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当分愛されるのは勘弁です

 一言で言えば、私が悪い。
 ここ最近はプルートとして戦う場面も少なく油断していたというのが正直なところだった。倒したと思った妖魔が最後の最後で攻撃をしてくるとは。しかしそれは意図して放たれたものではなく、どちらかといえば暴発したという感じだった。
 完全に妖魔が消え去ったのを視界の端に捉えながら、私を庇って倒れ込んだウラヌスのもとへ駆け寄る。この場にみちるがいてくれたらどれだけ良かっただろうと、申し訳なさや後悔を抱いてウラヌスの名を呼ぶ。

「ウラヌス! 大丈夫ですか!?」
「うっ、へい、きだ……」

 軽く頭を押さえながらも起き上がったウラヌスにほっとして胸を撫で下ろす。一応家に帰って安静にしておいた方がいいと声をかけながら立ち上がろうとした時、急に腕を引っ張られて前に倒れ込んでしまった。 倒れ込んだ先はウラヌスの腕の中で、今までちょっと躓いたなどの事故以外で彼女の腕の中に入ったことはないから困惑する。

「ウラ、ヌス?」
「プルート、好きだ」
「はい?」

 予想もしていなかった言葉と熱い眼差しを一身に受け、私の思考回路はショートした。

    ◇◇◇

「なるほど、つまり妖魔の攻撃は受けた者が最初に見た者を好きになってしまうというものだったのね」
「まあ、本来なら妖魔自身に好意を持たせて敵を減らす、といったようなものだと思うのですが如何せん暴発でしたし、妖魔本体が消えましたからそうなったのかと……」

 家に帰ってきて詳細をみちるに説明する。戦闘終了後、合流したネプチューンは私たちの姿を見て酷く動揺していた。無理もないと思うけれどウラヌスにディープ・サブマージを放とうとしたのを止めるのは大変だった。
 とりあえず事の経緯を説明していたのだが、その間もはるかはぴったりと私に体を寄せていて気が気ではなかった。だってずっと目の前のみちるの眉がぴくぴくとしているのだから。
 青筋が立っていないのは私相手だからか、それともみちるの鋼の理性故か。恐らく後者だと思うが本当にいたたまれないし、申し訳ないし、耐性が無くて恥ずかしいしで一生のお願いを使ってもいいから助けて欲しい。

「なあせつな。いつまでみちると話してるんだよ」

 普段もよく聞くセリフ。しかしその言葉が持つ意味はいつもと違う。いつもは「早くみちるを返せ」というもの。今日のは「早く僕に構え」というもの。

「本当に、すみません……」
「あら、せつなは悪くないわ」

 私は、ですか、と呟くとみちるはにっこりと笑ってええ、あなたは、と繰り返した。背筋が凍りそうなみちるの笑みを見たのは節分以来かもしれない。

「いつ戻りそうなの?」
「多分、1日もすれば戻るかと」
「そ。じゃあとりあえず今日1日その人のことはお願いするわね」
「え、ちょ、みちる?」

 そう言い残すとみちるは練習室に篭もってしまった。はるかはみちるが練習室に向かうのを見送るとようやく独り占めできるといった態度で私の肩を抱く。

「みちる、練習室に篭もっちまったな」
「え、ええ……」
「なんだよ、随分よそよそしいな」

 当たり前でしょう!? と叫びそうになるのを何とか堪える。むしろはるかの態度に何故を唱えたい。はるかが私に好意を抱いただけで恋人であるわけではないのですが?

「どっかドライブでも行く?」
「いえ、どちらかといえば論文でも見て気分を落ち着けたいですね」

 それじゃあ僕に構ってくれなくなるじゃないか、というはるかにそう言ってるんですけどね、と心の中で呟く。
 とりあえず精神を落ち着けるためにもやはり論文を読もうと決意し、何とかはるかを説得して時間を確保することに成功した。ただ条件としてリビングで読むことになったので部屋からいくつか論文や資料を持って戻るとはるかもモータースポーツ関連の雑誌を用意していた。
 これで多少は解放されるだろうとほっとして論文に視線を落とす。
 しかし1人の世界に入ることはほとんど出来なかった。はるかがちょっかいをかけてくるからだ。こんな状態では論文に集中することなんて出来なくて内容の半分も頭に入ってこない。よくみちるはいつもこの状態で譜読みを出来るものだと感心した。

「はるか、集中出来ないのでやめてください」
「ちぇ、みちるなら構ってくれるのに」
「え?」
「ん? 何?」

 聞き返してくるはるかに何でもないと答えて考える。無意識のうちにみちると比較したということははるかの中にみちるがいるということ。まだ確証はないけれどもう既に効果は薄れてきているのかもしれない。

「なあせつな。まだ読むのか?」
「はあ、分かりました。論文を読むのはやめます。ただ家のことをするので手伝ってください」

 あまりにもしつこいので妥協する。家事をしている間なら多少まとわりつかれてもマシな気がしてきた。実際それは正解で意外と家事をきちんとこなしてくれるはるかは仕事が割り振られると黙々と作業に取り組んでいた。
 夕方に差し迫ってくる頃には疲労でぐったりとしていた。はるかはちょっと眠いと言って私の膝を勝手に枕にして寝始めた。
 寝顔は幼くて可愛らしいんですけどね、とぼーっと眺めているといつの間にか練習室から戻ってきていたみちるに見られていた。

「ふふ、寝ちゃったのね」
「ようやく大人しくなってくれてこっちとしては嬉しいですけどね」
「甘えん坊さんなのよ、この人」

 みちるはソファの前にしゃがみ込むとはるかの顔を覗き込んでその柔らかい髪をさらさらと撫でる。微笑みを携え、愛しくて仕方が無いというような眼差しではるかを見つめるみちるを見て、やっぱりはるかの愛を受けるべきはみちるだし、みちるの愛を受けるべきははるかだと思う。

「お疲れ様、せつな。夕ご飯は私が用意するから少し休んでいて」
「ありがとうございます」

 キッチンへ向かうみちるを見送って時計を見る。そろそろほたるも帰ってくる時間だ。帰ってきたらこの状況を説明しなければならないなと考えているとはるかが目を覚ました。身体を起こしてぐーっと背伸びをすると私を見て目を見開いていた。

「あれ、もしかして僕今、せつなに膝枕してもらってた?」
「ええ。勝手に頭を乗せてきたんですよ」
「え? ほんと? ごめん」
「まあ、別に構いませんが」

 はるかの戸惑いがこちらに伝わってくる。そして今のはるかの言動からどうやら例の妖魔の攻撃の効果が完全に切れたのだろうということが分かった。さらに本人はその間のことを覚えていないらしい。

「良かった……思ったより早く切れたみたいですね」
「え? 何が?」

 頭の上にたくさん疑問符を浮かべるはるかにこの半日のことを説明するとどんどん顔を青ざめさせていく。最終的に私にものすごく謝った後、キッチンの方へ駆けて行った。キッチンから必死に謝るはるかの声とわざと冷ややかに答えるみちるの声が聞こえる。 
 向こう1週間はみちるに頭が上がらないでしょうね、と思った後いや、いつもだったかと思い直す。
 何にしてもこれで本当に解放されてよかったと思ったのと同時にしばらく恋人はいらないと思ったのだった。
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