惚れた弱み
少し明かりを落としたリビングで暖かいココアを飲みながら楽譜を読む。私しかいないリビングには楽譜を捲る音だけが響く。
少し休憩をしようと楽譜から目を離したタイミングで外から聞きなれたエンジン音が聞こえた。私は楽譜をまとめて膝掛けを肩に軽く羽織ると少し早足で玄関に向かった。
エンジン音が止まってから少しの間の後、カチャリと鍵を開ける音が響き続いて扉が開いた。
「おかえりなさい、はるか」
「あ、ただいま。みちる」
私が起きていることにはるかは少し目を見張りながらもふわりと笑って挨拶を返してくれた。そのままはるかは肩にかけていたボストンバッグを下ろすと靴を脱ぐために玄関に腰を下ろした。
遠征で数週間家を離れていたはるかは最後に見た時より少し細くなっている気がする。靴を脱ぎ終わって振り返ったはるかの顔にもうっすらとだが疲れが浮かんでいた。
「お風呂入ってらっしゃい。お湯も張ってあるから今日はちゃんと入るのよ」
普段のはるかならはいはい、と軽く流してちゃんとお湯に浸からないのだけれど今日は相当疲れているのかん、と一言呟くとそのまま脱衣所へ向かった。
私はその背中を見送るとはるかの分のココアをいれるためにお湯を沸かしにキッチンへ足を向ける。
いつもより長い時間を掛けて戻ってきたはるかに暖かいココアを渡してソファに座るように促す。私は背後に回って肩にかかっていたタオルで濡れたままの髪を拭いていく。
「ん、ごめん」
「いいのよ、私が好きでやってることだから」
軽く拭いただけでさらさらになる髪の毛に羨ましいわ、と思う。拭き終えた後もしばらくその髪を触っていると気持ち良かったのかはるかは私の手に押し付けるように頭を動かした。
私はそれに応えてお仕事を頑張ってきたはるかを労わるようにゆっくりと頭を撫でる。
「……みちるに」
「うん?」
「みちるに、頭を撫でられるの、好きなんだ」
「そうなの?」
うん、と幸せそうに笑うはるかが何だか愛おしくて私はそう、と返事をすると後ろから抱きしめて頬を柔らかい髪に擦り寄せた。
「お疲れ様、はるか」
「うん」
「はるかが私たちのために頑張ってくれているの、分かってるわ」
「うん」
「……でも、やっぱり少し寂しかった。みんな口には出してなかったけれど、ほたるもせつなも、寂しがってたわ」
「……うん。僕も、寂しかった」
抱きしめる力を緩めるとはるかはゆっくりと顔を振り向かせて私に視線を合わせる。私はそっとはるかに顔を寄せて薄いけれど柔らかい唇に自身の唇を触れ合わせた。
お互いに視線を交わして微笑み合うとはるかはこっちに来て、と言って私の手を引いた。促されるままソファを回ってはるかの前に立つとそのままはるかの膝の上に乗せられてしまった。
「はるか、重いわ」
「重くないよ。むしろみちるはもう少し重くなった方がいい」
「それははるかの方よ。また痩せたでしょう、あなた」
そんなことない、と私の胸に顔を埋めながら喋るはるかにくすぐったくて笑ってしまう。
「ふふ、くすぐったいわ」
「あったかい。いい匂いする」
「そう?」
「うん。みちるのにおい」
私の匂いなんてあるのかしら、と思ったけれど私もはるかの匂いを感じるし、はるかの匂いが好きだからそのまま好きにさせてあげようと思った。
しばらくそうしているとはるかの体からだんだん力が抜けていくのを感じてこのままではここで寝てしまいそうだと気付く。
「はるか、もう寝ましょう」
「……ん、」
「ほら、がんばって」
もう半分寝かかっているはるかを何とか立たせて先に寝室に行ってちょうだいと促すがみちると一緒がいい、というはるかは廊下で大人しく立って待っていた。
急いで部屋の明かりを消したりカップをシンクに戻したりして廊下で待っているはるかの元へ向かう。
