現代ベース小説

 私の部屋にヤクザがいた。取手に手をかけたまま固まる私と、こっちを見つめるゴツいオジサン。ふすまを閉じて向こうが何か言いかけたこととか丸々見なかったことにしたけど……えっと、何この状況。頭がこんがらがって何がなんだかワケ分かんない。
 ふすまが開かないように押さえたまま深呼吸する。あのオジサンを思い出してみる。えっと確か、茶色のスーツと黒のシャツ、彫りの深い顔だっけ。目付きが怖くて顔に大きなイレズミが入ってた。当たり前だけど知り合いにそんな人はいない。ヤクザの人に目をつけられる心当たりもないし、ぼんやりしててありもしないものを見たのかもしれない。きっとそうだ。今日は体育でマラソンの練習をさせられたから、疲れて幻覚でも
「無視しないでくだせぇ、お嬢!」
 見てた方がマシだったのかも。
 ふすまを貫通してヤクザの般若みたいな顔が飛び出してきた。声も出せずに後ずさる。足に力が入らない。そのまま座り込んだ。
 目の前にヤクザのお化けが立ちふさがる。体格のいいそいつは私を見下ろした。左目側の眉毛から右目の下にかけて斜めに切ったような傷跡がある。短い茶髪と緑色の目を見て、この人は外国人なのかもしれないなんて場違いなことを考えてた。体が震えてる。
「お久し振りです、実乃梨ミノリ様。勝手に留守にしてすいやせんでした」
 久しぶり? どこかであったことあったっけ? 何で私の名前を知ってるの? 留守ってどういうこと? 一体何の話?
 頭の中からどんどんクエスチョンマークが出てくる。オジサンは私のそばにひざまずいた。手を差し出される。
「これからは、いやこれからも。俺を忠実な式神として使ってくだせぇ。必ず守り抜いてみせやすから」
 にっこりと歯を見せるように笑う。そこには長く伸びた犬歯が生えていて、やっぱり怖いとしか思えなかった。
「ぁ、あの。いったい、なんの」
「ありゃ、まだ説明してないのかい? 駄目じゃないか虎蔵トラゾウ、ちゃんとアンタから説明しとけって言ったろ」
 凛とした声が聞こえた。お香の匂いが後ろからただよってくる。慌てて後ろを振り向いたら、私のお母さんがオジサンに向かってキセルを突きつけていた。真っ白な狩衣と紫の袴を着て、プロの陰陽師の顔をしていた。思わず背筋を伸ばしそうな気迫を感じる。
「う。め、面目ねぇです……お嬢とまた会えたのが嬉しくて、つい」
「気持ちは分からなくもないけどねぇ。今自分がどんなツラしてるか忘れるんじゃないよ」
 頭ひとつ分以上ある体格差をものともせず、イレズミだらけのお化けに堂々と説教してる。大きな体を縮めて落ち込むオジサンを見て、安心した気持ちと疑問がどっと押し寄せてきた。二人を交互に見比べる。
 お母さん、今このオジサンのこと虎蔵って言ったよね?
「何か言いたそうだねぇ、実乃梨。――そうだよ。このデカブツは正真正銘本物の『虎蔵』だ」
 息をするのを忘れてた。虎蔵との思い出が一気に蘇ってきて、枯れたと思った涙がにじみそうになる。
 虎蔵は、私が小学校一年生のときに拾ってきたキジトラの猫だった。やたら顔が大きくて、ケンカっ早くて、だから顔に傷まで作ってきて。それから、とっても私になついてくれた大事な家族。一ヶ月くらい前に亡くなって……もう会えないと思ってたのに、まさかまた会えるなんて。
