私のサンタクロース
昔から、サンタクロースにお願い事をしたことなんてなかった。
いい子にしていないとサンタさんは来ないよ、なんて大人たちの言葉を信じていた時だって私は願う事をしなかった。
いい子にはしていた方だとは思う。普段から我儘を言ったり駄々を捏ねたりなんてしなかったしそれをはしたないと思っていたから、大人たちを困らせるだけだと知っていたから。
そう、だから私はサンタクロースに願わなかったのだ。忙しい父と母と、クリスマスの日を共に過したいだなんて願い事を。
願ったところでそれが叶わないものだと、サンタクロースでもプレゼント出来ないものだと幼い私はそう思っていたから。たとえプレゼントされたとしても心の奥底で私は父と母に負い目のようなものを感じていただろうし。
それに結局、願わずともその時必要だと感じたものが毎年プレゼントされていた。
例えば、ヴァイオリンの弦が足りないと思えばそれがプレゼントされたし、絵筆や絵の具を新調しようと思えばそれがプレゼントされた。
毎年クリスマスが近くなると必ず両親と電話をしては何か欲しいものは無いか、足りないものは無いか、なんて会話を繰り広げる。そして当日届くプレゼントを見て、サンタクロースが両親なのだと気付くのは至極当然のことだった。
ああ、まかり間違っても両親と共に過したいなんてサンタクロースにお願いをしなくて良かったとその正体に気付いた時に強く思ったものだった。
随分と早くにその正体に気付いてしまった私は以降、当たり障りのないお願い事をサンタクロース(両親)にしては知らないフリを続けたのだった。
なんて可愛げのない子どもなのかしら、とその時の私を思い出して苦笑いをする。
「ねえ、みちるママ?」
「なぁに? ほたる」
呼ばれて、意識を現実世界へと戻す。今はほたるがダイニングテーブルに腰掛けてサンタクロースへお願い事をするために手紙を書いていたところだった。
純粋にサンタクロースを信じて願うその姿が眩しくてつい自分の幼い頃を思い出してしまっていた。
「このお手紙、サンタさんにちゃんと届く?」
「ええ、はるかパパがちゃんと届けてくれるわ」
「パパ、サンタさんとお友だちなの?」
ほたるの質問に答えてやるとそちらの方が気になってしまったようでペンを置いてキラキラとした瞳でこちらを見上げてくる。
お友だち、というよりはある意味本人よ なのだけれどそんなことを今のほたるに言うほど無粋ではない。
「うーん、お友だちという訳では無いわね。サンタさんのもとへ届くポストの場所を知ってるの。だから私たちもサンタさんを見たことは無いの」
「え〜! ポストの場所知ってるの!? じゃあじゃあ、そのポストにサンタさんが自分でお手紙を取りに来るの?」
「そうね、サンタさんの姿を誰も見た事が無いのならそうなのかもしれないわ」
「じゃあそのポストの近くでハリコミをしていたらサンタさんに会えるんじゃない?」
なんて、とても真剣な顔付きで呟くほたるに私は可笑しくてくすくすと笑う。
そうかもしれないわね、でもいつやって来るか分からないのに張り込みなんてママが許しません、なんて言えばほたるはえ〜? と不服そうな声を上げた。
「う〜、でもきっとせつなママもはるかパパもダメって言うよね……じゃあはるかパパにお願いしてサンタさん捕まえてもらうのは!?」
「サンタさんを捕まえてしまったら世界中の子どもたちにプレゼントが届かなくなってしまうわ」
「あ、そっか。それじゃあダメだね。うーん、じゃあハリコミはしないから私もポストのある場所に行きたい」
そうきたか、と私は内心焦る。サンタクロース直通のポストなんて存在する訳ないし、かといってダメ、というような理由も思い付かない。
どうしましょう、と悩みながら一旦この質問は有耶無耶にしてしまおうと決めた。
「そうね、まずはサンタさんに届けるお手紙が無いとポストのある場所へ行っても意味がなくてよ?」
「そうだね! じゃあまずお手紙書く!」
そう言って再びペンを握ったほたるにホッとしながらさて、言い訳をどうしようかとまた意識を現実世界から離すのだった。
◇◇◇
「サンタさんのポストに一緒に行きたい?」
