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タクシーに乗りながら帰路に着く。今日は同僚や上司から異様に早く帰れと急かされて久しぶりに定時少し過ぎに帰ることになった。
けれどまだ仕事はたくさんあるし、目を通していない気になる論文もあるからそれらはこっそりと持ち帰ってきた。
夕ご飯を食べた後に部屋に篭もって見ようと思いながらそういえば家で夕ご飯を食べるのは随分久しぶりだと気付く。
「……久しぶりに、みんなでご飯を食べられますね」
朝も、当然昼も。すぐに家を出てしまっていた私ははるかたちと食事をする機会なんて最近はなくて。一緒に食卓を囲めるという事を認識した途端なんだか嬉しくなってしまった。
はるかに見られたら珍しいものを見れた、と揶揄われそう、みちるなら優しく微笑んでそれが家族よ、と言いそう、ほたるは愛くるしい笑顔を浮かべて私もよ、と言ってくれそうだなんて思った。
気が付けばもう家の近くまで着いていて私は降りる準備をし始めた。お財布からタクシー代を出して渡せばもうそこは大切な家族の待つ家だ。
「ただいまかえりました」
「せつなママ! おかえりなさい!」
「おかえり、せつな」
出迎えてくれたのはほたるとはるかだった。はるかは早かったな、と言いながら私からさりげなく荷物を受け取って家に入るよう促す。
ほたるも笑顔で私の空いた両手を掴んで早く早く、と急かしてきた。
「まずは手洗いうがいをしなくては。ほたるももう1度手を洗ってくださいね」
「はーい!」
ほたるを連れて洗面所へ向かう。はるかも荷物を持ったまま後ろから着いてきた。別に部屋に入ってもいいのに本当に律儀な人だと苦笑いをする。
「夕ご飯の用意は出来ていますか?」
「うん。みちると、それからほたるがお手伝いしてね」
「はるかパパも一緒に作ったんだよ!」
「そうですか」
リビングに向かいながら今日の夕方の様子を聞いて私は少しだけモヤッとした。
私もその場に混ざりたかったな、という気持ちを悟られないよう笑顔を浮かべてほたるの言葉に相槌を打つ。
「おかえりなさい、せつな」
「ただいまかえりました」
リビングに入ればダイニングテーブルに夕ご飯を並べていたみちるが笑顔で迎えてくれる。柔らかい、包み込むようなその笑顔は歳下なのに安心してしまうものだった。
料理を並べるのを手伝おうとしたけれどもう終わるから、と言って断られてしまった。少し手持ち無沙汰で待っているとはるかやほたるもみちるにくっついてキッチンへ行ってしまった。
1人残されてまた少しモヤッとしたけれどそれを表に出すのは大人気ないという事も理解しているから取り繕う。もともとポーカーフェイスは得意な方だ。
4人揃った食卓は本当に久しぶりで私だけでなくみんなもどこか嬉しそうな顔だった。あっという間に夕ご飯の時間が過ぎ、順番にお風呂に入りながら各々好きな時間を過ごす。
ほたるははるかと一緒にお風呂へ。次はみちるに譲って私が最後に入ろう。順番が回ってくるまで部屋で論文でも見ようかと腰を上げたところでみちるに引き止められてしまった。
「ね、少し付き合って下さらない?」
「ええ、構いませんよ」
紅茶を持って現れたみちるに微笑みながら答えて上げた腰を再び下ろす。
久しぶりにコーヒーやエナジードリンクといった類のものではない飲料を口にして心や体が休まるのを感じた。
最近は家と職場の往復だけをしていた私はみちるから色々な話を聞いていた。もちろん合間に私の仕事のことも聞いてくれてみちるとの会話はストレスがなくて本当に好きだと改めて思った。
「お風呂、空いたよ」
「ではみちる、どうぞ」
「そう? それじゃあ先に頂くわね」
みちるとの会話が丁度良く切れたところではるかとほたるがリビングへ戻ってきた。タイミングも良かったので私はそのままお風呂をみちるに譲る。
さて、ではそろそろ論文を、と腰を上げたところでまた捕まってしまった。
「せつなママ、髪の毛乾かして欲しいんだけど……だめ?」
「ふふ、いいですよ。いらっしゃい」