 虎蔵が戻ってきてくれたのは素直に嬉しいけど、何だか変な気分。畳の上に座り直してまじまじと見上げる。
 言われてみれば確かに、顔の傷も目の色も虎蔵そのままだ。イレズミは猫だったときの柄っぽい。私を見てずっとニコニコしてるし、面影はある気がする。けど。
「虎蔵、何で人間になってるの? 式神ってどういうこと?」
 確かにウチは陰陽師の家系だけど、私はお母さんと違ってあまり力が使いこなせない。中二になった今でも式神を使役できなくて、そういうものなんだと思ってた。そんな私に式神?
 虎蔵が目をそらした。代わりにお母さんが私の側にしゃがみこむ。いつもキセルで吸ってる霊草の香りがした。
「アンタは知らなかっただろうけどね。虎蔵にはガキん頃から死ぬ直前まで、ずっと実乃梨専属のボディガードをしてもらってたんだよ」
 目がこぼれそうなくらい大きく開いた。そんな話、聞いたことない。大好きな虎蔵のことなのに全然知らなかった。
 話によると、私は陰陽の力を使いこなせない代わりに霊力は高かったらしい。私が怪異を見れないからって好き勝手とりつく悪いモノもいたんだって。虎蔵が来る前はお母さんが祓って、来た後は虎蔵が命がけで守ってくれてたらしい。しょっちゅう怪我してきて顔に傷をつけてきたりしたのも、虎蔵が死んじゃったのも、全部私を守って戦ってたからだって。
 話の途中からはうつむいて畳の目を見てた。耳をふさぎたかったけど、そうすると逃げてるみたいでイヤだった。
「勿論虎蔵には何度も確認したよ。危ない仕事だから辞めてもいいんだって。何度もよく相談した上で、それでも虎蔵が『実乃梨を守りたい』『式神になりたい』って言ったからやってもらうことにしたんだ」
 虎蔵に何度も相談してたのに、私には教えてくれなかったんだ。
「……あの見た目は?」
「アンタはまだ動物と話せないから、意思疏通ができるようにアタシが仮の器を用意したのさ。姿は猫だった頃に出来るだけ似せたつもりだよ」
 私、虎蔵は猫の方がよかったのに。怖いオジサンをつき出されて『この人が虎蔵だよ』なんて言われても受け入れられない。
「なんで」
 口からこぼれた。ガマンしようと思ってるのに押さえきれない。
「何で私に言ってくれなかったの?」
 私のことなのに知らないうちに勝手に話を進められて、知らないうちに守られて。そのせいで虎蔵が死んだ。式神になるとかその前に、そういうことは早く教えてほしかった。知っておきたかったのに。
 私が、無力だから?
 自分では身も守れないから、私には何も知らせなくてもいいってこと?
 顔を上げる。キッとお母さんをにらみつけたら、珍しく青ざめた。
「ちがう……違うよ、そうじゃない」
「何がちがうの? 私が子供だから? それとも才能がないから?」
「違うんだ実乃梨、アンタちょっと勘違いしてる」
「何も相談してくれなかったのはカンちがいなんかじゃない!」
 思わず大きな声が出る。何か言いかけてたお母さんが口を閉じた。虎蔵はひざをついて私たちをおろおろしながら眺めてる。
「式神がどうとか、そんな話は聞いてない。お母さんいっつも何か隠して、終わったあとで知らされて。そういうところ、」
 一瞬だけためらう。口をぎゅっと閉じて見つめるお母さんにイライラして、つい続きの言葉が口をついて出た。

