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冒険者達の記録書

Roadin
 閉め切った窓。ぼんやりと光る灯り。机に積まれた本。その本の山の中に、私、ローディン=ベルフィスはいた。ギルガ家の屋敷でレグ=ギルガと金髪の少年と対峙して以来、私はこの部屋で休養をとっていた。彼らと戦った時の傷がまだ癒えていないのだ。レグはただ剣の扱いが上手いだけかと思っていたが、見くびっていたようだ。青い石の剣。それを用いて怒涛の攻撃を仕掛けてくるとは。あの少年も厄介だった。私の魔術が効かないのだ。私は「人を眠らせて夢を見せる術」と「幻を見せる術」を使う事が出来る。それを応用すれば人の記憶を覗くこともできるし、私自身が何かに化けることができる。とにかく、私が望めば誰もが眠りについたし、いつでもありもしない物を見せる事ができた。それがあの少年には通用しない。何か対策を考えておかねばならないようだ。
 考える……そう、考える事だらけだ。例えば、メディリアに広がる奇妙な現象。メディリア地方全体で動物が凶暴化したり植物が動いたりといった事が起こっている。我が友人ヘラーノは「ギーバの光の樹が黒くなったオマケでああなった」と思っているようだが、私はそうは思わない。あれも現象の一つにすぎないのだ。間違いなくそれらを引き起こしたのは自分達だが、その正体を知る者はいない。いや、「彼女」なら分かっているのだろうか?……これを考えるのは後にしよう。時が来るまで、私は彼女に従わねばならない。
 だが、ただ従っているだけじゃあツマラナイ。私なりにその現象の正体は調べさせていただこう。
「よっ、ローディン。怪我の様子はどうだぁ?」
 部屋に1人の男が入ってくる。赤く派手な服と赤毛混じりの黒髪が目につく大男。我が親友、ヘラーノ=アスモッドだ。
「ほぼ治った。動いても問題ない。……ヘラーノ。アズメールはどうだった?」
 彼には外国へ赴いてもらっていた。メディリア地方、そしてギーバでの異変を調べるため、私たちは似たような事例を調査していた。ヘラーノはこう見えても商人として活動している。外国へ行って商売をするついでに情報を集めるよう頼んだのだ。彼が行ってきたのは海の向こうにある島国、アズメール王国。そこには紫色の毒霧が立ち込める「紫の森」がある。紫の霧を発する光の樹と似たものを感じて、彼に何度か探ってもらっていた。良い協力者を得たようで、彼はこれまでも納得できる結果を手に帰ってきた。今回はどんなものを持ってきてくれたのだろう?私は密かに期待していた。
「良いニュースととても良いニュースがある。どっちから聞きたい?」
 彼の表情は明るく、調子も良さそうだ。どれを聞いても損はしないだろう。
「良いニュースは何だ?」
「聞いて驚くなよ……陸路で行けるルートを見つけた!」
 おお、と声が出た。
「一体どんなルートだ?教えてくれ。」
「それがなぁ、聞いてくれよローディンちゃん。ジェイドラにとんでもねぇもんがあったんだよ。洞窟を使った海中トンネル!洞窟の中歩いてるだけで海越えられるの。誰か知らねぇがとんでもねぇもん作るよなぁ。」
 陸路で行けるルート。それは我々にとって大きな意味を持っていた。
 彼も私も瞬間移動の術が使える。ゼオ教信者らの間では中級程度と呼ばれる魔術だ。我々は陸路で行った事のある範囲ならば一瞬で行ける。だが、アズメールは海に囲まれた国のため直接は行けない。ジェイドラ王国という国から出る船を使ってしか行けなかったが、歩いていける道が見つかったのなら話は別だ。
「で、とても良いニュースは?」
「そうそれ。まずはこいつを見ていただきたい。」
 ヘラーノは紫色の液体が入った瓶を取り出す。
