恋するあなた
ジョンヒョンがレンタル彼氏の仕事を始めたのは、最初は単純に小遣い稼ぎが目的だった。大学を出てから一般企業には就職せずに音楽の道を選んだジョンヒョンは、演者ではなく作詞作曲をメインに活動していた。学生時代からの知り合いに曲や歌詞を書いてやったり、ツテを辿ってアーティストに紹介してもらったりとなんとか活動は続いていたが、正直それだけで生計を立てられるだなんてことは全くなかった。暮らしていくためにライブハウスなどでアルバイトをしながら、時々ゆるくレンタル彼氏の仕事も入れて、空いた時間で譜面に向き合う日々を送っていた。
音楽をやっているとモテやすいのは確かだと思う。ジョンヒョンは自分がそれなりに容姿に優れていることを自覚していたが、特にステージに立っていた時は女の子達によく声をかけられた。ライブハウスに来る子達はジョンヒョンに気にいられたさにおしゃれに余念がなく、みんな可愛かったから、ジョンヒョンの方もそれなりに楽しく彼女達と話したり遊んだりしていたし、女性の扱いはそこで覚えた。
だから、レンタル彼氏としての仕事もそれほど難しいことはなかった。どう振る舞えば気に入られるのかは感覚でだいたい分かったし、営業メッセージを頻繁に送らずとも困らないくらいには指名されていた。ジョンヒョンをレンタルする女性は様々で、同い年くらいの利用者もいれば親に近いくらいの人もいたし、なんなら既婚者もいた。退屈な日常に刺激を求めている人もいるし、目まぐるしい日々の息抜きだという人もいる。そもそも、彼氏のフリをしてほしいというような恋愛目的でないレンタルもあった。様々な事情を抱える彼女達と数時間を過ごす中で得られる情報は多く、時にはジョンヒョンに作詞作曲のインスピレーションをもたらしてくれた。
そうやって過ごしていたジョンヒョンだったが、最近はレンタル彼氏の仕事があまり上手くいっていない。予約が入るには入るのだが、どうも気乗りせず、利用者を不機嫌にさせてしまうのだ。
「……ジョンヒョナ。ジョン? ジョンヒョナってば!」
「……え?」
「さっきからずっと呼んでるんだけど」
「あ、ごめん、なんだっけ」
「さっきもそうやってぼんやりしてたけど、今日は私の話全然聞いてないよね?」
「……ごめん」
「私が何回もあなたをレンタルしてるからって、デート中にあんまり気を抜かれたら悲しいよ」
「うん……」
こんなふうに、怒らせても謝るだけで何も言えやしない。これまでなら、少し態度を間違えてもすぐに女性の機嫌を直す言葉が勝手に出てきていたというのに。「彼女」のショッピングに付き合っても、どんな服が似合うかなんてどうでも良く思えたし、恐らくそれが「彼女」にもバレてしまっている。考え事をしながら歩いていたせいで、ハイヒールを履いておしゃれをしてきた「彼女」に歩幅を合わせられていないことに指摘されるまで気づけなかった。
「ジョンヒョナ」
「……うん」
「正直言って、今日は全然楽しくなかったよ。これまでのデートの思い出があるからあなたを直ぐに見限ったりしないけど、お金払ってる分は楽しませてほしいな」
「ほんとに、ごめん……」
別れ際にはこんなことを言われてしまった。彼女の言い分は最もで、静かな声がジョンヒョンに重くのしかかる。
「……それと、あなた今日ずっと、他の人のこと考えてたんじゃない?」
「えっ?」
「ぼんやりしてたけど、退屈そうっていうよりは何かずっと考えてるみたいだった。それに、私の方を見ながら、私を見てなかったでしょ」
「……」
「それが誰かなんて私は聞かないけど、真剣な相手が他にいるなら、こういうのは不誠実なんじゃない? 私にも、その人にも」
そう言って「彼女」は去っていった。女性の勘だろうか、ジョンヒョン自身も曖昧だった自分の状態を鋭く言い当てられてしまった。ジンギがジョンヒョンをレンタルしなくなってしばらく経つが、ジョンヒョンは未だに、別れ際のジンギの表情が忘れられなかった。