「お母さんのそういうところ、だいっきらい!」

 二人の体が震える。お母さんの頭から烏帽子が落ちた。白い顔で口をパクパク動かして、いつもの強い言葉は全然返ってこない。
 「お嬢」って小さく虎蔵の低い声が聞こえた。顔が怖い。謝れって目が言ってる気がする。
 立ち上がって、大人たちを見下ろして。霊体の虎蔵をわざと避けずに突き抜けて歩く。虎蔵があわてて避けた。私の部屋のふすまを開けて、勢いよく閉める。
 すぱぁん! って大きな音がして、それから一気に静かになった。

*

「お嬢。お嬢、聞こえてやすよね? 返事してくだせぇよ」
 ケンカをした次の朝、とぼとぼ歩く私の後ろから虎蔵がしつこく声をかけてくる。
 あれからお母さんとは話してない。虎蔵が首につけてた青い飾り紐を「これに虎蔵を使役するのを手助けする術式を組んでおいたよ。手首に着けておきな」って渡されたけど、わざと家に置いてきた。今はなんだか、言うことを聞く気になれなかった。
「お嬢。おっかさん……千紗チサ様は、お嬢を本気で心配してくれてるんですぜ。ただ優秀な方だから、何でも自分で解決しようと背負い込む悪いクセがあるんですよ」
 横に並んでふわふわ浮きながら語り始める。体を丸めて私を覗き込んで、ちょっと悲しそうに笑った。無視してどんどん歩く。
「許せねぇ気持ちは分かりやす。俺も最初は怒りました。お嬢が危険な目に遭ってんのに何で誰にも手助けを求めねぇんだ、人手がありゃその分安全になるだろうにって」
 けどね、あの方もあれで結構辛い立場にいるんですよ。色々言っちゃいけねぇこととか、知らせたらマズいこととかあるらしいんでさ。
 だから……一回、ちゃんと向かい合って話してみやせんか?
 虎蔵が私の肩に手を置く。氷みたいに冷たくて鳥肌が立った。触られた感触はないのに、ただ寒い。眉毛を下げて笑うコワモテのオジサンは、よくよく見ると向こう側がすけて見えた。心臓がぎゅうっと痛くなる。まぶたの裏が熱い。
「うるさい」
 ああ、まただ。また困らせる、ひどいこと言っちゃう。止めたいのに止まらない、口が勝手に動く。
「虎蔵を式神になんかしたくない、その顔きらい。ずーっとそばにいられるとうっとうしいしムカつく。どっか行ってよ!」
 早口で吐き出していく。ああ違う。こんなこと言いたかったわけじゃない、そんな傷ついた顔させたかったんじゃないのに。一歩分離れた虎蔵の顔は泣きそうで、私もきっとそんな顔してるんだろうなぁとどこか他人事みたいに思った。
「そう、ですか。分かりやした、俺はしばらく消えます」
 何かあったら呼んでくだせぇ。いつでも守りに行きやすから。
 低くて怖いのに優しい声だけ残して見えなくなった。鬼みたいな顔の大きな姿が見えなくなって、地面にひざをつく。目から涙がぼろぼろ流れて止まらない。涙を手でぬぐって唇をかんだ。
 あんな風に二人を傷つけたいわけじゃなかった。お母さんが心配してくれてることも、何か理由があって私に話せなかったんだってことも知ってたし、虎蔵が本当に私を大好きだと思ってくれてるのも知ってた。それでも止められなかった。
 私も二人のことが大好きだから、言葉にできないくらい苦しくなった。
 知らないところで守られてたこと。
 虎蔵が私を守るために傷ついて、死んじゃったこと。
 私に力がないから。私が何もできないから、八年ずっと一緒に育ってきた虎蔵を死なせた。
 挙げ句知らない人の見た目になってトイレの前だろうが脱衣場だろうが悪気なくついてくる。優しくしてくる。自分が死ぬ原因を作った私に。
 このぐちゃぐちゃの気持ちに、なんて名前をつければいいんだろう。
 悔しさ。恥ずかしさ。怒り。悲しみ。ジコケンオ。どれでもあって、どれでもない。何だか無性にイライラして、けどどうしようもない。
 どこにも行けなくなった感情をついぶつけちゃった。そんなことしたくなかったのに。
 どうしよう。どうすればいいんだろう。
 はらはら、はらはら涙がこぼれて止まらない。

