スケルトンは穏やかに眠りたい
死ぬなら此処だという場所がある。
華々しさはないが、小さな花々絶えず咲き乱れ爽やかな匂いを放ち、その芳香がむせ返らんばかりに広がって。朝日は神々しく光挿し、日没は懐かく暖かい色で辺り一面を染め上げる。辺りに人影はなく、唯々穏やかな風が吹き抜ける、そんな空間が。
旅の途中で偶然見つけたその空間は生涯忘れることのできない光景をオレの目蓋に強烈に刻み付け、いよいよ死が間近に近づいたのを悟った時、俺は友にこの場所に葬って欲しいと必死に頼み込んだ。
願いは聞き届けられ、俺は見晴らしの良い上等な丘の上に遺体を葬ってもらう事が出来た。
ああ、幸せだ。ずっとここで微睡み続けよう。
ここまでは良かった。
問題はこの次である。
何年かして、再びこの地に人が分け入ってきた。
かつて俺を葬ってくれた友の遺体を伴って。
友もこの場所の素晴らしさに感銘を受けて、自分もここに葬って欲しいと遺族に頼んだらしい。老いた友の姿に死後の時の流れを悟り、また友自身の死を目の当たりにして何とも言えないやるせなさを感じて、オレはすぐ隣に葬られた友を静かに迎えた。
そして彼らが去る時に、一名が放った不穏な言葉がポツリと聞こえたのだ。
「良い場所だ……。俺もここに葬ってもらおうかな」
嫌な予感がした。
そしてそれは的中した。
それから数年~数十年の間隔を開けて、この地には人が定期的に訪れるようになった。遺言でここに埋葬されにくる、埋葬者の誰かが己もここに埋葬されることを決意。そして遺言が作成され……以下ループ。
『いぃぃぃい加減にしろぉぉぉぉぉお!』
遺体の数が100を超える頃、俺は怒りのあまり甦った。スケルトンとして。
『これ以上此処に墓を作るんじゃない!ボコボコそこら中掘りやがって!せっかくの景観が台無しじゃねえかぁぁぁあ!』
それからは大変だった。埋葬しに来る一行をちぎっては投げちぎっては投げ……ではなく。
追い払っては、警告し、討伐や鎮魂にくる輩をまた追い払い……。
討伐者は物理的にメッタメタにボコボコにして、鎮魂に来た聖職者連中はやれ歌がドヘタだの騒音禁止など騒ぎ立てメンタルをボッコボッコにして丁重におかえりいただく。
だって本当にドヘタなんだもんよ。此処の景観と合ったチョイスしてくださいます?おっさん数名の野太い声で淡々とお経唱えられても昇天どころか怒りしかこみ上げんのだが?そこは美少女を連れてこい!戦えるマッスル教徒集団なぞ癒しにもならん。
討伐者に対しては、埋葬品の武器がたんまりあったので、問答無用でそこらから掘り返し、その都度応戦する日々である。武器を勝手に使うな?悔しかったらお前らも甦れ、そして戦え!
『大体お前が悪いんだぞ!』
『いやあ~オレもここまでの事態になるとはさすがに思わなかったわ~』
友はスケルトンではなくレイスになっていた。ふよふよと俺の傍を漂うだけで戦力にもならない。
オレのへっぴり腰の剣裁きを見て、隣で囃し立てアホのように嗤ってるだけである。
とんだ野次霊である。
『だからオレの武器あげたじゃん』
『あれはよく切れるな!ありがとう!』
友と一緒に埋葬された武器は、やたら切れ味が抜群だった。
ただし使い手が元・三流騎士なため、武器を持て余しているというのが正しい。
『魔力を込めればキラキラ光って魔法少女剣士っぽくなるぜ!』
『ただの動く骨にその演出いる?』
お前の剣は何をする用途で作られたん?
