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1年生



 賑やかな世界から、音と光が同時に消えた。
 今し方仕事を終えた弓が、手の中で微弱にしなる。
 泥を含んだような重苦しい空気が、喉元をドロリと伝って、胃の中に落ちた。
 耳元で誰かの声がした。
「あーあ。死んじゃったよ、バルドル」
 誰かが僕の肩を叩いた。
「君も酷いよねぇ。仲間外れにされたからって、何も殺さなくてもいいのにさぁ」
 違う。僕じゃない。
 僕はただ、君の言う通りにしただけだ。
「アハハ! そうさ、君は僕の言うことを聞いたんだ。それで、この悪党の共犯者になったのさ!」
 違う。悪いのは君だけだ。僕は何もしていない。僕は何も悪くない。僕はただーー
「独りぼっちになるのが怖かった。そうでしょ?」
 そうだ。僕はただ、独りになりたくなかった。僕には兄さんしかいないから。
 兄さんだってそうだったでしょ。
 僕だけが兄さんの世界の全てだったでしょ。
 それなのに、僕を置いて、みんなと遠くへ行こうとするから。
「だから、殺したんだ」
 違う、そんなつもりはなかった。
「でも、殺したんだよ。君は君の自分勝手な我儘で、愛していたはずの兄を殺したんだ」
 違う。
「違う? ああ、そっか。そうだよね。じゃあ訂正するよ。君はそもそも、バルドルを愛してなんかいなかった」
 違う……!
「ならどうしてこんなに苦しいの? 本当に愛しているなら、兄の幸せくらい喜べるはずだよね。そんな簡単なこともできないなんて、やっぱり君はただ自分勝手なだけなんだ。あんなに優しい人間すら愛せない寄生虫なんだ」
 違う、違う……!
「違くないね。使い古した兄に見限られそうだから、今度は“新しいあの子”に取り憑こうっていうんでしょ。めちゃくちゃ都合いいもんねぇ。罪悪感を利用して、人生全部捧げてもらおうって肚なんでしょ。君からは愛の欠片も与えられないくせにさぁ」
 違う、やめて……!
「どれだけ真人間取り繕ったって、君の心は君のためにしか動かないんだよ。やっぱり君は、兄と違って・・・・・両親にそっくりだよねぇ。あの身勝手なクソ女と、声も知らない無責任なクズ男さ」
 もうやめて。お願いだから。
「……ね、君さ、本当はズルいと思ってるんじゃない? “同じゴミから生まれた”くせに、バルドルはあんなに綺麗で。君だけがこんなに汚くて、世界も真っ暗で、みんなから嫌われて、“勝手な設定”なんか付けられて。本当ならバルドルだってーー」
「やめてって言ってるんだ!」
 堪えられなくて、僕は耳元のそいつを平手で振り払った。
「い゛っっ!」
 鋭い破裂音がして、さっきまでのそれとは違う、澄んだ声が悲鳴を上げた。聞き覚えはあるが、誰の声だろうか。思考がぼんやりとして、よくわからない。
 ビリビリと痺れる手の平を、ゆっくり握って、ゆっくり開く。浅い呼吸を整えたくて、震える肺に無理矢理息を吸い込む。すると、柔らかなラベンダーの香りが鼻を通り抜けた。これには安眠効果があるのだと、つい最近誰かに聞いた。これなら枕が変わっても寝られるだろうと、その声はそう言っていた。
 優しい春風のような声だった。
「っ……!」
 思い出した。さっきの悲鳴の持ち主を。
 僕は暗闇の中、声がした方へ手を伸ばし、彼へと呼びかけた。
「ヴァーリくん!」



