お見合い
親戚から送られてきたものを見て私は困ったものね、と独り言ちる。数年前から送られてきていたけれどそれは実家にだったし両親も断っていた。だから気にしていなかったのだけれどこちらにまで送られてきては無視できないだろう。
なによりはるかにこれが見つかってしまうことが1番の問題だった。なんて思っていると背後からみちる? と呼ばれる。
私、あなたに名前を呼ばれるの好きだけれどこれほど今呼ばないで欲しいと思った時はないわ。
「……おかえりなさい、はるか」
「ただいま。……それ、何?」
はるかも、見たことがあるのかしら。
少し顔を強ばらせて問うはるかにそんなことを思いながらお察しの通りよ、と返す。
怒るかしら、と思っていたけれど予想に反してはるかはそう、と呟くとソファに腰掛けて俯いた。
思ってもいなかった反応に、けれど私は今はるかが何を思っているのか分かってしまって申し訳なさと憤りが胸中に広がる。
「はるか」
「いや、分かってる。分かってるんだ。君に何か言いたいわけじゃない」
はるかはそう言うと固く両手を握りしめてその上に額を乗せる。完全に自分の世界に行ってしまったはるかを見てもう、と呟く。
ソファに腰掛けるはるかの横にそっと私も腰を下ろす。そうして私は左手をはるかの背中に、右手をはるかの右の太ももに添えると囁くように名前を呼んだ。
「はるか、聞いてちょうだい。あなた、どうせ世間体とか私の両親のこととか、普通の女の子の幸せとか、そういうの色々考えてしまっているのでしょう?」
ばっと顔を上げてこちらを見るはるかはどうして、という表情を浮かべる。私ははるかに優しく微笑むと再び口を開いた。
「ねぇ、はるかって本当に優しい人よ」
「そんなこと、僕は優しくなんて……」
「いいえ、優しいわ。だってあなたがそうやってたくさん考えて悩んで雁字搦めになってしまうのは私のことを思ってでしょう? ……あなた1人だけのことなら、そんなこと考えない。誰にどう思われようとあなたはあなたの思うままに、生きたいように生きるじゃない」
現にはるかはそうやって生きてきた、生きている。年齢も性別も何もかもを越えてはるかははるからしく生きている。
それが途端に、私が関わってくるといわゆる世間の常識に囚われてしまう。
本当にはるかが私のことを想ってくれているからそうなるのは分かっている。けれどそのことに怒ってしまうのもまた事実だった。
「はるかがはるかであるように、私は私よ。私は世間にどう思われたって構わない。私の幸せはあなたと一緒にいること、あなたのそばにいること。……ねぇ、それでもまだ何かあなたを縛るものはある?」
「みちる……」
私は微笑んでただはるかを見つめる。はるかも私を見つめてしばらくすると眉を下げて困ったような嬉しいような情けないような、そんな色んな感情を綯い交ぜにした笑みを浮かべた。
「そうだね。君は、そういう人だった。僕は、何を迷っていたんだろうな」
「そうね、本当に困った人。私のこと信じていないのね」
ちょっと拗ねた声でそういえばはるかは慌ててそういう訳じゃない、というけれど徐々に小さくなっていく語尾に笑ってしまった。
「みちる、好きだよ」
くすくすと笑っていればはるかは私を自身の腕の中に引き込んでそう囁いた。私は暖かな腕の中に頬が緩む。
私は私もよ、と返して大人しくその腕の中に収まった。しばらく2人で体温を分け合うと同時に体を離した。1度、目を合わせて微笑み合うと私はテーブルの上に置きっぱなしになっていたものをまとめるために立ち上がった。
「それ、どうするの?」
「実家に送るか、送り返すか、かしらね」
はるかの問いに答えながら私は広げていたものを一纏めにしテーブルの端に揃えて置いた。
振り返って再びはるかに視線を向ければはるかは言いづらそうな顔をして口を開いたり閉じたりしている。私は首を傾げて促すと意を決したようにはるかは呟いた。
「あのさ、君の両親、のことなんだけど……」
ああ、そういえばさっき少し両親のことにも触れたわね、と思いながら気にしなくていいわと答える。
「私の両親も結構奔放なのよ。私が私として生きていくことを肯定しているし応援もしてくれてる。結婚や恋愛もそうよ。父はお見合いを絶対しないって宣言して母と恋愛結婚してるから、私とはるかのことで何か言ってくることもないの」
