フィラル王国シリーズ

Rreipa!」
 呪文をとなえて、銀色の杖をむける。光かがやく魔方陣があらわれて、農家のひとの道具をつつみこんだ。何度もお仕事につかわれてすっかり刃が欠けていたクワが、カマが、ホントの姿をとりもどしていく。ピカピカになった道具をみて、持ち主のひとは目をかがやかせた。周りのみんなも、おおお、って感心してくれてる。
「凄い、これでまた仕事がはかどりますよ! 本当にありがとうございます、女王陛下!」
 嬉しそうに顔をほころばせて、お礼をいってくれた。魔法がひとの役にたつなら、いくらでもつかいたい。このひとたちを守るためなら、命だっておしくない。そうおもわせてくれる。だからあたしは、そんな気持ちをおしえてくれるみんなにとびきりの笑顔をみせた。
 パパがお空にいっちゃってから、一年ぐらいたったわ。そのときまだ十二歳のあたしがこのフィラル王国をせおうことになって、正直不安だった。政治なんてわからなかったし、パパがいなくなったことでかなりコンランしてた。
「ミルカちゃん、あまり無茶すんなよ。魔法は体力を使うんだろ?」
 そんなあたしを支えてくれたのがロディなの。執事としてじゃなくて、家族として接してくれた大切なひと。今はちゃんとあたしの執事として、仕事のやりかたをおしえてくれる。話しかたは前とかわらないけどね。
「だいじょうぶ、ロディ。あたしはフィラル王家の魔法使いなのよ? これぐらいじゃへこたれないわ」
「貴女がそうやって調子に乗るから言っているのですよ。少しは自重なさい」
 胸をはってジマンしたら、あたしの執事のディーノがため息まじりに文句をいってきた。ロディのお兄ちゃんで、どんな仕事もカンペキにこなせるすごいひと。政治なんてさっぱりわからないあたしのかわりに仕事をしてくれるのはありがたいけど、口をひらけば皮肉がとびだすところがざんねんなのよね。最近は性格も少しはよくなったし、たまに笑顔もみせてくれるようになったんだから、もう少し優しくなったらもっとかっこよくなるのに。何だかムカムカしたから、いじわるなディーノに思いっきりあかんべーをしてみた。
「ちょーしにのってなんかいないもん! 魔法はみんなのものでしょ。みんなのためにつかって何がわるいの?」
 あたしの宣言に、国民のみんなが拍手をおくってくれた。ほんの少しだけ、胸がいたくなる。ホントは、ちょっとだけウソついてるの。魔法をつかうのは、あたしのためでもあるの。けど、みんなにはいえない。女王様は、みんなに心配かけちゃいけないもの。
「あたしはみんなの女王様よ。だからみんなとはたすけあっていかなきゃ。国は国民のみんながいなきゃなりたたないものね!」
 だからあたしは、できるかぎり自然な笑顔でいいきった。
 みんなうれしそう。あたしにありがとうっていってくれる。その言葉が、少しだけあたしを安心させてくれる。心の中から暗いもやもやがでてきそうになる。おもいだしたくなくて、心にあわててフタをした。
「それで万事が上手くいくなら良いのですが……」
 ディーノは、そんなあたしの心をみすかしているみたいにつぶやいた。もう一人の執事がこわばった顔であたしの手をとってひっぱっていく。ちょっと、どこいくの? きいてみても返事してくれない。人気のないところにきて、ようやく手をはなしてくれたわ。
「強引に連れ出してごめん。誰にも聞かれたくなかったから」
 手を顔のまえであわせてあやまってくれた。けど、ロディのしたいことがさっぱりわかんない。いきなりこんなところにつれだして、一体何なの?
 ロディがあたしの肩を軽くつかんで、かがんだ。同じ高さで目があう。若葉みたいにキレイな瞳。真っ黒な髪が瞳のかがやきをひきたててるみたいだから、ロディの目をみつめるのはだいすき。けど、今はちょっとちがう。なんか、怖い。いつもはわらってるのに、どうしておこってるの? きいてみたいけど、言葉がでない。少しだけためらって、ロディは一言あたしにたずねた。

「ミルカちゃんさ。何か、隠しごとしてない?」

 時間がとまったみたいだった。息をすることも、体をうごかすこともできなかった。なんで? あたし、バレないように全部もやしたのに。きづかれないようにしてたのに。なんでしってるの?
