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初めての

はるかのお誕生日を終えて息をつく暇もなく次はバレンタインのことを考える。毎年はるかの好みに合わせた甘さのチョコレートとそれに合うコーヒーを用意しているけれど、今年はどうしようかしらと悩む。
 はるかは嬉しそうにチョコレートを受け取ってくれるけれど代わり映えのしないバレンタインに私の方が不安になる。
 今年はいつもと少し違うものをと頭を悩ませているときふと、みちるからバレンタインに何かを貰えることが嬉しいんだ、とはるかが以前話していたことを思い出す。
 それならチョコレートじゃないものを用意しようかしら。おそらく今年もフリークの子たちから大量のチョコレートが届くでしょうし。甘い物の食べすぎで糖尿病になられても困るし。
 なんて色々考えた末、お野菜を使った甘さ控えめのケーキにしようと決めた。結局スイーツを用意してしまうのは甘い物が好きなあの人に少しでも喜んで欲しいという私のワガママ。
 せつなにもよく言われるけれど、私ってはるかに甘すぎるわよねと苦笑いを浮かべる。
 そんな風に一人バレンタインのことを考えているといつの間にか帰ってきていたほたるに声をかけられた。

「みちるママ」
「あら、おかえりなさいほたる。ごめんなさいね気付かなくて」
「あ、うん。それは全然いいんだけどね。えっと、ね……」

 転生してから私たちが育てたおかげか、はたまた元々のほたるの性質だったのか、彼女は結構思っていることを素直に口にする。しかし瞬時に出てくる言葉は相手を慮っているものでその頭の回転の速さに私も舌を巻くことが多い。
 そんなほたるにしては珍しく歯切れが悪くもじもじとする姿は年相応の子どものようで自然と頬が緩むのを感じた。私は急かすことなく、首を傾げてほたるの言葉を待つ。

「あのね、みちるママ。私にお菓子作り、教えて欲しいの!」

 忙しいのはわかってるんだけど……ダメ、かなあ、と上目遣いでお願いをしてくるほたるを見てこれははるかでなくてもOKを出してしまうわねと思う。
 まあ、ほたるのお願いを断るなんて選択肢は元々ないのだけれど。

「もちろん、構わないわ。なあに? もしかしてバレンタインの?」

 時期的にそう思い問いかけてみればほたるは頬を赤く染めて小さく頷く。あらあら、はるかパパに見つかったら大変なことになりそうね。
 くすりと笑ってじゃあ次のお休みの日に作りましょうと提案をするとほたるはおずおずともう一つお願いが……と続けた。
 私は首を傾げて続きを促した。

    ◇◇◇

「こんにちはー!」
「いらっしゃい! ちびうさちゃん!」

 小さな可愛らしいプリンセスの声が聞こえたと思えばほたるが一目散に駆けていく。本当に、ほたるはちびうさちゃんが好きね、と微笑みながら私もその後をついて行った。

「いらっしゃい、ちびうさちゃん」
「みちるさん! お邪魔します! 今日はよろしくお願いします!」
「ふふ、そんなに畏まらなくていいのよ。さあ、2人とも中へ入りましょう」

 小さな2つの背中を軽く押しながら中へと促す。楽しそうに会話を続ける2人と共にキッチンへ向かうとそこには準備を進めてくれているせつながいた。

「プー!」
「こんにちは、スモール・レディ」
「せつなママもね、今日お休み取ってくれたの」

 みんなでお菓子作りがんばろう! と息を巻く2人を優しく見守るせつなと目が合うとお互いに頷く。

「ではさっそく、作っていきましょうか」
「ほたるもちびうさちゃんも作るのはキャラメルでいいのね?」

 大きく頷いた2人に微笑み必要な材料と器具をテーブルに並べて4人並んでお菓子作りに取り掛かった。

「そういえば、今日はるかさんは?」
「はるかパパは昨日から明日までお仕事でいないの」
「あー、だから今日?」

 最初はお喋りをする余裕もなく無言で作業をしていた2人はだんだん慣れてきたのか、手を動かしながら会話を弾ませる。
 もともと要領のいい2人だからある程度作り方や器具の使い方を教えてしまえばあとは困ったときに声をかけてもらうだけで済んだ。
 だから本当は後日、自分たちのお菓子作りをしようとしていた私とせつなはほたるたちのことはもちろん気にかけながらだけれどお菓子作りをすることが出来た。

