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冒険者達の記録書

Reg
 窓の外は暗くなっていた。ロンドと話をした後、さらに詳しい調査をするために俺は屋敷の書庫に向かっていた。そこで少し資料を吟味したら、次は町の見回りをする予定だ。以前はロンドの補佐に加えて町の警備も俺の仕事だった。それを再開するついでに町や光の樹も見ていこう。俺はそう考えていた。
 書庫の扉を開ける。紙のような、埃のような匂いが鼻をつく。本は綺麗に整頓されていたが、以前より少ないように見えた。ここの本は内容ごとに分類されている。ギーバの記録がある棚を見つけ、適当に取った。
「?」
 本が詰まっているはずの本棚にところどころ空きがある事に俺は疑問を抱いた。ロンドが持っていったのだろうか?と呑気に考えていたが、手に取った本を開いた瞬間それは打ち砕かれることになる。
 ページが、抜けていたのだ。それも1枚や2枚じゃない。こんな事をする不届き者は1人しかいない。
「……ローディン……」
 使用人としてここに潜入し、最終的にはロンドを捕らえた男。彼ならば書庫に忍び込み……いや、忍ぶ必要もない。堂々と入る事ができる。何冊か本も盗まれたに違いない。俺はすべての本棚をひっくり返すがごとく調べた。
 どうやら盗まれた本は少なくはないようだ。悪態をつき、俺は床を鳴らす。その時何かを踏みつけた感触がした。足を退けてみると1枚の紙が目に入った。どうやらこれは破られたページの一部のようだ。そこには長髪の男の絵と文字が書かれていた。異国の言葉なのか、俺には読む事のできない文字だ。
「……見事にやられているね」
 後ろから声が響く。そこにはロンドがいた。
「そのスペースにあったのはギーバやフロー村の歴史や魔術に関する書物。そこにあったのは外国の書物……確か、アズメール王国のものだったかな……あとは僕の研究ノートも抜けているね。やはり、ローディンが盗んだのかな?」
 ここは僕が何とかするよ、とロンドは微笑む。
「本はどうにもならないけど、自分が研究してた事は覚えているつもりさ。それに、アズメールにはちょっとした貸しがあるからね。本の1冊や2冊、簡単に用意してくれるはずさ。」
 彼、ロンド=ギルガは「魔術」を研究していた。メディリア地方では「魔術師」は希少ながらも存在している。火を出したり、天気を予測したり、一瞬で別の場所へと移動したり。長く厳しい修行が必要となるが、他の地では奇跡と呼ばれるようなものを起こせる者がここにいる。その中でもロンドが研究により編み出した魔術は群を抜いている。滅多に使うことはないが、彼は純金を創る事ができるのだ。1度、ここが財政難に陥った時にその金を加工して売った事もある。魔術なんてものじゃない、これはもはや奇跡だ。そんな奇跡を起こせる彼の「研究」。それが記されたノートがこの上なく貴重なものであることは俺でも分かる。
「……何とか、できるのか?」
「してみせるさ」
 ロンドはニコリと笑う。その笑みは自信に溢れ、ふてぶてしさすら感じた。今はただ頷くしかない。彼がやると言ったのだ、それを信じる価値は俺が1番よく分かっている。
「だから君は……僕を助けてほしい。」
「ああ、お前の補佐も俺の仕事だ。何でも言ってくれ。」
「ありがとう、じゃあ……」
 彼の口から出たのは、驚くべき頼みだった。
 
 それからどれだけ経ったろうか。俺は見回りを終え、光の樹がある場所へと足を運んでいた。入り口は何故か紫色になっていた。そして、奥に何やら光っているものが見えた。夜目は利く方ではあるが、そうでなくともわかるほど光っていた。俺はそこへ1歩踏み入れた。
 黒く染まった光の樹。その周りに漂う霧。黒かったはずのそれは紫色のものへと変わっていた。
 さらにその奥へ入る。喉が焼けるようだ。顔にくまなく熱湯をかけられたような、全身の毛穴がほじくられるような、言いようもない痛みが俺を襲う。ここにいてはならない。本能がそう叫ぶ。それでも俺はそこを退く事は出来なかった。その霧の向こうに、人影が見えたからだ。暗い霧の中に、2人の影。ドレスを着た婦人と見覚えのある少女。あの長い髪は間違いない。テノールだ。
「……」
 婦人は俺に気付くとどこかへ消えてしまった。同時に先程まで光っていたものも消える。残されたテノールの目の前に、巨大なトゲの付いた、俺よりも高そうな背のイモムシのようなものが現れる。明らかに危険だ。俺は彼女のもとへ駆け出した。