「……なんのこと?」
 がんばっていつもと同じふりをする。ホントはあせってるけど、ロディがなんのことをいってるかわからないもの。この質問はおかしくない。そうでしょ?
「いや……何でもない。ごめんね、俺の勘違いだったみたい」
 けど、ため息まじりにかえってきた答えはあたしの予想とは正反対だった。もっと色々きかれるかとおもったんだけど……。正直、ちょっと安心したわ。あたしの悩みは、絶対に他のひとにははなせないから。
「ミルカちゃん。何か困ったことがあったら、遠慮せず言ってくれよ。俺達はお嬢さんを護るのが仕事、なんだからな」
 そんなあたしの思いもしらないで、ロディはあたしに手をさしのべてくれる。あたしが何でなやんでるかしらないから、そんなことがいえるのよ。あたしはあなたたち兄弟執事にずっとそばにいてほしいの。あんなことしられたら、絶対きらわれる。こわがられる。それだけはいや! だからなやんでることはいえないの。
 ロディにつられて国民のみんなのところにもどると、一人のおばさんが声をかけてくれた。もうすぐお昼だから、あたしにご飯を食べさせてくれるんだって。本当はことわっちゃいたいけど、何度もみんなにご飯を食べさせてもらってたから、今回急にことわったら変よね。みんながどんな生活してて、国主に何をのぞんでるのかしるためにはじめたことだけど……こんなことでこまるようになるなんて。今度からはもう少し色んなことをかんがえるようにしなきゃ。
 結局おばさんの家におよばれして、ご飯をいただくことになったわ。何となくおちつかなくて、家のなかをキョロキョロみまわしてみる。レンガとねんどをかためてつくった、この国ではよくみる普通のお家。キレイに整理されてて、花びんにはお花がさしてある。少し屋根裏がさわがしいけど、ネズミさんがいるっておばさんがいってたからきっとそうね。
「汚くてごめんなさいね。王宮とは違ってボロだから……」
 ご飯をつくりながら、おばさんがふくよかなお顔をへにゃり、とまげてあやまってきたわ。あたしは顔の前で手をふってみせた。だってそんなことカケラもおもってなかったもの、ビックリしちゃった。
「あたしはみんなといっしょにいたいからこうしてるのよ? それに、とってもステキなお家だと思うわ。王宮の外ですめるならここにすんでみたいくらい」
 そういうと、とっても嬉しそうな顔をしてくれた。ディーノが料理の味付けをおしえてもらって、ロディはあたしの銀色の食器をふいてくれてる。すぐにご飯ができあがったから、この国の家庭料理をたのしませてもらったわ。一つひとつの食材の美味しさがいかされてて、いくらでもたべられそう。王宮でもだしてほしいくらいよ。
「それにしても、女王陛下は凄いですねぇ。魔法で何でもできちゃうんでしょう?」
 ご飯の最中におはなししてたら、いつの間にか魔法のはなしになってたわ。何でかわからないけど、みんな魔法が何でもできるっておもってるわよね。何でかしら? 魔法って、ホントは結構不便なのに。
「何でもできるわけじゃないわ。四つだけ、ぜったいに守らなきゃいけないオキテがあるの」
 スープを飲んで、おばさんの勘違いに答えたわ。何だかディーノにすっごくにらまれてるけど、四ヶ条をおしえるぐらいは大丈夫でしょう? だから無視してはなしつづけたわ。
 四ヶ条その一、時間をあやつることはできない。何度かものを新品みたいになおしたりしてるけど、あれは時間をもどしてるんじゃなくて新品の頃と同じ形にしてるだけなの。だから、元のパーツがなくなっちゃったときや代わりになる素材がみつからなかったときはなおせないのよ。
 その二、命をよみがえらせたり、のばしたりすることはできない。魔法をつかっても命に手をだすことはできないの。魔法のつかいかたによっては命をうばうことはできるけど……そんなこと絶対しないもん!