「そういえば、まこちゃんもお料理やお菓子作りは得意よね? ちびうさちゃんは私よりまこちゃんの方が頼みやすかったのではなくて?」
「そんな事ないですよ! 私、みちるさんのこと素敵な女性だなってずっと思ってましたし! うさぎなんかと全然違いますし! ……というか、そのうさぎだけでまこちゃん手一杯だと思いますし」
「……なるほどね」

 ちびうさちゃんの言いたいことは分かったわ。そうね、向こうにはきっと美奈子ちゃんもいるでしょうし、まこちゃんの負担を考えるといい判断だったかもしれないわ。
 せつなも苦笑いを浮かべると手が空いたようでほたるたちのもとに近付くとそれはプリンスにですか? と問いかける。
 バレンタインにキャラメルですものね。ほたるの渡す相手も作りたいお菓子を聞いたときにピンときたわ。

「うん! まもちゃんに大好きを伝えたくて」
「そうですか、きっと伝わりますよ。ほたるははるかにですか?」
「……うん」

 ちびうさちゃんの答えに微笑んだせつなは続けてほたるに問いかける。するとほたるは気恥しそうな、そして少しだけ哀愁のこもった笑みを浮かべながら頷いた。
 私たち3人はお互いに視線を交わすと再びほたるに視線を移してどうしたの? と問いかける。
 ほたるは手を動かしたままちらっと一度私たちを見たあとすぐに視線を落としてポツリと呟いた。

「……私、バレンタインってまともにしたことなくて。前は他の人と関わることなかったし、ほら、色々あったから」
「ほたる……」

 ほたるの言葉に私たちは眉を下げる。彼女の言う前、とは転生する前の土萠教授と暮らしていたときのこと。
 敵に乗っ取られてしまった土萠教授は確かにほたるの父としても生活していたけれどそれはいわゆる普通の家庭の父娘の関係とはちょっとズレていた。
 ほたる自身も身体が弱く、内気で他人と関わることは滅多になかったからバレンタインなんてその頃のほたるには無関係だったのだろう。

「今回は渡したい人もちゃんといるし」
「それが、はるかさん?」
「うん。だって、はるかパパすっごく優しくてかっこよくて、私はるかパパのこと大好きだから。……だから、初めてのバレンタインをがんばりたくて」

 そっか、とちびうさちゃんが呟くとキッチンは静寂に包まれる。ぱったり作業の手が止まってしまった中、ほたるは再び口を開いた。

「本当はね、前もいたの。手作りじゃないけれど渡そうと思って用意まではしたの」
「それって……」
「パパ……創一パパよ。創一パパに渡そうと思ったんだけどね、朝から忙しいって言ってそのまま会えなくて結局渡せなかったんだ」

 だから、ほんの少し、ちょっとだけ、はるかパパに渡すのが怖い、と続ける。どんな反応をされるんだろう、喜んでもらえないかもしれない、そもそも受け取ってくれるかも分からない。そういう不安がほたるの中に渦巻いていた。
 ほたるが再び視線を落としたと思うとすぐに顔を上げて無理に笑顔を浮かべる。ごめんね、ちょっとしんみりしちゃった、と言うと作業を再開させた。
 私とせつなとちびうさちゃんはそんなほたるに近付いて抱きしめる。ほたるは大きな瞳を丸くさせ瞬きをする。

「大丈夫ですよ、ほたる」
「ほたるちゃんの気持ちはきっと、ううん絶対はるかさんに伝わるよ」
「ほたるが一所懸命にしたこと、作ったものをはるかはいつだって褒めてくれるもの」

 それに、はるかはほたるバカですから、と続けたせつなの言葉に3人で吹き出す。ようやくいつもの元気な笑顔を見せたほたるに私たちは胸をなで下ろした。
 そして私はせつなの言葉に続ける。

「ふふ、ほたるがバレンタインにお菓子を作るって言い出すんですもの。気になる男の子でも出来たのかしら、はるかになんて誤魔化そうかしらなんて思ってたんだから」
「そうだったの?」
「そうよ。はるかったらきっと耳にしてたら自分以外の男にあげるのはダメだ! なんて言い出しかねなかったわよ」