「どうしたの?」

 前の方から声がした。

*

 それ、真能マノウさんは悪くないよ。隠してた陰陽師と式神が悪い。怒って当たり前だって!
 クラスメイトの外林トバヤシ 隆成タカナリくんがほっぺを膨らませながらかみついた。
 泣いてる私にティッシュを渡して「良かったら、話聞くよ?」って言ってくれた隆成くん。彼が言うには、前から私に話しかけたいと思っていたらしい。「ぼく、オタクなんだ。真能さんの家族が陰陽師ってウワサで聞いて、わくわくしちゃって」ってはにかんで話すところは何だか親しみやすく感じた。
 ただ……ちょっとだけ、気になることがある。
「私に話しちゃいけないことって何なんだろう。隠されてるのって何かやだ」
「うーん。多分だけど、言霊が怖かったんじゃないかな」
 陰陽師の仕事を近くで見てる私よりも詳しい彼は、長い前髪で目元を隠してた。その上から頭をぐるぐる包帯で巻いていて、前なんて見えそうにない。包帯について聞いてもごまかされる。この子の顔の中ではっきり見えるのは口だけだった。
「ほら、『知っちゃいけない』ことってあるでしょ? 自分が狙われてるんだって知ったら、つい意識しちゃって逆に危ない目に遭いやすくなるとか。そういうことじゃないかなぁ」
 公園のブランコで隣に座って、やけに詳しく語ってくる。隆成くんとそんなに長く話したつもりはないのに、もう空がオレンジ色になってきてた。
「怪異は人の言葉に込められた霊力も利用するんだ。力のある人が怪異について話したら、聞いた人の受け止めた『怪異』のイメージを借りて出てきやすくなる。お母さんはそれが怖くて実乃梨ちゃんに説明できなかったんじゃないかな」
 ほら。さっきの話でも、陰陽師はわざわざ式神に説明させようとしてたんでしょ?
 怖いくらい分かりやすくて、体がふるえる。やたら寒い。冷凍庫の中に入ったみたいに冷たいものが体を覆ってるみたい。
 隆成くんの包帯がほどけた。するする落ちていくのも気にせずニコニコ笑ってる。一緒に髪の毛も束になって落ちる。見るのが怖くなって地面の方に目をそらして、息を飲んだ。
 夕焼けに照らされて影が長く、長く伸びている。
 『外林 隆成』って名乗ったそいつの影と、目が合った・・・・・
「わ、わたし……そろそろ帰るね。お母さんと虎蔵にあやまらなきゃ」
 歯がふるえてガチガチ鳴る。叫びださないように自分を押さえながら、気付かないフリをする。
 隆成くん――怪異がブランコを降りた。私の前に来てしゃがみこむ。もう髪の毛はほとんど残っていなかった。目があるはずのところは空っぽで、中にろうそくの火みたいなものが点ってる。はだはどんどん黒くなって、いやな臭いがする。着てた学ランは一気にぼろぼろになって、もうただの布切れになっていた。
「帰すわけないだろ? やっと無防備になってくれた、ここまで深く術をかけられた、最高のチャンスが巡ってきたのに」
 乱暴に髪の毛をつかまれる。顔を近付けて大きく息を吐いてきた。ツンと鼻の奥まで突き刺す臭い。頭がぼーっとする。
「はは、あははは、ひゃはははははは! いい香りだ、最高級の霊気の匂いだ! 馬鹿な小娘をやっと、やっと喰える!」
 髪の毛を上に引っ張られる。ぶちぶち切れる音がしたけど、痛みは感じなかった。体がうまく動かない、すごく重い。振りほどきたいのに指先をほんの少し動かすしかできない。
「来い、二度と戻れない黄泉へ連れていってやる! それからゆっくりと、骨の髄まで喰らい尽くしてくれよう!」
 体が浮かぶのを感じた。髪の毛や体のあちこちが変な音を立てる。怪異の目の中の炎が勢いよくふき出して、私の周りを包んでいく。
 助けを、呼ばなきゃ。顔を合わせるのは気まずいとか、そんなこと考えてる場合じゃない。
 強く念じて、式神の顔を思い浮かべる。体が大きくて、ちょっと顔が怖くて、けど誰よりも私になついてくれてる。虎蔵ならきっと。
「た……す、けて。とら、ぞぉ」
 口からかすれた声が出る。
 風が吹き抜けた。氷みたいに冷たくて、けどどこか気持ちいい風が。