 その三、自分のもってる魔力を限界を超えてつかってはならない。魔力はあたし達魔法使いにとって、いきるために大切な力なの。だから、これをやぶったらしんじゃうのよ。パパはこれをやぶったせいでいなくなっちゃった。けど、大きな災害から国民をまもるために命をかけて魔法をつかった……そんなパパを誇りにおもうわ。
 そしてその四、憎しみで魔法をつかってはならない。元々魔法使いは、フィラル王家の他にもたくさんいたの。けど、戦争に魔法をつかったり魔法の力をあらそったりしたから、あたし達以外みんないなくなっちゃった。だからあたしは魔法使いの最後の一人として、魔法を争いにつかわないように気を付けなきゃいけないのよ。
 全部説明しおえて、ふぅと息をつく。おばさんが感心して、あたしにおかわりをもってきてくれたわ。
「そうでしたか……大変ですね。魔法を使うのは命懸け。しかも、そこまでしても命を蘇らせることはできないなんて」
 ――最も、そっちの方が好都合だがな。
 おかわりを机におくときに、低い声があたしの耳にとどいた。男のひとの声だった。ぞっとしてとびのく。おかわりのスープがひっくりかえっちゃったけど、そんなことを気にする余裕はなかった。
「ど、どうしたの、ミルカちゃん?」
「行儀が悪いですよ。一国の主として相応しい態度を取りなさい」
 ビックリして声をあげたロディと、眉毛の間のシワをふかくしたディーノ。あたしは胸がドキドキしてそれどころじゃなかったわ。イヤな汗が顔や背中をつたっていく。二人には、今のがきこえてなかったのかしら?
「も、申し訳ありません。何かお気に召さないことをしてしまいましたか?」
 おばさんは何もおきなかったみたいに慌ててる。まぁ、今となっては『おばさん』かどうかもあやしいけど……。今日は暖かかったはずなのに、体がどんどん寒くなっていく。ガタガタ震えてとまらないわ。ロディ、ディーノ、たすけて。おねがいだからきづいて!
「こ、こっちこそごめんなさい。虫さんがスープに入っちゃったからビックリして……」
「まぁ! 気付かなくてごめんなさい。今新しくつけ直しますね」
 しどろもどろで言い訳したら、テーブルをふいてスープをつけなおしてくれたわ。けど、正直もうたべたくない。お腹がかきまぜられてるみたいで気持ちわるい。くらくらする。
「ええっと、もうお腹いっぱいなの。ちょっと食べすぎちゃったみたいで、気持ちわるくなっちゃって」
 がんばって頭をフル回転させる。普段あたしがたべる量をしってる二人は怪しんでるみたいだけど、ここからにげだせるならどうおもわれたっていいわ。このふくよかなおばさんの正体がわからない今、ここにいたら危ないだけだもん。
「そうでしたか。大丈夫ですか? 少しここで休んでいった方が良いのでは……」
 得体のしれない化け物の手がのびる。あたしにどんどん近づいてくる。やだ、怖いよ。ちかづかないで、たすけて、たすけて。
「さわらないで!」
 ぱしり。手をはらいのける。はっと我にかえると、みんなの視線があたしにそそがれてた。やっちゃった。これじゃ、女王様のあたしが国民に怖がったみたいじゃない。嫌われる、どうしよう、どうしよう。
「あ、あ……ご、ごめんなさ、」
 慌ててたちあがったら、イスがたおれちゃった。目がちかちかする。体がうまくうごかない。頭がまっしろになる。世界がかたむいて、まっくらになった。
「――? ――!」
「――!」
 ロディとディーノの声がきこえる。なあに、何ていってるの? もっとはっきりいってよ。はやくここからにげようよ。
 そんな文句をいうこともできないまま、あたしは暗いところにとりこまれていった。


 ああ、あたたかい。何だか、ふわふわ浮いてるみたい。もこもこの雲にのってるみたい。ここはどこ? 周りはまっくら、何にもない。体をうごかそうとしたけど、うごけない。あたし、どうしちゃったの?
