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添倉秀樹は落ち着かない

 普段はゲームとお喋りにうつつを抜かしている餅文も、読み合わせの日には緊張の糸を張る。放課後、蛍光灯が見守る中、秀樹、冬子、春歌の三人は、狭いハコの中でこわばった顔を突き合わせていた。
「そんじゃまあ、最初からいこうか」
 切り出したのは春歌だ。
「春歌ちゃんのやつだね」
 冬子が言う。その手に持った冊子には誰よりも開き癖が付いていて、いくつもの付箋が貼られている。秀樹も自分の綺麗な冊子を開いた。結局あれから本を読む気になれず、今日の講義中に急いで全てに目を通した。時間をかけて読んだとしても、どうせ何も言えないんだ。問題はないだろう。そう自分に言い聞かせながら、渇いた喉を唾で潤す。
「えーと、じゃ、とりあえず解説からいきまーす」
 口角に恥ずかしげな笑みを滲ませながら、春歌は冊子のページをゆっくりとめくった。
「まあ、この話は……ある知人からインスピレーションをもらってね。皐くんは、一応その知人をモデルにしてるんだ」
 秀樹は冊子から顔を上げた。前髪が邪魔で、春歌の視線が見えない。
「あ、まあ、その人と皐くんは全然似てないよ。境遇も変えたし、性格も変えちゃったから。ただ、自分をもっと見てほしいって思ってるの。どっちも」
「あ、それでね、こっからが重要なんだけど、ほら皐、神様と言う名の鈴と出会うじゃん? いわゆるイマジナリーフレンドなんだけど、知人にもね、それがいるんだよ」
 秀樹は肺が凍りつくのを感じて息を止めた。
 まさか。まさか。まさか! いつ知った? 見られてた? どこで一体間違った?
 肩で息をしだした秀樹には気づかず、春歌は話を続けた。
「まあ知人のそれはペットボトルなんだけど」
 肺の氷が嘘のように消え、勢い余って裏返った声が出た。
「ペットボトル?」
「あはは、びっくりするよね」
 春歌は嬉しそうに笑っている。
「そいつ、めっちゃモテるのに、彼女作んないのよ。どういうことかと思ったら、空のペットボトルを大事そうに抱えて、この子が彼女だって言うの」
「へえー。変な人だね」
 冬子が感心したように言う。秀樹は胸が締め付けられるのを感じた。
「でしょ? あ、絶対に言いふらしたりしないでね。あいつ一応、隠してるから」
 春歌は口に人差し指を当てて真面目な顔をしてみせた。と思うとすぐにニヤリと笑い、「まあ、あたしが一番喋っちゃいそうだけど。てか喋っちゃったし」と付け加えた。
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