、あまり危機感というものを持っていないな。記憶を失ったというのに、気楽なものだ。
「ふぁ~。あー、眠くなってきた。レグ、おやすみ~」
ルギは大きなあくびをし、布団に潜り込んだ。俺もそろそろ寝るか。布団の中に入り、目を瞑る。「…雨が降っているし、明日はどうしようか?」そんな事を考えながら。
ここはフロー村。テノールをどこに連れて行けばいいか悩んでいたら、ミクが「わたしの家に連れて行こう」と言ったのだ。彼女の家は旅館をやっているそうで、3人泊める事ぐらいの余裕もあるらしい。その言葉に甘えて俺達は今日はここで泊まることにした。
「こっちだよー」
ミクは走り出す。走り出した先には1軒の家があった。
「もう辺りも暗いし、早く入ろう!」
「おう!お邪魔しまーす!」
「ただいまー」
「お邪魔します」
「おかえりなさい。あら、お客様?」
家にいたのは、黒髪の女性だった。その女性には見覚えがある。
「あらあら、レグ様。」
「ああ、ランさんか。久しぶりだな。」
その女性、ランは手を口に当てて笑う。思い出した、ここは薬膳料理と甘味で有名な旅館なのだ。弟がここの菓子を気に入っていたのでちょくちょく俺が買いに行っていたのだ。
「娘さんがいるとは聞いていたが、ミク、お前だったとは。」
「ミクは裏でお手伝いしてたものねぇ。レグ様とお会いした事はまだなかったわね。……それで、そこのお2人は?」
ランはルギとテノールを見る。そうだ、とミクはランに駆け寄る。
「この子怪我してるの!早く手当てしなくちゃ!」
玄関に上がり、奥にある部屋にテノールを運んだ。
とりあえず応急処置を施し、清潔な服に着替えさせる。薬は傷にしみただろうが、彼女の目は覚める事はなかった。布団を敷いてもらい、そこにテノールを寝かせる。
「ゆっくり休めよ」
なんとなく、そう呟く。痩せこけた傷だらけの体。死人のように白く冷たい肌。まともな生活をしていないのは明らかだ。できるだけ休んで元気になってくれ。そう思った。
「…う…」
テノールの体が動く。目が開き、ルビーのような瞳が現れた。虚ろな目はゆっくりと俺を見る。かなり衰弱しているようだ。暴れる元気もないのだろう、先程のように取り乱しもせず、俺をじっと見ていた。間違いなく彼女は俺を恐れている。いくら俺が目つきの悪い大男でも、この怯え方は異常だ。そういえば、彼女の傷には不自然なものがいくつもあった。身体のあちこちにあった、太い針で刺されたような痕。腕には「15」と書かれた焼き印。刃物で切断されたであろう右足の小指。首には縄の痕がくっきりとついていた。どう見ても自然に出来たものじゃない。人の手で傷つけられたのだ。しかもずいぶんと前にできたであろう傷もある。きっと彼女は誰かに長い間傷付けられていたのだ。それが原因で今、彼女はこんなに怯えているのではないだろうか。
「……」
俺はテノールの頭上に手をかざす。彼女はぴくりと震える。俺はそのまま頭を撫でた。
「……?……??」
テノールは困惑しているようだ。顔をこわばらせたまま、大きい目で俺の手を見ようとしている。
「傷の具合は?」
「痛い」
「だろうな。これは痛くないか?」
俺は彼女の頭を撫で続ける。彼女は「痛くない」と返した。そのままずっと撫でていると、少しだけ彼女の表情は和らいでいった。
「ああ、名乗るのを忘れていたな。俺はレグだ。」
「れぐ?」
彼女は俺の名前を口にする。そうだ、と俺は頷いた。
「……」
彼女の目が閉じていく。もう起きてもいられないのだろう。俺は彼女が眠るまで、ずっと頭を撫でていた。
Tenore
目を開けたら、部屋には誰もいなかった。明るくて、きれいな部屋。視線を動かすと大きな窓があって、逃げようと思えばすぐに逃げられる。早くここから逃げたい。さっきからわけが分からないのだ。私はさっき、レグとかいう男とその仲間に捕まったはず。なのに、彼らが私にしたのはどれも意味が分からないような事ばかりだった。白い布を私の体に巻いて、頭を触って、こんなところに寝かせて……こんなところに……
「……」