普段は切れ長でキリッとした涼やかな瞳をまん丸に大きく開けてはるかはほたるの言葉を繰り返す。
そしてほたると苦笑いをする私を交互に見やって状況を理解したはるかはなるほど、と頷いて微笑んだ。
「ごめんな、ほたる。そのポストは決まった日の決まった時間にしか現れないようになってるんだ。だからほたるを連れてってやることは出来ないんだ」
「それっていつ分かるの? どうしていつもは無いの?」
「一応日時は決まってるんだけど夜遅い時間だからほたるを連れ出すことは出来ないんだよ。あと、いつも無いのはそのポストにクリスマス以外の日にお手紙を入れられちゃうとサンタさんが困っちゃうからなんだ。サンタさん宛じゃないお手紙を貰っても出した人もサンタさんも困るだろう?」
スラスラとまるで最初から用意されていたかのようにはるかは言葉を紡ぐ。ほたるはそれで納得したようでサンタさん宛の手紙をはるかに渡すといい子にしてないとサンタさん来てくれないからお勉強してくる! と二階の自室へ上がっていった。
「ごめんなさい。ありがとう、はるか」
「いや、びっくりしたけど大丈夫」
私ははるかに近付いて謝る。結局言い訳が思い付かず、はるかパパにお願いしてみて、と全てはるかに丸投げしてしまったから。
でもやっぱりこういったことの誤魔化しは私やせつなはどうにも苦手ではるかが適任だったりするのだから仕方ないわよね、という気持ちもあったりする。
「んじゃ、ほたるからの手紙はちゃんと届けるよ。君のは?」
「……え?」
「ん?」
「……ない、わよ?」
「え、書いてないの? じゃあ後ででもいいからちゃんと書いてね」
と言っていなくなろうとするはるかを慌てて引き留める。
「ちょ、ちょっと待って! え、と。はるかは、本当にサンタクロースにそれを届けるの?」
「そうだけど?」
どういうこと? さっきのは嘘ではなかったの? 本当にサンタクロース直通のポストがあるの? え、はるかはサンタクロースを知っているの?
様々な疑問が頭の中を駆け巡る。当然だろうという表情をするはるかに私は言葉を発せずただ口をぱくぱくと開いたり閉じたりするだけしか出来なかった。
「そん、な。急に言われても、何もお願いすることなんてないし……何より私はもう子どもではないわ。いえ、それよりサンタクロースってそのお家の両親じゃ、」
「知ってる? サンタクロースって実は子どものところだけに来るわけじゃないんだぜ? そりゃあ手が回りきらなくてプレゼントだけ用意したらその家の両親に代わりに渡しといてくれーってこともあるけど」
うそ、と私は大きく目を見開いてはるかを見つめる。あまりにもびっくりし過ぎて固まる私を見て笑うはるかはそういうことだから君も手紙書いといてよ、と言って自室に荷物を置きに行ってしまった。
私はふらふらとソファに座り込むと今言われた衝撃の事実を整理するために最初から思い出すのだった。
結局、やっぱり嘘よね? と行き着いた私の気持ちは帰ってきたせつなによって打ち砕かれるのだった。
「ああ、はるか。これ、お願いします」
「りょーかい」
「……せつな、その手紙のようなものはなに?」
「手紙ですよ?」
「……誰、宛の?」
「そりゃあもちろん、サンタクロースへの」
そのやり取りをした後のことはあまりよく覚えていない。サンタクロースは実在するの……? という疑問を抱いたままとりあえず私も手紙を書いてそれをはるかに渡した、ような気がする。
怒涛の半日に脳が疲れてしまってその日は随分と早くに私は休んだのだった。
◇◇◇
そしてクリスマスが近付いたある日、そういえばほたるへのプレゼントについて聞いていないことを思い出した私はリビングで寛いでいるはるかに問いかけた。
「はるか?」
「うん?」
「もうすぐクリスマスだけれど、ほたるのプレゼントって用意したの?」
「ん〜、サンタクロースがね」
「もう、そうじゃなくて。あなたが、よ」
「や、だからサンタクロースがちゃんと届けてくれるから大丈夫だって」
雑誌から顔を上げて苦笑いを浮かべるはるかに私は顔を顰める。
あの日はパンクしてしまってあれ以上問い詰めなかったけれど今日は逃がさないんだから! ほたるのもとにプレゼントが届かなかったらほたるがガッカリするじゃない!
