Hello my precious
トンッと背中に軽い衝撃を受ける。何だろうと思い顔だけ振り返れば綺麗なエメラルドグリーンが目に入った。
おや、珍しいこともあるもんだな、なんて思いながら声をかける。
「みちる〜?」
「……」
「どうかした?」
「……」
「おーい」
何度か呼びかけてみるけど返事はなく、代わりに後ろから回された腕に力が入る。ぎゅう、と僕の服を握りしめて顔を肩口に押し付けるみちるになるほど、と理解して僕は嬉しくて頬が緩んだ。
ごく稀に、みちるがこうして甘えてきてくれることがある。それはストレスが溜まった時だったり、音楽や絵画が行き詰まった時だったり、自分の中で昇華しきれなかった嫌な事が振り積もった時だったりと様々だ。
そうやってどうしようもなくなった時に頼ってくれるのが僕であることが心底嬉しくてたまらない。
僕はにこにことしながら前に回された腕を優しく摩って僕よりひとまわりからふたまわり小さい手のひらに僕のを重ねる。また少し力の入った手をぽんぽんと優しく叩いて僕はソファから立ち上がった。
「ちょっと歩くよ。気を付けて」
「……ん」
僕の背中に顔を押し付けたままのみちるが転ばないようにゆっくりと歩みを進める。カタツムリが歩くようなスピードで僕は背中にみちるを引っ付けたままキッチンへ入った。
食器棚からお揃いのマグカップを取り出し、戸棚からはココアの粉を取り出す。冷蔵庫からは牛乳を取り出して用意していた鍋に移して温める。
牛乳も少なくなってきたから後で買い出しに出た時に買わなきゃな、とぼんやりと思いながらマグカップにココアの粉を入れていく。僕が作るミルクココアは牛乳じゃなくてお湯で作ったのかと言いたくなるほどココアの粉末の量が多いらしい。
牛乳が勿体ない、とみちるやせつなからよく言われるがやめろと言われないという事はそれなりに2人もこのココアが気に入っているのだろうと勝手に思い込むことにした。
現にほたるには大絶賛されている。牛乳は苦手だけどはるかパパのミルクココアは飲めると嬉しそうに笑っていた。
笑顔のほたるを思い出して頬を緩めた僕に勘づいたのかみちるが強く抱きしめてくる。ごめんと素直に謝って固く結ばれたみちるの手を解きその手のひらにキスをした。
「またちょっと歩くよ。僕両手塞がってるから転びそうになったら助けてね」
温まった牛乳をマグカップに注いでしっかり粉が無くなるまで混ぜたものを手に再びカタツムリの如くリビングに戻る。
少しだけ緩くなった拘束にみちるが僕のことを心配して歩きやすくしてくれたことを感じ取る。
ソファの前まで戻ってきた僕は目の前のテーブルにマグカップを置いてみちるの腕をそっと解いた。そして隣合うようにソファに座り空いたその手にミルクココアの入ったマグカップを持たせた。
僕も片手でマグカップを持ち、そしてもう片方の手でみちるの肩を抱き寄せる。みちるはされるがままでぼんやりとしている。構わず僕はマグカップに口をつけて読みかけだった雑誌を引っ張り出して読み始めた。
しばらく無言のまま2人寄り添っているとみちるがポツリと言葉を漏らす。
「……ちょっとね、つかれちゃったの」
「うん」
「リサイタルの準備と、個展の準備で、缶詰で」
「うん」
「せつなと、ほたると……はるかと過ごす時間が取れなくて、つかれちゃった」
「うん」
僕は雑誌に視線を落としたまま、けれど耳も頭も何もかも視線以外の全てはみちるに傾けていた。だからさっぱり雑誌の内容は頭に入ってきていない。
そんな自分がおかしくてちょっと笑いながらみちるの奥底に沈んでいた願望が、本音が浮き上がってくるのをじっと待つ。
「…………はるかのそばにいたくて仕方がないの。はなれたくない。はるかにあまえたい」
「うん、そっか。嬉しいな、僕もみちるのそばにいたくて仕方がないし、離れたくないし、甘やかしたい」