 ヴァーリの打たれた右頬は、幸運にも少し赤くなった程度で済んだ。本当に腫れ上がったりしていないか触って確認した後、ホズは大きく安堵の息を吐き、ベッドに座り込んだ。
「良かった……。顔を潰してたらどうしようかと思ったよ……」
「こ、怖いことを言わないでくれ。君の馬鹿力なら、そうなっていた可能性も少しはありそうなんだから」
 赤くなった頬をさすりながら、ヴァーリもホズの隣へ腰掛けた。
「まあ今回は僕が悪いね。魘されている人間の近くに不用意に近付いたんだから。何も文句は言わないよ」
「……そういえばどうして君、あんな近くにいたの。あっちのハンモックで寝てたんじゃなかった?」
 ホズは部屋の片隅を指差した。そこには立派なハンモックが設置されており、狭い部屋の中で一際の存在感を放っている。これもホズの来訪に合わせて用意したものらしい。寝る前に少し試させてもらったが、不安定で寝心地が悪そうだった。
 親友を泊める時は彼のベッドで並んで寝るらしいのだが、ホズには広い所で寝てほしいからと、今日はハンモックで寝ることにしたのだという。これを聞いたホズが複雑な気持ちになったのは言うまでもないが、「僕も並んで寝たい」などとは口が裂けても言えず、そのままホズはベッドで、ヴァーリはハンモックで寝ることに決まった。
 いくら部屋が狭いとはいえ、ハンモックとベッドの間には2メートルくらいの距離がある。普通ならばホズの手が彼の右頬に届くわけがない。
「いや。目を覚ましたら君が酷く魘されていたから、少しでも楽になればと思って、耳元で般若心経を唱えていたんだよ」
「般若心経」
 聞き間違いかと思って繰り返すと、ヴァーリは爽やかに「そうだよ」と答えた。
「知ってるかい? 般若心経。とある宗教で使われる呪文だ」
「し、知ってるけど……なんでそれを選ぶかな……。はあ……もう、いちいち変な子なんだから……」
 般若心経は前に聞いたことがあるが、不気味という印象しか抱かなかった。悪夢が悪化したのはこの子のせいなのではないか。そう思うと、さっきまで頭をもたげていた罪悪感が急に軽くなった。
「フフ……それより君、早めに着替えて、ホットミルクでも飲んだ方がいい。冷や汗が酷いし顔も真っ青だ」
「えっ……」
 そう言われて初めて、ホズは自分が汗だくになっていることに気が付いた。すると突然、さっきまで見ていた夢が頭の中を回り始め、体が勝手に震えだした。
「い、いいよ、そんな……。着替え、これしか持ってきてないし……。タオルだけで……」
 震えのせいで上手く声が出ない。
「何を言っているんだ。震えているじゃないか。着替えなら僕のを貸すから、大人しく着替えたまえ。君だって、春先に風邪なんか引きたくないだろう?」
 強張った手の中に、わさりと布が置かれた。
「あ、ありがとう……」
 うわ言のように呟く。ホズの頭の中は今、さっきの夢で聞いた言葉で埋め尽くされていた。

ーー君は君の自分勝手な我儘で、愛していたはずの兄を殺したんだ。

ーー愛しているなら、兄の幸せくらい喜べるはずだよね。

 改めて思い出すと、これは自分の声だ。

ーー本当はズルいと思ってるんじゃない?

ーー今度は“新しいあの子”に取り憑こうっていうんでしょ。

 うるさい!
 叫ぼうとしても声が出ない。それも当然だ。自分の声は今、僕を責め立てるので忙しいから。

ーーやっぱり君は、兄と違って両親にそっくりだよねぇ。

 やめて!
 咄嗟に耳を塞ごうと手を上げたその時。

ーーよしいいよ、そのままもっとバンザイだ。ほらバンザーイ!

 自分の声が聞いたこともないような軽快な調子に変わり、呆気に取られたホズは言われるがままに両手を天へと掲げた。と、次の瞬間、顔にベタリと冷たい何かが貼り付いた。
「っ⁉︎」
 息苦しさに焦っているうちに、その何かは顔を通り過ぎ、あっという間に頭の上の方へ抜けた。
「な、なに、何今の……⁉︎」
 気付けば声が出るようになっている。ホズは慌てて顔を触るが、特に何も変わりはない。ただ少し、お腹から上が寒い気がする。
「ん、戻ってきたかいホズ。これを羽織っていたまえ。今下も脱がすから」
 ヴァーリのあっけらかんとした声が聞こえて、肩にマントを掛けられた。少しチクチクとした繊維が地肌に当たる感触がする。
 そこでホズは、自分が上半身に何も着ていないことに気が付いた。
「うわあああ⁉︎ な、な、なんで⁉︎」
 咄嗟にマントーーよく触ってみたらバスタオルだったーーを体に巻き付ける。そういえばさっき、彼は『下も脱がす』とか言っていなったか。そう思った次の瞬間、ヴァーリの手がズボンのウエストゴムを引っ掴んだ。
「ままままま待って! 自分でやる自分でやる!」
 さっきまで声が出なかったのが嘘のようだ。悲鳴にも似た勢いでそう叫び、自分もズボンを掴んで、脱がされないように引っ張った。
「おや、動けるようになったのか。良かった」
 ヴァーリは相変わらずの調子でそう言うと、ホズから手を離し、その膝の上へもう一度着替えを置いた。
「僕はホットミルクを作ってくるから、その間に着替えたまえ。僕が戻ってきた時にまた固まっていたら、その時は全部僕がやるからね」
 半ば脅し文句のようなことを平然と言っている。悪夢などにかまけて、社会的な何かを失うわけにはいかない。ホズが何度も頷くと、ヴァーリは満足そうな挨拶を残して、パタリと扉を閉めた。



