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fascination

 10月に入って一気に冷え込んだなぁと思いながらバイクを走らせて家族の待つ家に帰ると何やら楽しそうに話し合っている様子が見えた。

「ただいま。楽しそうだね、何の話?」
「あ、おかえりなさいはるかパパ!」
「おかえりなさい、はるか。ごめんなさいね、話に夢中で気付かなかったわ」

 ソファから手を振るほたるに僕も手を振り返して近寄るとみちるが眉を下げて見上げてきた。
 いいよ、気にしないで、と伝えながらみちるの額にキスをするとほたるの横に座っていたせつなに咳払いをされた。

「んんっ、はるか?」
「あー、いや、えっとそれで、何を話してたんだい?」

 じっとりとこちらを睨んでくるせつなに苦笑いをしながらもう一度問いかけると僕らの問答を全く気にした様子のないほたるがにこやかに答えてくれた。

「今月ハロウィンがあるでしょ? それでみんなでイベント参加したりパーティしたいなって思って!」
「それで誰がどんな仮装をするかとか、パーティは何をしようかなんて色々話していたのよ」

 ほたるとみちるは楽しそうにそう言った。せつなも微笑みながら頷いている。僕は1人なるほど、と思いながらみんなに笑いかけて賛同の声をあげた。
 じゃあまずは何の仮装をするか決めようという話になりみんなそれぞれ考え出す。

「衣装はどうするんだい?」
「私が作りますよ。なのでどんな仮装でも問題ありません」

 心強いせつなの言葉にありがたいと思いつつも4人分の衣装を用意するのも大変だろうと僕は比較的用意のしやすそうなミイラ男を提案した。

「あ、はるかのはもう決まってるのよ」
「えっ」
「満場一致でしたね」
「えっ?」
「はるかパパはねー! ヴァンパイアだよ!」
「えっ??」

 思わぬ展開に僕は間抜けな声をあげることしか出来なかった。パチパチと目を瞬かせているとそんな僕が面白かったのかみちるが隣で笑っていた。

「ふふっ! ごめんなさいね、勝手に決めてしまって」
「え、あ、いや、別にいいんだけどさ」
「みちるママはねー、魔女とかどうかなって思ってるんだけどはるかパパはどう思う?」

 未だに戸惑いながらもほたるの問いかけに頭の中で魔女の仮装をしたみちるを思い浮かべる。
 うん、いいと思う。というかみちるなら何でも似合うと思うし、何ならほたるもせつなも何でも似合うと思うから結構悩むな。
 なんて考えていると似合わないと思っていると勘違いしたらしいみちるが他のにしようかしら、と不安そうに呟いたので慌てて口を開いた。

「ああいや、違うんだ。すっごくいいと思うんだけど、みちるもせつなもほたるも、みんなどんな仮装でも似合うと思ったからさ。何が1番みんなに似合うかなって色々考えてたんだよ」

 考えていたことをそのまま口にすればみんなちょっと頬を赤く染める。次いでみちるとせつなは呆れたような溜息を吐いた。

「え、なに?」
「全く、あなたという人は……」
「はるかパパって、無自覚なの?」
「諦めましょう、はるかはこういう人よ」

 僕の疑問には答えてくれないようで3人は再び話し合いに戻ってしまった。今の反応に気になりながらも渋々僕も話し合いに戻る。

「さて、ではみちるは魔女でいきますか?」
「でもせつなの方が魔女似合いそうだよな」
「……どういう意味です?」
「変な意味じゃなくて、僕の中で魔女って博識のイメージが強くてさ。みちるも博識だけどやっぱりせつなの方が色々知ってるだろ?」