結局、普段使いは10番目位に入居(埋葬)した、元・城の老門番兵が死ぬまで愛用していた鉄の剣である。あれはしっくりくる。
老兵は埋葬と同時に昇天しており、誰が使っても文句は言われない。
『墓守ぃぃぃい!』
本日記念すべき500組目のお客さん(討伐者御一行)を何とか追い払い、オレは墓場のすぐ横で追剥の如く怪我人の治療をしつつ治療代として装備品を巻き上げていた墓守の一族を怒鳴りつける。
『おーまえら何やっとんじゃ!』
「あー。親分、今日もおつかれーすッ」
「本日の上納品こちらになりやーす!」
『墓守の仕事しろぉぉぉぉお?』
墓守の一族とは。
100人目が埋葬されたことで、とうとうブチ切れたオレが蘇って最初にコテンパンにした101組目の来訪者・墓荒らし集団の末裔だ。
正直そこそこ強い連中だったが、ほぼ奇襲の形で蘇ったため、運よく締め上げれたのが実情である。
だが勝ったのはこっちである。
逃げようとしたところをとっ捕まえて、あちこち乱立した墓の整備と、今後またくるであろう御一行様の説得を命じたはずなのだが……。
何故か今に至るまで住み着いている。
オレを親分と崇めたてショバ代(主に経年劣化した武具の交換)を払い、そして、オレが成敗した者たちの説得をするどころか、親切を装って治療を申し出ては高額な請求をして金品を巻き上げている。
オレは墓の区画整理をして欲しかっただけなのだが?整備と説得が終わったらさっさと帰って良かったんだけど?
どうもヤツラ流浪の連中だったらしく、オレの要求を都合よく解釈されてちゃっかり根付かれて現在に至る。
結局墓守一族用のスペースが確保され、新しい入居者(墓守一族の埋葬者)は地味に増えている。解せぬ。
この墓地の悪評が更に広まったことは言うに及ばない。
そしてオレは今日も虚しく友人の馬鹿笑いを横に、墓から這い出て来訪者を追い返すのである。
『いい加減、静かに寝かせろやーッ!』
『アッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ!』
******************
「いやあー、今日もドンは絶好調っすね」
本日の戦利品をホクホクと倉庫に保管しながら、墓守の一人が墓のど真ん中で嘆きのシャウトをしているスケルトンに視線を向ける。
その周りではクルクルと楽しそうにレイスがスケルトンに纏わりついて彼を慰めると見せかけて甘えている。
スケルトン自体は正直大したことはない。むしろお人よしの部類で、長く付き合っていくと親しみやすさすら覚える。
だが、その周りをふよふよしているレイスに問題がある。
スケルトンは全く気付いていないが、レイスは生前、今も続く由緒正しい魔法帝国の初代帝王にまで上り詰めた元・勇者である。
スケルトンは道半ばで早逝したため、幼馴染のレイスがそこまで出世したことを知らない。知ったとしても生前はどこまで上り詰めようが今は何もできない幽霊くらいにしか思ってない。
レイスがここに存在するだけで墓場を取り囲む周囲ごと強力なデバフが永続してかかっているなんて夢にも思ってないし、
なんならレイスから貰った武器が神話級の剣であることすらわかってない。
親分。ドンの剣はキラキラ光るどころか、広範囲に及ぶ破壊光線も出ちゃうやつですソレ。
スケルトンは、彼の行動を横で見物して友が馬鹿笑いしているだけと思っているが、傍からみれば明らかに威嚇の響きを持たせた哄笑で来訪者を状態異常に陥らせる凶悪なレイスを従えた伝説の武器を持つ怖い骨である。
初代帝王を慕って、高名な勇者たちが次々とこの地に葬られたため、当時各国を荒らしまわっていた墓守一族は一級の埋葬品を求めて万全を期して墓を暴こうとした。
だが、最大級の禁忌に触れたことにすぐに気づいた。ヨロヨロと土から蘇ったスケルトンを守るように狂気のオーラを纏った初代帝王の悪霊が後ろに控えていたからである。スケルトンは今も都合よく奇襲が成功したと思っているが、正直当時の復活したばかりのスケルトンは生まれたの小鹿より動けてなかった。レイスの一睨みで生身の人間は全員動けなくなっていただけなのだ。
スケルトンのとりなし(墓の整備命令)がなければ、そのまま睨み殺されていただろう。