「紫の森の霧を集めたものだ。気をつけろよ、この毒はマジでヤバい。人の顔に撒きでもすりゃ数秒で発狂するだろう。……あの子は飲んでも何ともなかったようだが。」
 あの子、とは彼の協力者だ。これまで何度も猛毒の森へ入り、こちらが満足できるような物を集めてくれた。ずいぶんと無茶をするとは思ったが、今はこの液体の事を考えよう。これほどあれば毒の霧を詳しく分析できる。私はそれを受け取った。
「ほんとあの子無理ばっかするの。紫の森に単身乗り込んだりしてさ。それだけオレの為に尽くしてくれてるってことかもしれないが。」
「そんな事より……」
 そう言いかけた私をヘラーノが遮る。
「そんな事って何だそんな事って。健気で可愛いんだぜ、あの子。顔立ちは美人だし、髪もツヤツヤしててさ。あの緑色の目で見つめられた時にゃドキッとするんだ。スレンダーで立ち居振る舞いもしなやかでさ。高貴さすら感じるねアレは。そんでオレがギュッてしてあげるととろけた顔しちゃってさ。もーかわいいのなんの。」
「抱かれて惚けるのはお前の香水のせいだ。香水に惚れ薬を仕込んでいるんだろう、知ってるぞ。」
「ありゃ、バレた?」
 彼は悪びれることもなく舌を出す。コイツは昔からそういう奴だ。女性を弄ぶだけ弄んで楽しむ。利用出来るならば花の蜜を吸い尽くすが如く利用する。タチの悪い男だが、人を見る目と使う腕は信用出来る。
「ま、言いたい事はそれくらいだな。オレもこの現象は気になってんだ。仕掛けたのはオレ達だってのにそれの原因が分からねぇのはどうにも気持ち悪ぃ。もうちょい詳しく調べてみるさ。」
「ああ、引き続き頼む……」
 そう言いかけた時、部屋の扉が開く。そこから1人の女性が姿を現した。薔薇の飾りのついた紫色のドレス。蝶の髪飾りで2つにまとめられた、ボリュームのある金髪。その傍らには紫色の蝶がお供のように舞っていた。彼女こそが我々のリーダーとも言える存在、メリーサ=ラプアディアだ。
「あら、2人ともいましたのね。」
 彼女は華が咲いたような笑顔を我々に向ける。とりあえず私は立ち上がり、お辞儀をした。
「これはこれはメリーサ嬢。ご機嫌麗しゅう。」
 私は胡散臭いほどの笑みを見せる。先程までの態度はヘラーノほど心の許せる相手にしか見せた事がない。他の人間には紳士的に振る舞うと決めているのだ。
「どうしたんだ、メリーサ。コイツに何か用かぁ?」
「ええ、ローディン。あなたで遊びたくなりましたの。」
 そう言ってメリーサは黒い布を取り出す。……女性用の修道着である。
「……メリーサ。これを着ろと?私は男ですよ。」
「あなた、魔術で顔や体も変えられるんでしょう?きっと似合いますわ。着てみませんこと?」
 彼女は期待の目で私を見ている。ヘラーノは笑いを堪えながら私の肩を叩いた。
「だいじょーぶだいじょーぶ。アンタ女みてぇな顔してるしいけるって。」
 コイツめ、人のコンプレックスをさらっと言いやがって。今すぐにでも断ってやりたい。だが、ヘラーノはニヤニヤしているし、メリーサは期待の目を私に向ける。断りにくい。
「……分かりました」
 私は声を絞り出して答えた。
 
「あら!似合ってますわ!」
「おーおー美人さんになったじゃねぇか」
 黒い服と黒いベールを身に着け、私は彼女らの前に立つ。2人とも満足そうな笑みを浮かべている。
「……これで満足ですか?」
「いいえ?まだまだですわ。」
 即答。メリーサを見ると、何か企んでいるように唇を歪めていた。
「あなたには、その服のまま潜入をしてもらいますわ。ヘラーノにも協力してほしいんですの。……してくれますわね?」
 彼女には従うしかない。我々は頷いた。
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