SS
金色の救難信号
「ねェねェ。アンタの目、ちょーだい」
異世界人を新たな住人として迎え二週間が経った平日の昼下がり、居間で読書中の出来事だった。
珍しく鉄進のそばに寄ってきたアドハムが冒頭の台詞を吐いた。
先ほどから遠目に見られている気配は感じていたが……「お菓子一口頂戴」と同じ調子で言うことじゃないだろ。それともこいつの世界では当たり前のように目の取り外しが出来るのか?
麻績が読んでいる漫画の登場人物がそのまま飛び出してきたような現実離れした外見を見ていると、そんな馬鹿げた妄想が浮かんでくる。
しかしその妄想が仮に事実だとしても、鉄進の目は簡単に取り外し出来ないわけで。
「……断る」
「アハッ。ジョーダン」
あっさりと発言を撤回され、身構えていた鉄進は拍子抜けした。一連の発言をした張本人は、整った顔にニヤニヤという表現が実にしっくりとくる他人を小ばかにした笑みを貼りつけている。
この二週間一緒に生活してわかったのは、アドハムという男は他人が動揺する姿を見るのが好きだということ。そして鉄進を嫌っているということだ。
そもそも出会いがよくなかった。それに加えて麻績に対する思わせぶりな言動、あれを見せられたら……いや、今そのことを思い出すのはやめよう、また腹が立ってくる。感情を荒立てたらこいつの思うつぼだ。
鉄進は視線を再び手元に落とす。「つまンなァい」という文句が聞こえてきたが無視した。
そのまま離れていくかと思いきや、向かいの椅子を引く音がして、濃い花の香りが鼻腔をくすぐった。身を乗り出して鉄進の顔を覗いているらしい。視界の端で色違いの青と橙色の瞳が不思議な光を放っているのが見えて、否が応でも引きつけられる。
自分の方がよほど綺麗な目をしているくせに、何故こいつはこの平凡な目に食いつくんだ?
少しだけ目の前の男に興味が湧いた。それと同時に麻績が住人同士(主に鉄進とレン、アドハム)の不仲を気にしていたことを思い出す。
麻績は勘違いしているが、一方的に嫌われているだけで決してこちらが二人を嫌っているわけではない。特別好きでもないし頑張って好かれたいとも思っていないが。喧嘩の原因だって全部向こうにある。だから歩み寄るべきなのはこいつや瀬木弟の方なのだ。
とはいえここは麻績の顔を立てると思って、鉄進から少し歩み寄ってみることにした。
「何故欲しがる」
「エ?」
「私の目が欲しいと言っただろう」
「あァ。そのコト」
一瞬目を丸くしたアドハムだが、質問の意図を理解すると椅子に腰を深く掛け直した。長い髪を指に巻き付けながら斜め下を見て、何やら思案顔だ。
特に急かす理由もないので鉄進はただその様子を眺めている。よく手入れのされた躑躅色の長髪。同じ色の長いまつ毛に縁どられたつり目。筋の通った高い鼻。厚く柔らかそうな唇。ほっそりとした顎の線。小麦色の艶やかな肌。
見れば見るほど美しい男だと思った。美醜感覚に疎い自分ですら自然とそう思うのだから、世間的に見れば相当優れた部類に入るに違いない、と。
もっとも、鉄進の中で『世界一可愛い』の座が揺らぐことはないのだが。
「ボクの世界のカミサマは金色が好きなンだヨ」
アドハムは指に髪を絡めたまま頬杖をつくと、反対の手の指で右頬を二回叩いた。鉄進の金色の目のことを指しているらしい。
しかし、鉄進が求めているのはアドハムが目を欲しがる理由だ。神が金色好きだと何故アドハムが金色の目を欲しがるのか? 繋がりがわからない。
「回答になっていない」
「生まれつき金色を持ってるのはカミサマに愛されてるショーコなンだって。皆信じてるヨ」
つまり先天性の金色は幸運の象徴だから羨ましがったということか? 残念ながらこの世界には金色好きの神はいないようだから意味がないな。それに、だ。
「その理論ならば私の目を奪ったところで何の意味もないだろう」
奪って目の色が変わるわけでもないし、万が一変わったところで先天性の金色とは言えないのだから。