珍しくほたるが甘えてくれたことが嬉しくて快諾する。もちろん、そうでなくても快諾していたけれど。
ほたるからドライヤーを受け取って優しく髪を乾かしていけばご機嫌なほたるが鼻歌を歌い始めてとても可愛らしい。しばらくすると眠くなってきたようで船を漕ぎ始めた。
「ほたる、部屋に戻りましょうか」
「うん……」
「ほたるを寝かし付けてきますね」
「うん。頼むよ」
ドライヤーをしている最中も近くで雑誌を読んでいたはるかにそう声をかけて2階へあがる。
ほたるを布団へ入れると割とすぐに眠りについた。いつもは元気すぎて本を2冊ほど読まないと寝ないのに珍しい、最近はこうだったのかしら、なんて思いながら優しく額にキスをして部屋を出る。
1階へ戻ればみちるがお風呂から上がっていたのでそのまま脱衣所へ向かう。浴室はみちるお気に入りの入浴剤の匂いで満たされていて疲れが取れるようだった。
ゆっくりとお湯に浸かったのも久しぶりだ、と思った私は苦笑いを浮かべる。最近は本当に仕事ばかりしていたのだなと自分に少し呆れた。
髪を乾かし終えた頃にはもう結構な時間になっていてはるかもみちるも寝てしまっただろうと思いながらリビングへ行くとほんのりと明かりが灯っていた。
「やあ」
「みちるはもう寝たのですか?」
「うん。明日早いからね。寝かし付けて来たんだ」
まるでほたるのことを話すかのように言うものだから思わず笑ってしまう。するとはるかもくすっと目を細めて笑った。
その笑顔に不覚にもドキリとしてしまい、この人は本当に顔が良いのだと再認識する。
はるかは私の様子に気付いていないのか構わず少し付き合ってよ、明日休みだろ? と言ってワインを見せてきた。
そこで私はピンときてなるほどと1人頷く。はるかに渡されたワインの入ったグラスを受け取り席に着くと私は口を開いた。
「なるほど。今日のあれこれはあなたの仕業ですか」
「うん? なんの事だい?」
大袈裟なジェスチャーでとぼけるはるかを見ながらグラスを傾ける。
程よい酸味のするこのワインは私とはるかのお気に入りだった。
「とぼけても無駄ですよ。明日休みというのが決まったのは今日の昼です。あなたがそれを知ってるわけないでしょう?」
「詰めが甘かったか」
「わざとでしょうに」
2人で軽口を言い合って笑い合う。
みちると紅茶を飲みながら談笑する時間も、ほたるを甘やかしたり寝かし付ける時間も、そしてはるかとお酒を飲みながら軽く冗談を言い合う時間も。
どれもこれも、私の大好きな時間。こんなに素敵な時間を貰えて私はなんて幸せなんだろうと思う。
「それで?」
「ん?」
「どうしたんですか急に。別に誕生日でもなんでもないのですが」
純粋に疑問に思って問えばはるかはぱちぱちと目を瞬かせてはぁ〜、と大きな溜め息を吐いた。
まさかそんな反応をされるなんて思ってもいなくて今度は私が直前のはるかと同じ顔をする。
「ホントに君ってさあ……」
「なんです?」
まあ、それがせつななんだけど、とはるかは苦笑いを浮かべる。
「せつな、僕やみちるが朝早くから夜遅くまで仕事で外出てて、それが何日も続いてる上に家に帰ってきたら休むことなく掃除したり料理作ったりしてたらどう思う?」
「そんなのすぐに休みなさいって、いいます、けど……」
「だよな?」
はるかたちが思っていることをようやく理解した私は言葉尻が小さくなっていく。憎たらしい程の爽やかな笑みを浮かべるはるかにすみません、と小さく謝った。
はるかは再びグラスを傾けながら謝って欲しい訳じゃないんだ、とからからと笑う。
「せつなが何対してもクソ真面目なのはもう知ってるさ」
「クソ真面目……」
「でも僕らはそんな君が好きだし、『冥王せつな』である君に好きなことを好きなだけ、好きにやって欲しいって思ってる」
「!」
若干気になる単語もあったけれど、はるかの言葉に思わず顔を上げる。はるかはとても優しい顔をしていた。
「いつか、もしかしたら僕らはまたあの場所に戻るかもしれない。そうなったらもう今みたいに過ごすことなんてきっと出来ない。だから僕もみちるもほたるも、好きなことをしてる。せつなにも好きなことをして欲しい。本当に心からそう思ってる」