 いきなりおでこに冷たいものをのせられた。夢からホントの世界にひっぱりだされて、目をあける。見なれた部屋と、イスにすわったディーノが目にとびこんできた。ここ、あたしの部屋ね。雲みたいだっておもったのはあたしのベッドで、まっくらだったのは目をつむってたからみたい。おでこの冷たいのは、ディーノがのせてくれたぬれタオルだったんだわ。
「やっと起きましたか……具合はどうです? 全く、己の体調管理ぐらいはしっかりしなさい」
 あたしをのぞきこんでくる。ため息つかないでよ、大体そういうことは執事の仕事でしょ? いいかえそうとして口をひらいたけど、何もいえなかった。

「貴女がいきなり倒れて……我々が、どれほど心配したとお思いですか?」

 だって、普段は何をかんがえてるのかわからないディーノから、こんな言葉がとびだすなんておもわなかったもの。そうだよね……心配、してくれてたんだ。前からずっと、かわらずに。あたし、悪いことしちゃったな……。
「ごめんなさい……」
「分かれば良いのです。それより、一つ気になることが」
 あやまったあたしに軽くうなづいてみせて、さらに怖い顔をした。怒った顔のディーノは逃げ出したくなりそうなぐらい怖い。すきとおった海の底みたいにふかい青色の目が、「全部しってるんだぞ」っていってる気がする。黒い髪の毛と右目につけたレンズ――えっと、片メガネって名前だっけ――が、するどい目線をさらに怖くしてる。
「女王陛下の意識が無くなっていた間、誠に勝手ながら医師の診察を受けて頂きました。今回の事態、考えられる原因はただ一つ――心身の疲弊、だそうです」
 つまり、心理的に過度に追い詰められたが故の発症ということです。
 何ていってるのかよくわからなかったけど、なやみすぎてたおれちゃったってことかな? 確かにそうなんだけど、ディーノにはバレたくなかったなぁ。このひと結構心配性だし、おこるとすごく怖いし……。
「さて、女王陛下。一体何を思い詰めておられたのです? また倒れる前に、正直に吐きなさい」
 地面をゆさぶるような低い声で、何人か大ケガさせてそうな鋭い目付きで、といかけてきた。怖いよ、ディーノ……ディーノのだす空気が重すぎて部屋の中が息ぐるしいよ。どれだけにらまれたって、うちあけるつもりはないけど。それでもそんな怖い顔するのはやめてよ。
「――やだ」
 目をそらして反抗する。執事があたしの肩をつかんできた。力が強くてちょっと痛い、これかなりおこってるよ……。普段はあたしにふれようともしないんだもの。
「隠し事はよくありません」
「何もかくしてないもん」
「女王陛下、いい加減に」
「はいストップ。ストレスで倒れた病人にさらに重圧かけてどうすんだよ」
 といつめる声が大きくなりかけたところを、かえってきたロディがとめてくれたわ。不機嫌そうなお兄ちゃんをよそに、麻の買い物袋からリンゴやイチゴをだしてあたしにみせた。
「ミルカちゃん、苺が好きだろ? さっきそんなにご飯を食べてなかったし、体調が良くなったらお腹が空くかと思って買ってきた。食べるかい?」
 食べ物をさしだされて、ほんの少しだけ頭がくらっとした。さっきのことをおもいだしたせいかしら。あのおばさんのことは、できればしばらくかんがえたくないわね。
「ごめんなさい、まだたべれそうにないの」
 そっか。食べたくなったら言うんだぞ? とイチゴをひっこめる。気をつかってくれたのにごめんね、ロディ。イチゴは後でたべるから。
 心の中であやまったあたしに、イチゴの代わりのものがわたされた。かんがえられる限り、サイアクのおくりものがね。みたとたんに、あたしのおなかの中のものがのどまであがってくるぐらいイヤなものよ。
「あとこれ、渡しておくよ。こればっかりは俺らじゃ処理出来ないからな」
 そう、ロディは悪くないわ。しかめっ面でこっちをにらんできてるディーノも悪くない。気分が悪いのは、多分あたし自身のせい。あたしが魔法使いだから、フィラル王国の女王様だからいけないの。このおくりもの――毎日となりの国々からとどく手紙は、それをおしえてくれたわ。
「――そう、ね。ありがとう」
 ホントはさわるのもイヤ。今すぐにもやしてしまいたいわ。けどそれはゆるされないことだから、平気な顔してうけとった。こんなことしてたら、いつかバレちゃうかな? バレてなければいいんだけど。こんなことがバレたら、二人に嫌われちゃうもの。
