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我が家の天使

「よっ!」
「あっ! パパずるい!」
「何もずるなんてしてないよ」

 庭から聞こえてくる元気な声に自然と頬が緩む。見ればはるか自作の簡易ゴールを設置してはるかとほたるは2人でサッカーをしていた。太陽が雲に遮られることなく元気に顔を出しているというのにあの2人も負けずと元気に遊んでいる。
 2人の様子を見ているとさっきのほたるの不満の声はどうやらボールをはるかに奪われそのままゴールされたかららしいことが分かった。

「はるかパパ足長いのずっるい!」
「足の長さはどうしようもないだろ……」

 苦笑いをして答えるはるかと頬を膨らませるほたるの姿はどこからどう見ても娘に手を焼いている父親と大好きな父親に甘える娘の姿だった。微笑ましいなと2人を見ているとはるかの足元に転がっているボールをほたるが突然蹴り始めてそのまま反対側のゴールに入れた。

「あ! ほたるずるいぞ!」
「ずるなんてしてないよ! パパが油断してただけだもん!」

 胸を張って堂々と言い張るほたるをはるかは抱き上げてなにー! と叫ぶ。ほたるは楽しそうにきゃっきゃと声を上げてはるかの高い高いを楽しんでいるようだった。

「2人とも、そろそろ水分補給しないと倒れるわよ」
「はーい!」

 まあまあ長時間外で遊んでいる2人に一度水分補給をするように声をかけると元気に返事をして家の中へと戻ってくる。用意しておいたレモンスカッシュを渡すと2人は一気に飲み干した。

「美味しい~」
「喉カラカラだったんだ。ありがとみちる」

 近くに置いていたタオルで汗を軽く拭くと2人はまた太陽の下に出て行った。本当に、元気というかやんちゃというか。今度はキャッチボールを始めたはるかたちを見ているとせつなが2階から降りてきた。

「元気ですね。2階からも声が聞こえていましたよ」
「本当。今日で真っ黒になっちゃうんじゃないかしら」
「あら、でも日焼け止めは塗ったんでしょう?」
「ほたるはね。はるかは嫌がって塗らなかったのよ。べたべたするって」

 会話をしながら2人分のレモンスカッシュを用意する。せつなに手渡せば嬉しそうに受け取って飲み始めた。

「みちるのレモンスカッシュ、好きなんですよ」
「そうだったの? 知らなかったわ」

 もうしばらく一緒にいるのにまだ知らないことがあるなんて、と2人笑って話す。そしてふと、せつなが外で遊ぶはるかたちを見つめながら呟いた。

「ほたるを3人で育て始めてからもう随分経つんですね」
「そうね。始めは大変だったわ。みんな何も分からないんですもの」
「ふふ、ですね。はるかもみちるも今や立派な親ですよ」
「あら、それならせつなだってそうよ」

 お互い親という言葉にどこか擽ったさを感じながらほたるを3人で育てようと決めた頃のことを思い出す。

    ◇◇◇

「とりあえず、ほたるを3人で育てるってことでいいんだよな?」
「ええ」
「すみません。突然こんな事になってしまって……」

 はるかの言葉にせつなが本当に申し訳なさそうに言う。私とはるかは顔を見合わせてきょとんとした顔をせつなに向けた。

「何も謝ることないだろ?」
「仕方がなかったことだもの。それに何よりせつなが1人で抱え込もうとしないで私たちを頼ってくれたことが嬉しいのよ」

 2人で微笑んでそう伝えればせつなは目を見開いて驚いた後、嬉しさと恥ずかしさを混ぜたような笑顔を浮かべる。
 1つの命を預かって育てることになるのだからいい加減なことは絶対にしたくない。3人の意見はそれで一致した。けれど今日はもう随分と夜も遅いから一度休んで、明日の朝詳しいことを色々決めていくことになった。
 翌朝、必要なもののリストアップや3人の役割分担が決定する。

「私は料理や基本的な生活面ね」
「私はまだ必要ないと思いますが一応教育担当ということで。今のところはみちるの仕事を交代でやったりする形ですね」
「で、僕がお守り担当ね。ま、妥当な所じゃないか?」

 最終確認を終えて各々やるべき事に取り組む。正直赤ちゃんのほたるを少しの間預かっていたことがあるから少し成長している今のほたるはあまり手がかからないだろうと思っていたのだけれど……。

「あっ! こらほたる!」
「きゃあー!」

 キッチンでせつなとともに夕ご飯の用意をしているとリビングからはるかの焦った声とほたるの楽しそうな声が響いてきた。ほたるを3人で育て始めて数日、毎日のようにこの声は聞こえている。

「はるかー? 大丈夫?」
「うんー! あ、やっぱごめん! 来てー!」

 お互い手が離せなくて大きな声でやり取りをする。呼ばれて向こうへ行こうとすればせつが代わりに向かってくれた。しばらく1人で用意を進めているとせつなが戻ってきた。大丈夫だった? と聞けばせつなは苦笑いを浮かべる。

