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守城麻績はテルテル坊主をつくらない
麻績は朝、天気予報を見ない。
というのもレンに叩き起こされる遅刻ギリギリまで寝て、慌ただしく支度をして、そのまま二人で飛び出して行くのが習慣になっているからだ。それなら折り畳み傘を常に持ち歩けばいいのだけれど、あいにくとスクールバックは勉強道具に弁当箱、その他諸々で埋まっていて傘まで入れる余裕はない。
というのは表向きの言い訳で、本当は別に理由がある。
町行く人々の大半が夏服に替わって、今年はいつ梅雨入りするのかと天気予報を気にし始める時分。とある日の夕方。空は黒い雲に覆われており、ばらばらと絶え間なく落ちてくる雨粒によって道路にはたくさんの水たまりができている。
シェアハウスの最寄り駅である魁花 駅に降り立った麻績は白い腕をさすりつつ、いつもより慌ただしい駅前をぐるりと見渡した。そして少し離れた建物の影にお目当ての人物を見つけて、ぱあっと華やぐ笑顔を浮かべる。
「鉄進!」
視線の先にいたのは鉄進だった。左手で黒色の大きな傘をさし、右手にはパンパンに膨らんだエコバッグを提げている。
真直ぐ向かってくる鉄進に対して、麻績は頭上で大きく手を振った。
わかりやすい歓迎に、鉄進は少しだけ目元を緩めることで応える。
「濡れていないか?」
「うん、今日は大丈夫。いつも迎えに来てくれてありがとう」
「構わない。買い出しのついでだ」
住人たちの腹を満たすべく商店街に足しげく通う鉄進は、麻績が傘を持たずに出かけた日にはこうして買い物帰りに迎えに来てくれる。商店街から見て駅とシェアハウスはそれぞれ反対方向にあるので遠回りになるけれど、鉄進は嫌な顔一つ見せない。そんな優しさに麻績もつい甘えてしまっている。
鉄進はエコバッグを肩にかけ直し、水滴を払ってから傘を麻績にさしかけた。
傘は鉄進が持ってきた一本のみだ。麻績もスクールバッグを胸の前で抱え、もともと小柄な身体をさらに小さくして鉄進の隣に並び立った。
途端に周囲の音が少し遠ざかる。反対に、鉄進の存在をいつもより身近に感じた。
——鉄進と二人だけの世界にいるみたい。
麻績は鉄進の傘に入るたびに感じるこの不思議な感覚をとても気に入っていた。
「それじゃあ、帰ろうか?」
「あぁ」
二人はお互いの身体や荷物を濡らさないよう、身を寄せ合いゆっくりと歩きだした。
〇 ◎ 〇 ◎ 〇
駅から離れるにつれ車や人通りがまばらになっていき、住宅街に入るころには本当に二人きりになった。雨粒が傘や地面を打つ音だけが響いている。
ふと、麻績は肌寒さを感じなくなっていることに気づいた。その理由をレンに問えば「動いたからだろ」ともっともらしい回答が返ってくるところだけれど……。
麻績がいつもより大きな角度で隣を見上げると、視線に気がついた鉄進が振り向いて、金色の目を細めながら柔らかく微笑んだ。
途端に麻績の心臓がとくとくと動きを速めた。じわり、じわり。身体の中心から末端まで熱が伝わっていく。
——鉄進との温かく穏やかな時間がこれからもずっとずっと続きますように。
麻績は心に灯った小さな炎を守るように胸の前でスクールバッグを抱え直して、ふわりと髪を揺らしながら満面の笑みを浮かべた。
麻績は朝、天気予報を見ない。
というのもレンに叩き起こされる遅刻ギリギリまで寝て、慌ただしく支度をして、そのまま二人で飛び出して行くのが習慣になっているからだ。それなら折り畳み傘を常に持ち歩けばいいのだけれど、あいにくとスクールバックは勉強道具に弁当箱、その他諸々で埋まっていて傘まで入れる余裕はない。
というのは表向きの言い訳で、本当は別に理由がある。
町行く人々の大半が夏服に替わって、今年はいつ梅雨入りするのかと天気予報を気にし始める時分。とある日の夕方。空は黒い雲に覆われており、ばらばらと絶え間なく落ちてくる雨粒によって道路にはたくさんの水たまりができている。
シェアハウスの最寄り駅である
「鉄進!」
視線の先にいたのは鉄進だった。左手で黒色の大きな傘をさし、右手にはパンパンに膨らんだエコバッグを提げている。
真直ぐ向かってくる鉄進に対して、麻績は頭上で大きく手を振った。
わかりやすい歓迎に、鉄進は少しだけ目元を緩めることで応える。
「濡れていないか?」
「うん、今日は大丈夫。いつも迎えに来てくれてありがとう」
「構わない。買い出しのついでだ」
住人たちの腹を満たすべく商店街に足しげく通う鉄進は、麻績が傘を持たずに出かけた日にはこうして買い物帰りに迎えに来てくれる。商店街から見て駅とシェアハウスはそれぞれ反対方向にあるので遠回りになるけれど、鉄進は嫌な顔一つ見せない。そんな優しさに麻績もつい甘えてしまっている。
鉄進はエコバッグを肩にかけ直し、水滴を払ってから傘を麻績にさしかけた。
傘は鉄進が持ってきた一本のみだ。麻績もスクールバッグを胸の前で抱え、もともと小柄な身体をさらに小さくして鉄進の隣に並び立った。
途端に周囲の音が少し遠ざかる。反対に、鉄進の存在をいつもより身近に感じた。
——鉄進と二人だけの世界にいるみたい。
麻績は鉄進の傘に入るたびに感じるこの不思議な感覚をとても気に入っていた。
「それじゃあ、帰ろうか?」
「あぁ」
二人はお互いの身体や荷物を濡らさないよう、身を寄せ合いゆっくりと歩きだした。
〇 ◎ 〇 ◎ 〇
駅から離れるにつれ車や人通りがまばらになっていき、住宅街に入るころには本当に二人きりになった。雨粒が傘や地面を打つ音だけが響いている。
ふと、麻績は肌寒さを感じなくなっていることに気づいた。その理由をレンに問えば「動いたからだろ」ともっともらしい回答が返ってくるところだけれど……。
麻績がいつもより大きな角度で隣を見上げると、視線に気がついた鉄進が振り向いて、金色の目を細めながら柔らかく微笑んだ。
途端に麻績の心臓がとくとくと動きを速めた。じわり、じわり。身体の中心から末端まで熱が伝わっていく。
——鉄進との温かく穏やかな時間がこれからもずっとずっと続きますように。
麻績は心に灯った小さな炎を守るように胸の前でスクールバッグを抱え直して、ふわりと髪を揺らしながら満面の笑みを浮かべた。