「はるか、あなたがとても純粋な人なのは知っているわ……純粋で清らかで真っ直ぐな人」
「う、うん? ありがとう?」
「そんなあなたにこんな事を言うのはとても心苦しいのだけれど……サンタクロースはいないのよ? そのお家のご両親が子どもから欲しいものを聞いて用意してるのよ? だからお願い。ほたるのお手紙になんて書いてあったか教えてちょうだい? 私が用意してくるわ」
本当に、本当にとても心苦しいけれどはるかにはきちんと知ってもらわなければならない。まずはほたるの夢を壊さないことを優先させなければならないのだから。
だというのに、はるかったら目をぱちくりさせた後微笑むと私の頭をぽんぽんと撫でて大丈夫だよ、と言う。
「はるか……!」
「ちゃーんとポストに投函してきたんだぜ? サンタクロースはいるから、大丈夫」
ちょっと出かけてくるよ、とはるかはそのまま外へ行ってしまった。
困ったわ、と思っていればちょうど上から降りてきたせつなが現れる。
「あ、せつな」
「どうかしましたか?」
「ほたるのクリスマスプレゼントなのだけれど……」
「ああ、はるかがもうサンタさんにお願いしてあるはずですから大丈夫ですよ」
「もう! せつなまでそう言うの? 悪いけれど、私サンタクロースを信じてないのよ。うちには一度もサンタクロースは来たことないもの」
「あら、それはきっとサンタさんが忙しすぎてみちるのご両親に委託してたのだと思いますよ」
ダメだわ、はるかもせつなも取り付く島がないわ。
こうなったらほたるの望むものを用意出来なくても何かしらのプレゼントを私が……と思ったところでせつなに呼びかけられた。
「みちる。今年だけでいいですから。サンタクロースを信じてくれませんか?」
「信じるって、」
「ちゃんとほたるのもとにも、そしてあなたのもとにも、サンタクロースは来ますから」
ね、と言って慈愛の笑みを浮かべるせつなに私は気が付けば首を縦に振っていた。
そしてやってきたクリスマス・イブ。パーティはクリスマスの夜にみんなでやることにして今日ははるかと二人きりのデートをせつなとほたるからプレゼントしてもらった。
楽しい時間を過ごした夜、はるかと一緒に布団に入り本当にサンタクロースがやってくるのか不安が過ぎる。
「大丈夫だよ。サンタクロースはちゃんと来る。だから安心しておやすみ?」
「……ええ、おやすみなさい」
全くほたるの部屋へ行こうとしないはるかに抱かれながら眠気には抗えず私は夢の世界へと旅立った。
◇◇◇
優しく頭を撫でられる感覚に意識が浮上する。ゆっくりと目を開くとカーテンの隙間から朝日が漏れていた。
朝だわ、と思うと同時に普段なら朝日を遮る影があるのにそれがないことに気付く。
はるかは、とその姿を探すために顔を動かすと視界に赤いものが映る。
「え」
「メリークリスマス、みちる」
赤いものを視界に入れると同時に降ってきた言葉に目を丸くする。目の前には俗にいうサンタクロースの格好をしたはるかがにこにことした笑顔を浮かべて座っていた。
「はるか」
「今の僕はサンタクロースさ」
いい子にしていた君にプレゼントを届けに来たんだ、と言うはるかに私は少しずつ状況を理解し始め笑みを浮かべる。
結局サンタクロースははるかだったんじゃない。せつなと一緒に私をからかったのね。
「もう、酷い人ね。でも、ありがとうサンタさん」
「おや、まだプレゼントを渡してないのにお礼を言われちゃったな」
「え? プレゼント?」
はるかからは昨日ピアスをプレゼントしてもらったし、サンタクロースはいるんだよっていうプレゼントかと思ったのだけれど、と思っているとはるかがあるものを取り出した。
「君が手紙に書いてくれたプレゼントがあるだろう?」
「あ、そうだったわね。でもごめんなさい、なんて書いたか忘れてしまったわ」
「あの日君は随分と驚いていたようだから無理もないね。はるかから聞いてるよ」
一貫して今はサンタクロースのつもりなのね、と苦笑いを浮かべる。そんな私にサンタさんは手紙を広げて見せてくれた。
そこに書かれた文字を見て、私はさらに驚く。
『家族との時間が欲しい』
そこには確かに私の筆跡でそう書かれていた。
それは私が決して願わなかったもの。サンタクロースを信じず頑なだった可愛げのない私が願うものかと思ったもの。
それを、私はあの日に書いたというの?
