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冒険者達の記録書

Reg
 ディオの町にある鍛冶屋。俺はとある人物に会う為にここに来た。扉をくぐると、狭めの店内に剣や鎧が並べられていた。目当ての人間はカウンターに突っ伏して眠っているようだ。……近くには酒瓶が転がっている。
「……」
 緑がかった白髪と大きな身体の男。ここから東にある「砂漠の地」のものであろう服装からはシワと傷だらけの褐色肌が見える。
「師匠」
 俺は彼を呼ぶ。この方の名前はゾリアス=シュトラーク。この鍛冶屋の店主であり、俺の幼い頃からの師匠だ。
「んー?なんだ、ロンドじゃねぇか!久しぶりだなぁ!」
「違います。俺です、レグです。」
 ゾリアスは目を見開く。
「ありゃ、レグだったか。ずいぶんと堂々とした登場だな。……隠れるのも出来ないくらいの状況になってきたって事か。」
 ゾリアスは俺の後ろに目を向ける。俺の後ろにはテノールとミクとルギがいる。3人はきょろきょろしながらもゾリアスと目を合わせた。
「例の子らってのはそいつらか?」
「はい。」
 簡単にテノール達を紹介する。3人ともぎこちない様子だ。
「たまげた。本当に若い奴らばっかりじゃねぇか。ちっこい時から訓練を受けてるレグならともかく、こいつらは本当に役に立つのか?」
「経験はほとんどありませんが、3人とも、俺やロンドにはない力を持っている事は断言できます。テノールは師匠の指導が必要になるでしょうが……」
「指導?それはロンドの頼みか?実質命令じゃねぇか。」
 ゾリアスは頭を掻きながら、面倒臭そうに席を立った。名前を呼ばれたテノールは俺とゾリアスとを交互に見た。
「その娘はワケアリか?俺の下に付くって事、その意味を分かっているんだろうな?」
「はい。」
 俺は頷く。申し訳ないがこの件に関しては彼女には拒否権は無い。
「よーし分かった。じゃあ早速だが、その子を預かるぜ。」
「よろしくお願いします。」
「何で?」
 攻撃的で人間不信のテノールは当然嫌がる。テノールには「師匠は絶対に信用できる人間だから大丈夫だ」と本人の前で我が師匠がどれだけ素晴らしいかを力説し、ゾリアスには「テノールを絶対に刺激しないでくださいお願いします」と頼み込んだ。
「お前、口がよく回るようになったなぁ。分かった分かったよ。嬢ちゃん、ちっとばかしこのジジイに付き合ってくれや。」
「……レグがそこまで言うなら。」
 テノールは不満げな視線を俺に向ける。悪いなテノール、後で菓子でも奢ってやるから。心の中で彼女に詫びた。
 ゾリアス=シュトラーク。東の国ジェイドラの出身で俺の師匠であり、今は鍛冶屋を営んでいる。と、いうのは仮の姿。彼はギルガ家の諜報部隊『フクロウ』の頭であり、俺も彼の訓練を受けてきた。テノールにはいずれ俺の直属の部下になってもらう予定だ。頑張ってもらおう。
「ほっといてよかったのか?」
 鍛冶屋の外。ルギは鍛冶屋のある方向をずっと見ている。さすがのルギでも、テノールに関しては心配のようだ。
「師匠なら大丈夫だ。俺達は俺達の目的を果たそう。」
 視線の先には、王宮と同じくらい大きく荘厳な建物。ニュンレリズ聖堂へと、俺達は足を運んだ。
 俺達の目的は、ニュンレリズ聖堂敷地内のとある建物だ。ここは通称「大学」。その語源は組合や共同体を意味するものであったが、現在は学者達が集うギルドや聖職者・聖堂騎士の養成所を指しているらしい。ニュンレリズの「大学」はその両方を兼ねていて、各地の神学者や聖職者、官僚までもがわざわざここにやってきては議論を重ねているという。議論の内容はゼオ教についてがほとんどだが、最近は科学や哲学など新しい分野の学問も注目されている。今ここはちょっとした学問ブームの渦中にあるのだ。