 そう言ってやればほたるは少し考える素振りを見せて確かにそうかもしれないと頷いた。

「でも大丈夫よ。私はるかパパよりかっこいい人知らないもん」
「私もまもちゃんよりかっこいい人知らないな〜」

 この世にそんな人いるのかな、なんて真剣な顔で語り合う2人にせつなと苦笑いをする。この子たち、好きな男の子なんて当分出来ないでしょうね。

「ほたるちゃん! 絶対美味しいキャラメル作って渡そうね!」
「うん!」

 元気を取り戻したほたるとちびうさちゃんは意気込むと止めていた手を動かし始める。私たちも2人に負けないお菓子を作らなくちゃね、とせつなと微笑み合うと作業を再開させた。

    ◇◇◇

「みちるさん、プー、ほたるちゃん! 今日はありがとうございました!」
「いいのよ。今度は遊びにいらしてね」
「お待ちしていますよスモール・レディ」
「ちびうさちゃん! 私も勇気出してはるかパパに渡すから!」

 ほたるの言葉にうん! と大きく頷いたちびうさちゃんは大きく手を振りながら帰って行った。姿が見えなくなるまで見送って3人並んで家の中へと入っていく。

「ねえみちるママ」
「なあに?」
「みちるママの初めてのバレンタインって、やっぱりはるかパパ?」

 思いもよらない質問に一瞬固まって、そしてすぐに微笑むと私はそうね、と続ける。

「小さい頃に、お店のチョコレートを買って渡したわ。父にね」
「みちるママのパパ?」
「そう。でも、手作りのチョコレートを渡したのははるかが初めてよ」
「そっかぁ」

 じゃあせつなママは? とほたるは次にせつなに問いかける。せつなはちょっとだけ眉を下げて恥ずかしそうに笑うとほたると同じで今回が初めてだと言う。

「あら、そうだったの?」
「ええ、まあ……。今までこういったイベント事はどこか他人事でしたから」

 はにかみながら言うせつなに、私とほたるは目を合わせると同時に笑顔を浮かべる。突然笑顔になった私たちにせつなはからかわれていると思ったのか少し拗ねたような顔をした。
 そんな彼女も珍しくて、せつなが私たちに心を開いてくれていることが嬉しくてまた笑顔になる。

「ふふ、ごめんなさい。せつなが可愛くてつい」
「はるかみたいなこと言わないでください」

 これ以上せつなを怒らせるのは怖いと私はキッチンへと逃げ込む。そして3人分の紅茶を用意して戻れば予期していたのか2人はお茶菓子をテーブルに用意して待っていた。
 みんなでお茶をしながらそれぞれ近況を話したりして、最終的には数日後のバレンタインの話に戻ってきた。

「みちるママの初めてのバレンタインってどんなだったの?」
「初めての?」
「うん! はるかパパにどうやって渡したの?」
「うーん、ナイショ……っていうのはダメよね」
「ダメー!」

 キラキラとした瞳でこちらを見上げるほたると口には出さないけれどソワソワとして聞きたそうにしているせつなに私は少し困ったような笑みを浮かべる。
 別に隠している訳では無いけれど改めて人に話すにはやはり少し恥ずかしいものね。

「別に大したことはないのだけれど、最初は険悪だったから渡すのはやめようと思ってたの」
「え! はるかパパとみちるママ、仲悪かったの?」

 今はそんな気配まるでないのに〜、と驚くほたるにちょっとだけ頬を染めて苦笑いを浮かべる。せつなからの視線が痛いわ。

「でもやっぱり何も用意しないのも嫌で、渡せなくてもいいから用意しようってチョコレート味のマドレーヌを作ったわ。その後は当日にたまたまはるかが来ることになって、そのままお茶菓子として出しただけよ」
「え〜みちるママ濁した〜」
「もう少し聞きたいような聞きたくないような、といった感じですね」

 ほたるとせつなには悪いけれどちょっと恥ずかしいし、やっぱりどんな形であれ初めてのバレンタインは特別だから秘密にさせて欲しい。
 頬を膨らませるほたるの頭を撫でているとほたるがそっか、とポツリと呟いた。

「なあに?」
「はるかパパ、チョコレート味のマドレーヌが好きって前に言ってたのそういう理由だったんだ〜って思って」
「ああ、そういえばみちるがプレーンとチョコレートのマドレーヌを作った日にははるかってばチョコレート味のばかり食べていましたね」

 私はほたるとせつなの言葉に目を瞬かせて顔を逸らすとそう、と呟いた。
 不自然にならない程度に顔を背けたけれどほたるにはみちるママ照れてる〜! とからかわれてしまった。