そのため、真実を正しく語り継ぐ墓守一族はスケルトンを「親分」と親しみを込めて呼び、レイスを畏怖を込めて「ドン」と呼んでいる。
たまに諸外国へのメンツの問題で初代帝の魂を治める目的で帝国が何度かやってきているが、いい加減認めろ帝国よ。来る度に親分が荒ぶるから、生涯独身を貫いた初代帝が早くに死に別れた片思い相手とのイチャイチャアフターライフを邪魔されてブチ切れているという事実を。
埋葬された他の連中も帝王にひれ伏し、サッサと昇天するか空気を読んで墓から這い出てこずに静かに眠ったフリをしてドンの命令が下される時までスケルトンとの逢瀬を邪魔しないように待機しているというのに。
友への執着が尋常じゃない最凶レイスが守る楽園のような小さな墓場(箱庭)で、スケルトンは何も知らずに今日も元気に侵入者をカタカタ追い回している。
-了-
華々しさはないが、小さな花々絶えず咲き乱れ爽やかな匂いを放ち、その芳香がむせ返らんばかりに広がって。朝日は神々しく光挿し、日没は懐かく暖かい色で辺り一面を染め上げる。辺りに人影はなく、唯々穏やかな風が吹き抜ける、そんな空間が。
旅の途中で偶然見つけたその空間は生涯忘れることのできない光景をオレの目蓋に強烈に刻み付け、いよいよ死が間近に近づいたのを悟った時、俺は友にこの場所に葬って欲しいと必死に頼み込んだ。
願いは聞き届けられ、俺は見晴らしの良い上等な丘の上に遺体を葬ってもらう事が出来た。
ああ、幸せだ。ずっとここで微睡み続けよう。
ここまでは良かった。
問題はこの次である。
何年かして、再びこの地に人が分け入ってきた。
かつて俺を葬ってくれた友の遺体を伴って。
友もこの場所の素晴らしさに感銘を受けて、自分もここに葬って欲しいと遺族に頼んだらしい。老いた友の姿に死後の時の流れを悟り、また友自身の死を目の当たりにして何とも言えないやるせなさを感じて、オレはすぐ隣に葬られた友を静かに迎えた。
そして彼らが去る時に、一名が放った不穏な言葉がポツリと聞こえたのだ。
「良い場所だ……。俺もここに葬ってもらおうかな」
嫌な予感がした。
そしてそれは的中した。
それから数年~数十年の間隔を開けて、この地には人が定期的に訪れるようになった。遺言でここに埋葬されにくる、埋葬者の誰かが己もここに埋葬されることを決意。そして遺言が作成され……以下ループ。
『いぃぃぃい加減にしろぉぉぉぉぉお!』
遺体の数が100を超える頃、俺は怒りのあまり甦った。スケルトンとして。
『これ以上此処に墓を作るんじゃない!ボコボコそこら中掘りやがって!せっかくの景観が台無しじゃねえかぁぁぁあ!』
それからは大変だった。埋葬しに来る一行をちぎっては投げちぎっては投げ……ではなく。
追い払っては、警告し、討伐や鎮魂にくる輩をまた追い払い……。
討伐者は物理的にメッタメタにボコボコにして、鎮魂に来た聖職者連中はやれ歌がドヘタだの騒音禁止など騒ぎ立てメンタルをボッコボッコにして丁重におかえりいただく。
だって本当にドヘタなんだもんよ。此処の景観と合ったチョイスしてくださいます?おっさん数名の野太い声で淡々とお経唱えられても昇天どころか怒りしかこみ上げんのだが?そこは美少女を連れてこい!戦えるマッスル教徒集団なぞ癒しにもならん。
討伐者に対しては、埋葬品の武器がたんまりあったので、問答無用でそこらから掘り返し、その都度応戦する日々である。武器を勝手に使うな?悔しかったらお前らも甦れ、そして戦え!
『大体お前が悪いんだぞ!』
『いやあ~オレもここまでの事態になるとはさすがに思わなかったわ~』
友はスケルトンではなくレイスになっていた。ふよふよと俺の傍を漂うだけで戦力にもならない。
オレのへっぴり腰の剣裁きを見て、隣で囃し立てアホのように嗤ってるだけである。
とんだ野次霊である。
『だからオレの武器あげたじゃん』
『あれはよく切れるな!ありがとう!』
友と一緒に埋葬された武器は、やたら切れ味が抜群だった。
ただし使い手が元・三流騎士なため、武器を持て余しているというのが正しい。
『魔力を込めればキラキラ光って魔法少女剣士っぽくなるぜ!』
『ただの動く骨にその演出いる?』
お前の剣は何をする用途で作られたん?