 新しいパジャマに着替え、用意してもらったぬるめのホットミルクを飲むと、だんだん夢の現実味も薄れて、気分が落ち着いてきた。
「ごめんね……なんか僕、君に迷惑ばかりかけてる気がする。泊めてもらってる身なのに」
 ずり落ちてくる袖を捲りながら、ホズは肩を落とした。自分が小柄であることは知っていたが、まさか年下の服も合わないほどだとは。加えて今日はずっと、その年下の世話になりっぱなしである。さすがに自分が惨めに思えてきて、落ち込まずにはいられない。
「迷惑? ふむ。確かに、すぐパニックになって暴れる癖は治してほしいけれど……それ以外特に不満はないよ。僕は、こんな時間になっても君と一緒にいられるというだけで嬉しくて堪らないんだからね」
 耳元で、温かな春風がそよそよと吹いた。今2人はベッドの縁に並んで腰掛けている。ホットミルクを飲み干して一息ついていたホズの横に、マグカップを洗い終えたヴァーリが当然の如く座ったのだ。相変わらず距離が近いが、この流れで離れろと言えるほど、ホズも厚かましくはなれない。
「……今、何時?」
「午前2時だよ」
「ああ……」
 確かベッドに入ったのは、午前0時になったばかりの頃だった。ほとんど寝られていないうちに起きてしまったらしい。
「ごめんね、こんな時間に起こしちゃって。僕がうるさいから起きたんでしょ」
「いや、君に起こされたわけではないよ。僕も少し、悪夢のようなものを見てしまってね」
「えっ。君も……?」
 ホズは心配になって顔を曇らせた。もしや彼も同じように、『存在しないはずの記憶』の夢を見てしまったのだろうか。そう、ホズを殺す夢を。だとすれば、気丈に振舞ってはいるものの、本当はかなり心細いはずだ。手でも握ってやろうかと迷っていると、ヴァーリは平常と変わらぬ調子で続けた。
「ああ。夢の中で僕は、最新型のアノマロカリスに乗っていてね」
「あろまろ……なんて?」
 意味不明な導入に、つい間の抜けた声が出た。
「アノマロカリスだよ。無数の薄羽のようなヒレと、棘の生えた前部付属肢を持つ、エビに似た古代生物だ」
 説明されても全くわからない。アノマロカリス自体も謎だが、古代生物なのに最新型なのも不可解だし、ここからどう悪夢に繋がるのかもわからない。
「まあ円盤上の何かだと思ってくれ。で、それに乗って空を飛んでいたら、突如ゼリービーンズの襲撃に遭ってね。僕も金平糖で応戦したのだけど、仕留めきれなかったやつがアノマロカリスの片翼に当たって、僕らは励まし合いながら地面へと墜落していったんだ」
 ここでヴァーリの言葉が途切れた。部屋に沈黙が流れる。いつまで待っても続きが聞こえてこない。
「……え。終わり?」
「そうだよ」
「ほ、本当に終わり?」
「そうだよ」
「えぇ……なんか……心配して損した……」