「ほたるが色々なものを引っ張り出しては部屋の中を走り回るから片付けが追い付かなったみたいです」
「そう。赤ちゃんの時の方が手がかかると思っていたけれど、動き回れる今の方が大変なのね」
「そういえばあなたたちは赤ちゃんの時のほたるも育てていたんでしたね」

 赤ちゃんの時のほたるのことを話しながらご飯の用意を進めてそろそろ終わる頃、たくさん遊んですっかり寝てしまったほたるを抱えたはるかがやってきた。お腹空いた、と溢すはるかにお疲れ様の意も込めて少しだけおかずを食べさせてあげる。
 箸でおかずをつまんで口元に持っていけばはるかはぱくりと口に含む。

「んま」

 そう呟いて本当に美味しそうに食べるはるかを見て私も笑顔になる。すると背後からふふ、という笑い声が聞こえた。2人同時に振り向くとせつながすみません、と言いながらもにこやかに笑顔を浮かべていてはるかと一緒に首を傾げる。

「あまりにも絵になるなと思いまして」

 その言葉だけで私たちはせつなが何を言っているのか理解する。それと同時にちょっとだけ恥ずかしくてお互いに頬を染めた。
 はるかはほたるを寝かせてくると言って逃げるようにキッチンから出て行った。もう、1人だけ逃げて、と心の中で文句を溢しながらまだ笑っているせつなを少し睨む。すると怖い怖い、と言いながらせつなもキッチンから逃げて行った。
 手のかかる人がうちに3人もいるわ、と思いながらも私の口角は自然と上がっていた。
 夕ご飯を食べ終えてお風呂はせつなが担当してくれたので私ははるかと少しの間リビングで休憩をする。

「あー、ほたるのやつ、本当に元気過ぎないか……?」
「お疲れ様」

 昼間、1番ほたるが活発な時間を相手にしているのははるかだ。本当に疲れ切っているようでソファに深く体を預けて呟くはるかの頭を優しく撫でる。そのまま体をこちらに倒してくるはるかを私は膝に受け止めた。

「今日寝かしつけ、絶対大変だよなぁ……夕方に寝ちゃったからなぁ」
「なら今日は私が変わりましょうか? はるかはゆっくり寝ていいわよ」

 え? と驚いて顔をあげたはるかはいや、でも、と迷っているようだった。

「はるかばっかりほたると一緒でずるいわ」

 そうやって言ってあげればはるかは眉を下げてじゃあ、頼もうかなと笑った。するとそのタイミングでほたるを抱えたせつなが戻ってくる。

「おかえりなさい、せつな」
「本当にこの子、落ち着きがなくてお風呂に入れるのも一苦労ですよ」

 せつなはお風呂に入ってリラックスするどころか疲れた顔をしていた。ほたるは好奇心旺盛なのか、色んな物事に興味を持つ。それはほたるが成長するうえでとても大事で大切なことだけれどあっちへこっちへ動き回るほたるを見守らなければならないこちらは大変だ。
 今日も髪を洗っている最中に椅子から立ち上がって浴室内を動き回るわ、浴槽に浸かったと思えばすぐに出て行こうとするわでせつなは目が離せなかったみたい。特に浴室は滑りやすいから余計に神経が擦り減る。
 髪の毛を乾かすのだって大変だっただろうと簡単に想像出来てしまって私はダイニングテーブルに座ったせつなにお疲れ様と苦笑いをした。

「ぱぱ~!」
「おー、おかえりー」

 せつなに抱えられていたほたるは解放されると一目散にはるかのもとへ駆け出す。いつも遊びの相手をしているからか、ほたるは特にはるかに懐いていてそれがちょっと悔しかったりする。
 けれどそんな文句を言った所でどうにもならないことは分かっているから私もほたると接する時間をもっと取らなきゃ、と思い改め駆け寄ってくるほたるを見つめた。
 そして駆け寄ってくるほたるを抱き上げるためにはるかが体を起こしたその時だった。

「っ! ほたる!!」

 躓いたほたるが顔から地面に倒れそうになる。はるかが地面を蹴ってほたるが倒れる直前に胸に抱きとめるが勢いのあまりそのまま倒れてしまった。ゴンッという鈍い音が響いて私とせつなは顔を真っ青にして2人に駆け寄った。

「ほたる! はるか!」
「大丈夫ですか!?」
「ったぁ……」

 ほたる、大丈夫か? と涙目になりながらもはるかはほたるの顔を覗き込む。ほたるははるかの胸の上できょとんとした顔をした後に満面の笑みを浮かべてきゃっきゃとはしゃぎだした。そんなほたるを見てみんな全身から力が抜けるのを感じた。

