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ハグじゃなく抱擁を

「あ! みちるさーん!」

 公園のベンチに座っていると名前を呼ばれる。声の聞こえた方へ視線を向けると綺麗な金色の髪をお団子でまとめた元気な女の子が駆け寄ってきた。

「ごきげんよう、うさぎ」
「えへへ、ごきげんよう! みちるさんっ!」

 少しだけ横へズレてスペースを空けるとうさぎは失礼しまあーす! と言って腰掛けた。

「みちるさんお1人ですか?」
「いいえ。今、はるかが飲み物を買いに行ってくれてるのよ。そういううさぎは……衛さんとデートかしら?」

 はるかが戻ってくるまで待っていることを告げながらうさぎをよく見るとサイズの大きなジャケットを羽織っていた。
 うさぎが衛さん以外の男性の服を着ることはないだろうから衛さんとデートだと思ったのだけれど、彼の姿は見えない。

「まもちゃんも飲み物買いに行ってるんですよ〜! でも私1人なのによく分かりましたね?」
「そのジャケット、衛さんのでしょう?」
「ああ! なるほど〜!」

 さすがみちるさん! よく見てますね〜! なんて褒めてくれるうさぎに微笑む。
 そんな事ないわ、と言いながらそれにしてもやっぱり衛さんも男の人なのねと思う。

「うさぎが羽織ると大きさが違うのがはっきり分かるわね」
「まもちゃん、細身だけど意外とガッシリしてるんですよ〜。……みちるさんは、はるかさんの服とか着たことあります?」

 突然そう振られて一瞬、驚くけれどそれを表には出さずにそうねぇ、と言って考える素振りを見せる。

「多分、ないわ。雨に降られた時に制服のジャケットを頭に被せてくれたことはあるけれど」
「わあ! さすがはるかさん!」
「……そういえば、その時はるかのジャケットってこんなに大きいのね、って思ったわ」

 うさぎにそう答えながらその時のことを思い出す。
 はるかも細身だけれどアスリートとして体を鍛えているから私より体格はしっかりしている。身長も高いし、案外はるかもサイズの大きなものを着ているのね。

「はるかさんって服はメンズなんですか?」
「えぇ」
「じゃあまもちゃんと同じくらいのサイズなのかなぁ……でもはるかさん、まもちゃんよりは肩幅ないと思うけど……普通に着こなしてるし……」

 ぶつぶつと独り言を始めるうさぎを見ながらその独り言に心の中で頷く。
 確かにはるかって、骨格詐欺をしてるんじゃないかってくらい不思議とメンズの服を着こなしているわね。

『私も、はるかの服を着たらうさぎみたいになるのかしら……?』

 そんな事を考えていると飲み物を持ったはるかと衛さんが現れた。

「みちる、お待たせ。やぁ、おだんご頭。やっぱり一緒にいたんだ」
「こんにちは! はるかさん! ……やっぱり、って?」

 首を傾げながらはるかを見上げるうさぎに続きの言葉を衛さんが引き継いだ。

「そこではるかくんとバッタリ会ってね。公園でうさこを待たせてるって話したらじゃあきっとみちるさんといるよって言うんだ。本当に一緒にいて驚いたよ」
「おだんごは僕たちを見つけるのが得意だからね」

 はるかは私に飲み物を差し出しながらうさぎに向かってそう言ってウインクをした。
 だってはるかさんもみちるさんもフンイキ違うから〜、と言ううさぎに衛さんも苦笑いを浮かべながら頷いている。

「それじゃあ、お邪魔しました〜!」

 うさぎはそう元気に言うと衛さんの腕を引きながら去って行った。
 そんな2人を見送って私たちは視線を交わして笑い合う。その後は予定通り普通にはるかとデートをして1日を終えた。

◇◇◇

 その数日後、リビングで作業をしている時にふとはるかのジャケットが目に入った。

『そういえば、この間ジャケットの話をうさぎとしたわね』

 作業を中断してソファの背もたれに掛けられたはるかのジャケットを手に取る。
 変にシワがついてしまうからハンガーに掛けなさいっていつも言ってるのに……と小言を頭の中で言いながらじーっと見つめる。
 そしておもむろにそれを羽織ってみた。

「……大きい、わね」

 肩に掛けただけでも大きさがよくわかる。
 はるかが着た時はピッタリなのに私が羽織ると短めのワンピースを着ているような感じだった。
 袖に手を通すと手は指先しか出ない。はるかのすらりとした四肢の長さをジャケットを通して改めて感じた。

「あ、」

 服を通してはるかとの体格の差を面白く感じていると不意にはるかの香りが鼻先を掠める。
 はるかの匂いに包まれているような感じがして少しだけ鼓動が早くなった。

「かわいいことしてるじゃん」
「っ! ……はるか」

 後ろから突然声を掛けられて一瞬大きく心臓が跳ねる。平静を装いながら振り向いてはるかの名を呼んだけれど、一拍置いたのをはるかは気付いたかしら。

「ごめんなさい、勝手に」
「いや、謝ることは無いよ。こんなにかわいいみちるを見れたんだ、むしろ感謝するよ」

 はるかは私に近付いて抱き寄せるとそう言いながら額にキスをした。
 私ははるかのジャケットに包まれながらはるかに抱き締められていることに何だか嬉しくなる。

「珍しいね、君がこういう事するの」
「……この間、うさぎが衛さんのジャケットを着ていたのよ。すごくブカブカで、私もはるかのジャケットを着たらそうなるのかなって気になって」