「さて、俺はちょっとヤボ用があるからもう行くぞ。兄貴はどうするんだ?」
 少しの間目をほそめてあたしの顔をみてたけど、まばたきするぐらいの時間で元にもどってたわ。実のお兄ちゃんにはなしかける。声をかけられたほうは不機嫌そうな顔をくずさず首をふった。
「こんな状態の女王様を一人にしてはおけないでしょう。私はまだここにいますよ」
 多分ディーノは、あたしに気をつかってくれてる。あたしはついさっきたおれちゃったんだから当然なのかな? けど、できればしばらくはなれてほしいわね。そばにいられたらこの手紙をもやせないもの。国からとどいた手紙をもやしてるなんてしったら、ディーノにおこられちゃう。
「あたしは大丈夫よ、ディーノ。少しだけ一人になりたいの。だめ?」
 それっぽくおねがいしてみる。たのんだ相手は、珍しくとまどっていたわ。眉毛のはじをさげて、色んなところに目をむける。何か、なやんでるみたい。しばらくかんがえて、執事はあたしにむきなおった。
「分かりました。何かあったらすぐに私を呼びなさい。宜しいですね」
「うん、約束する」
 もう手紙っていう『何か』があるんだけど、それは二人にはひみつ。あたしにできることは、何事もなかったかのように執事たちをみおくるだけだものね。
 二人が部屋からでていって、ばたんと扉がしまる。足音がきこえなくなってから、手紙をもってこっそりベッドからぬけだした。ホントはだめだってわかってる。他の国からとどいた手紙をもやすなんて、国同士の信用にかかわるもの。……まぁ、こんな手紙がとどきはじめたときから、あたしは他の国を信用なんてしてないけどね。だんろの前にたつ。もやす前に、ちゃんと手紙の中をよまなきゃいけないのよね。もし政治についての手紙がまざってたら、それこそ国際問題になっちゃうもの。封筒の口をとめるロウをはがす。手紙の中身を全部とりだして、大きく深呼吸したわ。心のじゅんびができたところで、ゆっくり便せんをひらく。

「死んでくださいませんか?」
「父親は魔法で死んだそうですね。原因は貴女ではないのですか?」
「貴女の存在自体が迷惑なのです」
「魔法使いは絶滅したはずでしょう?」
「国ごと消えて頂ければ、我々は枕を高くして眠れるようになるのです」
「化け物退治は早くしてしまった方が良いと思うのです。そうは思いませんか、化け物様?」

 ざっとこんなかんじね。こういう内容が、びっしりとかいてある。いつもどおりよ。手紙をよむたびに胸がきりきりしめつけられるのも、一週間に一度はこんな手紙がくるのも、それを毎回もやすのもいつもどおり。何もないところで右手をあげる。少しだけねんじたら、光があつまってきて銀色の杖がでてくる。手紙を全部だんろになげこんで、杖の先をむけたわ。
「Feir!」
 火をおこす呪文をとなえる。手紙の下に光でかかれた魔方陣があらわれる。魔方陣が強くひかると、手紙に黄色の火がついた。あたしの髪と同じ色の炎が、手紙を少しずつなかったことにしてくれる。何だか泣きそうになって、右手の杖をみつめた。まるい杖の持ち手に、黄色の髪と明るい青の瞳の女の子がうつる。その子は泣きそうな顔で、あたしのことをじっとみつめていたわ。
 一回だけ、手紙をおくりかえしたことがあるの。どうしてそんなこというんですか、って。こんなことしたって何にもならないのに。そうしたら、手紙の返事がとどいたわ。そこにちゃんと理由がかかれてた。他の国にとっては、魔法使いはおそろしい化け物なんだって。昔の魔法使いさんたちは、魔法でたくさんのものをこわしていった。普通の人じゃたちむかうこともできない魔法を、いとも簡単にあやつる魔法使い。あたしたちフィラル王家がそんなことしてなくても関係ない、全ては魔法が、魔法使いがこの世界にいることが悪いんだって。
 正直、くやしかった。フィラル王家は、魔法を悪いことにつかったりしないもん。昔の魔法使いさんたちがしてきた悪いことをくりかえさないように、ご先祖さまが四ヶ条をつくってくれた。あたしたちはそれをまもってきたわ。それなのに、そういうことは全部無視されて、全て魔法が悪いんだっていじめられる。あたしたちフィラル王家の魔法使いがまもってきたオキテも、誇りも、全部なかったことにされて。わかってほしかった。魔法使いは悪くないって、魔法はみんなにみとめられてるんだって、おもいたかった。ショウメイしたかった。だからあたしは、時々町にでて魔法で人助けすることにしたの。魔法はみんなのもの、そういいつづけることで国民のみんなにみとめてほしかった。いい女王様だ、魔法はいいものだっていってほしかった。どうしてこんなことをするのか、たずねられてもこたえられなかった。だってこの手紙のことがしられたら、きらわれちゃう。もしあたしが悪い魔法使いだとおもわれたら、もし怖がられたら。国民のみんなは、特にディーノとロディは、あたしにとって大事なひとたちだから。だから余計に、手紙のことはいえなかった……いうのがどうしようもなく怖かったの。