 ゼリービーンズだとか金平糖だとか最新型のアノマロカリスだとか、悪夢とは程遠そうな単語のオンパレードだった。とりあえず、手を握らなくて正解だったことは確かだ。
「何を言うんだ。心配して然るべき悪夢だよこれは。夢の中で落ちるというのは、なかなか心臓が縮むじゃないか。君だってそのくらいの経験はあるだろう?」
「ああ……確かに」
 情報量が多過ぎてピンとこなかったが、『高い所から落ちる夢』とまとめると、悪夢に分類されるような気がする。
「そうだろう? 本当に怖かったんだからね。目を覚ました直後は、しばらく動悸が収まらなかったくらいだ」
 ホズの白けた反応が気に食わなかったのだろう。不服そうにぶつぶつ言っている。こういう時の彼は、いかにも年下という感じがして微笑ましい。
 微笑ましいついでに、肩に腕を回して抱き寄せるようにして、ぽんぽんと頭を撫でてやった。
「ふっ……はいはい、怖かったね」
「ひぇっ?」
 ヴァーリはか細い声を上げて身を固くした。嫌だとか驚いたとかではなく、喜びが限界を超えて行き場を失ったような響きである。相変わらず大袈裟で気持ち悪いとは思うが、この反応の良さは正直面白い。もう少し戸惑う声が聞きたくて、ホズはそのまましばらく頭を撫で続けた。
「あわ、あ、ああ、あの、ホズ、も、もうやめてくれ……じ、自分でも驚くほど嬉しくて、このまま永眠しそうなんだ……!」
「ふふ。何言ってるの。たったこれだけで死ぬなんて、先が思いやられるよ?」
「さ、先っ⁉︎ これ以上があるとでも言うのかい⁉︎」
「あるでしょ。たとえばこんなのとか……」
 すっかり調子に乗ったホズは、少し意地悪そうに笑うと、両腕でヴァーリを抱き締めた。
「ひぇっ……わ、あわわわぁ……⁉︎」
 ただハグをしただけだというのに、絵に描いたように動揺している。なんだか、面白いやら気持ち悪いやらを超えて、もはや可愛く思えてきた。
「ふふふ。本当に反応いいんだから。これだけで、そんなに嬉しいの?」
 揶揄うような調子でそう言いながら頭を撫でると、ヴァーリはまた小さく鳴いた。
「ひっ……! う、嬉しいに決まってるだろう、君と仲良くするのは僕の悲願なんだから」
「別に、仲良くなくてもこのくらいできるでしょ。君って騙されやすそうだよね」
「んなっ。……き、君、誰にでもこんなことをしてるのかい……?」
 それを聞いて、ホズは頭を撫でるのをやめた。特に深い意味はない台詞なのだろうが、まるで貞操観念を疑っているようなこの口振りが、彼の気に障った。
「……してないよ」
 低く呟く。実際今まで、誰にもこんなことはしていない。兄にすら、自分から抱き付くようなことはしてこなかったし、それ以外の他人には、そもそもここまで近づくこともない。
「……君にだけだよ」
 一層強く抱き締めながら、自分に言い聞かせるようにして呟く。どうやら、ヴァーリという人間は、早くもホズの中で大きな存在となっているらしい。ーー兄の、次に。

