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不思議はない

 はい、と手渡されたそれを私はまじまじと見つめる。はるかはそんな私に構わず準備を進めていく。

「あれ? まだ着てないの?」
「あ、ごめんなさい」

 準備を終えたはるかが未だに手渡されたそれを見つめる私に気付いて声をかける。私は慌ててそれを羽織った。

「少し、大きいわね」
「1番小さいヤツなんだけどね」

 今日はそれで我慢してね、というはるかに頷く。

「じゃあ後ろ乗って、しっかり僕に掴まっててよ」
「分かったわ」

 跨る、という行為に少し躊躇いながらもお願いをしたのは私だし安全面の事も考えてはるかの言う通りにした。
 はるかの後ろに乗って私より細いんじゃないかと疑うくらいの細さの腰に腕を回す。ぴったりと体を寄せた私を確認したはるかはエンジンを吹かした。

    ◇◇◇

 バイクに乗せて欲しい、というお願いをしたらはるかは2つ返事で了承してくれた。
 自分の好きなものに興味を示してくれたことが嬉しかったのかはるかはバイクに乗せてくれると約束した日までわくわくした様子だった。
 そんなはるかがちょっと幼い子どものように見えて可愛いと思いつつも、好きな人の好きなことを共有できることに私も浮き足立っていた。
 そして当日、言われた通り安全な服装をしてきた私に今日ちょっと寒いからとはるかは自分のサイズの合わなくなったレザージャケットを貸してくれた。
 バイクを走らせながら寒くない? と聞くはるかに初めてのバイクで喋る余裕がない私は頷いて返事をする。
 いつも車でドライブをする時のようにはるかは海沿いの道を選んでくれた。車とバイクでは見える景色が全然違くて何だかとても新鮮だった。
 少し走ってはるかはバイクを停める。夕陽で紅くなった海を見ながらバイクの横で佇んでいるとはるかが近くの自動販売機で買ってきた暖かい飲み物を渡してくれた。

「ありがとう」
「どういたしまして。……どうだった? 初めてのバイク」
「楽しかったわ。車と全然違うのね。また、乗せて欲しいわ」

 私は素直に今日の感想を伝えるとはるかはとっても嬉しそうに笑ってそれは良かった、また行こうか、と言ってくれた。
 それに私も微笑み返して海を見ながら呟く。

「それにしても、レザージャケットって本当に暖かいのね」
「ん? ああ、今日くらいの気温なら暖かいかもなぁ。もうちょっと気温低いと結構寒かったりするんだぜ」
「そうなの?」
「保温性あるやつもあるから、今度みちる用に買いに行こうか」

 そういうはるかに私は少し考えてから口を開いた。

「……はるかは、これ、もう着ないの?」
「ん? うん。サイズ小さくなっちゃったから」

 なんで? と聞くはるかに私は海に向けていた視線をはるかに移す。

「これ、くださらない?」
「え、別にいいけど……。いいの? 保温性ないし、サイズも少し大きいだろ?」
「いいの。これがいいのよ」

 はるかはまあ、みちるがいいならいいけど、と言うと少し困惑した顔のまま海に視線を向ける。
 私は自分の袖口を少し掴んで顔を隠すように腕を上げる。はるかの香りがするジャケットはなぜかとても暖かく感じた。
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