「いや、だとしても僕ら同性だろ?」
「そういったものに固執しない人たちよ。私が笑って幸せに過ごせるならそれでいいって言ってくれる人たち。……ふふ、実は早くはるかを紹介してくれって言われてるの」
え? と心底驚いた顔をするはるかに笑いながらはるかがよければ今度うちに来て欲しいわ、と伝える。
それは、もちろんいいけど……というはるかに私は笑みを浮かべていつにしようかとスケジュールを頭の中に思い浮かべる。
そしてそういえばはるかのご両親はどうなのかしらと疑問に思った。
「はるかのご両親は?」
「え? ああ、僕の両親は僕を見てれば分かるだろ? かなりの放任主義。でも別にほっとかれっぱなしってわけじゃないよ。普通に連絡も取るし頻度はかなり少ないけど会ったりもする。……そういえば、みちるとのこと聞かれて会わせろって言われてたっけ」
はるかの言葉に私はちょうどいいじゃないと思った。私の含みのある笑みに何かを察したはるかは顔を引き攣らせると落ち着こうぜ、みちると声をかけてきた。
「あら、私は落ち着いてるわよ」
「いや、君は今とんでもないことを考えてる。絶対にだ」
「ねぇ、はるか。私のお願い、聞いてくれる?」
立ち上がって私のそばに歩み寄ったはるかの首に腕を回し体を密着させながら甘い声で囁く。
ごくりと喉を鳴らしながらもはるかは拳銃を突きつけられている時のように両手を挙げたまま静止していた。
私は構わず踵を上げてはるかの耳元に口を寄せてまた囁いた。
「ね、はるかのご両親の予定が空いている日、教えてくれないかしら」
はるかは数秒固まっていたかと思うとはぁー、と深い息を吐いて私の肩に頭を乗せてゆっくりと腰に手を回した。
……お姫様の、仰せのままに、と諦めの感情が乗った言葉に私は満足して体を離すとはるかの背中を押した。
「さ、じゃあ早く連絡を取ってちょうだいな」
「え、いますぐ?」
「当たり前じゃない。私の両親もあなたの両親も私もあなたも、みんな忙しいのよ」
参ったなぁと呟きながら携帯を手にリビングを出ていったはるかの背中を私は見送った。
期せずして、親戚から送られてきたものが私たちの関係をより発展させ、そしてそれと同じシチュエーションが展開されそうだと私は可笑しくて笑ってしまった。
なによりはるかにこれが見つかってしまうことが1番の問題だった。なんて思っていると背後からみちる? と呼ばれる。
私、あなたに名前を呼ばれるの好きだけれどこれほど今呼ばないで欲しいと思った時はないわ。
「……おかえりなさい、はるか」
「ただいま。……それ、何?」
はるかも、見たことがあるのかしら。
少し顔を強ばらせて問うはるかにそんなことを思いながらお察しの通りよ、と返す。
怒るかしら、と思っていたけれど予想に反してはるかはそう、と呟くとソファに腰掛けて俯いた。
思ってもいなかった反応に、けれど私は今はるかが何を思っているのか分かってしまって申し訳なさと憤りが胸中に広がる。
「はるか」
「いや、分かってる。分かってるんだ。君に何か言いたいわけじゃない」
はるかはそう言うと固く両手を握りしめてその上に額を乗せる。完全に自分の世界に行ってしまったはるかを見てもう、と呟く。
ソファに腰掛けるはるかの横にそっと私も腰を下ろす。そうして私は左手をはるかの背中に、右手をはるかの右の太ももに添えると囁くように名前を呼んだ。
「はるか、聞いてちょうだい。あなた、どうせ世間体とか私の両親のこととか、普通の女の子の幸せとか、そういうの色々考えてしまっているのでしょう?」
ばっと顔を上げてこちらを見るはるかはどうして、という表情を浮かべる。私ははるかに優しく微笑むと再び口を開いた。
「ねぇ、はるかって本当に優しい人よ」
「そんなこと、僕は優しくなんて……」
「いいえ、優しいわ。だってあなたがそうやってたくさん考えて悩んで雁字搦めになってしまうのは私のことを思ってでしょう? ……あなた1人だけのことなら、そんなこと考えない。誰にどう思われようとあなたはあなたの思うままに、生きたいように生きるじゃない」
現にはるかはそうやって生きてきた、生きている。年齢も性別も何もかもを越えてはるかははるからしく生きている。
それが途端に、私が関わってくるといわゆる世間の常識に囚われてしまう。
本当にはるかが私のことを想ってくれているからそうなるのは分かっている。けれどそのことに怒ってしまうのもまた事実だった。