「はるか……」
「ただ、僕らの悪いところだな。集中すると周りが見えなくなっちまう。だからそうなった時にはちゃんと休んで欲しいと思うし、その休める場所がここならいいって思うんだ。周りが見えなくなったって他3人が止めればいい」
な? と笑うはるかに私は微笑む。小さく頷いてそうですね、と呟こうとして気付く。
頭を動かしたことで瞳に溜まっていた雫が零れ落ち、声が喉に張り付いて相槌の言葉が出てこない。
泣いているのだ、とようやくそこで理解した。
「おいおい、泣き止んでくれよ」
「……っ、すみ、ません」
「明日みちるとほたるに僕が怒られちゃうよ。せつなに何したのって」
「ふふっ、たまには、いいんじゃないですか?」
うげ、せつなはみちるとほたるに怒られる怖さを知らないからそう言えるんだぜ、と渋い顔をするはるかが可笑しくて笑いが止まらない。
「本当に、私は幸せ者ですね」
「こんなもんで幸せ感じてたら明日以降怖くなるんじゃないか?」
「え?」
「明日はみんなで出掛けるんだ。だからみちるには早く寝てもらったし、ワインだっていつもより少ないだろ?」
言われてみれば確かにいつも飲む量より明らかに少ない。それは明日朝早くからはるかが運転をするという証拠だった。
しかしみちるに早く寝てもらったというのはどういう事だろう。黙って考えているとはるかは悪びれもなく言った。
「だってみちるには朝早くに僕を起こすっていう仕事があるからね」
「……そんな堂々と言わないでくださいよ」
本当に、子どもっぽいところも持つこの人は自由でいつも私たちは振り回される。
けれどこうしていつも私たちに良い影響を与えてくれるのもまた事実で、明日どこへ行くのかという野暮な質問はしないでおくことにした。
「ではぜひ、私のことを怖がらせてくださいね」
「任せろ。もう幸せなんか要らないって言ったって僕らは渡してやるからな」
覚悟しろよ、というイタズラ小僧の笑みを見て私も微笑んだ。
けれどまだ仕事はたくさんあるし、目を通していない気になる論文もあるからそれらはこっそりと持ち帰ってきた。
夕ご飯を食べた後に部屋に篭もって見ようと思いながらそういえば家で夕ご飯を食べるのは随分久しぶりだと気付く。
「……久しぶりに、みんなでご飯を食べられますね」
朝も、当然昼も。すぐに家を出てしまっていた私ははるかたちと食事をする機会なんて最近はなくて。一緒に食卓を囲めるという事を認識した途端なんだか嬉しくなってしまった。
はるかに見られたら珍しいものを見れた、と揶揄われそう、みちるなら優しく微笑んでそれが家族よ、と言いそう、ほたるは愛くるしい笑顔を浮かべて私もよ、と言ってくれそうだなんて思った。
気が付けばもう家の近くまで着いていて私は降りる準備をし始めた。お財布からタクシー代を出して渡せばもうそこは大切な家族の待つ家だ。
「ただいまかえりました」
「せつなママ! おかえりなさい!」
「おかえり、せつな」
出迎えてくれたのはほたるとはるかだった。はるかは早かったな、と言いながら私からさりげなく荷物を受け取って家に入るよう促す。
ほたるも笑顔で私の空いた両手を掴んで早く早く、と急かしてきた。
「まずは手洗いうがいをしなくては。ほたるももう1度手を洗ってくださいね」
「はーい!」
ほたるを連れて洗面所へ向かう。はるかも荷物を持ったまま後ろから着いてきた。別に部屋に入ってもいいのに本当に律儀な人だと苦笑いをする。
「夕ご飯の用意は出来ていますか?」
「うん。みちると、それからほたるがお手伝いしてね」
「はるかパパも一緒に作ったんだよ!」
「そうですか」
リビングに向かいながら今日の夕方の様子を聞いて私は少しだけモヤッとした。
私もその場に混ざりたかったな、という気持ちを悟られないよう笑顔を浮かべてほたるの言葉に相槌を打つ。
「おかえりなさい、せつな」
「ただいまかえりました」
