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拙いながらも愛を込めて

煌びやかな光、賑わう雑踏。1ヶ月前は女の子たちで溢れかえっていただろうこの場所は今や男共で溢れかえっている。
 そう、1ヶ月前、女の子たちが勇気を振り絞って打ち明けてくれた告白に男たちが答えるために。
 まあ、僕も例に漏れずそのためにここにいる訳なんだけど。

「あれ?」

 さて、うちのお姫様たちに何をお返ししようかなんて考えながら街の中を歩いていると見覚えのある、人混みの中でも頭1つ飛び出て目立つ後ろ姿を見つけた。

「衛さん?」
「えっ? ああ、はるかくん」

 世の女の子が見れば黄色い悲鳴を上げるだろう微笑みで奇遇だね、こんな所で、と振り返ったのは衛さんだった。
 僕も軽く笑みを浮かべながら目的は一緒でしょう? と返す。

「やっぱりはるかくんもホワイトデーの?」
「ええ。うちのお姫様たちから素敵な贈り物を頂きましたから」

 そうか、実はオレもなんだ、と衛さんは照れたように笑みを浮かべる。僕の言葉に頷いたことから今年はおだんご頭からだけでなくておちびちゃんからも貰ったんだな、と察した。

「しかし、何をお返ししたらいいか悩んでしまってね……」
「ああ、分かりますよ」

 苦笑いをして頭をかく衛さんに僕も頷く。毎年色々考えてお返しを用意しているが今年は最高に素敵なバレンタインデーだった。
 だから僕も彼女たちに最高に素敵なホワイトデーを返したい。そう考えるとなかなかいいものが見つからなくて困っていた所だったから。

「うさこはチョコレートが好きだからそれにしようかと思ったんだが……」
「え、チョコレート贈るつもりだったんですか?」

 え、ダメなのかい? ときょとんとする衛さんに僕は引き攣った笑みを浮かべる。いや、おだんご頭なら意味なんて知らないで喜んで受け取りそうだけどさ。
 僕はホワイトデーにチョコレートを贈る意味を教えると衛さんは僕と同じように引き攣った笑みを浮かべた。

「教えてくれてありがとう……」
「いや、まあおだんご頭なら大丈夫だとは思いますけどね……」

 しかし、困ったなあ……とボヤく衛さんの背後に僕はとあるポスターを見つける。
 僕はそのポスターを見つめたまま衛さんに声を掛けた。

「衛さん、普段料理とかする人?」
「え? まあ、一応。でも男メシだよ」
「ふーん。ちなみにキッチンの設備は? 整ってる?」
「それなりには、整ってると思うけど……なんでだい?」

 不思議そうに僕を見つめる衛さんに向き直って僕は口角をあげた。

「ホワイトデーのお返し、いいの見つけたんですけど乗ります?」
「え?」

    ◇◇◇

「へえ、結構ちゃんとしてますね」
「部屋が散らかってると集中出来なくてね」

 ホワイトデー直前の休日、僕は衛さんの家にいた。初めて来た衛さんの部屋の感想としては清潔で整理整頓がしっかりとされている、だった。
 やや物はあるけど男の1人暮らしの部屋だと言われると少し驚く感じだった。

「キッチンはこっちだ」

 案内されるままキッチンへ向かえばそれなりの広さがあり、設備も結構整っていた。一通り見てオーブンなんかもあるし問題はないだろうと結論付ける。

「大丈夫そうですね。じゃ、早速始めましょうか」
「ああ、よろしく頼むよ」

 僕は持ってきた袋から材料やら器具やらを取り出しテーブルに並べていく。
 そんな僕を見つめながら衛さんはほぉ、と感嘆の声を漏らした。

「凄いな、こんなに器具があるのか……」
「ほんと、名前も1個ずつ覚えてるみちるに感心しますよ」

 並べられていくお菓子作りのための器具。これらはうちにあるものをみちるに言って借りてきたものだった。

「まあ、きっとオレらで言うところのバイクや車の部品なんだろうな」
「ああ、確かに。そうかも」

 軽口を言い合いながら僕らはテーブルに材料、器具、そして作るお菓子のレシピが書かれた紙を並べる。
 衛さんは眉間に皺を寄せてレシピを睨んでいた。

「この通りに、やっていけばいいんだな?」
「そうですね。料理と違って量とか結構シビアなんで、そこだけ注意すれば何とかなりますよ」

 よし、と気合いを入れた衛さんは使う材料や器具を選び取っていく。僕もその横で自分の準備を進めていった。

「はるかくんは何を作るんだ?」
「みちるにはマカロン、せつなにはクッキー、ほたるにはフィナンシェを作ろうかと」
「そ、そんなに作るのかい?」

 どれも案外簡単ですよ、と返しながらまずはクッキー作りを始める。衛さんは僕の横でマドレーヌ作りを始めた。

「はるかくんは何でも出来るんだな」
「いや、みちるに教わったんですよ。料理もお菓子作りも。……彼女の負担を少しでも減らせたら、って思ってね」

 まあ結局、あんまり向いてなくてほとんどみちるやせつなに任せてますけど、と笑って言えば衛さんは優しい笑みを浮かべてそうか、と呟いた。

「オレも少し、料理を勉強しようかな」
「おだんご頭と一緒に勉強したらいいんじゃないですか」
「ふっ、そうだな。そうだ、じゃあその時はぜひはるかくんが教えてくれよ」

 突然のその言葉に僕はギョッとして思わず手を止める。そして再び手を動かしながら僕よりみちるやまこちゃんに教わった方がいいですよ、と返した。
 けれど意外と強情な衛さんはその後もしきりに僕に料理を教わりたいと言ってきた。