「はるかがはるかであるように、私は私よ。私は世間にどう思われたって構わない。私の幸せはあなたと一緒にいること、あなたのそばにいること。……ねぇ、それでもまだ何かあなたを縛るものはある?」
「みちる……」
私は微笑んでただはるかを見つめる。はるかも私を見つめてしばらくすると眉を下げて困ったような嬉しいような情けないような、そんな色んな感情を綯い交ぜにした笑みを浮かべた。
「そうだね。君は、そういう人だった。僕は、何を迷っていたんだろうな」
「そうね、本当に困った人。私のこと信じていないのね」
ちょっと拗ねた声でそういえばはるかは慌ててそういう訳じゃない、というけれど徐々に小さくなっていく語尾に笑ってしまった。
「みちる、好きだよ」
くすくすと笑っていればはるかは私を自身の腕の中に引き込んでそう囁いた。私は暖かな腕の中に頬が緩む。
私は私もよ、と返して大人しくその腕の中に収まった。しばらく2人で体温を分け合うと同時に体を離した。1度、目を合わせて微笑み合うと私はテーブルの上に置きっぱなしになっていたものをまとめるために立ち上がった。
「それ、どうするの?」
「実家に送るか、送り返すか、かしらね」
はるかの問いに答えながら私は広げていたものを一纏めにしテーブルの端に揃えて置いた。
振り返って再びはるかに視線を向ければはるかは言いづらそうな顔をして口を開いたり閉じたりしている。私は首を傾げて促すと意を決したようにはるかは呟いた。
「あのさ、君の両親、のことなんだけど……」
ああ、そういえばさっき少し両親のことにも触れたわね、と思いながら気にしなくていいわと答える。
「私の両親も結構奔放なのよ。私が私として生きていくことを肯定しているし応援もしてくれてる。結婚や恋愛もそうよ。父はお見合いを絶対しないって宣言して母と恋愛結婚してるから、私とはるかのことで何か言ってくることもないの」
「いや、だとしても僕ら同性だろ?」
「そういったものに固執しない人たちよ。私が笑って幸せに過ごせるならそれでいいって言ってくれる人たち。……ふふ、実は早くはるかを紹介してくれって言われてるの」
え? と心底驚いた顔をするはるかに笑いながらはるかがよければ今度うちに来て欲しいわ、と伝える。
それは、もちろんいいけど……というはるかに私は笑みを浮かべていつにしようかとスケジュールを頭の中に思い浮かべる。
そしてそういえばはるかのご両親はどうなのかしらと疑問に思った。
「はるかのご両親は?」
「え? ああ、僕の両親は僕を見てれば分かるだろ? かなりの放任主義。でも別にほっとかれっぱなしってわけじゃないよ。普通に連絡も取るし頻度はかなり少ないけど会ったりもする。……そういえば、みちるとのこと聞かれて会わせろって言われてたっけ」
はるかの言葉に私はちょうどいいじゃないと思った。私の含みのある笑みに何かを察したはるかは顔を引き攣らせると落ち着こうぜ、みちると声をかけてきた。
「あら、私は落ち着いてるわよ」
「いや、君は今とんでもないことを考えてる。絶対にだ」
「ねぇ、はるか。私のお願い、聞いてくれる?」
立ち上がって私のそばに歩み寄ったはるかの首に腕を回し体を密着させながら甘い声で囁く。
ごくりと喉を鳴らしながらもはるかは拳銃を突きつけられている時のように両手を挙げたまま静止していた。
私は構わず踵を上げてはるかの耳元に口を寄せてまた囁いた。
「ね、はるかのご両親の予定が空いている日、教えてくれないかしら」
はるかは数秒固まっていたかと思うとはぁー、と深い息を吐いて私の肩に頭を乗せてゆっくりと腰に手を回した。
……お姫様の、仰せのままに、と諦めの感情が乗った言葉に私は満足して体を離すとはるかの背中を押した。
「さ、じゃあ早く連絡を取ってちょうだいな」
「え、いますぐ?」
「当たり前じゃない。私の両親もあなたの両親も私もあなたも、みんな忙しいのよ」
参ったなぁと呟きながら携帯を手にリビングを出ていったはるかの背中を私は見送った。
期せずして、親戚から送られてきたものが私たちの関係をより発展させ、そしてそれと同じシチュエーションが展開されそうだと私は可笑しくて笑ってしまった。
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