現代ベース小説

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拝啓

 空が高く、雲がくっきり見える清々しい季節になりました。いかがお過ごしですか。
 ……なんて堅苦しいの、あんたには向いてないよね。引っ越してから何ヵ月も経ってるのに、一度も連絡してこないんだもん。いつも通りのちょっとしたジョークだよ。嫌いじゃないでしょ、こういうの。
 あんたがいなくなって、こっちはずいぶん変わっちゃった。そりゃそうだよね、いつもつるんでたメンバーのリーダー格がいなくなっちゃったんだから。みんな相当凹んでる、お陰でこっちは大忙しだよ。怠け者に気を遣わせるなんて、みんなどうかしてるよね。
 ……ねぇ、アキラ。私はもう気にしてないからね。そりゃあ、あんたがうちの両親をぶん殴ったときはどうしようかと思ったけど。うちの状況を見てられなかったからだってのは分かってるから、むしろせいせいした。
 私の体についたアザも消えてきた。傷が全部なくなりそうだなんて、何年ぶりだろう。親は児童虐待で捕まるみたいだし、私は施設でのんびり過ごせてる。今まではこんな風に過ごせるなんて考えられなかった、夢みたいだよ。
 早くアキラに会いたい。会って、ごめんなさいって言いたい。私の家のことに巻き込んじゃったせいで、あんたに前科がついた。慣れ親しんだ地元を離れることになった――私のせいで。あんたの性格からして後悔してないだろうってのは分かってるけど、一言謝らないと気が済まない。
 それから、ありがとうって直接言いたい。今の私は、アキラのお陰でちゃんとした生活が出来てる。あんたのお陰で、殴られないところで過ごせる。これってすごいことなんだよ?
 来年のお正月になったら、みんなであんたのところに遊びに行こうと思ってるんだ。私の家の事情を知らなかったって、ずっと暗いままで過ごしてるみんなを見てるのも嫌だしね。私も、あんたに言いたいことが沢山あるんだから。
 たまには手紙くらい書きなさいよ、待ってるから。あんたがいないと何となく張り合いないの。
 また会おうね、アキラ。バイバイ。

敬具

  平成○○年十月二十八日
佐々木雪

長谷川明様


 追伸 最初に「拝啓」なんて書いちゃったから、堅苦しい書き方じゃなきゃ締まらなくなっちゃった。次からは普通に書くよ。


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雪が降って、地面に積もっていく。寂れた駅のホームに一歩踏み出すと、真っ白なところに足跡が刻まれた。
 改札口を抜けたところに人影がある。ボサボサな髪の毛に、お世辞にもいいとは言えない目付き。紺のダウンジャケットのポケットに手を突っ込んで、路線図を見上げている。どことなく魂が抜けたように見えるけど、その顔はよく知っているものだった。
「アキラ」
 声をかける。声に気付いてこっちに振り向いて……怪訝そうな顔をした。言いたいことは分かるけど、あえてそれを遮った。
「あけましておめでとう、アキラ。久し振りね」
「……ああ、久し振りだなユキ。あけましておめでとう」
 お互いの顔を見て、新年の挨拶をする。アキラ、何だか顔つきが変わった気がする。前はもっと表情豊かな奴だったのに。
「あいつらは? 一緒に来るって話だっただろ」
「私達のデートを邪魔したくない、だって。何か変な勘違いされてるみたい」
 両手を上げておどけてみせる。本当はみんなに遠慮されたんだけど、それは伝えなくてもいいよね。実際、アキラとは一対一で話したかったし。
 私の返事でそれ以上追及する気を無くしたらしく、何も言ってこなかった。無言で駅を出ていくアキラについていく。
「この辺りって静かだね。電車も私以外乗ってなかったよ」
「山奥だからな。爺さんや婆さんしかいないし、ここに来る変わり者も滅多にいない」
「今さりげなく変わり者扱いしたでしょ?」
 軽口を叩いても反応なし。前までなら軽く小突いたりされてたんだけどな。
 雪に埋もれた真っ白な景色。綺麗だと思う反面、どこか不気味にも思えた。ここに来る人はほとんどいない。知り合いもいないここで、無口になっちゃったアキラが過ごすところを想像する。まるで牢獄みたい。口を引き結んだ。