リビングに入ればダイニングテーブルに夕ご飯を並べていたみちるが笑顔で迎えてくれる。柔らかい、包み込むようなその笑顔は歳下なのに安心してしまうものだった。
料理を並べるのを手伝おうとしたけれどもう終わるから、と言って断られてしまった。少し手持ち無沙汰で待っているとはるかやほたるもみちるにくっついてキッチンへ行ってしまった。
1人残されてまた少しモヤッとしたけれどそれを表に出すのは大人気ないという事も理解しているから取り繕う。もともとポーカーフェイスは得意な方だ。
4人揃った食卓は本当に久しぶりで私だけでなくみんなもどこか嬉しそうな顔だった。あっという間に夕ご飯の時間が過ぎ、順番にお風呂に入りながら各々好きな時間を過ごす。
ほたるははるかと一緒にお風呂へ。次はみちるに譲って私が最後に入ろう。順番が回ってくるまで部屋で論文でも見ようかと腰を上げたところでみちるに引き止められてしまった。
「ね、少し付き合って下さらない?」
「ええ、構いませんよ」
紅茶を持って現れたみちるに微笑みながら答えて上げた腰を再び下ろす。
久しぶりにコーヒーやエナジードリンクといった類のものではない飲料を口にして心や体が休まるのを感じた。
最近は家と職場の往復だけをしていた私はみちるから色々な話を聞いていた。もちろん合間に私の仕事のことも聞いてくれてみちるとの会話はストレスがなくて本当に好きだと改めて思った。
「お風呂、空いたよ」
「ではみちる、どうぞ」
「そう? それじゃあ先に頂くわね」
みちるとの会話が丁度良く切れたところではるかとほたるがリビングへ戻ってきた。タイミングも良かったので私はそのままお風呂をみちるに譲る。
さて、ではそろそろ論文を、と腰を上げたところでまた捕まってしまった。
「せつなママ、髪の毛乾かして欲しいんだけど……だめ?」
「ふふ、いいですよ。いらっしゃい」
珍しくほたるが甘えてくれたことが嬉しくて快諾する。もちろん、そうでなくても快諾していたけれど。
ほたるからドライヤーを受け取って優しく髪を乾かしていけばご機嫌なほたるが鼻歌を歌い始めてとても可愛らしい。しばらくすると眠くなってきたようで船を漕ぎ始めた。
「ほたる、部屋に戻りましょうか」
「うん……」
「ほたるを寝かし付けてきますね」
「うん。頼むよ」
ドライヤーをしている最中も近くで雑誌を読んでいたはるかにそう声をかけて2階へあがる。
ほたるを布団へ入れると割とすぐに眠りについた。いつもは元気すぎて本を2冊ほど読まないと寝ないのに珍しい、最近はこうだったのかしら、なんて思いながら優しく額にキスをして部屋を出る。
1階へ戻ればみちるがお風呂から上がっていたのでそのまま脱衣所へ向かう。浴室はみちるお気に入りの入浴剤の匂いで満たされていて疲れが取れるようだった。
ゆっくりとお湯に浸かったのも久しぶりだ、と思った私は苦笑いを浮かべる。最近は本当に仕事ばかりしていたのだなと自分に少し呆れた。
髪を乾かし終えた頃にはもう結構な時間になっていてはるかもみちるも寝てしまっただろうと思いながらリビングへ行くとほんのりと明かりが灯っていた。
「やあ」
「みちるはもう寝たのですか?」
「うん。明日早いからね。寝かし付けて来たんだ」
まるでほたるのことを話すかのように言うものだから思わず笑ってしまう。するとはるかもくすっと目を細めて笑った。
その笑顔に不覚にもドキリとしてしまい、この人は本当に顔が良いのだと再認識する。
はるかは私の様子に気付いていないのか構わず少し付き合ってよ、明日休みだろ? と言ってワインを見せてきた。
そこで私はピンときてなるほどと1人頷く。はるかに渡されたワインの入ったグラスを受け取り席に着くと私は口を開いた。
「なるほど。今日のあれこれはあなたの仕業ですか」
「うん? なんの事だい?」
大袈裟なジェスチャーでとぼけるはるかを見ながらグラスを傾ける。
程よい酸味のするこのワインは私とはるかのお気に入りだった。
「とぼけても無駄ですよ。明日休みというのが決まったのは今日の昼です。あなたがそれを知ってるわけないでしょう?」
