きしょう
ゆっくりと浮上する意識に沿って瞼を持ち上げればまだ完全には昇りきっていない朝日がカーテンの隙間から差し込んでいるのが見えた。
そしてそんな朝日を受けながら蜂蜜色の髪を輝かせてワイシャツに袖を通すはるかはこの世のものとは思えない美しさを持っていた。
鉛筆とスケッチブックが手元にないことに落胆しながらせめてもの気持ちにこの目に焼き付けようとじっと見つめる。
そんな私の視線に気付いたのかはるかが振り返って微笑んだ。
「おはよう、みちる」
そう言ってはるかは支度の手を止めるとそっと私が横たわるベッドに近付いて優しくキスをする。
「ん、おはよう、はるか」
私がそう返しながら同じようにキスをするとはるかは幸せそうに微笑んだ。
「もう、いくの?」
「うん。今日はちょっと遠いところだから」
私が起きるより早く起きることがほとんどないはるかだけれど今日のように遠出をしなくてはならない日はすっかり覚醒したはるかが私の前に立っている。
目が覚めて良かった、と独りごちながら支度を再開したはるかをまた黙って眺める。
滅多にないはるかが先に起きる日。それはお仕事の日で、わざわざ早朝の時間に私を起こしてまで見送りを望んでいないはるかはそっと支度を済ませてそっと行ってしまう。
それを寂しいと思うけれど、それははるかの優しさで、私も同じことをしているから起こして欲しいなんて言えない。
でもだからこそ、寝起き特有のぼんやりとした頭でベッドに横たわり朝日を受けながら支度をするはるかを見られるのは特別な気がして私は好きだった。
器用にネクタイを締めていくはるかを見ながら今日は何かのインタビューかしら、と考える。
皺のないワイシャツを着てネクタイをしっかり締めて、けれどスラックスに裾をまだ仕舞っていないチグハグな格好をしているはるかはそれでも美しく、格好良かった。
「……そんな熱の篭った視線で見つめられたら、仕事に行きたくなくなっちゃうな」
苦笑いを浮かべながら裾をスラックスに仕舞いベルトをするはるかに私は思っていたことをそのまま口にしてしまった。
「…………なら、もっと熱い視線を注げばいいのかしら」
はるかは私の言葉に目を見開いて驚きを露わにする。私も、自分の口にした言葉に思わず目を見張った。
普段なら絶対、思っていても口にしたりしないのに。はるかのお仕事の邪魔をするなんて、しないのに。
寝起きで、理性が働いていないからきっと漏れてしまったのだろう。
どうしたらいいか分からなくなった私はそのままシーツにくるまって枕に顔を埋めた。足音が少しずつ大きく聞こえることにはるかが近寄ってきているのが分かった。
「みちる」
「……」
「ねえ、みちる」
「……」
そばに屈んで私の名を呼ぶはるかはそっとシーツの上から私に覆いかぶさって抱きしめた。
「…………皺、つくわよ」
「んー、いいんじゃないかな。もう、家から出ないんだし」
なんでもないように呟くはるかに私は慌てて顔を上げるとはるかは優しい微笑みを浮かべて私を見つめていた。私は狼狽えながらも行かなきゃ、ご迷惑よ、と返す。
「だって、こんなにかわいいみちるを1人置いていくなんて僕がしたくないんだ」
私のお願いを聞いたわけじゃない、あくまで自分がそうしたいから、そういう口調でお仕事をキャンセルしようとするはるかに目を細める。
こめかみにキスを落として微笑むはるかに私も微笑み返して口を開く。
「……ダメよ、そんな理由でお仕事をほっぽりだすなんて」
はるかは予想していただろう言葉に唇を尖らせてちぇ、そんな理由って言うなよ、と独りごちた。けれどその顔は笑顔で僕にとっては大事な理由なんだけどな、と続けた。
「ま、このまま仕事をほっぽったらみちるに怒られそうだし? 仕方ない、今日は泣く泣く行くとするよ」
身体を起こしてジャケットを羽織ったはるかはそう言いながら寝室の扉に手をかける。私はそんなはるかにくすくすと笑いながら横たわったままはるかを見送る。
「急いで帰ってくるから、いい子で待っていてよ」
「事故に遭っても知らなくてよ」
「だいじょーぶ。なんてったって僕は天才レーサーだぜ?」
胸を張って言い切るはるかに私は我慢出来なくなって声を出して笑った。はるかはそんな私を見て同じように声を出して笑う。
「……いい子で待っていたら、ご褒美くれる?」
「……そりゃあ、もちろん。とびっきりのね」
じゃ、行ってくるよ、とウインクを1つ残してはるかは行ってしまった。横に向けていた体を仰向けにしてそっと目を閉じる。視覚を遮断したことで研ぎ澄まされた聴覚が聞き慣れたエンジン音を拾う。それが遠ざかり聞こえなくなるまで私はベッドに体を預けたままだった。
静寂が訪れた室内で再び目を開けた私は体を起こし、膝を抱えて座り込む。そして先程まではるかが立っていた場所をじっと見つめる。
しばらくそうして見つめた後もうご褒美は貰ったようなものね、と1人微笑んで鉛筆とスケッチブックを取りに私はベッドから抜け出した。