戻ってきた私を見て嬉しそうに笑うはるかが何だか幼い子どものようで可愛かった。はるかの手を取って寝室まで先導する。
一緒にベッドに入るとはるかはまた私の胸に顔を埋めて嬉しそうに笑ってすき、と呟いた。
「……愛してるわ、はるか」
くしゃりとはるかの頭を撫でながら囁くとはるかは今日1番幸せそうに笑って夢の中へ旅立った。
◇◇◇
目を開けると部屋は明るくなっていた。目覚まし時計に視線を向けるとアラームをセットした時刻の10分前を針が指している。
アラームを止めて朝ごはんの用意をするのに起きなくちゃ、と思ったところではるかが見当たらないことに気付いた。
もう起きたのかしらと考えていたけれどはるかの居場所はすぐに分かった。
「んぅ……」
「あら」
起き上がろうと体を動かしたらはるかが私の胸元あたりで丸まっていた。そういえば昨日胸に顔を埋めて眠ったわね、と思い出しているとはるかは私の腰に腕を回して再び顔を胸に埋めて眠り始めてしまった。
「はるか、離して」
「……んー」
はるかの肩を押して離れようとしたらより強い力で抱きしめられてしまう。思いっきり顔が胸の中に埋まっているけれど苦しくないのかしら。
もう1度時計に視線を向けるとあと数分でアラームが鳴る時刻になりそうだった。普段は朝が弱いはるかを起こさないように止めるし、なんなら昨日帰ってきたばかりで疲れているはるかをまだ寝かせていてあげたいのだけれどそのはるかに動きを封じられてしまってはどうしようもない。
後で不機嫌になっても自業自得よね、と思っていればアラームが鳴り響いた。
「んー……!」
「ほら、起きてちょうだい」
眉を顰めて不機嫌な顔をするはるかの体を揺らしながら声をかけるが全く起きようとしない。仕方ないわね、と無理矢理体を起こしてはるかの向こう側にある時計に手を伸ばす。
「うぐっ、くる、し……」
「……怒るわよ」
アラームを止めるためにはるかの上を体で覆えば私の胸に顔を埋めていたはるかを押し潰してしまったようで苦しいと言われる。
全く理不尽極まりないはるかの言動に流石に怒った私はすべすべで薄いはるかの頬を引っ張った。
「いててて!」
「はるかが悪いのよ」
ふん、と顔を背けて怒ってますというアピールをするとはるかはいや、ごめんごめんと平謝りをする。
しかし謝りながらもどこか嬉しそうな顔をしているはるかを私は不思議に思い怪訝な顔を向けた。
「あー、いや。みちるの胸の中で死ぬならそれもそれでいいかな〜……なんて思ったり、してたり?」
「……呆れた」
目を逸らしながらそんなことを言うはるかにすけべ、と思う。昨日はあんなに子どもみたいで可愛らしかったのに、と思い出せばそういえば昨日からずっと胸に顔を埋めていたことを思い出す。
「はるかって胸が好きなのね」
「え? いや、それは、あの……」
言い淀むはるかをじーっと見つめていれば観念したのか蚊の鳴くような声で好き、です、と答えた。その様子が怒られることを覚悟した子どもみたいで思わず頬が緩む。そしてずるい人だと思った。
子どもみたいだと思ったら紳士的で、かっこいいと思ったらかわいくて、そうやって私の心を乱してしまうこの人は本当にずるい。
「もういいわ」
「え、いや、ほんとごめん。僕が悪かった」
もう怒ってないわ、という意味で言ったのだけれどはるかは勘違いをしたようで捨てられた子犬のような顔で謝ってくる。
私ははるかの頬に1つキスをしてそうじゃないということを伝えればそこで理解したはるかはほっとした顔をする。
「朝ごはん、出来るまで良い子で待っててちょうだいね」
そう言いながら頭を撫でればはるかは嬉しさと気恥しさを混ぜ合わせた笑顔を見せた。