ジンギは男性でありながら珍しくジョンヒョンを借りた利用者で、リピーターになってくれていた。ジンギがジョンヒョンを借りる時の関係性はいつも「友人」で、男性の利用者に最初は驚いたジョンヒョンだったが、話すうちに穏やかで笑顔の多いジンギと過ごす時間を楽しむようになっていた。
会社員のジンギは仕事が忙しいらしく、いつも目の下にうっすらと隈を作っている。最初の頃にそれを心配したら彼の顔が少し曇ったから、以降は仕事の話をこちらから振らないようにした。人見知りなのか初めは遠慮していたジンギだったが、回数を重ねる毎に色々な表情を見せるようになり、たまに可愛いわがままも言うようになった。
「ヒョンはどれ頼む?」
「僕はこれかな」
「ふーん、じゃあ俺も同じのにしようかな」
「……ジョンヒョナ」
「ん?」
「僕、こっちも食べてみたい」
「……」
「……だめ?」
「……わーかったって、じゃあ俺がそれにするから、ちょっとずつ交換しよ」
「やった」
こうやって気を許してもらえるようになってきたのが嬉しくて、自分の方もほとんど素のまま接することができるのが楽で、ジョンヒョンの方がジンギと過ごす時間を心待ちにするようになった。デートするのが仕事といっても客に本気になってはいけないのに、ジンギを個人的にすっかり気に入ってしまったのだ。ジョンヒョンの知らないジンギをもっと引き出したくて、もっと一緒にいる時間が欲しくて、それらを素直に全て伝えた。リップサービスなどではなく、本心だったのだ。
ジョンヒョンがそれらを伝えると、ジンギはいつも一瞬戸惑ったような顔をして、目を逸らしたり、曖昧に笑ったりした。そして時には黙り込んでしまって、耳を少し赤く染めていることもあった。ジンギが分かりやすいのに加え、ジョンヒョンが自分に向けられるそういう感情に気づきやすいのもあったが、ジンギはあくまでも悟られたくないらしく、必死に平静を装っている。
ジョンヒョンは同性を性的に見た事はこれまで無かったが、ジンギにそういった感情を向けられていることに気づいても、嫌悪感は全くなかった。それどころか、むしろその気持ちを掴みたいと思った。ジンギが寄せてくれる好意をしっかり掴んで、自分のものにしてしまいたい。他の人のところへ行ってしまわないように、抱きしめてでも繋ぎ止めておきたい。ジンギの心のスペースを、全てジョンヒョンが埋めてしまえれば良いのに。そんなふうに思っていたし、言える範囲でそれを伝えて、態度で示していた。
しかし、ジンギはあくまでも「友人」で予約してくる。ジョンヒョンを好きだと態度が訴えてくるくせに、あくまでも「友人」でいてほしいらしい。ジョンヒョンはレンタル彼氏なのだから、男性だとしてもジンギだってジョンヒョンをいいように使えば良いのだ。「友人」から「恋人」に予約を変えてくれれば、すぐにでも「彼氏」になれるというのに。というよりむしろ、ジンギから関係性を指定してもらわない限り、ジョンヒョンから勝手にそれを変えることはできないというのに。
明らかにジョンヒョンを好いているのに、ジョンヒョンもジンギを好きだと分かりやすく見せているのに、肝心な時に何故か卑屈な彼はいつまでもそれを素直に受け取ろうとしない。「友人」の関係に拘るジンギに焦れったくなったジョンヒョンは、ある日ついにジンギを路地に誘い込んだ。食べかけのソフトクリームを差し出したら恥ずかしそうに食んでいた唇に、ジョンヒョンの方が我慢できなかった。
「ヒョン」
「うん」
「……ジンギヒョンはさ、……」
ジンギヒョンは、俺のことどう思ってんの。俺を好きなんじゃないの。ほんとにこのままずっと「友人」でいいの。
そう聞いてしまいたいのに、いざ言おうとすると喉がつっかえて上手く言葉が出てこない。友達だと言われてしまったら、ジョンヒョンからそれを覆すようなことは、立場上できない。ジンギから予約を入れてもらわない限り、ジョンヒョンがジンギと会うことはできないのだ。
「僕が、何……?」
「……いや、ヒョンがっていうか、俺が……」
「ジョンヒョナ、急にどうしたの……」
煮え切らないジンギのせいにしたかったが、もうジョンヒョンが抱えている想いの方がよっぽど理由として強くなっていることに、言いながら気づく。いつも饒舌なジョンヒョンが言葉に詰まる様子を、ジンギは不安そうに見つめている。