 会議室には何人もの学者がいた。全員が若者のようだ。若い学者は知識や経験に乏しいが、考え方が柔軟で好奇心と情熱に満ちていて、新しい話題に敏感で、何より口が軽い。若者だからといって彼らの議論は無視できない。今回の議題は「アズメールで流行っている『トカゲ病』、メディステールで流行っている『イバラ病』と呼ばれる疫病は、教典の『ラプアディアは滅びゆく者に黒き雫を与えた』という記述と一致しているか否か」らしい。この議題は最近になって流行り始めたもので、だいぶ白熱している様子だ。ジェイドラの化学兵器が流出したものだとか、「ラプアディア」による救済だとか、様々な意見が飛び交う。「黒き雫」というものは教典によると「滅びゆく者」に与えることによってトイフェル族を生み出したものらしい。現在はそうではないが、教典の中のトイフェル族は不老不死で悪の心を持つ者として描かれている。悪の心をもって人間を誘惑し、善悪を問う試練を課すのだ。「滅びゆく者」をトイフェル族として蘇らせたのは救済なのか、それとも永遠に悪の心を持ち続けさせる罰なのか。そもそも悪の心とは、「滅びゆく者」とは何なのか……議論を始めてしまえばキリがない。
 この議論に割り込むタイミングを伺っていると、学者の中の1人がこちらに気付いたようだ。
「えっ……えっ!?あそこを見てくれ!あの方はもしかして……」
「ギルガ伯!ギルガ伯ではありませんか!」
 先程まで議論に熱中していた学者達が一斉にこちらを見る。どうやらロンドと勘違いされているようだ。ここはロンドのフリをしておくのが得策だ。軽く咳払いをして、ニコリと笑顔を向けた。
「やあ、諸君。久しぶりだね。前に来たのはいつだったか……。ちょうど仕事でこちらに来たから、つい寄ってしまったよ。」
 ミクとルギがどんな顔をしているか見たくない。多分、狼かと思ったら子犬だった時のように俺を見ているのだろう。考えないようにしよう。
「後ろにいらっしゃるのはもしや、フロー村の村人でしょうか!?我らの父アレン・ルデュークの使徒ギルガに導かれた旅人の村!すなわち聖地!そちらではアレン・ルデュークを『るどうさま』と呼んでいるのは本当でしょうか!」
「そ、そうです……」
 ミクはタジタジになりながらも答える。俺はそれを片手で制した。
「はは、うちの従者を質問攻めにするのはやめてくれたまえよ。それより、先程のトカゲ病の議論はとても興味深い。議論を見学しても良いだろうか?」
「見学と言わず是非とも参加していってください!ちょうどギルガ伯がいらしたら是非とも議論したい課題があったのです。」
「ほう?それはどんなものだね?」
「『光の樹・トカゲ病・黒薔薇病と教典の関連性について』です!」
 求めていた情報が向こうからやってきた。俺は心の中でガッツポーズをした。
「もう光の樹の異変について知っているのかい?」
 まだあの異変が起こってから少ししか経っていないのに。人の口に戸は立てられぬとはよく言ったものだ。
「光の樹が枯れ、周辺に謎の黒い霧が発生し、体調を崩す者が現れたそうですね?先程の議論では、教典の『ラプアディアは滅びゆく者に黒き雫を与えた』という一節について話し合いましたが、これは光の樹の異変にも当てはまる事ではないでしょうか?」
「なるほどね。黒い霧は『黒き雫』であると。」
「はい。そして、次の問題は……」
 様々な意見が飛び交い、もみくちゃにされる。ミクは苦笑いをし、ルギは分かったのか分かってないのかうんうんと頷いている。俺にとっても情報が多すぎる。だいぶ長い時間を費やすことになりそうだ。メモを取りながら相槌を打っていたら、いつの間にか夕方になっていた。
