変わり種小説
*** ロールアイス + 『鏡』 ***
冷えた鉄板の上に乗せられたイチゴアイスの原液が目の前で切り刻まれる。瞬きをする間にも凍り付いていく液体を柔らかく解して、薄く伸ばしていく。店員が鉄板にへらを当てて滑らせると、さっきまで液体だったそれがくるくると巻き取られていった。周りの女の子達から歓声が上がる。
僕は甘いものに目がない。街中を当てもなく彷徨っている最中に『ロールアイス』という聞き慣れない名前の看板が目に入って、ついこの店に足を運んでいた。どんなものだろうと想像が追いつかなかったんだけれど、つまりはラングドシャ・シガレットのようなものらしい。薄い生地を丸めるだけと言えば簡単そうだが、たやすく行われているその行為に技術が沢山詰まっているのは想像に難くない。
行列に並ぶのは女の子ばかりで正直気が引けていたんだけど、この職人芸が見られただけでも儲けものだ。店外で並んでいるときに調べてみたら、数ヶ月前に爆発的に流行ったモノだったらしい。こんな芸当が見られる機会は滅多にないから気持ちは分かる。
ああ、けど、この店のアイスは少し派手すぎる。インスタ映え? っていうものを意識する子には良いのかもしれないけれど、僕みたいに興味本位でふらっと入っただけの流行に疎い輩には少し気恥ずかしい。結局トッピングはシンプルに生クリームとクッキーだけにしておいた。ちょっともったいない気はするけれど致し方なし。
窓際の席に座ってじっとアイスを眺める。綺麗に丸められた抹茶アイスの上で生クリームがこれでもかと主張していて、スタバの呪文のようなメニューを彷彿とさせた。外を往く人達はちらとこちらを見たり、足早に通り過ぎたりと様々だった。ガラスに映る自分の顔とたまに目が合う野次馬から目を背けて、アイスを眺める方に専念する。
分かっている。僕の抱いている違和感は外から見ただけでは理解できないんだって。僕の見た目の性はこの場で酷く浮くようなものではないことも。それでもこの外見が、体がコンプレックスな僕には人の視線はとにかく痛い。例えそこに突き刺さるような批難と好奇が交ざっていなかったとしてもだ。
そして何より、自分の好きな『甘味』を周りの女性に紛れて自然に楽しめるからラッキーだと……普段はいい感情を抱いていない容姿をこういうときだけ利用する自分が嫌いだ。そういうところで割り切れない不器用さも。
頭を振って思考を振り払う。こういうときぐらいは引け目など投げ捨ててしまおう。砂糖に溶かして流してしまえ。性別なんか関係なく、甘味はそれを好む人に平等な幸福を与えてくれるんだから。世間が勝手に貼った『お菓子=女性のもの』というイメージなんて、美味しさの前には薄れてしまうものだから。
スプーンを手に取り、下の方に隠れているロールアイスを崩して口に運んだ。
*** 木っ端微塵 + 『鏡』 ***
むかしむかし、冬の最中のことでした。お日様が地平線の向こうに沈み、昼の間は透き通っていた空を分厚い雲がすっかり包んでしまった頃、寝静まったお城の一室でほのかな灯りがともっていました。燭台のかすかな火に照らされて、女王様が鏡の前に立っておられました。
「鏡よ鏡、この世で一番美しいのは誰?」
「それは勿論、女王様、あなたでございます」
鏡に問い掛けると、決まってそう答えが返ってきました。その言葉に偽りはありません。鏡に映った顔は瑞々しく、唇と頬はいつでも赤く美しく、年齢を感じさせない麗しいお顔にはしわなどひとつもありません。鏡はいつだって本当のことのみを口にするよう魔法を掛けられていたのです。
ですが、女王様の表情は晴れません。頬に手を添え、溜め息交じりに呟きました。
「そうかしら。最近は私の娘も成長して美しくなってきたわ。そのうち追い抜かされてしまいそう」
「何を仰います、女王様。白雪姫は所詮血の繋がらぬ子、あなたの地位を脅かす存在ではありません」
鏡の真摯な言葉にも安心した様子はありません。女王様はじっと鏡の中の自分を見詰めていました。ろうそくの火がゆらゆらと揺れ、女王様のお顔の写り方も刻一刻と変わっていきます。
「女王様、あまり気に病まない方がよろしいかと存じます。白雪姫があなたの美しさに勝ったのならば、その時はひと思いに始末してしまえばよろしいではありませんか。女王たるあなたにはそうすることができるはずです」
「始末、ですって?」
驚いた女王様がひときわ大きな声を上げました。鏡は悪びれる様子もなく、ただ淡々と話し続けます。
「私は事実のみを口にするよう設計されています。問われた問題や憂いごとを解決するための最も簡単な手法として提案しただけです」
「お黙りなさい。そんな言葉は望んでいないわ」
女王様が勢いよく立ち上がると、椅子が後ろ向きに倒れました。細く長い指を振り上げると部屋中の洋灯に火が入り、煌々と部屋中を照らしました。そのまま伸ばした指を振り下ろすと、鏡は大きな音を立てながら粉々に砕け散りました。
「血が繋がっていようが関係ないわ、あの子は私の娘よ。たとえこの美しさで負けたとしても、決して始末なんてするものですか」
床に散らばる鏡の破片を踏み潰し、女王様は吐き捨てました。廊下をぱたぱたと走ってくる足音がして、ドアをノックされました。
「おかあさま、おかあさま。今の音は何ですか、大丈夫でいらっしゃいますか」
母を気遣う優しい声は、紛れもなく白雪姫のものでした。今の音で起こしてしまったのでしょう。
姫を室内に迎え入れた女王様は、愛する自分の娘を強く、強く抱きしめたのでした。