鉄進がそう指摘すると、目の前の男は一瞬視線を下に逸らしてから両肩をすくめた。指に絡めた髪が解けていく。
「そーだネ。でも、貴族の間ではそーいうパーツが高値で取引されてるらしーヨ。生きてる人間を丸ごと買うヤツもいるみたい」
どこの世界にも狂った趣味の金持ちはいるらしい。
左目の古傷が痛んで、前髪の下の頬が引きつった。
「悪趣味だな」
「アハ、ホントにネ」
反射的に出た本音に同意の言葉が返ってきて、目の前にいる男が自分と同じ感覚を持っていることに安堵する。乱れかけた心を大きな瞬きと深呼吸一つで落ち着けた。
頬杖を止めて髪をかきあげたアドハムの耳元で何かが光った。大きな金輪の耳飾りだ。
そういえば、こいつは普段からやたらと金装飾を身に着けている。派手好きだからだと思い込んでいたが、もしかしたら今の話と何か関係があるのだろうか。
「アドハムは神を信じているのか」
「エー? 別にィ」
「ならば何故、金色にこだわる」
再び静寂が訪れる。
そんなに答えにくい質問をしているつもりはないのだが。
不思議に思いながら見つめていると、アドハムが薄く笑った。
いつもの他人を小ばかにする笑みではない。ならばこれはどういう感情からくる表情なのか。鉄進にはそれがわからない。
「……金はカミサマに祝福されてる色なンだヨ」
「それはさっき聞いた。生まれつきでなければ意味がないのだろう」
「ウン。だから今言ったコト全部、意味ないノ」
「……?」
「ア。麻績チャンたち帰ってきたァ~」
全部意味がない? 結局ただの戯言だったということか?
アドハムの言動はどれも曖昧で、零か百かの思考をする人間には理解が難しい。
賑やかな話し声の方に興味が移ったらしい自由人は、頭を悩ます鉄進を放置して居間を出ていった。
麻績ならば、今のアドハムの言動を正しく理解できたんだろうな。
長い躑躅色の髪が扉の向こうに消えるのを眺めながら漠然とそんなことを思った。
鉄進がこの時のアドハムの発言の真意に気づいたのは一か月後、彼の生い立ちを聞かされてからだった。
「ねェねェ。アンタの目、ちょーだい」
異世界人を新たな住人として迎え二週間が経った平日の昼下がり、居間で読書中の出来事だった。
珍しく鉄進のそばに寄ってきたアドハムが冒頭の台詞を吐いた。
先ほどから遠目に見られている気配は感じていたが……「お菓子一口頂戴」と同じ調子で言うことじゃないだろ。それともこいつの世界では当たり前のように目の取り外しが出来るのか?
麻績が読んでいる漫画の登場人物がそのまま飛び出してきたような現実離れした外見を見ていると、そんな馬鹿げた妄想が浮かんでくる。
しかしその妄想が仮に事実だとしても、鉄進の目は簡単に取り外し出来ないわけで。
「……断る」
「アハッ。ジョーダン」
あっさりと発言を撤回され、身構えていた鉄進は拍子抜けした。一連の発言をした張本人は、整った顔にニヤニヤという表現が実にしっくりとくる他人を小ばかにした笑みを貼りつけている。
この二週間一緒に生活してわかったのは、アドハムという男は他人が動揺する姿を見るのが好きだということ。そして鉄進を嫌っているということだ。
そもそも出会いがよくなかった。それに加えて麻績に対する思わせぶりな言動、あれを見せられたら……いや、今そのことを思い出すのはやめよう、また腹が立ってくる。感情を荒立てたらこいつの思うつぼだ。
鉄進は視線を再び手元に落とす。「つまンなァい」という文句が聞こえてきたが無視した。
そのまま離れていくかと思いきや、向かいの椅子を引く音がして、濃い花の香りが鼻腔をくすぐった。身を乗り出して鉄進の顔を覗いているらしい。視界の端で色違いの青と橙色の瞳が不思議な光を放っているのが見えて、否が応でも引きつけられる。
自分の方がよほど綺麗な目をしているくせに、何故こいつはこの平凡な目に食いつくんだ?