 あと単純に三角帽子がせつなに似合いそうだと思ったから、と言えばせつなは険しい顔を解していった。ほたるとみちるも賛成してくれてせつなは魔女に決まった。

「魔女といったら黒猫とかも連想されるわよね」
「あー、確かに」
「あ! じゃあ私、黒猫の仮装しようかな! せつなママとペアの感じ出るよね!」

 せつなの方を向いてねー! と笑うほたるにせつなは嬉しそうに笑ってそうですね、と答える。
 ということでほたるは黒猫に決まった。後はみちるだけになったがこれまた色々な案が出てきてなかなか決まらない。みんなで腕を組んでうーん、と唸っているとせつながあ、と声を漏らした。

「ん? なんかいいのあった?」
「そうですね、私とほたるがペアの感じを出すならはるかとみちるもペア感を出したらどうでしょう」
「あら、いいわね。でもヴァンパイアとペアになりそうなのあったかしら……?」
「シスターとか、どうでしょうか」

 僕とほたるはそれだ! と言わんばかりの勢いで頷く。みちるもいいわね、と頷いたことで数時間に及ぶ話し合いはようやく終わりを迎えた。
 パーティの方はお菓子や料理をみちるが用意するという話になりほたるはみちるの手伝いをすることになった。
 それなら、と僕はせつなの手伝いに名乗り出る。

「はるか、裁縫出来るのですか?」
「あんまりやった事はないけど手先は器用な方だと思ってるぜ? 簡単な部分は手伝えると思うよ」

 せつなは僕の言葉に微笑みながらでは、手伝って頂きますね、と言った。

    ◇◇◇

 ハロウィン当日まで空いた時間を見つけてはせつなと一緒に仮装用の衣装を用意していく。みちるとほたるも当日付近になるまでは料理を用意することも出来ないからと言って結局みんなで衣装を手掛けることになった。
 そして当日、完成した衣装に身を包み、前日からみちるがほたると共に用意した大量のお菓子を持ってハロウィンイベントに繰り出す。

「わー! 凄い人!」
「はぐれないように気を付けなきゃな」

 イベントの開催場所はたくさんの仮装をした人たちで溢れ返っていた。屋台とかも少し出ているようでみんなハロウィンを楽しんでいる。
 ほたるはせつなと手を繋ぎ、僕はみちるの腰を抱いて人の波に攫われないように気を付けながらイベントを楽しむ。

「あ! はるかさーん! みちるさーん!」
「プー! ほたるちゃーん!」

 わいわいと賑わっている中でもしっかりと耳に届く声に振り返るとよく見なれた金色とピンク色のお団子頭がこちらに向かって手を振っていた。
 みんなでそちらの方へ向かうといつもの仲間たちと衛さんも一緒にいた。

「やあ、子猫ちゃんたち」
「ごきげんよう」

 みんな仮装をした姿で元気に挨拶を返してくれる。そして僕らの衣装を見て凄い! と声をあげた。

「これ、ご自分で用意したんですか?」
「ああ、せつなが作ってくれたんだ」
「はるかも手伝ってくれましたよ。みちるとほたるも、少し手伝ってくれたのでみんなで作りましたね」

 おだんごの質問に答えると美奈子ちゃんがはるかさん、裁縫出来るんですか!? と驚きの声をあげる。
 私、裁縫苦手なのに……と嘆く美奈子ちゃんに私も苦手だよ……とおだんごが肩に手を置いた。
 どうフォローをしようかと考えていたがレイちゃんにすぐに立ち直るからほっといていいですよ、と言われてしまった。

「はるかくんはヴァンパイアか、よく似合ってるよ」
「そういう衛さんもヴァンパイアなんですね」

 細かい部分は多少違うものの僕の格好と対して変わらない衛さんにそう聞くと彼はうさこに言われてね、と言って頷いた。
 少しみんなで会話をしているとみんなそれぞれ屋台に買い物に行きたい、お手洗いに行きたいとなったので一度解散することになった。

「まもちゃんとはるかさんは?」
「僕は特に」
「オレも大丈夫かな」
「じゃあ2人はここで待っててください! 2人とも身長高いからすぐ見つけられるし!」

 というおだんごの提案に分かった、と頷いてみんなが戻ってくるのを衛さんと待つことになった。
 衛さんと2人きりになることは今までなかったから気まずくなるだろうかと思っていたが案外車やバイクの話だったりと趣味が合ったのでまた今度時間を作って話をしようということになった。
 2人で話に夢中になっていると後ろから腕を取られて驚き振り返るとそこにはみちるがいた。衛さんの腕にもおだんごが何故か泣きながらしがみついていた。