おしまい
冷えた鉄板の上に乗せられたイチゴアイスの原液が目の前で切り刻まれる。瞬きをする間にも凍り付いていく液体を柔らかく解して、薄く伸ばしていく。店員が鉄板にへらを当てて滑らせると、さっきまで液体だったそれがくるくると巻き取られていった。周りの女の子達から歓声が上がる。
僕は甘いものに目がない。街中を当てもなく彷徨っている最中に『ロールアイス』という聞き慣れない名前の看板が目に入って、ついこの店に足を運んでいた。どんなものだろうと想像が追いつかなかったんだけれど、つまりはラングドシャ・シガレットのようなものらしい。薄い生地を丸めるだけと言えば簡単そうだが、たやすく行われているその行為に技術が沢山詰まっているのは想像に難くない。
行列に並ぶのは女の子ばかりで正直気が引けていたんだけど、この職人芸が見られただけでも儲けものだ。店外で並んでいるときに調べてみたら、数ヶ月前に爆発的に流行ったモノだったらしい。こんな芸当が見られる機会は滅多にないから気持ちは分かる。
ああ、けど、この店のアイスは少し派手すぎる。インスタ映え? っていうものを意識する子には良いのかもしれないけれど、僕みたいに興味本位でふらっと入っただけの流行に疎い輩には少し気恥ずかしい。結局トッピングはシンプルに生クリームとクッキーだけにしておいた。ちょっともったいない気はするけれど致し方なし。
窓際の席に座ってじっとアイスを眺める。綺麗に丸められた抹茶アイスの上で生クリームがこれでもかと主張していて、スタバの呪文のようなメニューを彷彿とさせた。外を往く人達はちらとこちらを見たり、足早に通り過ぎたりと様々だった。ガラスに映る自分の顔とたまに目が合う野次馬から目を背けて、アイスを眺める方に専念する。
分かっている。僕の抱いている違和感は外から見ただけでは理解できないんだって。僕の見た目の性はこの場で酷く浮くようなものではないことも。それでもこの外見が、体がコンプレックスな僕には人の視線はとにかく痛い。例えそこに突き刺さるような批難と好奇が交ざっていなかったとしてもだ。
そして何より、自分の好きな『甘味』を周りの女性に紛れて自然に楽しめるからラッキーだと……普段はいい感情を抱いていない容姿をこういうときだけ利用する自分が嫌いだ。そういうところで割り切れない不器用さも。
頭を振って思考を振り払う。こういうときぐらいは引け目など投げ捨ててしまおう。砂糖に溶かして流してしまえ。性別なんか関係なく、甘味はそれを好む人に平等な幸福を与えてくれるんだから。世間が勝手に貼った『お菓子=女性のもの』というイメージなんて、美味しさの前には薄れてしまうものだから。
スプーンを手に取り、下の方に隠れているロールアイスを崩して口に運んだ。
*** 木っ端微塵 + 『鏡』 ***
むかしむかし、冬の最中のことでした。お日様が地平線の向こうに沈み、昼の間は透き通っていた空を分厚い雲がすっかり包んでしまった頃、寝静まったお城の一室でほのかな灯りがともっていました。燭台のかすかな火に照らされて、女王様が鏡の前に立っておられました。
「鏡よ鏡、この世で一番美しいのは誰?」
「それは勿論、女王様、あなたでございます」
鏡に問い掛けると、決まってそう答えが返ってきました。その言葉に偽りはありません。鏡に映った顔は瑞々しく、唇と頬はいつでも赤く美しく、年齢を感じさせない麗しいお顔にはしわなどひとつもありません。鏡はいつだって本当のことのみを口にするよう魔法を掛けられていたのです。
ですが、女王様の表情は晴れません。頬に手を添え、溜め息交じりに呟きました。
「そうかしら。最近は私の娘も成長して美しくなってきたわ。そのうち追い抜かされてしまいそう」
「何を仰います、女王様。白雪姫は所詮血の繋がらぬ子、あなたの地位を脅かす存在ではありません」
鏡の真摯な言葉にも安心した様子はありません。女王様はじっと鏡の中の自分を見詰めていました。ろうそくの火がゆらゆらと揺れ、女王様のお顔の写り方も刻一刻と変わっていきます。
「女王様、あまり気に病まない方がよろしいかと存じます。白雪姫があなたの美しさに勝ったのならば、その時はひと思いに始末してしまえばよろしいではありませんか。女王たるあなたにはそうすることができるはずです」
「始末、ですって?」
驚いた女王様がひときわ大きな声を上げました。鏡は悪びれる様子もなく、ただ淡々と話し続けます。
「私は事実のみを口にするよう設計されています。問われた問題や憂いごとを解決するための最も簡単な手法として提案しただけです」
「お黙りなさい。そんな言葉は望んでいないわ」
女王様が勢いよく立ち上がると、椅子が後ろ向きに倒れました。細く長い指を振り上げると部屋中の洋灯に火が入り、煌々と部屋中を照らしました。そのまま伸ばした指を振り下ろすと、鏡は大きな音を立てながら粉々に砕け散りました。
「血が繋がっていようが関係ないわ、あの子は私の娘よ。たとえこの美しさで負けたとしても、決して始末なんてするものですか」
床に散らばる鏡の破片を踏み潰し、女王様は吐き捨てました。廊下をぱたぱたと走ってくる足音がして、ドアをノックされました。
「おかあさま、おかあさま。今の音は何ですか、大丈夫でいらっしゃいますか」
母を気遣う優しい声は、紛れもなく白雪姫のものでした。今の音で起こしてしまったのでしょう。
姫を室内に迎え入れた女王様は、愛する自分の娘を強く、強く抱きしめたのでした。
おしまい