少し休憩をしようと楽譜から目を離したタイミングで外から聞きなれたエンジン音が聞こえた。私は楽譜をまとめて膝掛けを肩に軽く羽織ると少し早足で玄関に向かった。
エンジン音が止まってから少しの間の後、カチャリと鍵を開ける音が響き続いて扉が開いた。
「おかえりなさい、はるか」
「あ、ただいま。みちる」
私が起きていることにはるかは少し目を見張りながらもふわりと笑って挨拶を返してくれた。そのままはるかは肩にかけていたボストンバッグを下ろすと靴を脱ぐために玄関に腰を下ろした。
遠征で数週間家を離れていたはるかは最後に見た時より少し細くなっている気がする。靴を脱ぎ終わって振り返ったはるかの顔にもうっすらとだが疲れが浮かんでいた。
「お風呂入ってらっしゃい。お湯も張ってあるから今日はちゃんと入るのよ」
普段のはるかならはいはい、と軽く流してちゃんとお湯に浸からないのだけれど今日は相当疲れているのかん、と一言呟くとそのまま脱衣所へ向かった。
私はその背中を見送るとはるかの分のココアをいれるためにお湯を沸かしにキッチンへ足を向ける。
いつもより長い時間を掛けて戻ってきたはるかに暖かいココアを渡してソファに座るように促す。私は背後に回って肩にかかっていたタオルで濡れたままの髪を拭いていく。
「ん、ごめん」
「いいのよ、私が好きでやってることだから」
軽く拭いただけでさらさらになる髪の毛に羨ましいわ、と思う。拭き終えた後もしばらくその髪を触っていると気持ち良かったのかはるかは私の手に押し付けるように頭を動かした。
私はそれに応えてお仕事を頑張ってきたはるかを労わるようにゆっくりと頭を撫でる。
「……みちるに」
「うん?」
「みちるに、頭を撫でられるの、好きなんだ」
「そうなの?」
うん、と幸せそうに笑うはるかが何だか愛おしくて私はそう、と返事をすると後ろから抱きしめて頬を柔らかい髪に擦り寄せた。
「お疲れ様、はるか」
「うん」
「はるかが私たちのために頑張ってくれているの、分かってるわ」
「うん」
「……でも、やっぱり少し寂しかった。みんな口には出してなかったけれど、ほたるもせつなも、寂しがってたわ」
「……うん。僕も、寂しかった」
抱きしめる力を緩めるとはるかはゆっくりと顔を振り向かせて私に視線を合わせる。私はそっとはるかに顔を寄せて薄いけれど柔らかい唇に自身の唇を触れ合わせた。
お互いに視線を交わして微笑み合うとはるかはこっちに来て、と言って私の手を引いた。促されるままソファを回ってはるかの前に立つとそのままはるかの膝の上に乗せられてしまった。
「はるか、重いわ」
「重くないよ。むしろみちるはもう少し重くなった方がいい」
「それははるかの方よ。また痩せたでしょう、あなた」
そんなことない、と私の胸に顔を埋めながら喋るはるかにくすぐったくて笑ってしまう。
「ふふ、くすぐったいわ」
「あったかい。いい匂いする」
「そう?」
「うん。みちるのにおい」
私の匂いなんてあるのかしら、と思ったけれど私もはるかの匂いを感じるし、はるかの匂いが好きだからそのまま好きにさせてあげようと思った。
しばらくそうしているとはるかの体からだんだん力が抜けていくのを感じてこのままではここで寝てしまいそうだと気付く。
「はるか、もう寝ましょう」
「……ん、」
「ほら、がんばって」
もう半分寝かかっているはるかを何とか立たせて先に寝室に行ってちょうだいと促すがみちると一緒がいい、というはるかは廊下で大人しく立って待っていた。
急いで部屋の明かりを消したりカップをシンクに戻したりして廊下で待っているはるかの元へ向かう。
戻ってきた私を見て嬉しそうに笑うはるかが何だか幼い子どものようで可愛かった。はるかの手を取って寝室まで先導する。