「……!」
 震える事も出来ぬ喉で彼女の名前を呼ぶ。トゲが今にも彼女の首にかかろうとしている。俺は力を振り絞って彼女の髪を引っ張った。
 紫色の霧の中で。痛む足を動かして。腕に少女を抱いて。ただひたすらに、俺は走っていた。走って、走って……気付いたら霧の外へ出ていた。
 テノールはいつの間にか気を失っていた。全身に痣のようなものができている。おそらく、俺も同じような状態なのだろう。霧は抜けたが安心は出来ない。続く痛み。今もこちらに迫ってくる足音。俺はその主に向けて剣を構えた。やがて、黒い蟲が姿を現す。大きなトゲから黒い雫を垂らし、黒い目で俺達を見据えている。……俺の後ろではテノールが眠っている。彼女を守る為にも、一撃で片付けるしかない。蟲が飛びかかったのと同時に俺も跳んだ。
 蟲の頭ごと剣で貫き、後ろへと押し倒す。剣を抜くとビクリと痙攣し、その爪は俺の皮膚を裂いた。だがそれもすぐに動かなくなった。蟲は灰のように粉々になり、崩れてしまった。
「くっ……」
 先程の苦痛がぶり返す。この蟲は何だ、何が起こっている……そう考える暇もなく、俺は倒れた。
「……レグ……?」
 俺を呼ぶテノールの声と、這って進むような音。俺の腕に冷たい手が触れた時、ドサリという音を最後に彼女は動かなくなった。
「……」
 眠くなってきた。これでも立っていられるような精神力はとっくに尽きてしまった。
「レグ!テノール!!」
 まどろみの中、足音と少女の声が聞こえる。この声はミクか、もしかしてテノールを探しに来たのか……ぼんやりと考えながら、意識を手放した。
 
Miku
 また逃げ出したテノールを探して光の樹の前まで来ると、レグとテノールが倒れていた。レグは体から血を流し、2人両方の体に痣のようなものができていた。その側には黒い灰の山が。そこで何が起こったのは分からないけれど、とにかく大変なことになっているのははっきりしていた。何とかしなければ。わたしは地面に向けて力を込めた。苗木が2人を囲み、成長して小さな木となりやがて白い花を咲かせる。これは、遠い昔に光の樹に咲いていた花だ。花が咲く空間には不思議な力がはたらき、その力は病気や怪我を速く癒してくれる。言い伝えでしか聞いた事はなかったがその驚くべき効果は何回も確認している。これをしておけばもう大丈夫だろう。
 あの時、わたしに宿った力はただ植物を生やすだけのものだと思っていた。練習して狙って植物を出せるようになって、はじめてその価値を理解出来た。食べ物も薬も出そうと思えば出せるのだ。旅館の娘として料理を習い、薬草の知識もあるわたしなら植物の力を十分に引き出せる。今はなき光の樹の力でさえも。それが分かったとき、運命というものを感じた。わたしでなければこの力は使いこなせなかったかもしれないと感じたのだ。
「……これは」
 背後にはレグとそっくりな男の人が立っていた。優雅な立ち居振る舞い。青い髪。青い左目と黒い右目。胸元できらりと光る青い石の飾り。風にはためく黒いマント。その下には、ひと目で上質とわかる青い服。彼がここの領主ロンド=ギルガである事は間違いなかった。
「そこの貴方。一体これはどういう事かな?」
「わ、わたしもよく分からないけど……きっとこれで大丈夫です。ロンド様のお兄様も、きっと」
 痣はすっかり消えた。レグの傷も癒えてきている。
「貴方が彼らを治してくれたのかな?」
「は、はいっ」
 ロンドは周りの木をチラチラと興味深そうに見つめている。
「これも『魔術』かな?大したものだ。」
 魔術?そうとは思わなかった。だって、魔術を使うには修行が必要なはず。もちろんわたしは修行なんてしていない。そう言おうと思ったら、目の前で倒れていた男が起き上がった。レグは頭を押さえながら視線を上げる。
「やあレグ、気分はどうだい?」
「良くはないな。……ロンド、住民が入らないうちにここの封鎖を頼む。ここの霧が危険なものに変わってるんだ。入ってみたがとても耐えられるものじゃない。それに、デカくて黒い虫みたいなものも出て……」
 レグは自らの身体を見る。すると驚いた顔をして、傷があったお腹と隣にいたテノールを交互に見る。
「治ってる?どういう事だ?」
 レグは周りに生えた木を見る。役目を終えた小さな木は瞬く間に枯れてしまった。
「……ミクがやったのか?」
 わたしは頷く。