「……君は、サンタクロースを信じていなかったね。でもきっと、心の本当に奥底ではサンタクロースを信じたかったんじゃないかい? だからあの日、これを書いた。そうだろう?」
きっとはるかの言う通りだわ。私はサンタクロースを信じたかった。出来るのならば、ただ父と母と一緒にいたかった。
でもそれを両親に言えなくて、サンタクロースなんていないから叶わないんだと諦めて、そうして自分を納得させていたんだわ。
「ずーっといい子にしていたみちるのところに来るのが遅くなってごめんよ。ようやく君のもとにプレゼントを届けに来れたよ」
「はるか……」
うっすらと涙を浮かべ、震える声ではるかの名前を呼ぶ。はるかは苦笑いを浮かべて一応サンタクロースなんだけど、まあいいか、と呟いた。
「さ、支度をしよう。午前中は君のご両親と、夜は僕たちと家族の時間を過ごそう」
「えっ、私の両親って」
「サンタクロースに出来ないことはないのさ」
なんてキザな笑みを浮かべてウィンクをする。いよいよ我慢出来なくなった私は涙を零しながら私のサンタクロースに抱きついた。
「ありがとう、サンタさん」
「よいクリスマスを、君に」
私は満面の笑みを浮かべてはるかにキスをした。
いい子にしていないとサンタさんは来ないよ、なんて大人たちの言葉を信じていた時だって私は願う事をしなかった。
いい子にはしていた方だとは思う。普段から我儘を言ったり駄々を捏ねたりなんてしなかったしそれをはしたないと思っていたから、大人たちを困らせるだけだと知っていたから。
そう、だから私はサンタクロースに願わなかったのだ。忙しい父と母と、クリスマスの日を共に過したいだなんて願い事を。
願ったところでそれが叶わないものだと、サンタクロースでもプレゼント出来ないものだと幼い私はそう思っていたから。たとえプレゼントされたとしても心の奥底で私は父と母に負い目のようなものを感じていただろうし。
それに結局、願わずともその時必要だと感じたものが毎年プレゼントされていた。
例えば、ヴァイオリンの弦が足りないと思えばそれがプレゼントされたし、絵筆や絵の具を新調しようと思えばそれがプレゼントされた。
毎年クリスマスが近くなると必ず両親と電話をしては何か欲しいものは無いか、足りないものは無いか、なんて会話を繰り広げる。そして当日届くプレゼントを見て、サンタクロースが両親なのだと気付くのは至極当然のことだった。
ああ、まかり間違っても両親と共に過したいなんてサンタクロースにお願いをしなくて良かったとその正体に気付いた時に強く思ったものだった。
随分と早くにその正体に気付いてしまった私は以降、当たり障りのないお願い事をサンタクロース(両親)にしては知らないフリを続けたのだった。
なんて可愛げのない子どもなのかしら、とその時の私を思い出して苦笑いをする。
「ねえ、みちるママ?」
「なぁに? ほたる」
呼ばれて、意識を現実世界へと戻す。今はほたるがダイニングテーブルに腰掛けてサンタクロースへお願い事をするために手紙を書いていたところだった。
純粋にサンタクロースを信じて願うその姿が眩しくてつい自分の幼い頃を思い出してしまっていた。
「このお手紙、サンタさんにちゃんと届く?」
「ええ、はるかパパがちゃんと届けてくれるわ」
「パパ、サンタさんとお友だちなの?」
ほたるの質問に答えてやるとそちらの方が気になってしまったようでペンを置いてキラキラとした瞳でこちらを見上げてくる。
お友だち、というよりはある意味本人よ なのだけれどそんなことを今のほたるに言うほど無粋ではない。
