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clothes iron

 遠いところから名前を呼ばれている気がする。僕の視界は真っ暗で何も見えない。ふわっと意識が浮上する感覚がして僕は寝ていたのだと気付く。

「……るか、お……ちょうだい」

 ずっと聞こえてた声はみちるの声によく似ている。でもおかしいな、僕の家にみちるがいるなんて、と思いながら何とか重たい瞼を開ければ少し困ったような顔をしたみちるが視界に映った。

「み、……る?」
「おはようはるか」

 ほら、早く起きて支度してちょうだい、というみちるの言葉にのろのろと体を起こして時計を見る。

「……ぅえっ!?」
「早くしないと遅刻しちゃうわ」

 時計の針は既に7時半を越していていつものように支度をすれば確実に遅刻するだろう。
 普段は僕がみちるを迎えに行くのに時間になっても現れない、連絡もつかない僕を不審に思った彼女がわざわざここまで来てくれたのだろうと思うと申し訳なさが込み上げてくる。
 しかしこのままじゃ2人とも遅刻確定だ。とにかく謝るのは後にしてさっさと支度を済ませなきゃ、と洗面所に駆け込んで思い出す。

「うわぁ……」
「どうかしたの?」

 後ろからひょこっと顔を出して首を傾げるみちるがかわいいな、なんて余裕がないのに頭の片隅で思った。

「みちる、やっぱり今日先に行って」
「どうして?」

 僕の言葉に首を傾げるみちるの眼前に洗濯こそされてるものの、しっかりとシワのついたシャツを掲げる。
 支度を超特急で完了させても遅刻するかしないかギリギリの時間の中、シャツをアイロンがけする余裕なんてない。
 シワだらけのシャツで登校するか、遅刻覚悟でアイロンがけをするか、どちらかを選択しなければならない。

「諦めて遅れていくよ。君は先に行って。今からならまだ走らなくても間に合うはずだから」

 ただの学校ならまぁ遅れても、と多少は思ってしまうが無限学園は敵地。少しでも目を付けられないように今まで気を付けてたというのに……。

『昨日シャツの枚数、数え間違えたうえにアイロンがけを後回しにしたツケだな』

 はぁ、と大きく溜息を吐いてまずは身支度を、と鏡に向かって気付く。

「みちる? 早く行った方がいいぜ?」

 鏡越しに僕をじーっと見つめてくるみちるにそう声をかけて顔を洗うために水を出す。顔を洗って再び顔を上げるとまだみちるがそこにいた。

「みちる?」
「ねぇはるか」

 タオルで顔を拭きながら振り返りみちるの名を呼ぶとみちるも僕の名前を呼んだ。
 ん? と返事をするが彼女の視線は横に置いてあるシワだらけのシャツに向けられている。

「私がアイロンをかけておくわ。あなたはその間に支度をして」
「え、いや、でも……」
「遅刻をして目を付けられるのは避けたいでしょう?」

 みちるの言う事はもっともだ。出来れば目を付けられるのは避けたい。けれど僕はみちるの提案にすぐに頷けなかった。
 もごもごと言い淀んでいるうちにみちるは僕のシャツを手に取って洗面所を出て行こうとする。

「私、アイロンがけくらい出来てよ?」

 みちるは出ていく直前に振り返って笑いながらそう言った。僕は優雅に去っていくその背中を見送って参ったな……とボヤいた。
 いつまでもそうしていてはせっかくみちるがアイロンをかけておいてくれるというのに遅刻してしまう。僕は急いであとは制服を着るだけの状態まで支度をした。

「はるか、あなた朝ごはんはどうするの?」
「あー、今日はいいや」

 みちるの問いかけにそう答えるとちょっとキツめに睨まれた。そんなみちるの目からそーっと視線を外してシャツに腕を通す。

「あ」
「なぁに?」

 思わず漏れた声にみちるが首を傾げるが僕はなんでもない、と返してネクタイを結ぶ。そんな僕をみちるは僕のジャケットを持ちながらじーっとネクタイを結び終えるまで見ていた。

「……なに?」
「……なんでもなくってよ」

 あまりにも熱い視線を注がれるものだから問いかければはぐらかされてしまった。もうちょっと問い詰めてみようかな、と口を開いたらそれより早くみちるがはいジャケット、と言いながら広げてくれた。
 受け取る、というよりは着せてもらう形になったそれに一瞬戸惑ったけれど僕は大人しく袖に腕を通した。

「さ、行きましょ」
「うん」

 ぽん、と僕の肩あたりを叩くとみちるが鞄を持って玄関に足を向ける。時間的には少し走って間に合うくらいだった。
 僕1人なら走っていってもいいけれどみちるがいるし、と僕はバイクのキーを手に取った。

「はるか?」
「近くまでバイクで行こう」

 僕の提案にみちるはでも、と言うが気にせず手を取って部屋を出た。後ろからはもう、仕方のない人ね、という言葉が聞こえたがそれは愉快そうな色をしていた。
 僕は少しだけ振り返って微笑むとみちるの顔が赤らんでいった。
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