俺はもう、ヒョンと「友人」でいたくなんかない。そう伝えてしまおうと口を開いた矢先、自分のスマホのアラームが鳴り響いた。ジンギがジョンヒョンをレンタルした二時間が、今をもって終わってしまった。ここから先はもう、ジンギとジョンヒョンは完全に他人で、「友人」ですらない。
……それならむしろ、ここからはジョンヒョンの好きにしていいのではないか。「友人」と指定されている時間には出来なかったことを、ただの個人としてのジョンヒョンだったら出来るかもしれない。
「ジンギヒョン……ッ」
挨拶をしてさらりと去って行こうとするジンギの手首を引っ張ってこちらを向かせ、抱き寄せながら唇を重ねた。腕の中のジンギの体が強ばり、驚いているのがわかる。粘膜の柔らかさを感じたらたまらなくなって、思わず軽く吸い上げたら、震える吐息と共に胸を強く押されて突き飛ばされた。
ある程度覚悟していた以上に強く拒絶され、思わず表情が歪む。ジンギは酷く戸惑っているというような顔をして、ジョンヒョンを見つめている。
「……ごめん、俺、」
「………ッ!!」
泣きそうになっていると、ジンギも泣き出しそうな顔をして、ぎゅっと目を閉じてからむこうを向いて走り去ってしまった。この前のデートで選んであげたジンギの上着の裾が向かい風にはためいて、どんどん遠ざかっていく。追いかけることもできず、ジョンヒョンはその場にしゃがみ込むしかなかった。
それから今まで、ジンギからジョンヒョンのレンタル予約が入ることはなかった。一応、レンタル彼氏としての連絡先はまだ繋がっているが、ジョンヒョンから連絡する気にはなれなかったし、ジンギからも何も送られてこなかった。
大前提、キャストが客相手に本気になったり、手を出したりするのは御法度だ。たとえプライベートでの出来事であっても、利用者が恐怖や不快を感じて運営にクレームを入れればジョンヒョンはそれ相応に処分されるはずだ。今のところ運営から何か指示や呼び出しはないため、ジンギは何も報告していないのかもしれないが、恐らく彼がジョンヒョンとまた会ってくれる可能性は低いだろう。プライベートの自分なら、と収まりのつかなくなった心で都合よく考えてしまったジョンヒョンの落ち度で、間違いだった。
音楽をやっているとモテやすいのは確かだと思う。ジョンヒョンは自分がそれなりに容姿に優れていることを自覚していたが、特にステージに立っていた時は女の子達によく声をかけられた。ライブハウスに来る子達はジョンヒョンに気にいられたさにおしゃれに余念がなく、みんな可愛かったから、ジョンヒョンの方もそれなりに楽しく彼女達と話したり遊んだりしていたし、女性の扱いはそこで覚えた。
だから、レンタル彼氏としての仕事もそれほど難しいことはなかった。どう振る舞えば気に入られるのかは感覚でだいたい分かったし、営業メッセージを頻繁に送らずとも困らないくらいには指名されていた。ジョンヒョンをレンタルする女性は様々で、同い年くらいの利用者もいれば親に近いくらいの人もいたし、なんなら既婚者もいた。退屈な日常に刺激を求めている人もいるし、目まぐるしい日々の息抜きだという人もいる。そもそも、彼氏のフリをしてほしいというような恋愛目的でないレンタルもあった。様々な事情を抱える彼女達と数時間を過ごす中で得られる情報は多く、時にはジョンヒョンに作詞作曲のインスピレーションをもたらしてくれた。
そうやって過ごしていたジョンヒョンだったが、最近はレンタル彼氏の仕事があまり上手くいっていない。予約が入るには入るのだが、どうも気乗りせず、利用者を不機嫌にさせてしまうのだ。
「……ジョンヒョナ。ジョン? ジョンヒョナってば!」
「……え?」
「さっきからずっと呼んでるんだけど」
「あ、ごめん、なんだっけ」
「さっきもそうやってぼんやりしてたけど、今日は私の話全然聞いてないよね?」
「……ごめん」
「私が何回もあなたをレンタルしてるからって、デート中にあんまり気を抜かれたら悲しいよ」
