mha-轟
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『…轟君、いますか?』
A組のドアのところで、焦凍を呼ぶ声がしたのは、テスト前日の昼休みの事だった。勿忘草色の柔らかな髪がふわっと揺れている。廊下側の席近くに集まっていた瀬呂が気づき、焦凍を呼んだ。
「轟、保月が呼んでるよ」
焦凍を呼ぶ声に、他のクラスメートもドア近くにいる保月を見た。学食から教室に戻ってきている生徒が多かったこともあって、なかなか珍しい来客に教室がざわついた。
「保月君!?えっ、轟君に用事なん?」
「2ショット写真撮りたい」
「……ほんと女子より女子っぽい」
人だかりが増えていくのを焦凍はしばらく傍観した後、一息はいてからドアの入り口へ近づいた。瀬呂や側にいた上鳴たちに視線を送っていた保月は、近づいてきた焦凍に気づいて、ふふっと笑った。
「向こうで話そう」
焦凍の言葉に保月が軽く頷く。無言で離れていく焦凍に保月も後を追った。去り際に、『また今度ね』と、手を振った保月に、女子の一部から可愛いと悲鳴が上がった。
人のいない空き教室に入ると、焦凍に続いて保月も中へ入った。彼のドアを締める音がやけに静かに響く。
『急にごめんね、呼び出して…』
「いや…」
焦凍が保月を保健室に運んでから数日が経っていた。あの日、彼の名前こそ知れたものの、焦凍のことを体育祭で知ったと答えてくれた時から、幼馴染である可能性を残しつつも、その先は聞く勇気が出ずにいた。それがまさか、彼の方から接触してくるとは。動揺から答えの返し方が素っ気なくなってしまったかもしれないと思いつつ、目の前の彼を見た。
『あの3つ伝えたいことがあって…』
「3つ」
『そう。まずひとつ目は、保健室に連れて行ってくれてありがとうってことで、これ…』
保月が内ポケットから取り出したのは、透明な包装袋に包まれたクッキーだった。
「作ったのか?」
『ぁ、うん。口に合うかわからないけど…。一応ね、そば粉使ってみた。お蕎麦好きって聞いたから』
「そば粉…」
『食べたことある?そば粉クッキー』
「いや、ねーな」
『甘さ控えめにしてみたから、その…一口でも食べてもらえると嬉しい』
保月に差し出されたそれを受け取ると、保月はホッとしたような笑みを浮かべて、もう一度ありがとうと言った。その表情からは少し緊張が見て取れる。
「緊張、してるんだな」
率直に伝えると、そりゃあねと困ったように笑った。
『……だって、こないだ申し訳ないことしちゃったから、言いづらくて』
「残り2つの要件に関係してることか?」
『そう。あの、こないだの間違ってた……。ふたつ目ね…、産まれた時から3歳ぐらいの時まで、君と一緒に遊んだりしてた、んだって。…父さんに聞いた』
「お前自身は覚えてねーのか?」
『…うん、ごめんね』
ということはあの幼馴染はやはり保月ということになる。突然の告白だったが、思っていたより心は冷静だった。そうではないかと考えていたことも関係あるのだろう。たとえ記憶がなくても彼には間違いない。それは焦凍の記憶の中に残っている面影が証明している。ただ、思っていたより身体は正直だった。彼自身から幼馴染だという証言を聞いて、無意識に目の前の彼を抱きしめていた。
『と、どろきっくん、恥ずか…しい』
「俺は平気だ」
会いたかった。心の支えになっていた。胸元付近で揺れる髪を撫でると、顔を上げた保月が恥ずかしそうに顔を赤くさせた。
開いている窓から風が吹き、カーテンが揺れる。
暫く再会を喜びながら、髪をなでたままでいると、保月が少しだけ俯いた。
『…そのあと父から写真を見せてもらって…。それで、ぼんやりと思い出したことがあるんだ』
