SS
したたか彼氏の無邪気な笑顔にご用心
背後から聞こえてきたバタバタという大きな音に反応して振り返る。次の瞬間、麻績の視界はピンク一色に染まった。全身に衝撃が走る。
「麻績チャン、おかえりィ!」
ピンク色の正体はアドハムだった。玄関で脱いだ靴を揃えている麻績に向かって突進してきたのだ。
あまりにも勢いが良かったので、受け止めた麻績の身体は大きくのけ反った。そのままひっくり返りそうになるけれど、細い身体にありったけの力を込めて懸命に踏みとどまる。
男としてのプライドを保つことにギリギリ成功して、麻績はほっと胸を撫でおろした。
「ただいま、アドハム」
そんな麻績の反応は意に介さず、アドハムは大きな背中を丸めてぎゅうぎゅうと抱き着いてくる。
「麻績チャン! ボク、ずウっとイイコで待ってたンだヨ。ホメて!」
「うん、偉いね。待っていてくれてありがとう」
すぐそばにある頭を撫でるとアドハムは猫が喉をゴロゴロと鳴すみたいに喉の奥で笑って、もっと褒めてと言わんばかりに頭をぐりぐりと押し付けてくる。
全身で甘えてくる姿と、纏っているスパイシーな香りにギャップを感じて、麻績は思わず笑みをこぼした。
「おいオマエら、玄関でイチャイチャしてんじゃねェよ。通れねェだろーが」
不機嫌そうな声にハッとして振り向くと、レンが眉間の皺を深くして二人を睨んでいた。
一見怒っているように見えるけれど、そうじゃない。
真っ赤な頬と、こちらを見ているようで見ていない揺れる瞳の動きから、麻績はレンが戸惑っているのだと直感した。
実は帰宅直後のアドハムとのスキンシップはここ最近のルーチンになっている。けれど部活動で帰りが遅いレンはそれを知らない。(ちなみに昨日はアドハムを支えきれず三和土に落ちて鉄進に叱られた)
アドハムを受け止めたときの衝撃で照れ屋な親友の存在が頭からすっぽり抜け落ちていた麻績は申し訳ない気持ちになる。
しかし、アドハムが口を開く方が早かった。
「アレェ、レンいたノ?」
今気づいたようなセリフとは裏腹に、目と口は思いきり三日月形になっている。まるでチェシャ猫だ。
からかわれたレンの顔は一層赤らんで、
「いたよ‼ くそっ、バカップルめ!」
と言い捨て二人を押しのけた。麻績が声をかける間もなく、どしどしと大きな足音を立てて去っていく。
その背中に向かって、アドハムはペロッと小さく舌を出した。
「もう、あんまりレンをいじめちゃ駄目だよ」
「だって、レンがいたら『おかえり』のチューが出来ないンだもン」
そんな風に大人げなく自分勝手な主張をするアドハムの表情はどこか不安そうで、
「……仕方ないなあ」
流されている自覚はありつつも、つい彼の思惑通りに動いてしまうのだ。
——麻績とアドハムは今、恋人関係にある。
きっかけは三カ月前、アドハムからの告白だった。
「麻績チャンが好き」
そうストレートに告げる表情は緊張を孕んでいて、本気度が窺えた。
だからこそ「気持ちには応えられない」と断ったのだけれど、それでもめげずに毎日欠かさず愛を囁く健気な姿にすっかり絆されてしまい……。
麻績が口説き落とされた形で付き合うことになった。
それが一週間前のことである。
〇 〇 〇
麻績は学ランから私服に着替えるため自室にいた。
ここ最近はずっと雛鳥のごとく麻績の後を追いかけてくるアドハムも当然一緒だ。
「ねェねェ、麻績チャン。明日はお休みだよネ?」
麻績が着替え終えるとベッドに腰掛けおとなしく待っていたアドハムがいそいそとやってきて、腰まであるピンクの長髪を垂らしながら顔を覗き込んできた。
「うん、そうだよ」
「じゃア、夜は二人でゆっくりできる?」
その問いに首肯すれば、色違いの瞳をキラキラ輝かせて無邪気な笑みを浮かべる。
麻績はアドハムのこの笑顔が一番好きだ。自分より二十センチ以上も上背のある成人男性に抱く感想ではないけれど、純粋でとても可愛らしく、もっとたくさん引き出したいと思っている。
「麻績チャンのゴハン、ボクがよそったげる。オフロも一緒に入ろーネ。キレイに洗ったげるヨ」
「えぇ? ちょっと恥ずかしいなあ」
「ヘーキヘーキ。すぐ慣れるから」
麻績の幼さの残るやや丸みをおびた手にアドハムの指が絡んできた。綺麗に短く切り揃えられた薄ピンク色の爪が五枚、細長い指の先端で艶々と輝いている。
それを見た麻績の頭上に疑問符が浮かんで——
「麻績チャン、早くゥ」
「あっ、待ってよお」
ご機嫌なアドハムに手を引かれるうちに、違和感を抱いたことすらすっかり忘れてしまったのだった。