結局、普段使いは10番目位に入居(埋葬)した、元・城の老門番兵が死ぬまで愛用していた鉄の剣である。あれはしっくりくる。
老兵は埋葬と同時に昇天しており、誰が使っても文句は言われない。
『墓守ぃぃぃい!』
本日記念すべき500組目のお客さん(討伐者御一行)を何とか追い払い、オレは墓場のすぐ横で追剥の如く怪我人の治療をしつつ治療代として装備品を巻き上げていた墓守の一族を怒鳴りつける。
『おーまえら何やっとんじゃ!』
「あー。親分、今日もおつかれーすッ」
「本日の上納品こちらになりやーす!」
『墓守の仕事しろぉぉぉぉお?』
墓守の一族とは。
100人目が埋葬されたことで、とうとうブチ切れたオレが蘇って最初にコテンパンにした101組目の来訪者・墓荒らし集団の末裔だ。
正直そこそこ強い連中だったが、ほぼ奇襲の形で蘇ったため、運よく締め上げれたのが実情である。
だが勝ったのはこっちである。
逃げようとしたところをとっ捕まえて、あちこち乱立した墓の整備と、今後またくるであろう御一行様の説得を命じたはずなのだが……。
何故か今に至るまで住み着いている。
オレを親分と崇めたてショバ代(主に経年劣化した武具の交換)を払い、そして、オレが成敗した者たちの説得をするどころか、親切を装って治療を申し出ては高額な請求をして金品を巻き上げている。
オレは墓の区画整理をして欲しかっただけなのだが?整備と説得が終わったらさっさと帰って良かったんだけど?
どうもヤツラ流浪の連中だったらしく、オレの要求を都合よく解釈されてちゃっかり根付かれて現在に至る。
結局墓守一族用のスペースが確保され、新しい入居者(墓守一族の埋葬者)は地味に増えている。解せぬ。
この墓地の悪評が更に広まったことは言うに及ばない。
そしてオレは今日も虚しく友人の馬鹿笑いを横に、墓から這い出て来訪者を追い返すのである。
『いい加減、静かに寝かせろやーッ!』
『アッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ!』
******************
「いやあー、今日もドンは絶好調っすね」
本日の戦利品をホクホクと倉庫に保管しながら、墓守の一人が墓のど真ん中で嘆きのシャウトをしているスケルトンに視線を向ける。
その周りではクルクルと楽しそうにレイスがスケルトンに纏わりついて彼を慰めると見せかけて甘えている。
スケルトン自体は正直大したことはない。むしろお人よしの部類で、長く付き合っていくと親しみやすさすら覚える。
だが、その周りをふよふよしているレイスに問題がある。
スケルトンは全く気付いていないが、レイスは生前、今も続く由緒正しい魔法帝国の初代帝王にまで上り詰めた元・勇者である。
スケルトンは道半ばで早逝したため、幼馴染のレイスがそこまで出世したことを知らない。知ったとしても生前はどこまで上り詰めようが今は何もできない幽霊くらいにしか思ってない。
レイスがここに存在するだけで墓場を取り囲む周囲ごと強力なデバフが永続してかかっているなんて夢にも思ってないし、
なんならレイスから貰った武器が神話級の剣であることすらわかってない。
親分。ドンの剣はキラキラ光るどころか、広範囲に及ぶ破壊光線も出ちゃうやつですソレ。
スケルトンは、彼の行動を横で見物して友が馬鹿笑いしているだけと思っているが、傍からみれば明らかに威嚇の響きを持たせた哄笑で来訪者を状態異常に陥らせる凶悪なレイスを従えた伝説の武器を持つ怖い骨である。
初代帝王を慕って、高名な勇者たちが次々とこの地に葬られたため、当時各国を荒らしまわっていた墓守一族は一級の埋葬品を求めて万全を期して墓を暴こうとした。
だが、最大級の禁忌に触れたことにすぐに気づいた。ヨロヨロと土から蘇ったスケルトンを守るように狂気のオーラを纏った初代帝王の悪霊が後ろに控えていたからである。スケルトンは今も都合よく奇襲が成功したと思っているが、正直当時の復活したばかりのスケルトンは生まれたの小鹿より動けてなかった。レイスの一睨みで生身の人間は全員動けなくなっていただけなのだ。
スケルトンのとりなし(墓の整備命令)がなければ、そのまま睨み殺されていただろう。
そのため、真実を正しく語り継ぐ墓守一族はスケルトンを「親分」と親しみを込めて呼び、レイスを畏怖を込めて「ドン」と呼んでいる。
たまに諸外国へのメンツの問題で初代帝の魂を治める目的で帝国が何度かやってきているが、いい加減認めろ帝国よ。来る度に親分が荒ぶるから、生涯独身を貫いた初代帝が早くに死に別れた片思い相手とのイチャイチャアフターライフを邪魔されてブチ切れているという事実を。
埋葬された他の連中も帝王にひれ伏し、サッサと昇天するか空気を読んで墓から這い出てこずに静かに眠ったフリをしてドンの命令が下される時までスケルトンとの逢瀬を邪魔しないように待機しているというのに。
友への執着が尋常じゃない最凶レイスが守る楽園のような小さな墓場(箱庭)で、スケルトンは何も知らずに今日も元気に侵入者をカタカタ追い回している。
-了-
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