後宮に咲く華だとて結局は十人十色


 人間ついついやりがちなことだが、良かれと思ってアレやコレやと人に対して口を出すことはよくある。

 かくいうオレも嫁入り前の妹に対して、やれ「化粧はもっと濃くした方が目鼻立ちがはっきりするのではないか」とか、やれ「ドレスはもっと清楚なモノを選んだほうが今はウケが良い」だのと、やいのやいのと口を出し過ぎた結果マリッジブルーを発症して憔悴しきった可愛い妹の逆鱗に触れた。

「だったら、テメぇが嫁いで来いやッ!」

 そんなドスが効いた吠え声と共にウエディングドレスごとオレが妹が乗るはずの馬車にぶち込まれ、妹としてヴィステリア帝の532番目の妻として嫁ぐ羽目になった。

 本来ならばこれがバレたら極刑物であるが、さすがに500人以上も妻を娶ると下の嫁の管理は杜撰になるらしい。
 新入り=下っ端のオレはバレて袋叩きにされるどころか、碌に身体検査をされることもなく、本殿からはるか遠く離れた場所に建てられた離宮に荷物ごと置いていかれてしまった。

 その離宮にはオレと同じく最近嫁いできた他の嫁が数十人暮らしており、ヴィステリア帝と真に結ばれる日(初夜)を待っている状態であった。
 ちなみに多忙なヴィステリア帝との面会は一番早くて3年後だそうである。つまりオレの正体がバレるのも早くて3年後というわけである。噓でしょ。

 辛うじて首の皮一枚命がつながったオレは素早く父母に連絡をとり、妹の機嫌が直ってオレと入れ替わって正式に嫁ぎ直してくれるまでの繋ぎとして妹のフリを続けることにはなったのだが……。

「おいお前。やる気あるのか?おい、お前に言ってるんだ。そこのブス」

 今、オレは心の底から己の軽率さとデリカシーのなさを悔いている。

「化粧の一つくらいもっとマシに塗れねえのか。おい言ってる端から大股で歩くな、みっともねえ」

 妹よ、正直すまんかった。今は盛大に反省している。

「オイ、胸の詰め物がズレてきてるぞ」

 横からやいのやいの言われるのって、こんなに腹立たしいのな!

「ちょっと黙っててくださいますッ?!マクシミリ様ッ」

 今まで無視して無言でずんずん廊下を歩いていたが、今日もこらえ性なくこの男に噛みついてしまった。
 この男、マクシミリ卿はヴィステリア帝が後宮にいる女たちに不都合がないかを確認するために使いに寄越した部下である。
 
 初対面早々「……お前やる気あんのか?」と妹の顔を思い出しながら見よう見まねで施した渾身のメイクで迎えたオレに対して労いの言葉どころか失礼千万な言葉を発してくれたのがこの男である。仮にもレディーに対して放っていい言葉ではない。

 本来だったら自慢の腕力でねじ伏せるところであるが、今のオレは妹として嫁いできた身。お淑やかを心がけて眉間に青筋を立てながらにっこりと笑顔で返事をしてやったというのに「髭くらいちゃんとあたれ……剃り残しがあるぞ」と止めを刺してくれやがったため、シカトすることに決めている。

 なのに何かと用事を見つけて離宮にやってきては、この男はついでにオレに宛がわれている住居スペースに呼んでもいないのにやってきて一言どころか2時間もの時間をかけてオレが自分のために淹れた茶を勝手にしばきつつオレへの駄目だしを散々語って帰っていく。
 何度紅茶に下剤を仕込もうと考えたか気が知れない。アイツが茶菓子を土産に置いていくから辛うじて良心が勝っているに過ぎない。
 すでにアイツはオレの心の中では何度がぼっこぼこにして簀巻きにして外の噴水に放り投げている。

「全く……こんなブスは陛下のお情けも貰えずに一生をこの離宮で終えるしかないな。おいブス、恥をかく前にさっさと宿下がりを申し出ろ。そうしたら素早く俺が処理してやるぞ。みっともなくて帰る先がないなら俺が貰ってやっても良い」

 そんな鬱陶しい男相手に今日もオレは健気に妹のフリをして、両手剣ではなく大ぶりな扇を抱えてにっこり微笑む。

「待っている人がおりますので!」
「……そんなに待ったところで、陛下は後1年はここには来ないぞ……」

 不機嫌そうにマクシミリの野郎は顔を背けたが、いやオレが待ってるのは妹の方でね!
 妹が来るまでは「男女」と言われようが、「結婚ではなく決闘にきた嫁」とか好きに言われようが妹の今の地位は守らねばならない。
 というか妹さえ来れば後はどうでも良いともいえる。
 
 だって妹はオレよりも筋骨隆々で寝技をかけさせれば右に出る者はいない程の実力者だ。たとえ夜の方も百戦錬磨なヴィステリア帝とて、我が最愛の妹の発達した太腿四頭筋にがっちり締め上げられれば秒で陥落するに決まってる。そうやって数々の男共と浮名を流してきた逞しき女である。

 だから早く機嫌を直して来て妹様!
 でないと、お兄ちゃんブチ切れてこいつに締め技かけて物理的に落としちゃいそう!

-了-
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