「もう! ほたる!」
「きゃ〜! ごめんなさーい!」

 パタパタと足音を響かせて2階へと上がっていったほたるの後ろ姿を見送って私は苦笑いを浮かべる。そんな私を見てせつながくすくすと笑っていた。

「せつな……?」
「ふふ、まあいいじゃないですか。ほたるの不安もだいぶ無くなったようですし」
「……まあね」

 あとは当日、ほたるが勇気を振り絞るだけ。でもきっと、今のほたるなら大丈夫だと私は思った。

    ◇◇◇

 バレンタイン当日の朝、まだ起きてこないはるかをほたるはそわそわとしながら待っていた。起こしてきましょうか、と聞けば心の準備が出来るまで待って! と言われてかれこれ1時間は経ったように思う。

「はあ……」
「ほたる、そろそろはるかも起きてくると思うけれど」
「うそ! みちるママ、なんとかはるかパパを部屋に閉じ込めておけない?」

 ほたるの気持ちは分かるけれどそれはちょっと……とせつなと困ったように笑っているとリビングの扉がカチャリと音を立てて開かれた。

「ふあ〜、はよ」

 扉から現れたのはまだ開ききっていない目を擦りあくびをするはるかだった。
 まだ心の準備が出来ていなかったほたるは慌てた様子だったけれどせつなからこの間作ったキャラメルを渡されて少し落ち着いたみたい。
 軽く深呼吸をするほたるの背中を笑顔で押してやればほたるも笑顔を浮かべた。

「は、はるかパパ」
「んー?」

 ダイニングテーブルに寄りかかりながら目覚めのコーヒーを飲んでいるはるかはほたるに視線を移す。はるかの視線が完全に向いた所でほたるは手に持っていたキャラメル入りの箱を前に突き出した。

「こ、これ! 受け取ってください!!」

 目をぱちぱちとさせてほたるとほたるの持つ箱を交互に見るはるかはしばらくそのままだったけれど状況を理解した後、嬉しそうに微笑むとありがとう、と言って箱を受け取った。

「開けてもいいかい?」
「う、うん」
「お、美味そうなキャラメルだな。どれどれ」

 均等な大きさで作られたキャラメルが綺麗に整列されてる中からはるかが1つ手に取りそれを口の中へ。
 もごもごとほたるお手製のキャラメルを食べるはるかを私たちは見守った。

「ん! 美味い! こんなに美味しいキャラメルどこで買ったんだ?」
「ほ、本当!? あの、実はね。それ、私が作ったの……」
「ほたるが? 凄いなあ、てっきり売り物だと思っちゃったよ」

 はるかの言葉に嬉しそうに微笑むほたると笑顔でキャラメルを口にするはるかを見て私も自然と笑顔になる。
 ほたるの初めてのバレンタインが上手くいって良かった、と思いながらさあもう1人の初めてのバレンタインも成功させなくちゃと私はせつなの背中を押した。

「み、みちる……!」
「ほら、せつなも」

 ほたると一緒にこっそり深呼吸してたの、私は知ってますからね。
 躊躇うせつなの背中を押してはるかの前に立たせてやればせつなは意を決したようでほたると同様ケーキの入った箱を前に突き出した。

「私からも、です」
「お! 本当かい? 嬉しいなあ」

 せつなからはガトーショコラ。箱を開けて中を見たはるかは嬉しそうに笑うと早速一切れ掴んで食べ始めた。
 これまた美味しいと食べ進めるはるかにせつなもホッとしたように笑った。

「はい、じゃあはるか。これは私からよ」
「ありがとう、みちる」

 最後に私からも箱を手渡す。中身はお野菜を使ったケーキ。この後事務所に大量に届いたチョコレートを取りに行くこの人のために用意した甘さ控えめの健康的なもの。
 ほたるとせつなからチョコレート味のマドレーヌが好きということを聞いてやっぱりそっちにしようかしらと悩んだけれどいつもと少し違うをメインにしたからこちらにした。
 箱を開けてケーキを見たはるかは嬉しそうに目を細めると一口食べる。

「ん、美味い。これ、野菜のケーキ? みちるってば何でも作れるんだな」
「褒めたってそれ以上何も出てこなくてよ」

 ちぇ、と拗ねたフリをするはるかを私たちは微笑んで見つめる。
 本当に誰よりも素敵で格好よくて優しいこの人へ、私たちはそれぞれの愛を伝える。

『Happy Valentine's Day!』
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