このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

星の輝きはいつまでも

 ある日の夕方、ほたるが1枚の紙を持って帰ってきた。みちるとせつながまだ帰ってきていない中、ほたるは僕にその紙を見せながらおねだりをする。

「ねえはるかパパ、私ここにみんなで行きたい!」
「んー」

 僕は紙を見せながら懇願してくるほたるにちょっとだけ眉を顰めながら唸る。普段の僕なら一も二もなくほたるのおねだりを聞いてやる。もちろん今日だってパパ、お願いがあるんだけど、と遠慮がちに言ってきたほたるにすぐ頷いてやるつもりだった。
 それが出来なかったのはほたるが行きたがっている場所のせいだった。

「……だめ?」
「い、いや! ダメなんてことはないさ。イベントの日付を見て仕事どうだったかなーって思い出してただけだよ」
「ほんと!? やったぁ! はるかパパありがとう! 大好き!」

 そう言いながら抱きついてくるほたるを抱き締め、僕はテーブルに置かれたそのイベントと施設の詳細について書かれた紙を眺める。さて、気持ちを切り替えるしかないなと僕は困った笑みを浮かべた。

    ◇◇◇

 夜、帰ってきたみちるとせつなにもほたるは夕方僕にしたようにおねだりをする。2人はあっさりと首を縦に振ったのでほたるの願いは晴れて叶うこととなった。
 本当に嬉しそうにしながらおやすみ! と言ってほたるは自分の部屋に戻っていった。その後ろ姿を見送った後、みちるがソファに座っていた僕のすぐ隣に腰掛けて僕の顔を覗き込んできた。

「で? 何をそんなに悩んでいるのかしら?」

 少し揶揄うような、けれど心配を滲ませた瞳を向けるみちるに僕は苦笑いをして素直に思っていることを口にした。本当に、なんでみちるには分かっちゃうんだろうな。

「いや、場所がさ……」
「場所? プラネタリウムがどうかしたの?」
「ん、ほら。前のほたるのことなんだけどさ……」

 そこまで言うとみちると、そして黙ってそばで聞いていたせつなは僕が何を言いたいのか察したようで苦しそうな顔をした。そんな顔、させるつもりじゃなかったんだけどな。
 ごめん、と呟こうとした時、僕はみちるに抱き締められていた。

「みちる?」
「はるかって本当、優しいわね」
「ええ、本当に」

 みちるの言葉に頷きながら反対側からせつなにも抱き締められて僕は頭の中が疑問符でいっぱいだった。え、っと、と戸惑っていると2人は顔を上げて僕のことを真っ直ぐと見つめてくる。

「はるかの言う通り、あの場所は私たちにとって苦しい場所です」
「ね、だからこそ。そこに行って楽しくて幸せな記憶で上書きしましょうよ」

 はるかに言われるまで、全然気付かなかった私たちが言うのもあれだけど、と悲しそうに微笑む2人に僕はそんなことないよ、と首を横に振った。
 2人は前を、僕らのこれからを見ていただけだ。僕みたいにどうしようもない過去を思い出しては悩むような馬鹿じゃないから。でも、そうだな。2人の言う通りだ。
 過去ばかり見ていないで僕ももっと未来を、先を見よう。過去は消すことも変えることも出来ないけれど、未来はこれから作れる。悲しい思い出を楽しい思い出にすることは出来る。
 僕はみちるとせつなの目を真っ直ぐに見つめ返して頷いた。

    ◇◇◇

「パパ、ママ! 早くー!」
「待ってほたる!」

 車を駐車場に停めるとほたるは一目散に降りて入口まで駆けていく。途中で振り返ってこちらに満面の笑みで手を振るほたるに、続いて降りたせつなが駆け寄ってその手を取った。
 危ないでしょう、とほたるの手を握ったまま注意するせつなにみちると共に近寄る。みちるも軽く注意をするとほたるは素直に謝った。