ようやく浮き上がってきた本音に僕は微笑んでみちるに視線を移した。困ったような怯えたような小さな子どもみたいな表情をするみちるに僕はまた頬を緩ませる。
甘やかすのは上手なくせに甘えるのが下手くそなみちるはそれでも出会った頃より甘えてくれるようになった。
教育の賜だな、なんて1人心の中で相槌を打ってみちるの頬にキスをする。ようやく少し笑顔を見せたみちるは手の中のマグカップに口をつけた。
「はるかのミルクココア、すき」
「そ? みちるのミルクココアも美味しいけど」
「でもはるかのとは違うもの。私が好きなのははるかのミルクココア」
はるかみたいに温かくて優しくて甘くて大好きなの、とふんわり微笑むみちるがかわいい。そう言って貰えて嬉しいけど僕みたいにって言うなら僕がいるんだからそれでいいだろという嫉妬心も湧き上がってくる。
飲み物に嫉妬するなんて全く馬鹿にも程があると自覚はしているがみちるを僕以外のものに取られるのはどうしても我慢ならないのだから最近は諦めた。
ほわほわと幸せそうに笑うみちるの手からマグカップを奪い取り僕のマグカップと合わせてテーブルに戻す。
不思議そうに見上げるみちるを抱きしめてたくさんのキスを送ってやれば擽ったそうにしながらもミルクココアを飲んでいた時よりも幸せそうに笑う。
みちるを抱きしめたままソファに倒れ込む。普段のみちるならお行儀が悪いと眉を顰めるが今日は僕の上でくすくすと楽しそうに笑うだけだ。
「はるか」
「うん?」
「好きよ、はるか」
「……うん」
「大好き」
「僕も大好きだよ、みちる」
全く、今日は僕がたくさんみちるにあげようと思っていたのに思わずみちるから最高のプレゼントを貰ってしまった。
体の力を抜いてリラックスしたみちるの顔を覗き込んでミルクココア味のキスをする。
嬉しそうに頬を緩めて擦り寄るみちるを抱きしめながらさあ次はどうやって甘やかそうかとユラユラと湯気の立つマグカップを見つめながら考え始めた。
おや、珍しいこともあるもんだな、なんて思いながら声をかける。
「みちる〜?」
「……」
「どうかした?」
「……」
「おーい」
何度か呼びかけてみるけど返事はなく、代わりに後ろから回された腕に力が入る。ぎゅう、と僕の服を握りしめて顔を肩口に押し付けるみちるになるほど、と理解して僕は嬉しくて頬が緩んだ。
ごく稀に、みちるがこうして甘えてきてくれることがある。それはストレスが溜まった時だったり、音楽や絵画が行き詰まった時だったり、自分の中で昇華しきれなかった嫌な事が振り積もった時だったりと様々だ。
そうやってどうしようもなくなった時に頼ってくれるのが僕であることが心底嬉しくてたまらない。
僕はにこにことしながら前に回された腕を優しく摩って僕よりひとまわりからふたまわり小さい手のひらに僕のを重ねる。また少し力の入った手をぽんぽんと優しく叩いて僕はソファから立ち上がった。
「ちょっと歩くよ。気を付けて」
「……ん」
僕の背中に顔を押し付けたままのみちるが転ばないようにゆっくりと歩みを進める。カタツムリが歩くようなスピードで僕は背中にみちるを引っ付けたままキッチンへ入った。
食器棚からお揃いのマグカップを取り出し、戸棚からはココアの粉を取り出す。冷蔵庫からは牛乳を取り出して用意していた鍋に移して温める。
牛乳も少なくなってきたから後で買い出しに出た時に買わなきゃな、とぼんやりと思いながらマグカップにココアの粉を入れていく。僕が作るミルクココアは牛乳じゃなくてお湯で作ったのかと言いたくなるほどココアの粉末の量が多いらしい。
牛乳が勿体ない、とみちるやせつなからよく言われるがやめろと言われないという事はそれなりに2人もこのココアが気に入っているのだろうと勝手に思い込むことにした。
現にほたるには大絶賛されている。牛乳は苦手だけどはるかパパのミルクココアは飲めると嬉しそうに笑っていた。