「なんでそんなに僕にこだわるんですか」
「いやなに、君から色々学びたいのさ」
「はぁ?」

 結局衛さんはそれ以上教えてくれなくて若干もやもやした気持ちを抱きながら僕はフィナンシェも作り終えてあとはマカロンを作るだけになった。
 衛さんのおだんご頭とおちびちゃんに渡す用のマドレーヌは完成していたので彼はラッピングをしながら僕がマカロンを作る様子を見ていた。

「手際がいいな」
「結構練習したんでね。マカロンはちょっと難しいんですよ」

 そう言った直後、僕はかなり集中し始めたせいで無言になってしまった。それに気付いたのはマカロンが完成した後で衛さんにお疲れ様、と声を掛けられてからだった。

「あ、すいません……」
「いやいや、良いんだよ。はるかくんのおかげで何とかお菓子も作れたし、大切な人のために集中してしまうのはオレもよく分かるから」

 みちるさんは幸せ者だな、と爽やかな笑顔を浮かべる衛さんにこの人が地球のプリンスであることを納得した。
 この世の男どもに負けるなんて微塵も思ってない僕だけど、やっぱりこの人には敵わないかもしれないと心の隅でちょっとだけ、ほんのちょっとだけ思った。
 そして帰る準備をして玄関で僕は衛さんに向き合う。

「今日は本当にありがとう。みちるさんにも礼を言っておいてくれないか?」
「あー、いや。それはちょっと」
「え? どうしてだい? まさか無断で借りてきたんじゃ……」
「そんな事しませんよ。でも一応サプライズにしたかったんで、チームの奴らとお菓子作りする事になったって言って借りてきたんです」

 色々言い訳したけど、みちるにはバレてそうだな、なんて思いながら僕は乾いた笑みを浮かべて衛さんにそう説明した。
 そして納得した衛さんはじゃあ今日のことはオレとはるかくんの2人だけの秘密だな、なんて言ってきた。

「うわ、ちょっと、今のは……」
「え!?」
「そういうのはおだんご頭にだけにしておいた方がいいですよ……」
「そ、そうか?」

 いまいちピンと来てなさそうな衛さんに人たらしめ、と呟いて僕は持ってきた物と完成したお菓子を手に玄関を振り返る。

「じゃあ、後は当日ですね」
「ああ。本当に、助かったよ。ありがとう」
「こっちこそ、キッチン貸してくれてありがとう」

 また今度、ホワイトデーの事含め話そう、と言った衛さんに軽く頷いて扉を潜った。

    ◇◇◇

 ホワイトデー当日、早起きなみちるやせつなよりも僕は早くに起きた。どうしても漏れ出てくるあくびを噛み殺しながらキッチンで朝食の用意を進めていく。

「ほんと、毎朝毎朝よくこんな早くに起きれるよな……」

 ボヤきながら朝食の用意を進めていき、後はテーブルに並べるだけとなった所で扉の向こうから足音が近付いて来ることに気付く。
 カチャ、と音を立てて開かれた扉の向こうには早起きな3人が並んで立っていた。そしてすでに起きてキッチンへ立っている僕を見ると全員が驚いた顔をする。

「はるか……」
「ど、どうしたんですか?」
「お熱でもあるの!? はるかパパ!」

 3人ともが僕に駆け寄ってきて額に手を当てたり脈を測ったり冷えピタを持ってきたり、確かに珍しい事なのは僕も認めるけどそこまでか、と苦笑いを浮かべざるを得ない。

「へーきだよ。いたって健康、元気さ」
「本当に……? 目が覚めた時、あなたがいなくて心配したのよ?」

 本当に、心底心配そうな顔をして僕を見上げるみちるに微笑んで僕はその白くてすべすべの頬にキスをした。

「ごめん、でも本当に大丈夫だからさ。先に座っててよ。朝食持ってくから」

 3人は手伝う、と言ってくれたけど僕が強引に背を押せば渋々といった感じで受け入れてくれた。
 そして4人でいつもより早い朝食を食べ、食後のコーヒーや紅茶を飲んでいる時にそれぞれの目の前に箱を差し出した。

「?」
「開けてみて」

 首を傾げる3人にそう促せばゆっくり、丁寧に箱を開けていく。そして現れた中身を見て目を大きく見開いた。

「はるか、これ……」
「受け取ってくれるかい?」

 僕を見つめる3人にそう言えば、みんな嬉しそうに笑ってもちろん、と頷いてくれた。みちるはマカロンを、せつなはクッキーを、ほたるはフィナンシェを1つ手に取って口へ運ぶ。
 美味しい……! と呟く3人にほっとして僕は笑顔を浮かべて良かった、と零した。

「はるかパパ、お菓子作りも出来るんだね!」
「知りませんでした……」
「前にみちるに教わったんだけど、やっぱり作るのは向いてなくてね。僕は食べる方が好き」

 なんて言えばせつなもほたるも可笑しそうに笑いながらそれぞれ食べ進めていく。そんな2人を見守りながらふと、隣が静かなことに気付いて視線をずらした。
 みちるはマカロンを手に待ったままそれを見つめて微動だにしていなかった。

「みちる? どうした? ……もしかして、まずかった?」
「いいえ、とっても美味しいわ。ただ、」
「ただ……?」
「ただ、嬉しくて、もったいなくて、食べたくないなあって思っちゃっただけよ」

 桜の満開のような綺麗で可愛い、けれど少し照れた様子の笑顔を浮かべながらそんな事を言うみちるに僕は思わずキスをした。
 顔を真っ赤にさせるみちる。僕らを見て頬を染めきゃー! と声を上げるほたる。そして呆れたように、けれどまあ仕方がないといった表情をするせつな。
 僕は視界に映る大切で大好きな家族に愛を伝える。

『Happy White Day!』
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