「次から気を付けような。今日はせっかく遊びに来たんだから、気持ち切り替えようぜ」
「うん!」
「もう、はるかったら」

 ほたるは賢いから大丈夫だよ、と2人の心配性なママにウインクをしてプラネタリウムへと入っていく。このプラネタリウムは最近できたばかりの新しい施設で例の場所ではないがやっぱり少し身構えてしまった。
 それに気付いたみちるがそっと、僕の手を握ってくれる。僕は微笑みながら大丈夫、ありがとう、と目だけで伝えるとみちるも微笑んで頷いた。

「新しくオープンした記念と七夕が近いことから今日から3日連続、朝昼夜の3部構成でイベントを行っているようですよ」
「学校が終わった後でも来れるからきっといっぱい人が来るね!」

 せつなとほたるの会話を聞きながらみちるに上演時間を聞く。どうやらまだ2時間程あるらしい。なんだってそんな早くに、と思えばほたるが理由を教えてくれた。

「他にも色々宇宙とか天体に関する展示があるんだって! 終わった後でも見れるけどいっぱい見たいから早く来たんだ!」
「へえ、なるほどね」

 とりあえず先にプラネタリウムのチケットを購入して僕らは展示場を回る。かなり精巧につくられた太陽系のモデルや最新技術を用いて投影された宇宙の始まりから現在、そして膨大なデータを解析して予測した未来の太陽系のシミュレータは見ていて面白かった。

「ああ、このシミュレータのデータをまとめて解析したの、私なんですよね」

 途中、とんでもない発言をしたせつなに僕らは目を剥いたが当の本人は気付くことなくあれこれデータやら解析結果やらについて喋っていた。趣味で行っていた天体のデータ解析を使わせて欲しいと言われて1からちゃんとやり直したのは大変だったけど楽しかったというせつなは多分人間じゃない。
 展示を見るのは思ったよりも楽しくてあっという間に時間が経っていた。僕らはプラネタリウムの中に入り、席に着く。家族や恋人同士で来ている人が結構多く、席はほぼ満席状態だった。

「すごいな」
「楽しみだね!」

 小声で話しかけてきたほたるに頷く。みちるもせつなも、他の人から見たら分からないくらいだがそわそわとして楽しみにしているようだ。僕はほたるとそんな2人を見てくすりと笑った。
 部屋が暗くなり、僕は小さな声でほたるに始まるぞ、と声をかける。ほたるは頷いて天井を見上げた。
 始まったのは七夕についての話だった。織姫と彦星の話から始まり関連してベガとアルタイルの話。天の川の話にいくと星座の話へと移っていった。今回のイベントは七夕のイベントだったが上手く関連付けて星の話に入ったなと感心する。
 内容も詳しく、しかし分かりやすく、小学生でも理解できるもので面白かった。これまたあっという間に時間は経って明かりがついた時にはもう終わりかと驚いた。
 面白かったと興奮するほたるを連れて引き続きさっきは見て回れなかった展示場を覗いていく。ある程度見終わった頃には閉館時間も迫っており、また来ようかと言いながら僕らは駐車場に停めた車に向かう。

「なかなか面白いものでしたね」
「せつなったら興味津々だったものね」
「それはやはり仕事にしている部分もありますから」

 みちるとせつなのやり取りを少し後ろから眺めているとほたるに手を取られた。僕はその小さな手を握り返しながらどうしたんだろうとほたるに視線を向ける。ほたるは僕を見上げると屈んで、と腕を引っ張る。言われた通り屈むとほたるはにっこりと笑顔を浮かべた。

「ありがとう、はるかパパ。すっごく楽しかったよ」

 大好き、と言うとほたるは僕の頬にキスをしてみちるとせつなの方へと駆けて行った。2人は駆け寄ってきたほたるに来た時も言ったでしょ、と注意をする。ほたるはごめんなさーい、と言いながらみちるとせつなの間に入ってその手を繋いだ。
 そして振り返って、呆然と立ち尽くす僕にはるかパパ! 早くみんなで帰ろ! と言うのだ。
 そっか、ほたるはきっと最初から分かってたんだ。ほたるの方が、辛い思いをしただろうに、本当に優しい子だ。

「ありがとう、ほたる」

 僕は呟いて笑顔で待つ3人に駆け寄った。もう、はるかまで、と言うみちるとせつな、そして笑顔のほたるをまとめて僕は抱き締めた。
1/1ページ
    スキ