保月は静かな声色で言ってから、真っ直ぐ焦凍を見た。ただ眉が下がって、一見苦しそうにも泣きそうにもみえる。どうしてそんな顔をするんだ。焦凍が口を開く前に保月が話し出した。
『みっつ目も謝罪になってしまって申し訳ないんだけど……、一緒にヒーローになろうって僕から提案したことがあったと思うんだ。だけどごめんなさい。僕の個性はヒーローに向いてない』
保月は言い終えると、息を吐きだして目を閉じた。そっと保月の身体から手を離すと、急にどこか行ってしまいそうな不安が押し寄せてくる。そんな焦凍の心境はお構いなしに保月は続けた。
『……きっと、轟君の記憶の中の僕とは別人だろうね。出来ないとか向かないとか弱気なこと言わないんじゃないかな』
そうかもしれない。当時の彼は前向きになれることをいつも口にしていた。
「確かに言わねぇ。けど、俺もあの時の俺じゃない。だから気にすんな」
保月はぽかんと焦凍を見ていた。気にするなと言われたら、余計気にしてしまうのだろう。それが分かっていても、彼の表情を見ていたら言わずにはいられなかった。記憶がないことに罪悪感を感じているような表情の彼をほっとけるわけがなかった。
予鈴の音に保月がハッとしたように顔を上げる。
『っ、早いね。もう休み時間終わっちゃう』
「お。…だな」
『ごめんね。もっと早く話し終えるつもりだったのに…』
「さっきから謝り過ぎだ。また明日にでも話せばいい」
『あ、明日はテスト…』
「じゃあ放課後はどうだ?」
『えー…』
焦凍の言葉に保月が戸惑った表情をした。何か変なことを言ったかと焦凍が首を傾げると、保月は視線を彷徨わせた。
『…轟君、テスト勉強は?』
「しながらすればいいだろ」
『えぇー…』
「?」
保月が何故そんな表情をするのか分からなかったが、午後の授業が迫っていた。二人で教室の方へ戻りながら、なかなか頷いてくれない保月に「迎えに行く」と伝えた。『えっ…!?』と、そのまま廊下で止まってしまった保月を置いて、先に教室へ入る。強引なことをしてしまったかもしれないけれど、焦凍は後悔をしていなかった。
A組のドアのところで、焦凍を呼ぶ声がしたのは、テスト前日の昼休みの事だった。勿忘草色の柔らかな髪がふわっと揺れている。廊下側の席近くに集まっていた瀬呂が気づき、焦凍を呼んだ。
「轟、保月が呼んでるよ」
焦凍を呼ぶ声に、他のクラスメートもドア近くにいる保月を見た。学食から教室に戻ってきている生徒が多かったこともあって、なかなか珍しい来客に教室がざわついた。
「保月君!?えっ、轟君に用事なん?」
「2ショット写真撮りたい」
「……ほんと女子より女子っぽい」
人だかりが増えていくのを焦凍はしばらく傍観した後、一息はいてからドアの入り口へ近づいた。瀬呂や側にいた上鳴たちに視線を送っていた保月は、近づいてきた焦凍に気づいて、ふふっと笑った。
「向こうで話そう」
焦凍の言葉に保月が軽く頷く。無言で離れていく焦凍に保月も後を追った。去り際に、『また今度ね』と、手を振った保月に、女子の一部から可愛いと悲鳴が上がった。
人のいない空き教室に入ると、焦凍に続いて保月も中へ入った。彼のドアを締める音がやけに静かに響く。
『急にごめんね、呼び出して…』
「いや…」
焦凍が保月を保健室に運んでから数日が経っていた。あの日、彼の名前こそ知れたものの、焦凍のことを体育祭で知ったと答えてくれた時から、幼馴染である可能性を残しつつも、その先は聞く勇気が出ずにいた。それがまさか、彼の方から接触してくるとは。動揺から答えの返し方が素っ気なくなってしまったかもしれないと思いつつ、目の前の彼を見た。
『あの3つ伝えたいことがあって…』
「3つ」
『そう。まずひとつ目は、保健室に連れて行ってくれてありがとうってことで、これ…』
保月が内ポケットから取り出したのは、透明な包装袋に包まれたクッキーだった。
「作ったのか?」