一緒にベッドに入るとはるかはまた私の胸に顔を埋めて嬉しそうに笑ってすき、と呟いた。
「……愛してるわ、はるか」
くしゃりとはるかの頭を撫でながら囁くとはるかは今日1番幸せそうに笑って夢の中へ旅立った。
◇◇◇
目を開けると部屋は明るくなっていた。目覚まし時計に視線を向けるとアラームをセットした時刻の10分前を針が指している。
アラームを止めて朝ごはんの用意をするのに起きなくちゃ、と思ったところではるかが見当たらないことに気付いた。
もう起きたのかしらと考えていたけれどはるかの居場所はすぐに分かった。
「んぅ……」
「あら」
起き上がろうと体を動かしたらはるかが私の胸元あたりで丸まっていた。そういえば昨日胸に顔を埋めて眠ったわね、と思い出しているとはるかは私の腰に腕を回して再び顔を胸に埋めて眠り始めてしまった。
「はるか、離して」
「……んー」
はるかの肩を押して離れようとしたらより強い力で抱きしめられてしまう。思いっきり顔が胸の中に埋まっているけれど苦しくないのかしら。
もう1度時計に視線を向けるとあと数分でアラームが鳴る時刻になりそうだった。普段は朝が弱いはるかを起こさないように止めるし、なんなら昨日帰ってきたばかりで疲れているはるかをまだ寝かせていてあげたいのだけれどそのはるかに動きを封じられてしまってはどうしようもない。
後で不機嫌になっても自業自得よね、と思っていればアラームが鳴り響いた。
「んー……!」
「ほら、起きてちょうだい」
眉を顰めて不機嫌な顔をするはるかの体を揺らしながら声をかけるが全く起きようとしない。仕方ないわね、と無理矢理体を起こしてはるかの向こう側にある時計に手を伸ばす。
「うぐっ、くる、し……」
「……怒るわよ」
アラームを止めるためにはるかの上を体で覆えば私の胸に顔を埋めていたはるかを押し潰してしまったようで苦しいと言われる。
全く理不尽極まりないはるかの言動に流石に怒った私はすべすべで薄いはるかの頬を引っ張った。
「いててて!」
「はるかが悪いのよ」
ふん、と顔を背けて怒ってますというアピールをするとはるかはいや、ごめんごめんと平謝りをする。
しかし謝りながらもどこか嬉しそうな顔をしているはるかを私は不思議に思い怪訝な顔を向けた。
「あー、いや。みちるの胸の中で死ぬならそれもそれでいいかな〜……なんて思ったり、してたり?」
「……呆れた」
目を逸らしながらそんなことを言うはるかにすけべ、と思う。昨日はあんなに子どもみたいで可愛らしかったのに、と思い出せばそういえば昨日からずっと胸に顔を埋めていたことを思い出す。
「はるかって胸が好きなのね」
「え? いや、それは、あの……」
言い淀むはるかをじーっと見つめていれば観念したのか蚊の鳴くような声で好き、です、と答えた。その様子が怒られることを覚悟した子どもみたいで思わず頬が緩む。そしてずるい人だと思った。
子どもみたいだと思ったら紳士的で、かっこいいと思ったらかわいくて、そうやって私の心を乱してしまうこの人は本当にずるい。
「もういいわ」
「え、いや、ほんとごめん。僕が悪かった」
もう怒ってないわ、という意味で言ったのだけれどはるかは勘違いをしたようで捨てられた子犬のような顔で謝ってくる。
私ははるかの頬に1つキスをしてそうじゃないということを伝えればそこで理解したはるかはほっとした顔をする。
「朝ごはん、出来るまで良い子で待っててちょうだいね」
そう言いながら頭を撫でればはるかは嬉しさと気恥しさを混ぜ合わせた笑顔を見せた。
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