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海王星

「…………」

 目覚めの悪い朝を迎えるのは一体何度目だろう。あまりにも多すぎて慣れてきてしまっている自分に苦笑いを浮かべる。
 いつもと同じように重たい体を起こしていつもと違った夢を思い出す。

『沈黙が、迫っている。沈黙……あの状況からするに、世界の破滅のことをさしているのかしら』

 ベッドから抜け出して身支度を整えながら頭の中では例の夢のことを考える。誰とも知れない人物が呟いた言葉を頭の中で反芻し噛み砕いていく。

「馬鹿馬鹿しい……!」

 沈黙が、破滅が迫っているからなんだというのだろう。阻止しなければ? そんなの、私がやらなくてもいいじゃない。私にはヴァイオリニストになるという夢がある。
 一体どうして私が世界を救う事になるのだろうか。いや、そもそも私に世界を救えと言っているのかも分からないけれど。それでも何の力もない普通の人間である私にこの夢を見せたところでどうにもならない。
 神の啓示、というのなら、神は選ぶ人間を間違えたわね。
 なんて、信じてもいない神にそう悪態を吐いた。
 けれど私の思いとは裏腹にその日から、夢はどんどん内容を変えていく。
 大元の流れは変わらない。荒れ狂った海が世界を飲み込んでいく。私は相も変わらず動けず、ただ背後から聞こえる声を聞くだけ。けれど徐々に体を動かせる時間が早くなり、背後を見れるようになった。
 暗闇に紛れているその人がセーラー服のようなものを着ているのは分かったけれど、顔は分からない。けれど視線は海を見ているのが不思議とわかった。

『あなたは一体、誰なの』
『僕は、君の……』

 そこで、海に飲み込まれた私はまた謎を残したまま現実世界に戻ってきた。
 腕を持ち上げて目を覆う。少しずつ、核心に近付いている。謎に包まれていた夢の正体が分かりそうになっている。
 知りたい、という気持ちと、知りたくない、という気持ちが入り交じる。
 ずっと私を苦しめ続けたこの夢が私に何を伝えようとしているのか、その正体を知りたいという私と、知ってしまったらもう2度と戻って来れないという直感を持つ私がいる。
 久しぶりに、堂々巡りに入りそうな思考を切り上げて身支度を始める。
 今日は天王さんのレースの日だから。
 モータースポーツを始めた彼女の初めてのレース。絶対に見に行こうと前から今日は予定を入れないようにしていた。
 天王さんの走りを見たら、この靄が少しは晴れるかもしれない。そう思いながらレース日和の晴天の中を私は背筋を伸ばして歩いた。
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