『ぁ、うん。口に合うかわからないけど…。一応ね、そば粉使ってみた。お蕎麦好きって聞いたから』
「そば粉…」
『食べたことある?そば粉クッキー』
「いや、ねーな」
『甘さ控えめにしてみたから、その…一口でも食べてもらえると嬉しい』
保月に差し出されたそれを受け取ると、保月はホッとしたような笑みを浮かべて、もう一度ありがとうと言った。その表情からは少し緊張が見て取れる。
「緊張、してるんだな」
率直に伝えると、そりゃあねと困ったように笑った。
『……だって、こないだ申し訳ないことしちゃったから、言いづらくて』
「残り2つの要件に関係してることか?」
『そう。あの、こないだの間違ってた……。ふたつ目ね…、産まれた時から3歳ぐらいの時まで、君と一緒に遊んだりしてた、んだって。…父さんに聞いた』
「お前自身は覚えてねーのか?」
『…うん、ごめんね』
ということはあの幼馴染はやはり保月ということになる。突然の告白だったが、思っていたより心は冷静だった。そうではないかと考えていたことも関係あるのだろう。たとえ記憶がなくても彼には間違いない。それは焦凍の記憶の中に残っている面影が証明している。ただ、思っていたより身体は正直だった。彼自身から幼馴染だという証言を聞いて、無意識に目の前の彼を抱きしめていた。
『と、どろきっくん、恥ずか…しい』
「俺は平気だ」
会いたかった。心の支えになっていた。胸元付近で揺れる髪を撫でると、顔を上げた保月が恥ずかしそうに顔を赤くさせた。
開いている窓から風が吹き、カーテンが揺れる。
暫く再会を喜びながら、髪をなでたままでいると、保月が少しだけ俯いた。
『…そのあと父から写真を見せてもらって…。それで、ぼんやりと思い出したことがあるんだ』
保月は静かな声色で言ってから、真っ直ぐ焦凍を見た。ただ眉が下がって、一見苦しそうにも泣きそうにもみえる。どうしてそんな顔をするんだ。焦凍が口を開く前に保月が話し出した。
『みっつ目も謝罪になってしまって申し訳ないんだけど……、一緒にヒーローになろうって僕から提案したことがあったと思うんだ。だけどごめんなさい。僕の個性はヒーローに向いてない』
保月は言い終えると、息を吐きだして目を閉じた。そっと保月の身体から手を離すと、急にどこか行ってしまいそうな不安が押し寄せてくる。そんな焦凍の心境はお構いなしに保月は続けた。
『……きっと、轟君の記憶の中の僕とは別人だろうね。出来ないとか向かないとか弱気なこと言わないんじゃないかな』
そうかもしれない。当時の彼は前向きになれることをいつも口にしていた。
「確かに言わねぇ。けど、俺もあの時の俺じゃない。だから気にすんな」
保月はぽかんと焦凍を見ていた。気にするなと言われたら、余計気にしてしまうのだろう。それが分かっていても、彼の表情を見ていたら言わずにはいられなかった。記憶がないことに罪悪感を感じているような表情の彼をほっとけるわけがなかった。
予鈴の音に保月がハッとしたように顔を上げる。
『っ、早いね。もう休み時間終わっちゃう』
「お。…だな」
『ごめんね。もっと早く話し終えるつもりだったのに…』
「さっきから謝り過ぎだ。また明日にでも話せばいい」
『あ、明日はテスト…』
「じゃあ放課後はどうだ?」
『えー…』
焦凍の言葉に保月が戸惑った表情をした。何か変なことを言ったかと焦凍が首を傾げると、保月は視線を彷徨わせた。
『…轟君、テスト勉強は?』
「しながらすればいいだろ」
『えぇー…』
「?」
保月が何故そんな表情をするのか分からなかったが、午後の授業が迫っていた。二人で教室の方へ戻りながら、なかなか頷いてくれない保月に「迎えに行く」と伝えた。『えっ…!?』と、そのまま廊下で止まってしまった保月を置いて、先に教室へ入る。強引なことをしてしまったかもしれないけれど、焦凍は後悔をしていなかった。