背後から聞こえてきたバタバタという大きな音に反応して振り返る。次の瞬間、麻績の視界はピンク一色に染まった。全身に衝撃が走る。
「麻績チャン、おかえりィ!」
ピンク色の正体はアドハムだった。玄関で脱いだ靴を揃えている麻績に向かって突進してきたのだ。
あまりにも勢いが良かったので、受け止めた麻績の身体は大きくのけ反った。そのままひっくり返りそうになるけれど、細い身体にありったけの力を込めて懸命に踏みとどまる。
男としてのプライドを保つことにギリギリ成功して、麻績はほっと胸を撫でおろした。
「ただいま、アドハム」
そんな麻績の反応は意に介さず、アドハムは大きな背中を丸めてぎゅうぎゅうと抱き着いてくる。
「麻績チャン! ボク、ずウっとイイコで待ってたンだヨ。ホメて!」
「うん、偉いね。待っていてくれてありがとう」
すぐそばにある頭を撫でるとアドハムは猫が喉をゴロゴロと鳴すみたいに喉の奥で笑って、もっと褒めてと言わんばかりに頭をぐりぐりと押し付けてくる。
全身で甘えてくる姿と、纏っているスパイシーな香りにギャップを感じて、麻績は思わず笑みをこぼした。
「おいオマエら、玄関でイチャイチャしてんじゃねェよ。通れねェだろーが」
不機嫌そうな声にハッとして振り向くと、レンが眉間の皺を深くして二人を睨んでいた。
一見怒っているように見えるけれど、そうじゃない。
真っ赤な頬と、こちらを見ているようで見ていない揺れる瞳の動きから、麻績はレンが戸惑っているのだと直感した。
実は帰宅直後のアドハムとのスキンシップはここ最近のルーチンになっている。けれど部活動で帰りが遅いレンはそれを知らない。(ちなみに昨日はアドハムを支えきれず三和土に落ちて鉄進に叱られた)
アドハムを受け止めたときの衝撃で照れ屋な親友の存在が頭からすっぽり抜け落ちていた麻績は申し訳ない気持ちになる。
しかし、アドハムが口を開く方が早かった。
「アレェ、レンいたノ?」
今気づいたようなセリフとは裏腹に、目と口は思いきり三日月形になっている。まるでチェシャ猫だ。
からかわれたレンの顔は一層赤らんで、
「いたよ‼ くそっ、バカップルめ!」
と言い捨て二人を押しのけた。麻績が声をかける間もなく、どしどしと大きな足音を立てて去っていく。
その背中に向かって、アドハムはペロッと小さく舌を出した。
「もう、あんまりレンをいじめちゃ駄目だよ」
「だって、レンがいたら『おかえり』のチューが出来ないンだもン」
そんな風に大人げなく自分勝手な主張をするアドハムの表情はどこか不安そうで、
「……仕方ないなあ」
流されている自覚はありつつも、つい彼の思惑通りに動いてしまうのだ。
——麻績とアドハムは今、恋人関係にある。
きっかけは三カ月前、アドハムからの告白だった。
「麻績チャンが好き」
そうストレートに告げる表情は緊張を孕んでいて、本気度が窺えた。
だからこそ「気持ちには応えられない」と断ったのだけれど、それでもめげずに毎日欠かさず愛を囁く健気な姿にすっかり絆されてしまい……。
麻績が口説き落とされた形で付き合うことになった。
それが一週間前のことである。
〇 〇 〇
麻績は学ランから私服に着替えるため自室にいた。
ここ最近はずっと雛鳥のごとく麻績の後を追いかけてくるアドハムも当然一緒だ。
「ねェねェ、麻績チャン。明日はお休みだよネ?」
麻績が着替え終えるとベッドに腰掛けおとなしく待っていたアドハムがいそいそとやってきて、腰まであるピンクの長髪を垂らしながら顔を覗き込んできた。
「うん、そうだよ」
「じゃア、夜は二人でゆっくりできる?」
その問いに首肯すれば、色違いの瞳をキラキラ輝かせて無邪気な笑みを浮かべる。
麻績はアドハムのこの笑顔が一番好きだ。自分より二十センチ以上も上背のある成人男性に抱く感想ではないけれど、純粋でとても可愛らしく、もっとたくさん引き出したいと思っている。
「麻績チャンのゴハン、ボクがよそったげる。オフロも一緒に入ろーネ。キレイに洗ったげるヨ」
「えぇ? ちょっと恥ずかしいなあ」
「ヘーキヘーキ。すぐ慣れるから」
麻績の幼さの残るやや丸みをおびた手にアドハムの指が絡んできた。綺麗に短く切り揃えられた薄ピンク色の爪が五枚、細長い指の先端で艶々と輝いている。
それを見た麻績の頭上に疑問符が浮かんで——
「麻績チャン、早くゥ」
「あっ、待ってよお」
ご機嫌なアドハムに手を引かれるうちに、違和感を抱いたことすらすっかり忘れてしまったのだった。
