私が死ぬための乙女ゲーム

 寮の階段を上っていく。いつもより足取りが軽やかになっていることに気づき思わず口角が上がる。一昨日と昨日は彼女の方から来たけど今日はこちらから出向くことにした。
 どんな顔をするのだろう。楽しみだ。そんなことに思考を巡らせていると彼女の名前が書かれた札が見えた。ノックを3回して様子をうかがう。返事は返ってこない。まだ帰ってきていないのかと思いしばらく待ってみたが一向に来る気配はなかった。

「…………」

 なんだろう、嫌な予感がする。寮を出て探しに行こうとしたとき見覚えのある脱色した髪が見えた。一瞬話しかけるかどうか躊躇したが今はそんな場合じゃない。

「カルマ君」

「ん? どしたの」

「えっとあの子……ATM計画の彼女を見なかった?」

「んー……あ」

 彼は腕を組み宙を見上げしばらく唸っていると思い出したような声を上げた。

「そーいえば、学校出てあっちの方に歩いて行くのを見たような」

 そう言って指を学校の近くにある海岸を指し示した。明度が下がった橙色に染まった海がチラリと見えなぜか冷や汗が出た。

「分かったありがとう」

「どいたま」




「はぁ……はぁっ」

夜の黒に染まった海岸をただひたすら走る。潮風でべたついた空気をろくに鍛えていない肺に取り込み小さな彼女の背を追う。

(待って)

 彼女は振り向かず、ザブザブと深い方へ歩みを進ませている。

(待って、待ってよ、いかないで)

 もう腰の辺りまで黒い海に沈んでいる。僕も海に入ろうとしたとき、ゴンという音と壁にぶつかったような衝撃を受け尻餅をついた。何が起こったのか理解出来ず体を起こし再び彼女の元に行こうとするがまたしても見えない何かに阻まれた。その時なぜかわかってしまった。これ以上は進めないと、彼女の元には行けないと。
 何で、こんなことになった。

 最初は不気味な人だと思った。わざわざ赤紙に自分の名前を書く自殺志願者が、どこにでもいるような普通の女子高生だったことが。
 だけど、君が訪ねてきて話をして、ゲームをして、一緒にいて短い時間の中でいろんなことを知った。君が話し上手なことやどんなことに興味があるのか。その会話のキャッチボールの時間が心地よく感じた。
 僕が教科書を取られ困っていたときに貸してくれたこと。1人になるのが怖いと言った僕にパーティーを組もうと言ってくれたこと。僕が変わったとしても一緒に居るとうなずいてくれたこと。それにどれだけ救われたかたぶん君は知らないだろう。
 それに僕は勇気を貰ったんだ。足りないものだらけの、一緒にいるとお荷物になる僕に1人じゃないってことの心強さを教えてくれた。
 けれどそんな君を知って、君が、あと2週間足らずでいなくなってしまうという事実に、僕は怖くなった。
 何で君が死のうとするのかわからない。
 だけど、君と一緒にいたい。君に僕の名前を呼んでほしい。どんな理由があれ僕は君を死なせたくない。君に、死んでほしくないって思ってしまったんだ。

 どうすれば、どうすれば止めてくれるのか。こちらを見る彼女に向かい必死に言葉を紡ぐ。僕のところに来てほしいと手を伸ばす。そんな僕を見て彼女は微笑んで口を開いた。

「     」

 そんな、そんなこと言われたって……。
 最後の言葉になるだろう呪いを残し彼女が離れていく。僕の制止も、思わず口から出てしまった感情も彼女をつなぎ止めることは出来ない。とうとう恨み言しか出なくなった声ももう届かない。
 僕の目の前で彼女の背がどんどん遠のいていって、黒い波が彼女の姿を包んでいって。
 ザブンと、沈む音がした。
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