……あったかい。柔らかい布の塊に包まれて、ずっとここにいたくなる。
だめ。ここにいてはいけない。レグもあいつらと同じ。私を傷つけるつもりなんだ。死んでもいい、もう痛いのは嫌だ。楽になりたい。私は布の塊から這い出て、窓へと手を伸ばした。
「テノール」
後ろから声がする。レグの声だ。ああ、見つかった。逃げやがったなと言って叩かれるんだ。叩かれるなら手がいい。トゲつきの棒なんかで殴られたらもう耐えられない。
「何をしている」
「ぁ、ひっ、」
口がうまく動かない。息が吸えない。いやだいやだいやだ、いたいのは、もう、いや。
「……」
レグは私を抱えて、布の塊の中に戻す。
「やら、も、ころして、」
もう殺してほしい。これから痛い目に遭うのなら。怖い思いをするのなら。
「悪いがその頼みは聞けないな。」
レグは私の横に座る。
「飯を持ってきた。一緒に食おうか。」
そう言ってレグは木の器を出す。中には白くどろどろとしたものが入っていた。
「なに、これ?」
こんなもの見たことない。何が入ってるのだろう。
「ランさんが作ってくれた粥だ。一口だけでいい、食え。……起きられるか?」
「……」
起きろ、と言われているのだ。従わないとひどいことをされる。私は起き上がった。器を渡される。器からは今まで嗅いだことのない匂いが漂っていた。これを食べたらどうなるのだろう。体が痛くなるのだろうか。気持ち悪くなるのだろうか。……怖い。
「心配するな。変な物は何も入っていない。俺も同じやつを食べるから、な?」
レグを見ると、彼も同じ物を持っていた。彼は先に「かゆ」を口に入れた。
「……うん、うまい。」
苦しむ様子もない。本当にこれは安全なものなのだろうか。そう思っていると、私のお腹が鳴った。……お腹が空いた。私はレグと同じように「かゆ」を口に入れた。
「……!」
温かくて、少し甘い。おいしい。
「うまいだろ」
レグの言葉に私は頷いた。だけど、それを食べているうちに気分が悪くなってきた。もうお腹に入らない。器にまだたっぷり「かゆ」があるのに、私は食べられないと言ってしまった。
「そうか」
レグは私に食えと言った。私はそれを出来なかった。
「ご、ごめんなさ……」
「それだけ食えれば上出来だ。」
彼は私の頭を触る。何をしているのかは分からないけれど、彼に触られると力が抜ける。どうしてだろう。もしかして、本当に彼は私にひどいことをするつもりは無いのだろうか。それどころか、私に優しくしてくれるんじゃないか……。だめだ。騙されちゃだめだ。そんな人がいるわけがない。
「……」
なんだか、眠くなってきた。レグはそれに気づいたのか、私の頭を触って「おやすみ」と言った。
Reg
夕食を終えて風呂からあがり、俺達は寝る支度をしていた。
「あ~ご飯うまかった!お風呂も気持ち良かったし!オレ、満足!」
「まさか浴槽で泳ぐとは。ルギ、お前もう少し落ち着いて風呂に入れよ。あのスペースで何故泳ごうと思った?」
「泳ぎたくなったから!足とかぶつけたけどな!」
今、俺達はランに用意してもらった部屋の中にいる。テノールは今、ミクが看ていてくれている。さっきのように逃げようとしなければいいのだが。
「おぉ、すごい雨!雷落ちるかな!?落ちるかな!!」
外は大雨。さっきまで晴れていたのが嘘のようだ。この様子だと、しばらく止みそうにない。
「これだけすごいとさ、逆に外に出てみたくないか!?絶対楽しいと思うんだよなー!」
「風邪ひくから絶対やるなよ」
ルギは「えー?楽しいのにー」と不満そうに言う。
「なぁ、ルギ。」
「ん?」と返事をして、ルギは振り返る。
「何か思い出せたか?」
「何も分からない!」
「……そ、そうか」
こいつ、あまり危機感というものを持っていないな。記憶を失ったというのに、気楽なものだ。
「ふぁ~。あー、眠くなってきた。レグ、おやすみ~」
ルギは大きなあくびをし、布団に潜り込んだ。俺もそろそろ寝るか。布団の中に入り、目を瞑る。「…雨が降っているし、明日はどうしようか?」そんな事を考えながら。