「たく……」
「良かった……」
「ほたるに怪我はなさそうね……。はるかは? 凄い音がしたけれど」

 体を起こしたはるかからほたるを預かって声をかける。庇った時に後頭部を強く打ったみたいだけど本人は多少痛いだけで平気だと言う。けれどはるかの平気、大丈夫は信用ならないからせつなにその後を任せてとりあえずほたるを寝かしつけに行くことにした。

「さ、ほたる。寝ましょうか」
「まぁま」

 さっきの一件もあってか、にこにこと元気なほたるはなかなか寝てくれない。楽しそうにこちらに笑顔を向けてくれるほたるに私の疲れは吹き飛んだように感じた。けれど明日起きれないと困るから寝て頂戴ね、と声をかけて寝かしつける。
 添い寝をしながらぽんぽんとお腹と叩いて子守唄を歌えばだんだんと瞼が落ちてきたほたるはすーすーと可愛らしい寝息を立てて寝始めた。
 眠気と育児で溜まった疲労とで少しぼんやりとする頭でああ、かわいいなぁと考えながらそのもちもちで真っ白なほっぺをつつく。小さなその手で指を掴まれてしまえばもうその場から動くことなんて出来やしないのだ。

「まま。みちまま」
「ん……」

 ぺちぺちと頬を叩かれる感覚で意識が浮上する。目を開けると視界にはほたるがアップで映っていた。まま、まま、と言いながら天使のような微笑みを見せてくれるほたるに笑いかけておはようとほっぺにキスをする。
 ご機嫌なほたるを抱き上げてリビングに向かえばせつながすでに朝食を用意してくれていた。

「おはようせつな」
「おはようございます。今日は1日ほたるは私が見ますよ」
「あら、でもお仕事は?」
「はるかを今日1日は安静にさせておきたいので。大丈夫ですよ、職場の人も分かってくれていますから」

 私からほたるを預かったせつなはほたるを見ながら頬を緩める。普段はポーカーフェイスが徹底されているのにほたるの可愛さはそのせつなさえ陥落させてしまうのね、と可笑しくてくすりと笑う。
 元気でやんちゃなほたるにはとても手を焼かされるけれどそれ以上に可愛いほたるに癒されてまあいいかとなってしまう。これが所謂親バカというものなのかしら、と思いながらせつなの厚意に甘えてはるかの様子を見にリビングを出た。

    ◇◇◇

「本当に、ほたるには何度も肝を冷やされましたね」
「やっぱり初めて転びそうになったあの時が1番心臓に悪かったわ。はるかは頭を強打しちゃったし」

 結局私が寝かしつけに行った後、はるかは吐き気やら眩暈やらを引き起こしてせつなに介抱されていたらしい。次の日にはほとんど回復していたけれどやっぱりあの時平気という言葉を鵜呑みにしなくて良かったと心底思った。

「手がかかるのはほたるだけでいいんですけどね」

 あなたもたまに手がかかるけれど、という言葉は飲み込んだ。多分せつなも私に対して思っている時があると思うから。結局うちは全員が手がかかる場面があるのよね。

「子と共に親も成長する、とはよく言ったものですね」
「ほたるに成長させてもらったわね」

 もう今では育児でてんやわんやになる機会は少ない。それは私たちが親として成長して、どのように対処すればいいかもう分かっているからだ。

「……そろそろ2人目がいてもいいかしら」

 庭で遊ぶ父娘を見ながら呟くとせつながレモンスカッシュを吹いた。あら、大丈夫? と声をかけながら咳き込むせつなの背を摩ってテーブルを拭いていく。

「なっ、けほっけほ……! 本気ですか?」
「あら、冗談よ。はるかとの赤ちゃんが欲しいのは事実だけれど」

 どうにもならないことだし、今はやっぱりほたるがいてくれればいいと思う。せつなはジトっとした目で私を見ながらあなたの冗談はほとんど本気なんですよ、と言われた。そんなやり取りをしているとようやく遊び終えたのかはるかたちが家の中へと戻ってきていた。

「どうした?」
「あなたとの赤ちゃんが欲しいわねって話してたのよ」

 と言えば先程のせつな同様、レモンスカッシュを継ぎ足して飲んでいたはるかは吹き出した。げほげほとせつな以上に咳き込んで動揺するはるかの横でほたるがきらきらとした瞳をこちらに向ける。

「赤ちゃん!? はるかパパとみちるママの!?」
「まっ、ゲホッ! 待て待てほたる!」

 わー! 私妹がいいな! あ、でも弟もいいなぁ! と盛り上がるほたるの前ではるかがわたわたと慌てふためく。今さっきもうてんやわんやする機会が少なくなったと思った所でのはるかの反応を見て私は可笑しくて笑う。
 せつなはどうするんですかというような瞳で私を見つめてくるし、はるかはほたるに赤ちゃんが無理なのはどうしてかと問われて言葉に詰まっている。
 ほたるに本当に事を伝えるのはもう少し大きくなってからね、と心の中で答えながら私は誤魔化しの言葉を口にした。
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