 無口になったアキラと二人きりで歩いていると、自然と会話が途切れちゃう。そんな中で思い出すのは、アキラがこうなるきっかけの事件だった。
 結構分かりやすい性格で弄られやすかったアキラは、私達のグループのリーダーのような存在だった。みんなに愛されて、ふざけあって、楽しく過ごすのが日課だった。あまりアクティブな方じゃない私は、アキラと軽口を叩き合って一緒に笑ってることが多かった。
 あれは去年の五月頃。体育祭が終わって、帰る最中のことだった。いつも通りに冗談を言い合って歩いていたら、アキラの肘が私の横腹にほんの少し当たった。何でもない、ただの事故だった。そこに真新しい傷跡があっただけで。
 思わず顔をしかめる。友達の異変に気付いたアキラに尋ねられて、言い逃れできなくなった。
 少し強引に裾をまくられた服の下には、沢山のアザが出来ていて。変色した胴体を見たときの、アキラの苦しそうな顔は忘れられない。
「大したことないよ。いつものことだし」
 そう言って笑ったら、怒られた。大したことないなんて言うなって。
 それから、アキラはいきなりどこかへ走っていった。追いかけて、追いかけて、着いた場所は私の家。
 私が察して止めに入ろうとしたのと、アキラが父さんを殴り飛ばしたのはほとんど同時だった。
 そこからのことは……慌ただしかったから、よく覚えてない。けど、騒ぎを聞き付けた人が通報して、うちの両親と一緒にアキラが捕まって。その事件の捜査中、私が虐待されてたことも明るみになった。
 父さんが飲んだくれてて、母さんはしょっちゅうヒステリーを起こしてた、心の休まらない 我が家。この環境からは逃げられない、変えられないと思ってた。そのせいで冷めた性格になって、何もやる気が起きなかった。

 それが、たった数時間で全部片付いた。
 アキラの不幸と引き換えに、私は幸せになった。

「お前、今幸せか?」
 まるで私の思考を読んだようなタイミングで聞かれて、目を見開く。顔を上げると、真剣な顔をしたアキラと目があった。
 そこでやっとアキラの目を見られて――ハッとした。
 すっかり変わっちゃったんだと思ってたけど、目は昔のお調子者で、どこまでも優しいアキラのままだった。
「……うん。アキラのお陰だよ」
 話しかけづらいと思ってたわだかまりが溶けていく。今なら、伝えたいことを素直に言える気がする。
「アキラ、ありがとう。助けてくれて」
 それから、ごめん。私の家のことにアキラを巻き込んで。手紙にも書いたけど、直接謝りたかったの。
 真摯な態度で気持ちを伝えたら、何故か苦い顔をされた。目を逸らして頭をかいてる。
「あー、そのことだけど。ユキは謝んなくていいからな」
 何で、と問い返す。だってアキラは私のせいで前科持ちになったのに。
「何でも何も、ユキの親がクズだったのと、そいつを俺が殴ったのは関係ないだろ。俺はムカついた奴に暴力を奮っただけ。確かにユキを助けられたけど、やり方がまずかった」
 俺が悪いのに、お前が謝るなよ。どうしたらいいか分かんなくなるだろ?
 昔みたいに軽い調子で言われて、頷いた。やっぱりアキラはアキラだった。お調子者でちょっと不器用だけど、誰よりも優しい奴。自分では否定するけど、お人好しな愛され役。
「俺、少年院でめちゃくちゃしごかれてさ、懲りたんだよ。思ったことをそのままやるんじゃなくて、まずは落ち着いて考えるようにしてたんだ。お前みたいに」
 私は何もかも諦めてただけなのに、こんな風に言ってくれる。本当にまぶしいくらいまっすぐな奴。
 正直みんながいなくて助かった、ユキは優しいから変に罪悪感持ってそうだと思ってたんだよ。訂正できてよかった、あいつらにはもう遠慮しなくていいって言っといてくれ。肩の荷が降りたように語り続けるアキラに、笑いながら相づちを打つ。
 せっかくこっちに来たんだから、一緒に初詣に行こうという話になって、二人で並んで歩く。さっきは寒々しいと感じた景色は、今なら純粋に綺麗だと思えた。
「ああ、言い忘れてた。ユキ、お前の今日の格好だけど」
 真顔で切り出され、首をかしげる。何か変なところあったのかな。今朝鏡を見たときにはおかしなところはなかったはず。
 いつも通りに長い髪を下ろして、支給された服を着てる。ベージュのコートと、新しく買った赤いマフラー。……特に変わったことはないよね?
「前みたいに古いのを着回してるんじゃないんだな。その方が似合ってる」
 にかっと昔のように笑ったアキラを肘で軽く小突いた。
 やっぱり私は、アキラには敵わない。

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