 誰かが扉をノックする。もう手紙はほとんど燃えちゃったけど、今入られたら何してたのかバレちゃうかもしれないわね。
「だれ? 今は入らないでくれない?」
 きちんとおっきな声でいったんだけど、構わずドアをあけてきたわ。誰かしら、レディの部屋に許可なくはいるなんて失礼ね。
「ちょっと! 今は入らないでって――」
 いったでしょ、といおうとして頭がまっしろになった。部屋にはいってきたのは、さっきお昼をつくってくれたおばさんだったわ。しかも右手には、おっきなナイフがにぎられてる。人のよさそうな顔をほころばせて、あたしにちかづいてきた。息がうまくできない。声もでなくて、体ががくがくふるえはじめてる。どうして。何でこんなところにいるの。こないでよ。
「女王様、お昼はごめんなさいね。独り言が聞こえちゃったんでしょう? お詫びに、いいことして差し上げますよ」
 ナイフを片手にすることなんて、絶対危ないにきまってるわ。急いでディーノをよばなきゃ。わかってるのに、声がでない。胸がお昼のときよりもバクバクいってる。イヤな汗が背中をつたってく。
「今だから明かしますけどね。私は――いや、おれはとある国のお偉いさんに雇われた殺し屋なんだ。魔法を使う化け物のあんたが目障りなんだとさ。悪く思うなよ、お嬢ちゃん」
 話し方がかわって、あのとき聞いた男のひとの声になる。じりじりとにじりよってくる殺し屋さん。にげなきゃいけないのに、足がうごかない。力がはいらない。あたしの気持ちにさからって、体はその場にすわりこんだ。あたし、ころされちゃうの? 何で。何でころされなきゃいけないの? あたし、そんなにわるい子だった? わるい女王様だった? パパにこの国をまかされてから必死にがんばったのに、何がいけなかったの? あたしがしんだら、この国はどうなっちゃうの? やだ。しにたくないよ。ころされたくないよ。いたいのはいや。ディーノとロディにおわかれしたくないよ。もっといっぱいおはなししたかったよ。もっと笑いあいたかったよ。もっと、楽しいこと、いっしょにしたかったのに。色んな気持ちがからまってく。毛糸をからませたみたいに、怖い気持ちもおおきくなってく。いつの間にか、顔は涙でぐちゃぐちゃになってた。
「た、すけ……」
 のどがかわいて、はりついてる。たすけてっていったのに、言葉は少しもとんでいかずにその場におちる。殺し屋さんがナイフをふりあげる。いたいのをかくごして、あたしは目をつぶった。右手の杖をぎゅ、ってにぎる。
「死ね!」
 ナイフが空気をきる音がした。なのに、ちっともいたくない。カキン、って音がしただけ。ゆっくり目をひらいてみると、あたしのすわってる床でみなれた魔方陣がひかってた。顔をあげてみたら、ボールを半分にしたみたいな形のとうめいなまくがあたしのまわりをおおってる。うそ、何で? あたし、魔法はつかってなかったのに。殺し屋さんもびっくりしてる。
「なっ……何だ、これ!」
「それはこちらの台詞ですよ」
 冷たくて低い声がきこえる。殺し屋さんがふりかえるのと同時に、ドアがばたん、ってたおれてきた。その向こう側にいたのは、今この状況ではすごく頼りになるひと。
「ディーノ!」
「やれやれ……そんな低俗な輩の侵入を許す女王様も女王様ですが、ほぼ丸腰でこの王宮に乗り込んだ賊も賊ですね。ここまで知能が低いと、怒りを通り越していっそ哀れに思えてきますよ」
 たおれたドアに左足をのせて、右手にレイピアをかまえて。久しぶりにきいたようしゃない毒舌に、思わずふきだして涙がひっこんじゃった。だって状況としてはディーノは正義のヒーローなのに、だしてるオーラや顔は悪役そのものなんだもの。執事っていうより、魔王ってかんじ。元々の顔が怖いから、悪役のほうがにあっちゃうのよね。そのせいでほら、さっきまで笑ってた殺し屋さんが怖がってふるえてる。まぁ、本気モードのディーノにかなうひとなんてほとんどいないからしかたないかしらね。