 ーーいや、兄の代わりに・・・・・・、でしょ。

ーーこんなに早く鞍替えなんて、やっぱりあいつら・・・・の子だね、君は。

 再び自分の声が聞こえて、ホズは奥歯を軋ませた。心の中で何度も「違う」と唱えても、嘲るような自分の声は降り止むことなく、雪のように積もっていく。
 ヴァーリからはなんの返事もない。浅く息を吸う音が聞こえたから、おそらく心臓が止まっているのだろう。普段のホズなら心配になって離れているところだが、今はそんな心の余裕などないので、ただ黙って抱き締め続けた。
 その状態でどのくらい経っただろうか、ついにヴァーリが口を開いた。
「ほ、ホズ。そ、そろそろ離してくれないかい? も、もちろん本当は、何時間でも何年間でもこうしていたいところだけど……そろそろ筋肉の方に限界がきていて……」
 耳元で吹いた春風が、不安に埋もれたホズの意識を引き戻してくれた。
「っ……、あ……ごめん……」
 ゆっくり離れてから、ホズは自分の腕が痺れていることに気がついた。随分長いことああしていたのだろう。
「い、いいよ。僕としては、これで一生分のホズを吸ったような気がして大満足だからね」
 ヴァーリはそう言ってくれているが、さすがにここまで物思いに耽ってしまう自分に危機感が募る。これ以上彼に迷惑をかけないためにも、どうにかして、この胸中に積もった不安を消さなくてはならない。春風でも溶かし切れない、奥底の方の不安を。
 そして、それを溶かす方法を、ホズはもう知っている。
「これだけ幸せならもう、僕も悪夢なんか見なくて済みそうだし、そろそろ寝直すことにするよ」
 そう言って立ち上がり、ハンモックの方へと歩いて行こうとするヴァーリを、ホズは反射的に呼び止めた。
「待って。そんな不安定な所で寝るから、落ちる夢なんか見るんだよ。君もベッドで寝たら?」
「えっ? でも君にハンモックを使わせるわけには……」
「だから。僕と並んで寝ればって言ってるんだよ」
「なるほど、君といっ……いっ⁉︎」
「い……いや、別にその、嫌ならいいんだけど。ただ、親友とはそうしてるんでしょ。僕に変な気遣いとかしないでいいよ。別に広くなくてもいいから」
 ヴァーリの驚く声を聞いて、ホズもなんだか恥ずかしくなり、早口で付け加えた。広くないといっても、このベッドは元からやや大きめのサイズだから、2人で分けても不自由はない。大柄であろう親友が寝られて、小柄なホズが寝られない理由はどこにもないのである。
「い、嫌なわけないじゃないか。君がいいなら是非ともそうしたいところだよ。ただ少し驚いたというか……さっきからどうしたんだいホズ。いわゆる深夜テンションというやつかい? それとも悪夢の反動で人恋しくなっているとか?」
「……どっちも」
 ホズは静かにそう答えた。嘘ではない。ただそれに加えて、小さな親友への対抗心と、大きな決心があるというだけだ。
「そうか。……うん、それならお言葉に甘えよう。僕が隣にいることで君が安心できるというなら本望だからね」
 そう言って、ヴァーリは自分の毛布を持ってやってきた。ホズはその嬉しそうな春風を浴びながら、やや緊張した面持ちで、再びベッドの中へ潜った。そして、隣に横たわった彼に、天井を向いたまま静かに話しかけた。
「……ヴァーリくん、眠い?」
「いいや、正直全く。今から君の横で寝るんだと思うと目が冴えて仕方ないよ」
「気持ち悪……じゃなくて。それならちょっと、僕の話を聞いてくれないかな」
「ん……? いいよ、君の話ならいくらでも聞こう」
 もぞもぞという音と共に、ベッドが少しだけ揺れた。ヴァーリがこちらを向いたのだ。
「ありがとう……。本当は誰にも言っちゃいけないんだけど、このままじゃ多分、また変な悪夢を見るし……君と友達になることもできないから」
「……! と、友達……に、なってくれる? そういう意味だよね、今のは……?」
 ベッドが沈み込む感覚と軋む音がして、ヴァーリの声が上から降ってきた。おそらく顔を覗き込まれているのだろう。予想通りの嬉しそうな反応に、ホズは苦々しく笑った。
「……まあ、ね。……でも、これを聞いてもまだ君が、僕と友達になりたいかどうかは知らないけど。……もし、君の気が変わらないなら、友達になろう。……いや、むしろ、その……」
 できるだけ真剣に言葉を紡いでいたが、徐々に頬が熱くなってきて、堪らず顔を逸らした。
「……なってほしい。僕と、友達に」
 上から、大きく息を吸い込む音が聞こえた。
「っ……! も、もちろんだとも、ホズ……! 話を聞く前から僕の答えは決まっているよ、友達になろう! それで、もっと色々な遊びをして、もっと色々な場所に行って、もっと色々な話をしよう!」
 喜びに満ちた声が落ちてきて、勢いよく抱きついてきた。
「うわっ! ま、待ってよ、まだなんの話もしてないでしょ。落ち着いて、僕の話を聞いてからにして」
 ヴァーリを引き剥がし、元の位置に寝かせて宥めすかす。
「全く……どんな話が来ようが、友達になるのは変わりないというのに……」
 不服そうにぶつぶつ言いながらも、ヴァーリは大人しくホズの隣に収まった。
「まあ、いいよ。どちらにせよ話は聞こう」
「……ありがとう」
 ホズは小さく笑い、深い呼吸を1つしてから、天井へ向かって、こう切りだした。
「……僕の本当の名前はね、ホズ・フェンサリル・ハールソンなんだ」
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