「うーん、お友だちという訳では無いわね。サンタさんのもとへ届くポストの場所を知ってるの。だから私たちもサンタさんを見たことは無いの」
「え〜! ポストの場所知ってるの!? じゃあじゃあ、そのポストにサンタさんが自分でお手紙を取りに来るの?」
「そうね、サンタさんの姿を誰も見た事が無いのならそうなのかもしれないわ」
「じゃあそのポストの近くでハリコミをしていたらサンタさんに会えるんじゃない?」
なんて、とても真剣な顔付きで呟くほたるに私は可笑しくてくすくすと笑う。
そうかもしれないわね、でもいつやって来るか分からないのに張り込みなんてママが許しません、なんて言えばほたるはえ〜? と不服そうな声を上げた。
「う〜、でもきっとせつなママもはるかパパもダメって言うよね……じゃあはるかパパにお願いしてサンタさん捕まえてもらうのは!?」
「サンタさんを捕まえてしまったら世界中の子どもたちにプレゼントが届かなくなってしまうわ」
「あ、そっか。それじゃあダメだね。うーん、じゃあハリコミはしないから私もポストのある場所に行きたい」
そうきたか、と私は内心焦る。サンタクロース直通のポストなんて存在する訳ないし、かといってダメ、というような理由も思い付かない。
どうしましょう、と悩みながら一旦この質問は有耶無耶にしてしまおうと決めた。
「そうね、まずはサンタさんに届けるお手紙が無いとポストのある場所へ行っても意味がなくてよ?」
「そうだね! じゃあまずお手紙書く!」
そう言って再びペンを握ったほたるにホッとしながらさて、言い訳をどうしようかとまた意識を現実世界から離すのだった。
◇◇◇
「サンタさんのポストに一緒に行きたい?」
普段は切れ長でキリッとした涼やかな瞳をまん丸に大きく開けてはるかはほたるの言葉を繰り返す。
そしてほたると苦笑いをする私を交互に見やって状況を理解したはるかはなるほど、と頷いて微笑んだ。
「ごめんな、ほたる。そのポストは決まった日の決まった時間にしか現れないようになってるんだ。だからほたるを連れてってやることは出来ないんだ」
「それっていつ分かるの? どうしていつもは無いの?」
「一応日時は決まってるんだけど夜遅い時間だからほたるを連れ出すことは出来ないんだよ。あと、いつも無いのはそのポストにクリスマス以外の日にお手紙を入れられちゃうとサンタさんが困っちゃうからなんだ。サンタさん宛じゃないお手紙を貰っても出した人もサンタさんも困るだろう?」
スラスラとまるで最初から用意されていたかのようにはるかは言葉を紡ぐ。ほたるはそれで納得したようでサンタさん宛の手紙をはるかに渡すといい子にしてないとサンタさん来てくれないからお勉強してくる! と二階の自室へ上がっていった。
「ごめんなさい。ありがとう、はるか」
「いや、びっくりしたけど大丈夫」
私ははるかに近付いて謝る。結局言い訳が思い付かず、はるかパパにお願いしてみて、と全てはるかに丸投げしてしまったから。
でもやっぱりこういったことの誤魔化しは私やせつなはどうにも苦手ではるかが適任だったりするのだから仕方ないわよね、という気持ちもあったりする。
「んじゃ、ほたるからの手紙はちゃんと届けるよ。君のは?」
「……え?」
「ん?」
「……ない、わよ?」
「え、書いてないの? じゃあ後ででもいいからちゃんと書いてね」
と言っていなくなろうとするはるかを慌てて引き留める。
「ちょ、ちょっと待って! え、と。はるかは、本当にサンタクロースにそれを届けるの?」
「そうだけど?」
どういうこと? さっきのは嘘ではなかったの? 本当にサンタクロース直通のポストがあるの? え、はるかはサンタクロースを知っているの?