「――応ッ!」

 ほえるような声。
 頭の上でバキバキ音を立てる。にごった音ばかりの悲鳴が上がって、地面に叩きつけられた。少しだけ顔を上げる。
 虎がいた。金色に輝く大きな虎。腐った肉と骨だけの腕をくわえて、怪異を踏みつぶしてる。
 折った腕を吐き捨てて、白い煙に包まれる。まばたきするくらいの間に、虎は茶色のスーツを着た男の人に変わっていた。
「畜生風情が調子に乗るな。手前テメェが喰らう部分なぞ、お嬢の髪の一筋から爪の先まで探したって一欠片もありゃァしねぇんだよ!」
 黒い革靴で体重をかけて踏みつける。骨が折れる音とさっきよりも大きな悲鳴が上がって、少ししたら静かになった。虎蔵の足元にさっきまでいた怪異はいつの間にか消えてた。
「失せろ下朗。金輪際お嬢に近寄るな」
 唾を吐いて立ち上がる。虎蔵の短い髪が夕陽に照らされて金色に見えた。
 こっちへ振り向く。倒れたままの私を見て、般若みたいな顔から一気に力が抜けた。眉毛を下げて私のところへ飛んでくる。
「お、おおお、お嬢! ご無事ですか!」
「たぶ、ん……だいじょ、ぶ」
「どう見ても大丈夫じゃねぇですよ!」
 猫だったときの耳がついてたら、きっとへにょんと倒してるんだろう。頭を抱えてる。しばらくうなったあとで、何か思い出したように手を打った。
「えっと、確かこうしてと。お嬢、失礼しやす」
 倒れた私に顔を近付けて、虎蔵が息を吹きかけた。煙をモロに吸ってむせる。どこかで嗅いだことのある匂いがした。
「何すんの! けむいじゃ……あ、あれ」
 飛び起きて、首をかしげる。さっきまで動けなかったのに、今はもう何ともない。虎蔵は満足そうにうなずいた。
「よし。おっかさんのお香、ちゃんと効いてますね。今度報告しときやす」
 虎蔵の言葉でやっと分かった。お母さんがいつも吸ってるキセルの匂いだ。
 立てますかって聞かれたから、虎蔵の顔を見ずに立ち上がった。息を整えてまっすぐ見上げる。
 何から言っていいのか分からなくてぐちゃぐちゃだけど、思ったことはちゃんと伝えたい。
「虎蔵、助けてくれてありがとう。それと……ごめん。私のせいで、」
「お嬢のせい? 一体何のことを――ああ」
 質問の途中で私が言いたいことを察したらしい。口をつぐんで、軽く笑い出した。
「お嬢はやっぱり優しいお方ですね」
 頭をなでられる。目が覚めるような冷たさに思わず声が出た。すっかりほどけちゃった髪の毛の編み込みをなぞっていくように、そっと頭に触る。
「お嬢のせいで死んだなんてこれっぽっちも思ってませんぜ。俺の命は『あのとき』お嬢に救われたんです。そのご恩を返したかっただけでさぁ」
 『あのとき』。
 多分虎蔵が言ってるのは、私がキジトラの子猫を拾ったときのことだ。段ボールの中に入れられて、くしゃみしながら震えてたっけ。それがなんだか可哀想で、ウチに来る? なんて言って連れてきたんだ。
 そっか。それじゃ虎蔵は、私のことを本当に慕って守ってくれてるんだ。
 なんだかくすぐったい気分になる。虎蔵を危ない目にあわせたのは苦しいけど、それよりもちょっと照れくさいような。ずっと頭をなでてる虎蔵の手を払いのけた。
「それやめて。虎蔵になでられるの、何かあべこべで変な気分になるから」
「はは、猫の八歳はあなた方人間で言う四十八歳ですぜ? 俺ぁもうとっくにいいトシでさ、お嬢のおっとさんくらいですかねぇ」
「四十八才っ?」
 そういえばお母さんが、見た目は猫だったころに似せたって言ってたけど。まさかそんなところまで再現してたなんて……。
 衝撃の事実に呆然としてる私を見て、虎蔵が吹き出した。顔が熱くなる。にらみつけたら、涙をぬぐって家の方を指さした。
「おっかさんが心配してますぜ、お嬢。早く帰りやしょう」
 そうだ、もう帰ろう。お母さんが待ってる。帰ったらお母さんにごめんなさいってあやまって、それから学校にも連絡しなきゃ。サボったことになっちゃったけど、許してくれるかな。後始末が全部終わったら、陰陽道についてもっと勉強しようかな。
 そんなことを考えながら、うなずいた。
 昨日までに比べたら、ちょっとだけ素直になれた気がした。


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