少しだけ目の前の男に興味が湧いた。それと同時に麻績が住人同士(主に鉄進とレン、アドハム)の不仲を気にしていたことを思い出す。
麻績は勘違いしているが、一方的に嫌われているだけで決してこちらが二人を嫌っているわけではない。特別好きでもないし頑張って好かれたいとも思っていないが。喧嘩の原因だって全部向こうにある。だから歩み寄るべきなのはこいつや瀬木弟の方なのだ。
とはいえここは麻績の顔を立てると思って、鉄進から少し歩み寄ってみることにした。
「何故欲しがる」
「エ?」
「私の目が欲しいと言っただろう」
「あァ。そのコト」
一瞬目を丸くしたアドハムだが、質問の意図を理解すると椅子に腰を深く掛け直した。長い髪を指に巻き付けながら斜め下を見て、何やら思案顔だ。
特に急かす理由もないので鉄進はただその様子を眺めている。よく手入れのされた躑躅色の長髪。同じ色の長いまつ毛に縁どられたつり目。筋の通った高い鼻。厚く柔らかそうな唇。ほっそりとした顎の線。小麦色の艶やかな肌。
見れば見るほど美しい男だと思った。美醜感覚に疎い自分ですら自然とそう思うのだから、世間的に見れば相当優れた部類に入るに違いない、と。
もっとも、鉄進の中で『世界一可愛い』の座が揺らぐことはないのだが。
「ボクの世界のカミサマは金色が好きなンだヨ」
アドハムは指に髪を絡めたまま頬杖をつくと、反対の手の指で右頬を二回叩いた。鉄進の金色の目のことを指しているらしい。
しかし、鉄進が求めているのはアドハムが目を欲しがる理由だ。神が金色好きだと何故アドハムが金色の目を欲しがるのか? 繋がりがわからない。
「回答になっていない」
「生まれつき金色を持ってるのはカミサマに愛されてるショーコなンだって。皆信じてるヨ」
つまり先天性の金色は幸運の象徴だから羨ましがったということか? 残念ながらこの世界には金色好きの神はいないようだから意味がないな。それに、だ。
「その理論ならば私の目を奪ったところで何の意味もないだろう」
奪って目の色が変わるわけでもないし、万が一変わったところで先天性の金色とは言えないのだから。
鉄進がそう指摘すると、目の前の男は一瞬視線を下に逸らしてから両肩をすくめた。指に絡めた髪が解けていく。
「そーだネ。でも、貴族の間ではそーいうパーツが高値で取引されてるらしーヨ。生きてる人間を丸ごと買うヤツもいるみたい」
どこの世界にも狂った趣味の金持ちはいるらしい。
左目の古傷が痛んで、前髪の下の頬が引きつった。
「悪趣味だな」
「アハ、ホントにネ」
反射的に出た本音に同意の言葉が返ってきて、目の前にいる男が自分と同じ感覚を持っていることに安堵する。乱れかけた心を大きな瞬きと深呼吸一つで落ち着けた。
頬杖を止めて髪をかきあげたアドハムの耳元で何かが光った。大きな金輪の耳飾りだ。
そういえば、こいつは普段からやたらと金装飾を身に着けている。派手好きだからだと思い込んでいたが、もしかしたら今の話と何か関係があるのだろうか。
「アドハムは神を信じているのか」
「エー? 別にィ」
「ならば何故、金色にこだわる」
再び静寂が訪れる。
そんなに答えにくい質問をしているつもりはないのだが。
不思議に思いながら見つめていると、アドハムが薄く笑った。
いつもの他人を小ばかにする笑みではない。ならばこれはどういう感情からくる表情なのか。鉄進にはそれがわからない。
「……金はカミサマに祝福されてる色なンだヨ」
「それはさっき聞いた。生まれつきでなければ意味がないのだろう」
「ウン。だから今言ったコト全部、意味ないノ」
「……?」
「ア。麻績チャンたち帰ってきたァ~」
全部意味がない? 結局ただの戯言だったということか?
アドハムの言動はどれも曖昧で、零か百かの思考をする人間には理解が難しい。
賑やかな話し声の方に興味が移ったらしい自由人は、頭を悩ます鉄進を放置して居間を出ていった。
麻績ならば、今のアドハムの言動を正しく理解できたんだろうな。
長い躑躅色の髪が扉の向こうに消えるのを眺めながら漠然とそんなことを思った。
鉄進がこの時のアドハムの発言の真意に気づいたのは一か月後、彼の生い立ちを聞かされてからだった。