そしてそんな朝日を受けながら蜂蜜色の髪を輝かせてワイシャツに袖を通すはるかはこの世のものとは思えない美しさを持っていた。
鉛筆とスケッチブックが手元にないことに落胆しながらせめてもの気持ちにこの目に焼き付けようとじっと見つめる。
そんな私の視線に気付いたのかはるかが振り返って微笑んだ。
「おはよう、みちる」
そう言ってはるかは支度の手を止めるとそっと私が横たわるベッドに近付いて優しくキスをする。
「ん、おはよう、はるか」
私がそう返しながら同じようにキスをするとはるかは幸せそうに微笑んだ。
「もう、いくの?」
「うん。今日はちょっと遠いところだから」
私が起きるより早く起きることがほとんどないはるかだけれど今日のように遠出をしなくてはならない日はすっかり覚醒したはるかが私の前に立っている。
目が覚めて良かった、と独りごちながら支度を再開したはるかをまた黙って眺める。
滅多にないはるかが先に起きる日。それはお仕事の日で、わざわざ早朝の時間に私を起こしてまで見送りを望んでいないはるかはそっと支度を済ませてそっと行ってしまう。
それを寂しいと思うけれど、それははるかの優しさで、私も同じことをしているから起こして欲しいなんて言えない。
でもだからこそ、寝起き特有のぼんやりとした頭でベッドに横たわり朝日を受けながら支度をするはるかを見られるのは特別な気がして私は好きだった。
器用にネクタイを締めていくはるかを見ながら今日は何かのインタビューかしら、と考える。
皺のないワイシャツを着てネクタイをしっかり締めて、けれどスラックスに裾をまだ仕舞っていないチグハグな格好をしているはるかはそれでも美しく、格好良かった。
「……そんな熱の篭った視線で見つめられたら、仕事に行きたくなくなっちゃうな」
苦笑いを浮かべながら裾をスラックスに仕舞いベルトをするはるかに私は思っていたことをそのまま口にしてしまった。
「…………なら、もっと熱い視線を注げばいいのかしら」
はるかは私の言葉に目を見開いて驚きを露わにする。私も、自分の口にした言葉に思わず目を見張った。
普段なら絶対、思っていても口にしたりしないのに。はるかのお仕事の邪魔をするなんて、しないのに。
寝起きで、理性が働いていないからきっと漏れてしまったのだろう。
どうしたらいいか分からなくなった私はそのままシーツにくるまって枕に顔を埋めた。足音が少しずつ大きく聞こえることにはるかが近寄ってきているのが分かった。
「みちる」
「……」
「ねえ、みちる」
「……」
そばに屈んで私の名を呼ぶはるかはそっとシーツの上から私に覆いかぶさって抱きしめた。
「…………皺、つくわよ」
「んー、いいんじゃないかな。もう、家から出ないんだし」
なんでもないように呟くはるかに私は慌てて顔を上げるとはるかは優しい微笑みを浮かべて私を見つめていた。私は狼狽えながらも行かなきゃ、ご迷惑よ、と返す。
「だって、こんなにかわいいみちるを1人置いていくなんて僕がしたくないんだ」
私のお願いを聞いたわけじゃない、あくまで自分がそうしたいから、そういう口調でお仕事をキャンセルしようとするはるかに目を細める。
こめかみにキスを落として微笑むはるかに私も微笑み返して口を開く。
「……ダメよ、そんな理由でお仕事をほっぽりだすなんて」
はるかは予想していただろう言葉に唇を尖らせてちぇ、そんな理由って言うなよ、と独りごちた。けれどその顔は笑顔で僕にとっては大事な理由なんだけどな、と続けた。
「ま、このまま仕事をほっぽったらみちるに怒られそうだし? 仕方ない、今日は泣く泣く行くとするよ」
身体を起こしてジャケットを羽織ったはるかはそう言いながら寝室の扉に手をかける。私はそんなはるかにくすくすと笑いながら横たわったままはるかを見送る。
「急いで帰ってくるから、いい子で待っていてよ」
「事故に遭っても知らなくてよ」
「だいじょーぶ。なんてったって僕は天才レーサーだぜ?」
胸を張って言い切るはるかに私は我慢出来なくなって声を出して笑った。はるかはそんな私を見て同じように声を出して笑う。
「……いい子で待っていたら、ご褒美くれる?」
「……そりゃあ、もちろん。とびっきりのね」
じゃ、行ってくるよ、とウインクを1つ残してはるかは行ってしまった。横に向けていた体を仰向けにしてそっと目を閉じる。視覚を遮断したことで研ぎ澄まされた聴覚が聞き慣れたエンジン音を拾う。それが遠ざかり聞こえなくなるまで私はベッドに体を預けたままだった。
静寂が訪れた室内で再び目を開けた私は体を起こし、膝を抱えて座り込む。そして先程まではるかが立っていた場所をじっと見つめる。
しばらくそうして見つめた後もうご褒美は貰ったようなものね、と1人微笑んで鉛筆とスケッチブックを取りに私はベッドから抜け出した。
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