笑顔のほたるを思い出して頬を緩めた僕に勘づいたのかみちるが強く抱きしめてくる。ごめんと素直に謝って固く結ばれたみちるの手を解きその手のひらにキスをした。
「またちょっと歩くよ。僕両手塞がってるから転びそうになったら助けてね」
温まった牛乳をマグカップに注いでしっかり粉が無くなるまで混ぜたものを手に再びカタツムリの如くリビングに戻る。
少しだけ緩くなった拘束にみちるが僕のことを心配して歩きやすくしてくれたことを感じ取る。
ソファの前まで戻ってきた僕は目の前のテーブルにマグカップを置いてみちるの腕をそっと解いた。そして隣合うようにソファに座り空いたその手にミルクココアの入ったマグカップを持たせた。
僕も片手でマグカップを持ち、そしてもう片方の手でみちるの肩を抱き寄せる。みちるはされるがままでぼんやりとしている。構わず僕はマグカップに口をつけて読みかけだった雑誌を引っ張り出して読み始めた。
しばらく無言のまま2人寄り添っているとみちるがポツリと言葉を漏らす。
「……ちょっとね、つかれちゃったの」
「うん」
「リサイタルの準備と、個展の準備で、缶詰で」
「うん」
「せつなと、ほたると……はるかと過ごす時間が取れなくて、つかれちゃった」
「うん」
僕は雑誌に視線を落としたまま、けれど耳も頭も何もかも視線以外の全てはみちるに傾けていた。だからさっぱり雑誌の内容は頭に入ってきていない。
そんな自分がおかしくてちょっと笑いながらみちるの奥底に沈んでいた願望が、本音が浮き上がってくるのをじっと待つ。
「…………はるかのそばにいたくて仕方がないの。はなれたくない。はるかにあまえたい」
「うん、そっか。嬉しいな、僕もみちるのそばにいたくて仕方がないし、離れたくないし、甘やかしたい」
ようやく浮き上がってきた本音に僕は微笑んでみちるに視線を移した。困ったような怯えたような小さな子どもみたいな表情をするみちるに僕はまた頬を緩ませる。
甘やかすのは上手なくせに甘えるのが下手くそなみちるはそれでも出会った頃より甘えてくれるようになった。
教育の賜だな、なんて1人心の中で相槌を打ってみちるの頬にキスをする。ようやく少し笑顔を見せたみちるは手の中のマグカップに口をつけた。
「はるかのミルクココア、すき」
「そ? みちるのミルクココアも美味しいけど」
「でもはるかのとは違うもの。私が好きなのははるかのミルクココア」
はるかみたいに温かくて優しくて甘くて大好きなの、とふんわり微笑むみちるがかわいい。そう言って貰えて嬉しいけど僕みたいにって言うなら僕がいるんだからそれでいいだろという嫉妬心も湧き上がってくる。
飲み物に嫉妬するなんて全く馬鹿にも程があると自覚はしているがみちるを僕以外のものに取られるのはどうしても我慢ならないのだから最近は諦めた。
ほわほわと幸せそうに笑うみちるの手からマグカップを奪い取り僕のマグカップと合わせてテーブルに戻す。
不思議そうに見上げるみちるを抱きしめてたくさんのキスを送ってやれば擽ったそうにしながらもミルクココアを飲んでいた時よりも幸せそうに笑う。
みちるを抱きしめたままソファに倒れ込む。普段のみちるならお行儀が悪いと眉を顰めるが今日は僕の上でくすくすと楽しそうに笑うだけだ。
「はるか」
「うん?」
「好きよ、はるか」
「……うん」
「大好き」
「僕も大好きだよ、みちる」
全く、今日は僕がたくさんみちるにあげようと思っていたのに思わずみちるから最高のプレゼントを貰ってしまった。
体の力を抜いてリラックスしたみちるの顔を覗き込んでミルクココア味のキスをする。
嬉しそうに頬を緩めて擦り寄るみちるを抱きしめながらさあ次はどうやって甘やかそうかとユラユラと湯気の立つマグカップを見つめながら考え始めた。
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