「まもちゃあああああん!!」
「う、うさこ? どうした?」
「みちるも、どうかした?」

 僕もみちるの顔を覗き込んで問いかけるがみちるは顔を背けてなんでもないと言う。
 んー? と思いながらも別に怒っているわけでは無さそうだったのでとりあえず下手に機嫌を取ろうとする方がまずいだろうと判断する。
 結局みんなが戻ってくるまでみちるは口数が少なかったがどうやら機嫌は元に戻ったようで安心した。腕はずっと組んだままだったけど。
 そしてみんなでイベントを楽しんだ後、持ってきていたお菓子をみんなに配って別れあとは家でのハロウィンパーティを残すだけとなった。
 家に着くと仮装をしたままパーティを始める。みちるはもう完全に元に戻っているようでさっきのは僕が白昼夢でも見たんだろうかと疑う。
 しかし気にした所でどうしようもないし、別のことを考えていると鋭い3人に気付かれて怒られてしまうから僕はパーティを楽しむことにした。
 そして夜、ベッドの中で今日一日のことを思い出しながらみちると会話をする。ころころと楽しそうに笑うみちるに僕の頬は緩みっぱなしだった。

「みちるのシスター姿、すごい似合ってた。綺麗だったし可愛かったよ」
「ありがとう。はるかも、とても似合ってたわ。……本当、かっこよかったわ」

 みちるの声音に違和感を抱いて僕はみちるに視線を向ける。どうしたの? と声に出して聞いたわけではないけれど僕の視線にその感情が乗っていることに気付いたみちるは僕の胸に顔を埋めてぼそぼそと呟く。

「ん? なに?」

 頭をみちるの方に近付けて耳を澄ます。

「……はるかと、衛さんが2人でヴァンパイアの仮装して立ってたら凄く目立ってたのよ。2人とも身長高いし、顔も整ってるから、あなたたちは気付いていなかったのかもしれないけれど周りの女の子たちはみんなあなたたちに見惚れてたわ」

 みちるの言葉に僕は再び頬が緩むのを感じた。つまりそれはみちるがヤキモチを焼いたってことだから。普段優雅に微笑んで感情を隠す君が素直に表してくれたのが嬉しくて堪らない。
 そしてああそれでおだんごは泣いていたのかと理解する。きっと衛さんはおだんごの機嫌を取るのに苦労しているんだろうなと思うと可笑しくて笑ってしまった。

「……もう、笑わないでちょうだい」

 その笑いを自分の行動に対して笑っていると思ったみちるは顔を赤くしたまま拗ねたように唇を尖らせてそう言った。
 今日は本当に色んな顔を見せてくれるな、と嬉しくなるのと同時にそんな可愛いことをされたら我慢出来なくなるんだけど、とも思う。
 僕はみちるに覆いかぶさって尖った唇に僕の唇を寄せる。みちるは拒絶する素振りを見せないのでそっと触れるか触れないかの力加減で腰に手を添わせた。

「ん、はるか」
「いいのかい? このままじゃ血を飲まれちゃうよ、シスター?」

 僕の言葉にみちるは目を細めて妖艶に微笑むとそっと僕の頭を両手で掴んで自分の首筋に埋めた。

「いいわ、もうとっくの昔に魅せられてしまったもの。私の血も肉も魂も、全部あなたにあげるわ」

 耳元で吐息混じりに囁かれた僕は全身の血が沸騰するのを感じた。
 全く、魅せられているのはどっちだろうと思いながら牙を突き立てる代わりにみちるの首筋に唇を触れさせて赤い花を咲かせる。
 みちるはそこに指を這わせると嬉しそうに微笑んだ。
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