様々な疑問が頭の中を駆け巡る。当然だろうという表情をするはるかに私は言葉を発せずただ口をぱくぱくと開いたり閉じたりするだけしか出来なかった。
「そん、な。急に言われても、何もお願いすることなんてないし……何より私はもう子どもではないわ。いえ、それよりサンタクロースってそのお家の両親じゃ、」
「知ってる? サンタクロースって実は子どものところだけに来るわけじゃないんだぜ? そりゃあ手が回りきらなくてプレゼントだけ用意したらその家の両親に代わりに渡しといてくれーってこともあるけど」
うそ、と私は大きく目を見開いてはるかを見つめる。あまりにもびっくりし過ぎて固まる私を見て笑うはるかはそういうことだから君も手紙書いといてよ、と言って自室に荷物を置きに行ってしまった。
私はふらふらとソファに座り込むと今言われた衝撃の事実を整理するために最初から思い出すのだった。
結局、やっぱり嘘よね? と行き着いた私の気持ちは帰ってきたせつなによって打ち砕かれるのだった。
「ああ、はるか。これ、お願いします」
「りょーかい」
「……せつな、その手紙のようなものはなに?」
「手紙ですよ?」
「……誰、宛の?」
「そりゃあもちろん、サンタクロースへの」
そのやり取りをした後のことはあまりよく覚えていない。サンタクロースは実在するの……? という疑問を抱いたままとりあえず私も手紙を書いてそれをはるかに渡した、ような気がする。
怒涛の半日に脳が疲れてしまってその日は随分と早くに私は休んだのだった。
◇◇◇
そしてクリスマスが近付いたある日、そういえばほたるへのプレゼントについて聞いていないことを思い出した私はリビングで寛いでいるはるかに問いかけた。
「はるか?」
「うん?」
「もうすぐクリスマスだけれど、ほたるのプレゼントって用意したの?」
「ん〜、サンタクロースがね」
「もう、そうじゃなくて。あなたが、よ」
「や、だからサンタクロースがちゃんと届けてくれるから大丈夫だって」
雑誌から顔を上げて苦笑いを浮かべるはるかに私は顔を顰める。
あの日はパンクしてしまってあれ以上問い詰めなかったけれど今日は逃がさないんだから! ほたるのもとにプレゼントが届かなかったらほたるがガッカリするじゃない!
「はるか、あなたがとても純粋な人なのは知っているわ……純粋で清らかで真っ直ぐな人」
「う、うん? ありがとう?」
「そんなあなたにこんな事を言うのはとても心苦しいのだけれど……サンタクロースはいないのよ? そのお家のご両親が子どもから欲しいものを聞いて用意してるのよ? だからお願い。ほたるのお手紙になんて書いてあったか教えてちょうだい? 私が用意してくるわ」
本当に、本当にとても心苦しいけれどはるかにはきちんと知ってもらわなければならない。まずはほたるの夢を壊さないことを優先させなければならないのだから。
だというのに、はるかったら目をぱちくりさせた後微笑むと私の頭をぽんぽんと撫でて大丈夫だよ、と言う。
「はるか……!」
「ちゃーんとポストに投函してきたんだぜ? サンタクロースはいるから、大丈夫」
ちょっと出かけてくるよ、とはるかはそのまま外へ行ってしまった。
困ったわ、と思っていればちょうど上から降りてきたせつなが現れる。
「あ、せつな」
「どうかしましたか?」
「ほたるのクリスマスプレゼントなのだけれど……」
「ああ、はるかがもうサンタさんにお願いしてあるはずですから大丈夫ですよ」
「もう! せつなまでそう言うの? 悪いけれど、私サンタクロースを信じてないのよ。うちには一度もサンタクロースは来たことないもの」
「あら、それはきっとサンタさんが忙しすぎてみちるのご両親に委託してたのだと思いますよ」
ダメだわ、はるかもせつなも取り付く島がないわ。
こうなったらほたるの望むものを用意出来なくても何かしらのプレゼントを私が……と思ったところでせつなに呼びかけられた。
「みちる。今年だけでいいですから。サンタクロースを信じてくれませんか?」