 殺し屋さんがまどのほうににげようとして、急にたちどまった。何でだろうとおもったら、すぐあとにもう一人の助っ人がガラスをわってとびこんできたわ。床にひざをついた彼は、軽くガラスの破片を払ってたちあがる。
「あんたか……ミルカちゃんの命を狙ってる馬鹿ってのは。人の命奪おうとしてんだ、それ相応の覚悟はできてるんだろうな?」
 ガラスをわるときにつかったみおぼえのあるクワを肩にかついで、ロディはみたことがないような怖い顔で殺し屋さんの前にたっていたわ。……この状況で気にすることじゃないかもしれないけど、どうやってここまできたのかしら? ここ三階よ? 外にはバルコニーとかざられてる国旗しかなかったはずだけど。
 ロディがうごいた。いきなりはしりだして、殺し屋さんのお腹にこぶしを一発いれたわ。うめいて体をくの字にまげる殺し屋さん。スキができたところで、いつの間にかそばにきてたディーノと全く同じ動きでうしろから足をはらった。相手があおむけにたおれこんだところで、ロディがひざをふみつける。一方ディーノは殺し屋さんの髪の毛をつかんで、くびすじにレイピアをそえた。ロディも足首にクワをそえる。あたしは武術とかはわからないけど、それでも思わずみとれちゃうくらい鮮やかな動きだったわ。兄弟の息がぴったりあってて、戦いというよりは『舞い』ってかんじね。
「さて、落ち着いたところで……残念ながら、先ほどは席を外しておりまして。申し訳ありませんが、今一度教えて下さいませんか? ……貴方が、我らの女王様に対して何と仰ったのかを」
「返答次第でてめえの運命が決まると思え。二度とその口開けねえように喉笛潰すか、それとも二度と来れねえように足首切り落としてやろうか? なんなら、もっと苦しめてやってもいいんだぞ」
 殺し屋さんが青い顔で息をのむ。この二人、少しコーフンしすぎじゃないかしら。悪魔みたいな顔してるわ。大切なひとたちのこんな顔、みたくない。いくらあたしのために怒ってるんだとしても、ちっとも嬉しくないわ。
「ディーノ、ロディ。おちついて」
 声をかけてもこたえてくれない。息があれてて、全く冷静じゃないわね。
「何を仰いますか、女王陛下。この暴漢は貴女を殺そうとしたのですよ?」
「殺し屋ってのはミルカちゃんを殺して金を貰う仕事なんだぞ? 仕返しに何されても文句言えねえよ!」
 あたしの方をふりむきもしないでわめきちらす。そう……執事はあるじの命令にしたがうものだとおもってたけど、今の二人にはあたしの声はとどかないみたいね。悲しいけど、ホントはこんなことしたくないけど、こうするしかないみたい。たちあがって、杖をにぎる。いっしょくそくはつ? の状態の三人に杖をむけて、口をひらいた。
「Spto!」
 となえたのは、静止の呪文。三人の動きを強引にとめたの。こうでもしなきゃ、今にも殺し屋さんがいためつけられそうだったんだもの。ディーノとロディも、これで少し反省しなさい!
「Adn Meatnailpu!」
 静止の呪文の効果はけさずに、新しい呪文をとなえる。ホントはこの呪文はつかいたくなかったわ。これは使い方によっては、ひとの気持ちをふみにじるかもしれないおそろしい呪文だから。ごめんなさい、ご先祖さま。今回だけはつかうのをゆるして。
 魔法にかかった三人の体がびくりとうごく。だまって杖を横にふると、執事二人がたちあがって武器を床においたわ。これがこの魔法の効果――操りの呪文のおそろしさよ。魔法をかけられたひとは、自分の気持ちにかんけいなくあやつられることになる。つかいかたしだいでは、限りなくひとを傷つけてしまう魔法なの。その気になれば、ひとをころせてしまう魔法……魔法使いは、つかいかたをよくかんがえなきゃいけないわ。執事二人にその場でたたせておいて、殺し屋さんに拘束の呪文をとなえる。縄でぐるぐるまきにされたのをみとどけてから、執事たちにむきなおった。
「あんなことしちゃだめ。それじゃ、二人も殺し屋さんと同じことしたことになっちゃうでしょ」
 同時にはっと息をのむ。やっとおちついてくれたみたいね。いくら理由があったとしても、他のひとをきずつけたらだめよ。もう、大切にしてくれてるのはわかるけど、もう少し冷静でいてよね。
 さて、次は殺し屋さんとお話しなきゃ。目の前にしゃがんで目をあわせたら、わかりやすく目がおよいでたわ。……縄でつかまえる前に、変装をとかせたほうがよかったかしら。なかみが男のひとだってわかってると、見た目がおばさんなぶん変なひとにみえるわね……。