 なるほど彼シャツはおだんご頭からか、と呟くはるかの言葉に首を傾げる。

「彼シャツ?」
「ん? この単語は聞いてないのかい? 彼氏のシャツを着ることを言うのさ」

 だから彼シャツ、というはるかの言葉になるほどと納得する。

「じゃあはるかが私のシャツを着たらカノシャツになるのかしら?」
「まあ、そうなると思うけど……着れないぜ?」

 あら、それは残念ね、と言いながらはるかの肩に頭を預ける。
 実際にはるかのジャケットを着た後だから着れるかもしれないじゃない、なんて言葉はもう言えない。

「いいわね、彼シャツ。はるかに包まれてるみたいで安心するわ」

 ぽそりとそう呟くとはるかは私の言葉に返事をすることはなく一瞬何かを考えたようだった。

「……確かに、僕の服を着てる君はいつもより可愛いけど、僕がいるんだから僕に包まれる方がいいだろ?」

 そう言って私からそっとジャケットを取り去り先程より強い力で抱き締められる。
 ジャケットを羽織っていた時よりはるかの匂いを強く感じて、より安心感が増した。
 私ははるかの首に腕を回してより近くなったはるかの瞳を見つめながら言った。

「馬鹿ね。そんなの、当たり前じゃない」

◇◇◇

「あ、あれみちるさんじゃない?」
「ホントだ! みちるさーん!」
 声の聞こえた方を振り返ると公園で出会った時と同じようにうさぎが手を振りながら駆け寄ってきた。
 違うのは一緒にいるのが衛さんじゃなくてみんなであることだけ。

「ごきげんよう、うさぎ、みんな」

 ごきげんよー! と元気に応えるうさぎとこんにちは、と言うみんなに微笑む。

「今日はみんなと一緒なのね」

 そうなんですよ〜まもちゃん用事があって……と言ううさぎの言葉にそうなのね、と返す。

「はるかさんはご一緒じゃないんですか?」

 すると亜美ちゃんからそんな質問を投げかけられた。そう言われるほど、私たちいつも一緒にいるのね。

「今日ははるかも用事があるのよ」
「そうなんですか! じゃあ一緒にお茶しましょーよ!」

 と、お茶のお誘いを受ける。レイちゃんがみちるさんにも都合があるでしょ! とうさぎを叱っている様子を見ながらくすくすと笑う。

「平気よ、はるかの用事が終わるまでウィンドウショッピングをしていただけだから」
「じゃああそこの喫茶店入りましょ!」

 うさぎを先頭に喫茶店へ入り、他愛のない話に花を咲かせる。
 そしてうさぎがふと、私に問いかけた。

「そういえばみちるさん、その服大きいですけど……もしかして」
「えぇ、はるかのよ」

 わあ! やっぱりー! とはしゃぐうさぎと珍しいものを見たとでも言うような顔で私を見つめる他の4人に笑いかける。

「はるかさんの服も大きいですね〜!」
「メンズ服だものね」
「はるかさんの服……彼シャツ……」
「いいえ、まこちゃん。はるかさんは女の人だからこの場合カノシャツになるんじゃないかしら」
「はいっ! なんではるかさんの服着てるんですか!?」

 それぞれがそれぞれの言葉を呟く中、美奈子ちゃんは右手を上げながら真っ直ぐに質問を投げかけてきた。

「着てみたかったから、かしら」
「でも今までそんな事無かったですよね!?」
「この間うさぎが衛さんのジャケットを着ていたのよ。それで」

 その後も色々と質問を投げかけられながらも1つずつ答えていくとようやくみんなは落ち着いたようだった。

「でもはるかさんのシャツを着こなすなんてさすがみちるさんですね」
「そうかしら? きっとうさぎも着こなせると思うわよ?」

 もちろん、衛さんのシャツだけれどね、と言うとうさぎはそうかなあ〜と照れる。そんなうさぎにすかさずレイちゃんがあんたは服に着られるわよ、と紅茶を口にしながらこぼした。
 いつものように言い合いを始める2人とそれを止めるみんなを見ながら本当に仲がいいと思う。

「やあ仔猫ちゃんたち、賑やかだね」

 後ろを振り返ると私の座席の背もたれに手を置いて立っているはるかがいた。

「はるかさん!」
「ははっ! 本当に、君たちは仲が良いね」

 はるかの登場に全員が声を揃えて呼ぶとはるかは私が思っていたことと同じことを口に出しながら言った。
 少し彼女たちと会話を交わすとはるかは私の手を取ってじゃあまたね仔猫ちゃんたち、と言って歩き出す。

「もう少しお話したら良かったのに」
「そうしたかったけどさ、」

 はるかがそこで言葉を区切ると私の耳に口を寄せて囁く。

「君のそんな可愛い姿、他の奴らにこれ以上見せたくなくて」

 はるかの言葉に目を瞬かせて、そして目を細めて微笑みながらはるかを見上げる。

「あら、妬いてるのかしら?」
「妬いてなんかないさ。そうだな、これは可愛いみちるを独り占めにしたいって気持ちかな」

 そう言いながらいつもより少し早いペースで歩くはるかに手を引かれながら帰ったらはるかの服の代わりに目いっぱい抱き締められそうね、なんて思った。
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