「うん……」
こんなふうに、怒らせても謝るだけで何も言えやしない。これまでなら、少し態度を間違えてもすぐに女性の機嫌を直す言葉が勝手に出てきていたというのに。「彼女」のショッピングに付き合っても、どんな服が似合うかなんてどうでも良く思えたし、恐らくそれが「彼女」にもバレてしまっている。考え事をしながら歩いていたせいで、ハイヒールを履いておしゃれをしてきた「彼女」に歩幅を合わせられていないことに指摘されるまで気づけなかった。
「ジョンヒョナ」
「……うん」
「正直言って、今日は全然楽しくなかったよ。これまでのデートの思い出があるからあなたを直ぐに見限ったりしないけど、お金払ってる分は楽しませてほしいな」
「ほんとに、ごめん……」
別れ際にはこんなことを言われてしまった。彼女の言い分は最もで、静かな声がジョンヒョンに重くのしかかる。
「……それと、あなた今日ずっと、他の人のこと考えてたんじゃない?」
「えっ?」
「ぼんやりしてたけど、退屈そうっていうよりは何かずっと考えてるみたいだった。それに、私の方を見ながら、私を見てなかったでしょ」
「……」
「それが誰かなんて私は聞かないけど、真剣な相手が他にいるなら、こういうのは不誠実なんじゃない? 私にも、その人にも」
そう言って「彼女」は去っていった。女性の勘だろうか、ジョンヒョン自身も曖昧だった自分の状態を鋭く言い当てられてしまった。ジンギがジョンヒョンをレンタルしなくなってしばらく経つが、ジョンヒョンは未だに、別れ際のジンギの表情が忘れられなかった。
ジンギは男性でありながら珍しくジョンヒョンを借りた利用者で、リピーターになってくれていた。ジンギがジョンヒョンを借りる時の関係性はいつも「友人」で、男性の利用者に最初は驚いたジョンヒョンだったが、話すうちに穏やかで笑顔の多いジンギと過ごす時間を楽しむようになっていた。
会社員のジンギは仕事が忙しいらしく、いつも目の下にうっすらと隈を作っている。最初の頃にそれを心配したら彼の顔が少し曇ったから、以降は仕事の話をこちらから振らないようにした。人見知りなのか初めは遠慮していたジンギだったが、回数を重ねる毎に色々な表情を見せるようになり、たまに可愛いわがままも言うようになった。
「ヒョンはどれ頼む?」
「僕はこれかな」
「ふーん、じゃあ俺も同じのにしようかな」
「……ジョンヒョナ」
「ん?」
「僕、こっちも食べてみたい」
「……」
「……だめ?」
「……わーかったって、じゃあ俺がそれにするから、ちょっとずつ交換しよ」
「やった」
こうやって気を許してもらえるようになってきたのが嬉しくて、自分の方もほとんど素のまま接することができるのが楽で、ジョンヒョンの方がジンギと過ごす時間を心待ちにするようになった。デートするのが仕事といっても客に本気になってはいけないのに、ジンギを個人的にすっかり気に入ってしまったのだ。ジョンヒョンの知らないジンギをもっと引き出したくて、もっと一緒にいる時間が欲しくて、それらを素直に全て伝えた。リップサービスなどではなく、本心だったのだ。
ジョンヒョンがそれらを伝えると、ジンギはいつも一瞬戸惑ったような顔をして、目を逸らしたり、曖昧に笑ったりした。そして時には黙り込んでしまって、耳を少し赤く染めていることもあった。ジンギが分かりやすいのに加え、ジョンヒョンが自分に向けられるそういう感情に気づきやすいのもあったが、ジンギはあくまでも悟られたくないらしく、必死に平静を装っている。
ジョンヒョンは同性を性的に見た事はこれまで無かったが、ジンギにそういった感情を向けられていることに気づいても、嫌悪感は全くなかった。それどころか、むしろその気持ちを掴みたいと思った。ジンギが寄せてくれる好意をしっかり掴んで、自分のものにしてしまいたい。他の人のところへ行ってしまわないように、抱きしめてでも繋ぎ止めておきたい。ジンギの心のスペースを、全てジョンヒョンが埋めてしまえれば良いのに。そんなふうに思っていたし、言える範囲でそれを伝えて、態度で示していた。