「詰めが甘かったか」
「わざとでしょうに」
2人で軽口を言い合って笑い合う。
みちると紅茶を飲みながら談笑する時間も、ほたるを甘やかしたり寝かし付ける時間も、そしてはるかとお酒を飲みながら軽く冗談を言い合う時間も。
どれもこれも、私の大好きな時間。こんなに素敵な時間を貰えて私はなんて幸せなんだろうと思う。
「それで?」
「ん?」
「どうしたんですか急に。別に誕生日でもなんでもないのですが」
純粋に疑問に思って問えばはるかはぱちぱちと目を瞬かせてはぁ〜、と大きな溜め息を吐いた。
まさかそんな反応をされるなんて思ってもいなくて今度は私が直前のはるかと同じ顔をする。
「ホントに君ってさあ……」
「なんです?」
まあ、それがせつななんだけど、とはるかは苦笑いを浮かべる。
「せつな、僕やみちるが朝早くから夜遅くまで仕事で外出てて、それが何日も続いてる上に家に帰ってきたら休むことなく掃除したり料理作ったりしてたらどう思う?」
「そんなのすぐに休みなさいって、いいます、けど……」
「だよな?」
はるかたちが思っていることをようやく理解した私は言葉尻が小さくなっていく。憎たらしい程の爽やかな笑みを浮かべるはるかにすみません、と小さく謝った。
はるかは再びグラスを傾けながら謝って欲しい訳じゃないんだ、とからからと笑う。
「せつなが何対してもクソ真面目なのはもう知ってるさ」
「クソ真面目……」
「でも僕らはそんな君が好きだし、『冥王せつな』である君に好きなことを好きなだけ、好きにやって欲しいって思ってる」
「!」
若干気になる単語もあったけれど、はるかの言葉に思わず顔を上げる。はるかはとても優しい顔をしていた。
「いつか、もしかしたら僕らはまたあの場所に戻るかもしれない。そうなったらもう今みたいに過ごすことなんてきっと出来ない。だから僕もみちるもほたるも、好きなことをしてる。せつなにも好きなことをして欲しい。本当に心からそう思ってる」
「はるか……」
「ただ、僕らの悪いところだな。集中すると周りが見えなくなっちまう。だからそうなった時にはちゃんと休んで欲しいと思うし、その休める場所がここならいいって思うんだ。周りが見えなくなったって他3人が止めればいい」
な? と笑うはるかに私は微笑む。小さく頷いてそうですね、と呟こうとして気付く。
頭を動かしたことで瞳に溜まっていた雫が零れ落ち、声が喉に張り付いて相槌の言葉が出てこない。
泣いているのだ、とようやくそこで理解した。
「おいおい、泣き止んでくれよ」
「……っ、すみ、ません」
「明日みちるとほたるに僕が怒られちゃうよ。せつなに何したのって」
「ふふっ、たまには、いいんじゃないですか?」
うげ、せつなはみちるとほたるに怒られる怖さを知らないからそう言えるんだぜ、と渋い顔をするはるかが可笑しくて笑いが止まらない。
「本当に、私は幸せ者ですね」
「こんなもんで幸せ感じてたら明日以降怖くなるんじゃないか?」
「え?」
「明日はみんなで出掛けるんだ。だからみちるには早く寝てもらったし、ワインだっていつもより少ないだろ?」
言われてみれば確かにいつも飲む量より明らかに少ない。それは明日朝早くからはるかが運転をするという証拠だった。
しかしみちるに早く寝てもらったというのはどういう事だろう。黙って考えているとはるかは悪びれもなく言った。
「だってみちるには朝早くに僕を起こすっていう仕事があるからね」
「……そんな堂々と言わないでくださいよ」
本当に、子どもっぽいところも持つこの人は自由でいつも私たちは振り回される。
けれどこうしていつも私たちに良い影響を与えてくれるのもまた事実で、明日どこへ行くのかという野暮な質問はしないでおくことにした。
「ではぜひ、私のことを怖がらせてくださいね」
「任せろ。もう幸せなんか要らないって言ったって僕らは渡してやるからな」
覚悟しろよ、というイタズラ小僧の笑みを見て私も微笑んだ。
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