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冒険者達の記録書

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 首都ディオに行くには、ここから「夕方の森」と呼ばれる森を通るのが1番近い。夕方の森は道が単純だが、その名の通り昼でも夕方のように薄暗い。
 森の中は薄暗く、木漏れ日が僅かに射し込むだけ。地面には枝がたくさん落ちている。 
「暗いなぁ。」 
ミクは辺りをきょろきょろ見回しながら歩いている。
 何かの気配がする。強い殺気のような。何が起こっても良いように、俺は剣に手をかけた。
「みんな何やってんだよ!早く行こうぜー!……うわっ!?」 
 ルギが木の根っこに躓くのと同時に、何かが動くような音がした。 よく見てみると先程ルギが躓いた木が動いている。根を足のように動かし、こちらに寄る。ゆっくりと。目のような2つの洞。口のように横に空いた裂け目。枝を腕のように他の木をかき分け、こちらへ確実に近寄ってくる。
「何だこれ!面白いなー!」
 ルギは木に近寄る。木もルギに近寄り、口のような裂け目を更に大きく開けている。 
「ルギ!!」 
 嫌な予感がする。俺は咄嗟にルギの腕を掴み、木から遠ざけた。瞬間、ガチンと木とは思えないような音がして、まるで噛みつくように裂け目が閉じる。 すぐに俺は剣を木に刺す。すぐに木は動かなくなった。
「ひゃー、危なかったー!」 
「ルギ、もうちょっと気を付けてよ!」 
 ミクはルギを叱る。今のは何だったのだろうかと考えていると、テノールが俺の服の裾を引っ張ってきた。
「他にも、いる」
 風も吹いていないのに木が揺れ、葉が擦れる音がする。逃げようとしても、通路を塞がれ退路を絶たれていた。どうやらこの先に進む為にはこいつらを倒しながら逃げ切るしかないようだ。 
「……はぁ」
 テノールは溜め息を吐く。そして両手を宙に掲げて、目を閉じる。
 音が消える。空気が冷たくなる。まるで全身を氷に当てられているようだ。
「テノール、何をした?」
「逃げるんでしょ。こうしたら、あいつら動かないから。」
 周りの木々は微動だにしない。風も吹かず、枝の隙間から見える雲も動かない。動けるのは俺達だけ。周りの時だけが止まっているようだ。
「これお前がやったの!?」
 ルギはテノールの手を取ろうとするが彼女はそれを躱す。逃げるんじゃないのか、と彼女は俺に問うた。俺は頷き、3人を連れて走った。
 
「こ、ここまで来れば大丈夫だろう。」 
 走っていると、開けた場所に出た。この森の中間地点を示す看板がある。 俺は辺りを見回す。まだ木はここには出て来ないようだ。だが、もしまた遭遇してしまえば厄介だ。俺達は早足で森を進む。
 
「……夜か」 
 いつの間にか森に射し込む僅かな木漏れ日も消え、更に暗くなっていた。暗い所は慣れっこだから俺は別に苦労しないが……。 
「ね、ねぇテノール?どこ?」 
「ここにいる。ルギ、そっちじゃない」 
「あっ、危うく迷うところだったぜ……ってか、テノール夜でも見えるのか!?すげーな!!」 
 テノールはともかく、他の2人が心配だな。 
「ちょっと待っててくれ」 
 俺は鞄から橙色の石とそれを入れる籠を取り出す。この橙色の石はカンテラ石と呼ばれ、割ると少なくとも一晩は強い光を発する。俺はカンテラ石を片手で割り、籠の中に放り込んだ。
「わ、光った!すげー!」 
「これで少しは見やすいだろう。さぁ、早く行くぞ」 

「……。」 
 ミクは歩きながらうとうとしている。 
「ミク、大丈夫か?」 
「……はっ!だ、大丈夫大丈夫!ちょっと眠いだけ!」 
 夜になってからだいぶ経ったし、夜に慣れていないであろうミクにとっては眠くなってもおかしくない時間だ。 
「レグ、ちょっと休もうぜ。オレ腹減ったー」 
「そうだな。そこの木の下が丁度良さそうだ。」 
 その木が動かないことを確認し、俺は持ってきていた鞄の中身を広げた。手製の寝袋と、屋敷の厨房から拝借した干し肉とパンだ。本当は食料は野草や獣肉を調達するつもりだったが、得体の知れない木がいるかもしれないこの状況で動き回るのは良くない。各自で簡単に食事を摂る。今夜はここで野宿をすることにした。
 
 カンテラ石の入った籠を置き、俺は見張りをする。何故かテノールも起きていた。
「寝ないのか?」
 俺が問うても黙ったまま。せめて寒くないようにと上着を彼女の体にかけた。
「……」
 テノールは俺をぼうっと見る。生気の無い虚ろな目だ。
「どうした?」
「ずっと、考えてた。お前、私に優しくする、なんで?」
「何でって……」
 理由を考えていると、彼女の髪が風になびいた。黒く長い髪だ。
「……似てるから、だな」
 何に似ているのか。自分でも分からない。いや、思い出せない。だが、俺は彼女と「それ」を重ねて見てしまっている。頭がずきりと痛む。「それ」の事を考えるとすぐにこうなる。思い出してはいけない事なのか。大事な事を忘れているのは分かっているのに、思い出せない。何とも気持ちが悪い。
「悪い、この話はもうやめよう。」
 俺は話を切り上げ、逆に彼女に問う。
「お前はどうしてここに来たんだ?ここら辺に住んでいたようには見えないが。」
「……逃げてきた」
「逃げてきた?どこからだ?どうして?」
「どこかは知らない。どうしてって……助けを待つの、やめたから。」
 どういう事だときくと、彼女はニィッと初めての笑みを見せた。
「教えてもらった。誰もお前を助けないから自分で逃げろって。だから、ジャマするやつ、ミナゴロシにして逃げた!」
 物騒な言葉が出たが、彼女の目は今までで一番輝いていた。絶句していたら、彼女は俺の顔を覗き込んできた。先程とはうってかわって、見ただけで凍りつきそうな恐ろしい表情だった。
「レグも、ジャマするのか?」
「……」
 とりあえず、首を横に振る。彼女は満足したのか、「それならいいの」と座った。……どうやら、これは思った以上に厄介な事に巻き込まれたかもしれないな。俺は首の後ろを掻いた。
 
 明るくなりかけた頃にルギとミクを起こし、片付けをして再び森を進む。森を出るまでそう遠くはなかった。
「やっと抜けたぁーっ!」 
 森を抜けた時には、辺りは眩しいくらいに明るくなっていた。目が潰れそうである。 
「わっ!ねぇ見てよルギ!町だよ城下町!!」 
「おぉっ!すっげー!!」 
 ミクとルギは辺りを見回してぴょんぴょん跳ねている。だいぶ歩いたというのに元気なものだ。 
「さて、どうするか。」
 ニュンレリズ聖堂に行く前に寄る場所がある。俺は市場のある場所に足を向けた。
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