 外を見たら何やら兵士たちが慌ただしく走り回っていた。何か嫌な予感がする……そう思っていた時、1人の学者が入ってきてこう告げた。
「街で大量の毒ガス爆弾が見つかった!」
 
Tenore
 意味が分からない。思った事はそれだけ。ゾリアスとかいう変なジジイに預けられたかと思えば、質問質問質問。「名前は」?「どこから来た」?「ギルガ家とはどうやって知り合った」?うるさい。うるさい!逃げようとしてもすぐに捕まえられる。ずっと黙っていたら、ジジイは自分から話し始めた。
「この俺をそんなに睨むとは、いい度胸してるな。」
 こいつが強そうなのは分かる。だけど、もう私も大人しくやられたりなんかしない。噛みついてでも抵抗してやる。
「はあ。どうするかねえ。トイフェル族だってのは一目で分かるが、その獣みてえな態度は……迫害されてきたと考えるべきか。とすると、ルフェリアか?あそこでは『悪魔狩り』が行われてるからな。おおかた、どこかから逃げてきたらレグに捕まったってところか。」
 「ルフェリア」、「悪魔狩り」。聞いたことがある言葉が聞こえる。言っている事は何となく分かるけど、難しい。
「頭にハテナが浮かんでるぞ。もしかしてまともな教育も受けてねえのか。はあ……お前さんに聞いても分かることは何も無さそうだな。さっきから変な魔法を使いやがるし、すばしっこいし、能力としては申し分無いがなぁ。うーむ……」
 ジジイは顔をしかめて唸る。
「なあお前さんよ、これからどうするつもりだ?」
「……」
 分からない。レグに連れてこられて、ここまで来て、どうしたい?もう苦しいのはイヤ。そもそもどうしてこうなった?アイツらのせい。「ニンゲン」のせい。アイツらは今も私を苦しめるために探してる。私は、アイツらが憎いのか怖いのか分からない。だけど、みんなまとめて殺してやりたい。私を見る目をえぐって、私をののしる口をずたずたにして、私を追う足も私を触る手ももぎ取って。「ニンゲン」はみんなアイツらと同じ形。目の前のジジイも、レグも。みんな殺せば、誰も私を捕まえない。
「この世の全てを恨んでそうな顔だな。お前さんみたいな奴を世に放っておくわけにもいかねえし、何より才能が飛び抜けてやがる。レグのやつに任せてみるのも一つの修行か。」
 ジジイは席を立ち、「来い」と手招きする。
「ちっと街の事を勉強させてやる。なぁに、観光とでも思えばいいさ。」
「……」
 コイツが何を考えてるか分からないけど、下手な真似はできない。私は言う通りにジジイに駆け寄った。
 何か、変だ。外に出て真っ先に思った。よく分からないけど、緊張している人達が何人もいる。顔が怒ってる。それを伝えると、ジジイは「お前もそう思うか?」と返してきた。それだけじゃない。火と毒の臭いがする。食べ物とは違う、武器を作らされた時に嗅いだことのある臭い。火薬も使ったことはあるけど、それとも違う。火の魔法と、毒の煙の臭い。組み合わせたら人を殺せる臭い。扱いを間違えると爆発して、手や頭が吹っ飛んだ人もいた。きっと、私じゃなければこれには気付かなかった。臭いを辿ると、壺があった。瓶があった。木箱があった。……あちこちから、その臭いがする。
「どうした。気になるもんでもあったか?」
 ジジイが寄ってくる。今、これを黙っていたら。コイツを爆発にうまく巻き込めたら、私は逃げられるかもしれない。だけど……「アレ」を作っていた時の皆の悲鳴が忘れられない。
 私は手当たり次第に火の臭いのするものを魔法で凍らせる。そして、ジジイに囁いた。その時の声は自分でもびっくりするくらい震えていた。
「……これ、爆発、する。」
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