「信じるって、」
「ちゃんとほたるのもとにも、そしてあなたのもとにも、サンタクロースは来ますから」
ね、と言って慈愛の笑みを浮かべるせつなに私は気が付けば首を縦に振っていた。
そしてやってきたクリスマス・イブ。パーティはクリスマスの夜にみんなでやることにして今日ははるかと二人きりのデートをせつなとほたるからプレゼントしてもらった。
楽しい時間を過ごした夜、はるかと一緒に布団に入り本当にサンタクロースがやってくるのか不安が過ぎる。
「大丈夫だよ。サンタクロースはちゃんと来る。だから安心しておやすみ?」
「……ええ、おやすみなさい」
全くほたるの部屋へ行こうとしないはるかに抱かれながら眠気には抗えず私は夢の世界へと旅立った。
◇◇◇
優しく頭を撫でられる感覚に意識が浮上する。ゆっくりと目を開くとカーテンの隙間から朝日が漏れていた。
朝だわ、と思うと同時に普段なら朝日を遮る影があるのにそれがないことに気付く。
はるかは、とその姿を探すために顔を動かすと視界に赤いものが映る。
「え」
「メリークリスマス、みちる」
赤いものを視界に入れると同時に降ってきた言葉に目を丸くする。目の前には俗にいうサンタクロースの格好をしたはるかがにこにことした笑顔を浮かべて座っていた。
「はるか」
「今の僕はサンタクロースさ」
いい子にしていた君にプレゼントを届けに来たんだ、と言うはるかに私は少しずつ状況を理解し始め笑みを浮かべる。
結局サンタクロースははるかだったんじゃない。せつなと一緒に私をからかったのね。
「もう、酷い人ね。でも、ありがとうサンタさん」
「おや、まだプレゼントを渡してないのにお礼を言われちゃったな」
「え? プレゼント?」
はるかからは昨日ピアスをプレゼントしてもらったし、サンタクロースはいるんだよっていうプレゼントかと思ったのだけれど、と思っているとはるかがあるものを取り出した。
「君が手紙に書いてくれたプレゼントがあるだろう?」
「あ、そうだったわね。でもごめんなさい、なんて書いたか忘れてしまったわ」
「あの日君は随分と驚いていたようだから無理もないね。はるかから聞いてるよ」
一貫して今はサンタクロースのつもりなのね、と苦笑いを浮かべる。そんな私にサンタさんは手紙を広げて見せてくれた。
そこに書かれた文字を見て、私はさらに驚く。
『家族との時間が欲しい』
そこには確かに私の筆跡でそう書かれていた。
それは私が決して願わなかったもの。サンタクロースを信じず頑なだった可愛げのない私が願うものかと思ったもの。
それを、私はあの日に書いたというの?
「……君は、サンタクロースを信じていなかったね。でもきっと、心の本当に奥底ではサンタクロースを信じたかったんじゃないかい? だからあの日、これを書いた。そうだろう?」
きっとはるかの言う通りだわ。私はサンタクロースを信じたかった。出来るのならば、ただ父と母と一緒にいたかった。
でもそれを両親に言えなくて、サンタクロースなんていないから叶わないんだと諦めて、そうして自分を納得させていたんだわ。
「ずーっといい子にしていたみちるのところに来るのが遅くなってごめんよ。ようやく君のもとにプレゼントを届けに来れたよ」
「はるか……」
うっすらと涙を浮かべ、震える声ではるかの名前を呼ぶ。はるかは苦笑いを浮かべて一応サンタクロースなんだけど、まあいいか、と呟いた。
「さ、支度をしよう。午前中は君のご両親と、夜は僕たちと家族の時間を過ごそう」
「えっ、私の両親って」
「サンタクロースに出来ないことはないのさ」
なんてキザな笑みを浮かべてウィンクをする。いよいよ我慢出来なくなった私は涙を零しながら私のサンタクロースに抱きついた。
「ありがとう、サンタさん」
「よいクリスマスを、君に」
私は満面の笑みを浮かべてはるかにキスをした。
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