しかし、ジンギはあくまでも「友人」で予約してくる。ジョンヒョンを好きだと態度が訴えてくるくせに、あくまでも「友人」でいてほしいらしい。ジョンヒョンはレンタル彼氏なのだから、男性だとしてもジンギだってジョンヒョンをいいように使えば良いのだ。「友人」から「恋人」に予約を変えてくれれば、すぐにでも「彼氏」になれるというのに。というよりむしろ、ジンギから関係性を指定してもらわない限り、ジョンヒョンから勝手にそれを変えることはできないというのに。
明らかにジョンヒョンを好いているのに、ジョンヒョンもジンギを好きだと分かりやすく見せているのに、肝心な時に何故か卑屈な彼はいつまでもそれを素直に受け取ろうとしない。「友人」の関係に拘るジンギに焦れったくなったジョンヒョンは、ある日ついにジンギを路地に誘い込んだ。食べかけのソフトクリームを差し出したら恥ずかしそうに食んでいた唇に、ジョンヒョンの方が我慢できなかった。
「ヒョン」
「うん」
「……ジンギヒョンはさ、……」
ジンギヒョンは、俺のことどう思ってんの。俺を好きなんじゃないの。ほんとにこのままずっと「友人」でいいの。
そう聞いてしまいたいのに、いざ言おうとすると喉がつっかえて上手く言葉が出てこない。友達だと言われてしまったら、ジョンヒョンからそれを覆すようなことは、立場上できない。ジンギから予約を入れてもらわない限り、ジョンヒョンがジンギと会うことはできないのだ。
「僕が、何……?」
「……いや、ヒョンがっていうか、俺が……」
「ジョンヒョナ、急にどうしたの……」
煮え切らないジンギのせいにしたかったが、もうジョンヒョンが抱えている想いの方がよっぽど理由として強くなっていることに、言いながら気づく。いつも饒舌なジョンヒョンが言葉に詰まる様子を、ジンギは不安そうに見つめている。
俺はもう、ヒョンと「友人」でいたくなんかない。そう伝えてしまおうと口を開いた矢先、自分のスマホのアラームが鳴り響いた。ジンギがジョンヒョンをレンタルした二時間が、今をもって終わってしまった。ここから先はもう、ジンギとジョンヒョンは完全に他人で、「友人」ですらない。
……それならむしろ、ここからはジョンヒョンの好きにしていいのではないか。「友人」と指定されている時間には出来なかったことを、ただの個人としてのジョンヒョンだったら出来るかもしれない。
「ジンギヒョン……ッ」
挨拶をしてさらりと去って行こうとするジンギの手首を引っ張ってこちらを向かせ、抱き寄せながら唇を重ねた。腕の中のジンギの体が強ばり、驚いているのがわかる。粘膜の柔らかさを感じたらたまらなくなって、思わず軽く吸い上げたら、震える吐息と共に胸を強く押されて突き飛ばされた。
ある程度覚悟していた以上に強く拒絶され、思わず表情が歪む。ジンギは酷く戸惑っているというような顔をして、ジョンヒョンを見つめている。
「……ごめん、俺、」
「………ッ!!」
泣きそうになっていると、ジンギも泣き出しそうな顔をして、ぎゅっと目を閉じてからむこうを向いて走り去ってしまった。この前のデートで選んであげたジンギの上着の裾が向かい風にはためいて、どんどん遠ざかっていく。追いかけることもできず、ジョンヒョンはその場にしゃがみ込むしかなかった。
それから今まで、ジンギからジョンヒョンのレンタル予約が入ることはなかった。一応、レンタル彼氏としての連絡先はまだ繋がっているが、ジョンヒョンから連絡する気にはなれなかったし、ジンギからも何も送られてこなかった。
大前提、キャストが客相手に本気になったり、手を出したりするのは御法度だ。たとえプライベートでの出来事であっても、利用者が恐怖や不快を感じて運営にクレームを入れればジョンヒョンはそれ相応に処分されるはずだ。今のところ運営から何か指示や呼び出しはないため、ジンギは何も報告していないのかもしれないが、恐らく彼がジョンヒョンとまた会ってくれる可能性は低いだろう。プライベートの自分なら、と収まりのつかなくなった心で都合よく考えてしまったジョンヒョンの落ち度で、間違いだった。