変わり種小説

 ふわふわ。ふわふわ。
 ここはどこだろう。まっ暗だけど、まわりの景色はよく見える。ふわふわ浮いてるみたいで、気持ちいい。息をする。ぷか、と口からあわが出た。水の中かな。息はできてるから、夢の中かな。
 ふわり、たんぽぽの種が飛んできた。手で受け止める。こっちに向かってきた沢山の綿毛は、手の上にのったとたんに根付き、育ち、花を咲かせた。
 きれいだな。あか、みどり、きいろ、きいろ。あお、くろ、あか、あか。きれいだな。どんな味がするのかな。
 口に近づけて、ぱくり。おいしいな。おいしいな。おかしの味。おかしな味。おかしい味。
 ぐるぐるまわる。ぐるぐる、ぐるぐる、まわる。まわってまわって、景色が色づいていく。
 扉がいっぱいある。窓から誰かがのぞいてる。嬉しそうに、にこにこ、にこにこ笑って、こっちを見てる。窓いっぱいに顔がある。手を振ってみると、にこにこ、もっと嬉しそう。あの子もこっちに来れればいいのにな。そしたらいっしょに遊べるのに。
 上の方に線路が見える。どんどんどんどん伸びて、伸びて、こっちの方に伸びてくる。隣を通りすぎて、ゆっくり、ゆっくり、下へ下へ、伸びていく。
 線路の先で、女の人がゆらゆら手招きしてる。呼んでるのかな。呼んでるのかな。こっちにおいで、って聞こえる。
 沈んでいく。沈んでいく。沈む。下に行けば行くほど、周りの景色はきれいになっていく。キラキラ、キラキラ、光ってる。包み込むような、優しい光。
 体が溶けていく。溶けていく。体が溶けて、周りと混ざっていく。透けていく。気持ちいいな。気持ちいいな。元いた場所に戻っていくみたい。
 沈んで、沈んで、上の方が見えなくなってきた。上はまっ暗、どんよりしてる。戻りたくないな。このまま、どんどん、どんどん、沈んで溶けていきたいな。ここの方がずっと心地いいから。

「ここが現実じゃないこと、気付いてる?」

 窓の外の子が話しかけてきた。さっきは笑ってたのに、今は泣きそうな顔してる。泣かないで。泣かないで。どこかで見たことのあるこの子には、泣いてほしくない。

「知ってるよ、最初から」

 にっこり、にこにこ笑って答える。
 くるくる、くるくる回って、笑って、話し続ける。

「もう、疲れたんだ。疲れた。疲れた。もう嫌だ」

 現実でのことを思い出して、首をふる。嫌だ、嫌だ。あんなの、思い出したくもないよ。
 どんどん溶けて、顔も、体も、周りに混ざりあって消えていく。思考もどんどん溶けて、幼くなって、難しいことを考えるのがおっくうになる。
 このまま行けば、この心地いい世界と混ざりあって、ひとつになれる。それは、苦しい現実にすがるより、ずっと楽しいことだと思うんだ。ねぇ、そうは思わない?

「向こうは苦しい、こっちは楽しい。ここにいる理由なんて、それで充分。そうでしょう?」

 笑って、くるくる回って、回って、笑いかける。
 窓の外にいた、かつて大切にしていたはずの子は、泣きそうな顔をして何かを叫んでいた。ごめんね。ちょっと深く沈みすぎちゃったから、もうそっちの声は聞こえないんだ。
 また会いたいなら、こっちに遊びにおいで。この世界の一部になって、待ってるから。

 そんな意味をこめて、窓に向かってひらひら、ひらひら手をふった。

 沈んでいく。沈んでいく。現実から遠く、遠く離れた世界に、溶けていく。
 ここの住人にしか優しくないこの世界で、ゆるり、ゆるり溶けて、混ざりあっていく。


 こんにちは、幻影ユートピア
 よろしくね。これからずっと、よろしくね。

 さようなら、現世ディストピア
 バイバイ。じゃあね、永遠に。


<完>

※参考音源
 「夢のスープ」 谷山浩子
 「タンポポ食べて」 谷山浩子
 「Rolling Down」 谷山浩子
 「まもるくん」 谷山浩子
 「あかみどりきいろきいろ♪」 MOTHER3(タイトル引用)

 これらの曲の中には、ホラーの要素を含んでいるものがあります。ご視聴の際はお気をつけ下さい。
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