「殺し屋さん。あなたにころされそうになって、すっごくこわかったわ。けど、あたしはあなたに仕返ししない。何でかわかる?」
 一応きいてみたけど、口がふさがれてるから返事がかえってくるわけないか。勝手にわかってないってことにしておいて、続きをはなしはじめたわ。
「あたしには、四ヶ条があるから。とくによっつめ……『憎しみで魔法をつかってはならない』っていうオキテがあるからよ。これは魔法だけじゃなくて、ぜんぶにいえること。いくらいやだったからって、相手におなじことはしちゃだめなの」
 そこまではなして、少しだけどうしようかまよったわ。殺し屋さんのことは、正直すごく怒ってる。ホントに怖かったし、そうカンタンにゆるせるものじゃないわ。けどあたしは、あえてにっこりわらってみせた。あたしができるかぎり、最高のほほえみをうかべる。この殺し屋さんは、あたしをにくんでるひと自身じゃない。それなら、あたしをころしたいとおもったひとにもとどくような、最高の魔法の言葉を送らなきゃね。
「あなたを、ゆるしたげる。そのかわり、やとい主さん、っていうんだっけ? そのひとにつたえておいてくれない?」
 ――あたしの魔法は、大抵のことならできるから……次また同じことしたら、色んな意味でただじゃおかない、ってね。
 笑顔でいったのに、相手の顔はみてわかるぐらい青ざめていった。もう、ひとの笑顔みて青ざめるなんて。失礼しちゃう。……けど、そんな反応もしょうがないのかな。だってあたしは、魔法使いなんだもん。多分あたしがその気になれば、ホントに国のひとつやふたつはほろぼせちゃうと思う。六才ぐらいのころからキンキューヒナンのためにつかってる瞬間移動の呪文も、ホントはそんなに軽々とつかえるものじゃないんだって。っていうか、ふつうはレベルが高すぎてつかえないんだって。フィラル王家の歴史をみても、かつていきてた魔法使いさんたちよりも、強い力をもってうまれてきたあたし。こんな強い力をもってたら、化け物あつかいされてもしょうがないのかもね……。
「Claenc」
 拘束以外のぜんぶの魔法をとりけして、うごけるようにする。侍女さんにたのんで殺し屋さんを賞金首狩りのギルドにつれていってもらって、魔法で窓とドアを直したら、さっきまでのことがウソみたいに静かになったわ。

 そのあと、あたしたちはいろんなことをはなしたの。殺し屋さんにとじこめられてた本物のおばさんが、あの家の屋根裏から無事にたすけられたこと。ディーノとロディは、手紙のことをしってたこと。あたしがなかなかつらいことをはきださないから、ずっともどかしくおもってたらしいこと。今回すごく怒ってたのは、あたしをヒキョウなやりかたで苦しめた上に関係ない国民もまきこんできたからだってこと。あたしがおそわれたときにでてきたバリアは、ホントに優秀な魔法使いしかつかえないものだったこと。あたしは無意識につかった魔法で、執事の二人をよんでたってこと。あたしが朝クワをなおしてあげた農家のおじさんはあたしが危ないってしって、武器としてつかうためにロディにクワをたくしてくれたこと。ロディはバルコニーの間をとびうつって、おじさんのクワを片手にたすけにきてくれたこと。

 そして――あたしは、国民のみんなにあいされてるってこと。魔法使いだろうが関係ない、むしろ魔法使いのあたしが女王様だってことに誇りをもってくれてること。

「そっか……あたし、かんがえすぎ、だったね」
 今まで、手紙がくるたびに心におもしをのせられたみたいになってたから……ホントにうれしいわ。気持ちがどんどんかるくなってく。あたし、何でもっと早く二人に相談しなかったんだろ。そしたら、こんなに苦しまなくてすんだのに。
「以前にも言いましたが……フィラル王国の女王として誇りを持ちなさい。貴女は最高の女王様ですよ」
「また手紙が来るかもしれないけどな、その時は一緒に笑い飛ばしてやろうぜ! どうせ暇人が送ってきてるんだ、暇つぶしにするぐらいが一番いいって」
 完璧主義の毒舌家は、あたしの背中をささえて「大丈夫」っていってくれる。
 フェミニストな熱血漢は、あたしの手をひっぱって「先にすすもう」っていってくれる。

 二人の執事に見守られて――あたしの悩みは、魔法みたいにきえていった。

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