「そうか、貴方がレグが話していたお嬢さんだったか。ありがとう、うちの兄を治してくれて。」
 ロンドは微笑む。薔薇の朝露のような眩しい笑顔にくらりとめまいがした。
 続いたようにテノールが目を覚ます。彼女はきょろきょろと辺りを見回して、首を傾げた。
「……ここ、どこ」
 その言葉を聞いてレグは頭を掻く。
「どこってなぁ、お前がここまで来たんだろう。何であんな所にいたんだ。一緒にいたあの女性は誰だ?」
「知らない。なに?それ。」
「……」
 テノールは「知らない」と言っている。嘘をついている様子はない。どういうことだと呟きながらレグは首の後ろを掻いていた。
「あっ、ロンド!レグ見つかったか!?」
 赤い上着を着た金髪がこっちに走って来る。ルギだ。
「ルギ!何でここに?」
「ロンドに言われてレグを探してたんだよ!見回りに行ったっきり帰ってこないってさ!」
「ルギ、ご苦労だったね。レグは見つかったよ。」
 ロンドは微笑む。ならよかった、とルギは息を吐く。
「……ふむ、彼らなら……」
 ロンドは何かを呟いている。レグはそれを見て一言。「あの事か?」
「ああ。直接調べに行った君がそうなったんだ、僕らだけじゃ難しい。いいね?」
 レグは苦い顔をして頷く。2人はわたしたちを見た。
「貴方達に頼みがある。」
「危険な事だ。厳しいと感じたら断ってくれて構わない。」
 2人はじっとわたしたちを見る。そして、ロンドが言葉を紡ぎ出した。
「レグと共に首都の教会へ行ってほしいんだ。」
 それを聞いてわたしは面食らった。レグと?首都?教会へ?
「理由は無論、この現象の調査のためだ。」
 レグは光の樹の入り口を指さす。
「貴方達には首都にある、ニュンレリズ聖堂へ言ってほしい。ゼオ教の聖堂でね、聖堂であるとともに官僚や騎士、魔術師や各分野の学者らが集う場でもあるから常に最新の情報が入ってくるんだ。」
 ゼオ教。この国だけでなくメディリア地方全体に深く根付いている宗教だ。ニュンフェ族と呼ばれる民族や魔術を信仰している。ニュンフェ族は白・金・青の髪と尖った耳を持つ種族。ゼオ教の教典ではニュンフェ族は神の国から来た種族で大災害で一度滅んだ大地を「魔術」の力で復興させたと言われている。代々ここの領主をしているギルガ家もニュンフェ族の血を引いているとして領地のゼオ教信者たちに信仰されているのだ。
「この異変の正体を突き止めるのは難しい。ここに入ったレグもそんな状態ならば現地調査も不可能と見た。中が駄目なら外から。情報の最先端の力を借りよう、レグに聖堂に行ってもらおうと思ったんだ。」
 たくさんの情報が入ってくる場所なら、光の樹と同じような事が起こった場所や解決法があるかもしれない。わたしは頷いた。
「ただ、ここから首都までは遠い。長旅になるだろう。それに聖堂の悪い噂を何度か耳にしたし、さっきレグが言ってた『虫みたいなもの』も気になる。レグ1人に行かせるのは荷が重かった。それで貴方達にも行ってもらえないかと思ったのだけれど……」
 どうかな、とロンドはわたしたちを見る。
「僕は貴方達を見込んでこれを提案している。ルギ、貴方は強力な風の魔術が使えるようだね。記憶がないとのことだが、首都へ行けば何か分かるかもしれない。ミク、貴方は先程見た通り怪我の治療ができるようだ。レグは……これも先程見たように少々突っ走るところがあるからね、そのサポートをして頂きたい。テノール、貴方は……何か、事情があるようだね。今はそれには触れないでおこう。だが、レグが貴方の事を保護すると言っているんだ。少しの間一緒にいてみないかな?」
 わたしはレグについていくつもりだ。この植物を生やす力もまだまだ分からない事だらけなのだ。ルギもそうに違いない。この場で1番その気がないのはテノールだろう。彼女はわたしたちを信用していないから。わたしは彼女の返事を待った。しばし黙ったあと……彼女は、頷いた。
「本当かい?2人は?」
「わたしも行きます!」
「オレも!」
 わたしとルギは元気よく返事をする。
「3人とも……ありがとう。」
 ロンドは満面の笑みを浮かべる。
「俺からも礼を言おう、ありがとう。」
 レグはわたし達の手を順番に握った。まだまだ問題は山積みだが、1歩前進するための手がかりが掴めるかもしれない。希望はまだあるのだ。
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